肯定を返せば喜ぶのかと思っていたが、彼はどこか困った様子で、眉間にシワを寄せたまま乾いた笑いをこぼす。しかも「バカだな」というオマケまで付いてきた。
まさかそんな反応とは思わず、こちらの眉間にもシワが寄る。
「何が気に食わないんだ」
「わりと、なにもかもだよ」
ふぅ、と大きくため息を吐いた後、彼はゆっくり立ち上がる。何をするのかと思えば、小さな座卓を回りこんでほぼ真横に立たれた。
体は座卓に向いているので、首だけそちらを向けるように斜めに仰ぎ見れば、その顔を固定するように両頬を手で挟まれ、あっと思った時には唇が塞がれていた。しかもそのままぐいぐいと唇を押し付けてくる。さすがにやめろの気持ちを込めて、伸ばした腕で相手の服を掴んで引いた。
あっさり唇が開放されてホッとする。しかしそれもつかの間で、頬に添えられていた手が肩にかかったかと思うと、思い切り体重をかけられて後ろに転がるはめになった。咄嗟に腹に力を入れたので、背中や頭を打ち付けるようなことにはならなかったが、それでも何が起きたのか頭がついていかない。混乱する中、腹の上にまたがるように座った相手を呆然と見上げるしかなかった。
「お前はちょっといろいろ誤解してるよ」
「何、を……?」
「お前と恋人になっても、楽しめないのは俺じゃなくってお前って話。今現在お前を好きって言ってるのも俺で、セックスしたいのも俺。そんな俺に付き合って、恋人になってセックスまでしてくれようとするお前が理解できないよ」
「それは、俺だってお前が、……」
「今もまだ、俺を好き?」
一瞬言葉に詰まってしまったのは、つい数時間前までは、彼への想いは消化されきったと思っていたからだ。
「好き、……だ」
それでもどうにかそう返す。好きだと言われて恋人の有無を聞かれたさいに、恋人になってくれと言われたらと胸が高鳴ったのも事実だからだ。
彼がセックスなどと言い出さず、恋人になりたいと言ってくれていたら、そのまま素直に受け入れていただろう。それはやはり、自分の中に彼への想いがまだあるからだとしか言えない。
「だからさ、俺はちょっとタチが悪いってさっき言ったろ。昨夜の段階で、お前の気持ちは俺に向いてなんかなかったって知ってるよ。酔ったせいにして悪いけど、無自覚になんとなくどころじゃなく、思いっきりお前煽ったし誘ったよな。元々素養があった所にそんな真似されて、気持ちぶり返したみたいになってるだけだから。俺以外の男にそんな気になったことないお前が、俺に付き合ってこっちの世界に踏み込む必要なんてないんだよ。俺はお前と恋人になりたいわけじゃない」
黙って聞いていたら、見下ろしてくる彼の顔がどんどん泣きそうになる。まったくバカはどっちだと思った。
「俺の気持ちを否定するなと、俺もさっき言ったはずだぞ。お前が無自覚だろうと酔った上だろうとそれこそ本気でだろうとそんなのは関係ない。誘われた結果、俺の中にお前に対する気持ちが生まれたならそれでいい。むしろタチ悪く煽った自覚があるってなら、責任持って自分から、恋人になれと言ったらどうだ?」
「じゃあ……」
「言えって」
「恋人に、なって」
「いいぞ」
即答して笑ってやったら、ようやく相手も笑顔になってほっとする。しかしその安堵もやはり長くは続かない。
「じゃ、セックスしよっか」
「は? まさか今からか?」
「当然でしょ」
ニヤリと笑いながら腹の上で腰を揺する。正確には下腹部で、もっと言うなら限りなく股間の上に近い場所だ。
「ちょ、待て待て待て」
「出来ないとかやりたくないとかは言わせないよ?」
「言うつもりはないがせめて日を改めて」
「ヤダ。てかなんで?」
「準備的なものが必要だろ。ほら、色々と、主に俺の知識的な方面で!」
必死に言い募ったら、呆気にとられた顔をした後で笑い出す。
「心の準備が出来てるならそれでいーじゃん。後は経験者な俺に任せなよ」
「不安しかない」
「もしかしてセックスでイニシアチブ握りたいタイプ?」
「というより、むしろお前がそうじゃないのか?」
付き合いの長さから言っても、今現在、人の腹の上で煽るように腰を揺するその顔の楽しげな様子から言っても、そうとしか思えない。
「あれ? わかる?」
「わかりやすすぎるくらいにな。てかお前に好き勝手されたくないから日を改めてしよう」
「やだなー何言ってんの。好き勝手したいから今すぐしようって言ってんじゃん。まぁお前初めてだし、今日今すぐお前に突っ込んだりはしないからさ」
「は? 待て待て待て。俺が突っ込まれる側とか聞いてない」
まさに青天の霹靂だった。いっきにこの体勢に危機感を覚え始める。
「だから突っ込む側でいいってば。今日のとこは」
「今日は、って何だよ。今日は、って!!」
「お前焦りすぎて面白い」
「まじめに聞いてんだよっ。お前俺に突っ込むつもりなのか?」
「絶対嫌ってなら考慮はするけど、まぁ俺も男なんで好きな子は抱きたいよね?」
「まさか、上司の事も……?」
「あ、言ってなかったか。上司どっちかって言ったらネコの人だったんだよね」
「ネコの人?」
「抱かれる側のが好きな人。と言っても最初はそんなの知らなくて、俺が抱かれる側だったわけだけど。ってわけで、お前に抱かれることも出来るから安心して俺に任せなさいって」
自分に体格も声も似ているらしい上司相手に抱いた経験ありと宣言されて、これはもう本気で別の覚悟が必要そうだと思った。
「さっそく後悔してる?」
けれどそれでも、その言葉に返す言葉は決っている。
< 終 >
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