兄は疲れ切っている14

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「フェラなんか、無理してしなくていい、っつったよな」
 唸るように吐き出してしまった声に、兄がビクリと身を震わせる。
「むりした、わけじゃ……」
「むり、してんだろ。どう見たって」
 こんな酷い顔してと続ければ、やっぱり逃げるみたいに頭を振ろうとするけれど、もちろん逃してなんかやらない。逃げられないのがわかってか、兄はギュッと目を閉じてしまったけれど、その目の端からボロボロと涙が溢れ落ちていく。
 たまっていたものが押し出されて落ちただけじゃない。次々と頬に流れる涙は、まさに今、兄が泣いている証だった。
「なぁ、泣くほど辛いなら、……」
 もうこんな関係やめようと、言ってしまえばいいんだろう。でも手放したくなかった。
 心は後から手に入れるつもりで始めた関係で、ちっとも上手く行かなくてしんどいばっかりだけど、それでもまだ諦めきれていない。目の前で、こんなにも辛そうに泣かれているのに、開放してやれない。
 でも、だとか、だって、だとか。頭の中を言い訳めいた単語がぐるぐると回る。
 でも、だって、仕方がないだろう。もう嫌だとか、もう止めてとか、この関係を拒否する単語を兄の口から聞いたことがないんだから。
「やめん、の?」
 やめようと言えないまま押し黙ってしまったからか、閉じていた目蓋を押し上げた兄が、充血した目に涙の膜を貼ってうるませながら、か細い声を震わせ尋ねてきた。ギッと奥歯を噛み締めながら思わず睨んでしまったけれど、兄は身を竦めながらもじっとこちらを見つめている。
 止めると言って欲しいのか、止めるわけ無いと言っても良いのか判断できない、感情の見えない真っ直ぐさに少しばかり怯んでしまう。
「も、飽きた?」
 掠れて震える声がまた疑問符を付けた言葉を吐き出す。
「は?」
「それとも、持て余してる?」
「持て余す、って?」
「実の兄貴が、男に足開いて突っ込まれんのにどんどん慣れてくの、冷静に見たらどう考えたって興ざめだろ」
「いやそれ、俺がそうしたんだけど」
「うん、だから、そろそろそんな現実に嫌気がさしてきたのか、って」
 声は掠れて震えっぱなしなのに、兄の言葉は淡々と吐き出されてくる。顔は両頬を挟み込んで上げさせたままで、目は閉じられていない。けれど逸らされた視線がこちらに絡むことはなかった。
 あんたが俺に落ちない現実には結構嫌気がさしてるけど、と思いながら小さく息を吐く。
「あんたこそ、どうなの。弟に突っ込まれてアンアン言う体にされて、ぐずぐず泣くくせにもう止めてって言わないのなんで?」
「それはお前が、俺を、お前のものにしたから……」
「そりゃそう言ったけど、関係続けてなきゃ何かするって脅してもないのに、イヤイヤ従う理由なんてある?」
 本気で嫌なら本気で逃げればいい。社会人なんだから、家を出れば接点なんかあっという間に激減するのに、出ていかないし、誘えば断らないし、ラブホ代は出す。という部分だけ見れば、この関係を好意的に受け入れてるような印象になるのに、実際はサービスまみれの媚びたセックスに、不本意なのが伝わるような涙を混ぜてくる。
 そんな不満を我慢できずに突きつけてしまえば、兄が狼狽えるのがわかった。
「嫌なら嫌ってはっきり言えば、もう、開放してやってもいいけど」
 ああ、とうとう言ってしまった、と思う。言ってしまったからには、嫌だとはっきり言われたら、兄を開放してやらなければならない。
 兄の言葉を待つ間、胸が締め付けられるように痛かった。

続きました→

 
 
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