申し訳無さでいっぱいになって、ごめんと思わず謝罪を漏らせば、相手の動きが一旦止まる。
「ごめん、こんなことさせて、本当に、ごめん」
繰り返したら、聞こえてきたのは舌打ちだった。
「なんでにーちゃんが謝るの」
押し倒されてから先、ずっと無言だった甥っ子がようやく発した言葉は、どこか困惑が滲んでいる。
「酷いことしてるの、俺なのに」
「お前に酷いことさせてるの、俺だから。お前はきっと、俺に引きずられただけなんだよ」
「どういう、意味?」
「俺は元々男も好きになれる性癖なんだ」
「それは、そうなのかな、とは俺も思ってた、けど」
今更隠す気にもなれなくて告げたけれど、どうやら甥っ子は気づいていたようだ。
「そっか。ならこれも気づいてるか? お前は、俺の初恋の相手によく似てる」
「えっ……?」
どうやらそちらは想定外だったらしい。
「そんな相手と、短期間でも一緒に暮らすなんて真似、しなけりゃ良かった。お前が居てくれるの、楽しかったよ。でももうダメだ。お前にこんなことさせて、何が兄ちゃんだよ。可愛い甥っ子相手に何やらせてんだって話だよ」
「いやそれは、」
「違わない」
違うと否定されるだろう流れを打ち切るようにきっぱり告げた。
「違わないんだ……」
自分自身をも納得させるように、もう一度繰り返す。
「どうしてもお前の気が済まないってなら、このまま好きにしてもいい。でも、気が済んだら帰れよ。帰って俺のことなんか忘れろ」
「む、ムリっ! むりむりむり」
ガバリと起き上がる気配がしたかと思うと、目元を覆い隠していた腕を掴まれ外された。
「ちょっと、何言ってんのかわかんないんだけど」
困惑の中に僅かな苛立ちを乗せて覗き込んでくる甥っ子に返すのは苦笑。
「ああ、余計なこと色々言いすぎたな。簡単な話だ。もう帰れ。そして二度と来るな」
「や、やだっ」
「お前、受験生だろ。この時期に叔父の世話なんかしてるのがオカシイんだ」
「俺にとってはこっちのが大事なの。てかちょっと考えさせて」
「もう充分考える時間あったろ。お前がここ来てどんだけ経ったと思ってんだ」
「違う。考えたいのはさっきにーちゃんが言ったことだよ」
どれ? と聞いたら、初恋相手に似てる話と返ってきた。
「ああ……まぁもう、ここまで来たら言ってもいいよな。お前の父親だよ、俺の初恋」
「うっそ……」
「嘘言ってどうする」
「じゃ、じゃあ、にーちゃんがこっちなかなか戻らないのって」
「あー、うん。義兄さんに会わないようにしてるから、だな」
「なにそれ……」
愕然とする、という言葉がしっくりくるような、酷い驚きとショックとを混ぜた顔で甥っ子は放心している。
「ゴメン。出来ればお前にも、他の家族にも、もちろん義兄さん自身にも、隠して置きたかったんだ。でももう言っていい。俺が帰らないのはそういう理由なんだって説明していい。ちゃんと定期的に実家帰るって約束して、お前の大学進学認めてもらえ」
「そんなの言ったら、ますますにーちゃん帰ってこれなくなるだろ」
「帰らないからいいよ」
「よくないっ。てかやっぱちょっと考えさせて」
「何を?」
「だから、いろいろだよ」
「いろいろって何だよ。そう言って、いつまでも居座られるのが迷惑だって言ってんだろ」
迷惑だとはっきり伝えたら、一瞬泣きそうに顔を歪ませる。しかしさすがにもう甘い顔はしてやれない。
「わか、った……けど、週末まで、まって。それまでに色々考えておくから。だから週末、俺とちゃんと話、して?」
「これ以上話すことなんて、」
「俺にはあるの。すごく、大事な話」
お願いと頼まれたら、結局溜息一つで許すしかなかった。その甘さがこの結果を招いたというのに、本当に懲りないと自嘲する。
「週末まで、だぞ。それ以上は何があってももう譲らないからな」
「わかってる」
相手が頷くのを待って、ゆっくりと体を起こす。それに合わせて、甥っ子の体も離れていった。
「シャワー浴びる」
「うん」
「悪い。飯食ってる時間、多分ない」
「うん……」
力ない返事に後ろ髪を引かれながらもバスルームに向かう。さすがにそのまま出社するわけには行かなかった。
少し冷たいシャワーで体の奥にくすぶる熱をむりやり鎮めて出れば、朝食を乗せたテーブルの前で小さく肩を丸める甥っ子の姿がなんとも痛ましい。
「ごめん、朝飯食べれなくて」
「そんなの、俺のせいだし……」
「お前が悪いわけじゃないよ」
「でも……」
「それ、取っといてくれたら夜食うよ」
「や、やだよ。ちゃんと作るし。これは俺が責任持って食うから!」
必死な顔がますます痛ましくて、本当に申し訳がない。
「なら、今日の夕飯に、また実家の味付けで何か作って?」
どうしたものかと思いながらそう告げれば、パッと顔を綻ばせながら任せてと笑ってくれたから、ひとまずホッと胸をなで下ろした。
あなたは『「今更嫌いになれないこと知ってるくせに」って泣き崩れる』誰かを幸せにしてあげてください。
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