勝負パンツ2

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「え、うそ、まじで買ったの? あれを?」
「冗談だったとか、言うなよ?」
 ぶん殴りそうだからと物騒な言葉が続いたけれど、もちろん冗談だったなんて言うつもりはない。ただ、本気であれを用意するなんて、欠片も思っていなかっただけだ。
 前回、風呂場からシンプルなXバックの下着一枚で出てきたこの男は、すげー勝負パンツ買ったんだと自慢げに見せびらかしてきたので、勝負パンツだってならこういうのを穿いてくれと、フリル満載なメンズ下着の通販ページを見せた記憶が確かにある。めっちゃ蔑むような視線をよこされ、変態だなって言われた記憶もだ。
 彼が抱かれる側ではあるが、彼に女性的な要素は欠片もないどころか、どちらかといえば男らしいと言われるタイプなので、際どい下着でもスポーティーなものであればそう抵抗なく穿いてくれそうではある。社会人になっても筋トレを欠かさない彼には、そんな下着もきっと違和感なく似合うとも思う。
 でもだからこそ、フリルに纏われた彼を見てみたいと思うし、きっと可愛いだろうなと思ってしまう。格好良い彼を見れる機会は多々あるけれど、可愛い彼が見れる機会というのは少ないので尚更だ。
 格好良くてセクシーで可愛い恋人の、可愛いところを存分に可愛がりたい欲求を持つのは仕方がないと思う。だって可愛いんだから。
 ただまぁ、絶対に嫌がられるのはわかっている。彼に向かって可愛いと躊躇いなく言うような人間が少なすぎて耐性がないのか、可愛いと言われるのは苦手らしい。
 そんな彼に、可愛い下着を着けてくれだとか、その姿を可愛がらせてくれだなんて、言えるはずがないだろう。けれどメンズ下着にも可愛いフリル製品があると知ったときから、恋人のこの男に穿かせてみたいとずっと思っていた。
 前回、勝負パンツだなんて言うから思わず願望がこぼれ出てしまったけれど、その願望が叶うなんてことは欠片だって思っていなかったのに。
「冗談だったなんて言うわけ無いだろ。すげーみたい。脱がしていい?」
「や、やだ!」
 予想外すぎる出来事に、興奮を前面に出しすぎてしまっただろうか。だいぶ引き気味に断られてしまった。
「なんでよ。俺に見せるために着てくれたんだろ?」
「今めちゃくちゃ後悔してる。てかやっぱ着替えてくる」
「じゃあ俺も行く」
「は?」
「せめて着替えるとこだけでも見たい。てかお前の可愛い下着姿、絶対見たい」
「それじゃ意味ないだろ。やっぱ見られたくねぇって言ってんだっつの」
「だからなんでだよ。俺のために選んだ、俺を喜ばせるためのパンツだろ。俺に見せないでどーすんだ」
「そ、だけど、でもなんか、」
「でもなんか、なに?」
 言うのを躊躇うような素振りに続きを促してやれば、渋々と言った様子で口を開く。
「なんか、お前が勝負パンツにすごい興奮してて、やだ。見る前からそんな興奮してて、見られてがっかりされるのも嫌だし、見られてもっと興奮されるのも、なんかやだ。あんなパンツにここまで興奮されんのかと思うと、なんか、悔しい」
「いやちょっと待って。え? パンツに嫉妬してんの?」
「だってお前がセックス前にこんなテンション上げてんの、珍しい」
「それはどっちかって言ったら、パンツじゃなくてお前が可愛いせいだよ。お前の可愛い下着姿に興奮するんであって、フリル付きパンツ単体に興奮できる性癖はさすがにないぞ」
「何言ってんだ? 俺が穿いたら萎える要素のが強いだろ? あんなパンツ、絶対似合ってないんだから、想像で興奮してんならがっかりするだけだぞ」
「いやいやいや。何言ってんのはお前の方だって。今現在、俺のために似合わないと思いながらフリルパンツ買って穿いて緊張してるお前、それだけでめっちゃ可愛いから。あと見ないままで断言するけど、絶対似合ってるから。絶対可愛いから。がっかりなんて絶対しないから」
「そこまで言うのかよ」
「言うよ。だって絶対可愛いもん。お前がこんな緊張してるってだけで、今、本当にあの日俺が見せたような、フリル付きのパンツ穿いてんだって信じられるからな」
 どんなの買ったのか見てもいい? と尋ねれば、ようやく観念した様子で頷かれた。

続きました→

 
 
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HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

勝負パンツ1

 今日は顔を合わせた最初から、恋人の様子がおかしかった。ソワソワしているというか、どこか緊張していると言うかで、内心結構焦っていた。だって思い当たることがない。
 なんせ、互いの誕生日とも恋人同士が抑えておきたいイベント日とも全く近くないのだ。付き合い出した日だとか、初めてセックスした日だとかを今まで記念日的扱いをしたことはないから、そういや初めてセックスした日が近いなとは思ったけど、それはきっとあまり関係がない。
 実のところ、別れ話を切りだすタイミングを図っているのでは、と疑っていた。なんせ予定外の遠距離恋愛中で、ほぼ毎週末会えていた関係から、この半年ほどは月に1度会えるかどうかの関係だ。その月1度にしたって、距離がある分交通費で結構な額が飛んでいく。
 遠距離になってしまったのはこちらの都合なのに、こちらの多忙さを気遣って相手から来てくれるばかりなのも、正直心苦しいと思っていた。こっちでの食事は全て奢っているし、帰りの切符類もこちらが購入しているが、だとしたって、相手の負担の方が断然大きいのはわかっている。
 いい加減付き合いきれないと言われても、新しく気になる相手が出来たと言われても、情けなく相手にすがって考え直してくれと頼む以外の方法が思いつかないし、そんなのに絆されてくれる状況なら、付き合いきれないなんて言い出さないだろうことは想像がついてしまう。彼の性格的に、恋人がいる状態で他の相手と行為をするとは考えられないから、浮気報告という線は薄そうだけれど、それだって絶対にないとも言い切れない。ただそれも、やっぱり彼の性格的に、浮気報告=別れ話になるだろうと思ってしまう。
 別れたいと言われたら、それはもう、ほぼほぼ決定事項で、自分にそれを覆すだけの能力がないのも明白だ。せっかく手に入れた、生涯添い遂げたいと思えるような同性の恋人が、今もまだ、同じように生涯を添い遂げたいと思ってくれているかなんてわからない。
 しかし、そんな心配はどうやら杞憂だった。
 泊まる予定で来ている相手は、別の宿を取っていたりはしなかったし、帰宅後も話がしたいと言い出しはしなかった。いつもどおり、こちらに先にシャワーを浴びるよう促し、その間にトイレであらかた準備を済ませて、入れ違いでシャワーを浴びに行く。つまり、今夜も抱かれる気があるということだ。
 それだけでひどく安堵はしたけれど、でもそうするとますます、あの緊張の意味がわからない。しかも、風呂場から戻った彼は、あからさまにその緊張を膨らませていた。いつもは下着くらいしか着用しないくせに、今日はしっかりと寝間着代わりの短パンとTシャツを着込んでも居る。
 昼間、そういや初めてセックスした日が近いなと思ったせいもあってか、まるで初めての時のような緊張ぶりだと思う。なんだか随分と初々しい。
「なんかすげー可愛いんだけど」
「ぅえっっ?」
「なぁ、なんで今日、そんな緊張してんの?」
「そ、れは……」
「そんな緊張されると、初めてした時のこと思い出すな。大丈夫だからこっちおいで?」
 あの日と同じ言葉を掛けながら、あの日と同じように隣のスペースをポンポンと叩いて誘えば、幾分ホッとした様子で近寄ってきた彼が隣に腰を下ろした。
「で、緊張の原因は何?」
 抱かれる気があるという時点で、別れ話の可能性はなくなったと思っているので、他に考えられる要素はなんだろうと思う。
「何か変な性癖にでも目覚めちゃった?」
「はぁっ!?」
 驚きと不満とがあらわな声音に、どうやら違うというのはわかったけれど、同時にますます難易度が上がる。
「ああ、うん、違うのはわかった。けど、ごめん、全く理由が思いつかない」
 降参だと肩を竦めて見せれば、キッと眉を吊り上げて、お前が言ったくせにと強い口調で非難されて意味がわからない。
「俺が言ったって何を?」
「お前が言うから、買ったのに」
「買った? って何を?」
「パンツ」
「パンツ?」
「勝負パンツだよ!」
「ああ、って、ええっっ!?」
 理解が一気に押し寄せたけれど、同時にひどい驚きに襲われても居た。

続きました→

 
 
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今更エイプリルフールなんて

 4月1日がエイプリルフールだということはわかっているが、下らない嘘を吐きあって笑えるような人間関係が成立していたのはせいぜい学生時代までで、社会人となってからはそう縁のあるものではなかった。どちらかというと、企業やらが仕込むネタを楽しむ日、程度の認識だ。
 だから、担当という形で一年近く仕事を教えていた昨年の新入社員の男からの、彼女が出来たという報告も、ただただ単純におめでとうと返した。そんなプライベートの報告は別にしなくてもいいのだけれど、浮かれて誰彼かまわず伝えたいのかも知れないし、そんな内容を話せる相手が他にいないのかも知れない。
 たあいない雑談の中で聞いた、休日に友人と遊びに行った話なども覚えてはいるが、その友人とどのような関係かは知らない。恋人どうこう話せるような相手ではないのかも知れないし、もしかしたらその話に出てきた友人が彼女となったのかも知れない。その友人の性別を聞いた記憶はなかった。
「それだけっすか?」
「それだけ、って、おめでとうじゃ不満なのか?」
「そういうわけじゃ……」
「そんな顔で言われてもな。で、なんて言ってほしかったんだよ」
「っていうか、彼女できたなんて嘘おつ、とか、お前が好きなの俺だろ、みたいなのないんすか?」
「は?」
 とっさに、何言ってんだこいつ、という気持ちから疑問符を飛ばしてしまったが、そういや思い当たるフシがないこともないなと思い出す。
「あー……そりゃ好意はちゃんと感じてたけど、ていうか好きとは言われたことあったけど、でもそれ、俺が担当で良かった程度の意味かと思ってたっていうか、恋愛方面絡んでとか思ってなかったし、彼女出来ましたって報告に、お前俺が好きだったろ、とか返すほど自信過剰でもないし」
 というかあれらは本当に恋愛方面込みでの好意なんだろうか。どう思い返しても、担当に恵まれて良かった、という気持ちをノリと勢いで「好き」という単語にしたようにしか思えないのだけれど。
 しかしそれを確かめてしまうのは躊躇われて、そこはグッと言葉を飲み込んだ。
「いやだから、そんなマジに取られても困るというか、そもそも、おめでとうでスルーされると思ってなかったと言うか」
「ん? どういう意味だそれ」
「えー……っと、だからその、今日、なんの日か知ってますよね?」
 今日がなんの日かと言われてようやく、エイプリルフールのネタだったのだと思い至る。
「つまり、彼女が出来たは嘘ってことか」
「そ、です」
 絶対嘘ってわかった上で乗ってくれると思ってたのにと、不満げに口先を尖らせているけれど、会社でエイプリルフールの嘘を振られるのなんて初めてだったのだから無茶を言うなと言いたい。というか言った。
「えー、マジっすか」
「マジだよ。だからな、今日も、来年以降も、エイプリルフールがやりたいなら、相手は学生時代の友達とか家族だけにしとけよ」
「えー」
「えー、じゃない」
「せめて先輩だけでも、来年も相手してくださいよ〜」
「なんでだよ」
「だって嘘ってわかってたら乗ってくれますよね?」
「いや乗らない」
「なんでっすか!?」
「じゃあ例えば俺が、お前俺が好きだったろ、って返したら、お前それになんて返す?」
「先輩が付き合ってくれんなら今すぐ彼女振ってきます!」
「言うと思った。つまり、お前と嘘ネタでやりあうと大事故起こる未来しか見えないからだ」
 それを耳にした誰もが、エイプリルフールの面白ネタと思ってくれるわけじゃない。もしエイプリルフールと気づかれずに本気にされたらどうするんだ。というか多分気づかれない確率のが高い。
「でも俺、先輩とだったら誤解されてもいいっていうか、まじに付き合うことになってもいいんですけど」
「嘘おつ。てかやめろって言ったそばから!」
 少しばかり声を荒げてしまったが、相手は満足げに笑っている。
「そういうとこ、ほんと好きなのに〜」
「わかった。それは信じるから、仕事しろ仕事」
「はーい」
 機嫌よく自分のデスクへ戻っていく相手の背を見送りながら、これは来年も何かしら仕掛けてきそうだと思って、深い溜め息を一つ吐き出した。エイプリルフールなんて、自身にはもう直接関係のないイベントだと思っていたのに。

 
 
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好きって言っていいんだろ?

ツイッタ分2019年「一次創作BL版深夜の真剣一本勝負 第287回」 → ツイッタ分2020年−2「クリスマス」の二人です。

 クリスマスに呼ばれてから先、学校で渡されるのではなく、彼の家で菓子を振る舞われることもじわりと増えて、先月のバレンタインもチョコケーキを彼の家で食べた。
 バレンタインが日曜だったのもあるし、翌日だろうと学校でチョコ関連の品を渡すのはさすがに抵抗があるし、家ならラッピングや食べやすさを気にする必要がなく、盛り付けにだって凝れるから、というのが相手の言い分だ。
 特に予定もない日曜に呼び出されたって、こちらは菓子を振る舞われるだけなので、なんの文句もない。ただ、バレンタイン当日に、凝った手作りチョコケーキを躊躇いなく振る舞ってくる、というのをどう解釈していいかは難しい。
 学校で渡すのは躊躇われると言う程度には、バレンタインとチョコというものを意識してはいたようだけれど、チョコケーキそのものは多分家族向けに作ったもののお裾分けに違いなくて、自分のために用意されたなどと驕れる要素はほぼ皆無だったからだ。なんせ、皿に乗って出てきたのはカットケーキだったので。
 でも自信作という割には、こちらの様子をいつも以上に気にかけていたのが気になるし、めちゃくちゃ美味いと誉めたら嬉しそうにはにかんでいたのも気にかかる。気にかかると言うか、あれは期待したくなるような顔だった。相手ももしかしたら、恋愛的な要素を含んで、自分に好意を持っているんじゃないのか。
 解釈に悩むのは、自分の中に期待があるから。というのが多分一番正しいのだけれど、要は、彼は菓子作りが好きで彼の菓子を絶賛する自分に食べさせることを楽しんでいるだけ、というスタンスを貫き通すかどうかを迷っている。
 もっと言うなら、ずっと貰いっぱなしなので、ホワイトデーを理由にして、何かしら返そうというのは決定事項なのだけれど、そこに美味い菓子をありがとう以上の感情を乗せていいのかを迷っていた。
 あのチョコケーキに何かしらの意味があったなら、こちらだって躊躇うことなく想いを返せるのに。以前、自分の口から言ってしまった、好きなのはお前の作る菓子だけという断言や、そんな心配は必要ないとはっきり言われているせいで、期待からくる勘違いを疑ってしまう。
 結局迷いながらも、とりあえずでホワイトデー当日の予定を聞けば、マカロンを作るなどと返ってきて驚いた。ついでのように、月曜にお裾分けを渡すつもりだったが食べに来るかと言われれば、頷く以外ない。まぁ当日会えるのが確定したので良しとする。
 そうしてやってきたホワイトデー当日、用意したお返しを手に彼の家に訪れれば、手の中の荷物に気づいた相手が何だそれと問うてくる。そこそこの大きさがあって、しかも明らかにプレゼント用らしきラッピングがされていれば、気になるのは当然だろう。
「ああ、これはホワイトデーのお返し」
「え、僕に?」
「お前以外ないだろ」
 ほらやるよと、相手の胸にプレゼントを押し付けてやれば、開けていいかの言葉とともに、袋の口を閉じるように結ばれているリボンが解かれていく。
 ここはまだ玄関先なのだが、こちらをリビングだったり彼の部屋だったりへ案内する時間も惜しいらしい。待ちきれないのがありありと分かる、期待の滲んだ様子で中身を取り出した彼が、驚きと喜びとを噛みしめるようにして破顔するその一部始終を、こちらもつい、ジッと見守り続けてしまった。
「気に入ったか?」
「うん。それはもう」
 顔を見ればわかるし、そもそも彼が過去に「それいいな」と言っていたものを選んでいるのだけれど、それでも一応確認すればすぐに肯定が返った。
「じゃあ、使ってくれ」
 渡したのは、自分が使っているボックス型リュックと同型の色違いだ。
「ありがと。さっそく明日から使うよ。でもこれ使ったら、お揃いになるけど、いいの?」
「ダメならそれをプレゼントに選ぶとかしないだろ」
 むしろそれを狙っている部分もある。
「まぁそうか。てかさ、じゃあ返せとか言われても困るんだけど、これ結構値段するよね? チョコケーキ一切れに対して大げさじゃない?」
「それは、今まで結構色々貰ってきてるし」
「ああ、なるほど。いやでもまさか、お返し考えてくれるタイプと思ってなくて、どうしよう、なんか今、めちゃくちゃ感動してる」
「まぁ俺も、今、わりと感動してるような気もする」
 だってこれ、期待からくる勘違いだけじゃないだろ。プレゼントを渡してから先の、彼の一連の動作や表情や言葉に、嬉しくて仕方がないその様子に、彼にも同じ想いがありそうだと思ってしまった。
「え、何に?」
「俺、お前のこと、好きになったみたいなんだけど」
「え? は?」
「って言っても、大丈夫そうなことに、感動してる」
 お前も俺のこと好きだろ? とまでは続けなかったけれど、多分通じたのだろう相手の顔が、じわじわと赤く染まっていく。
「好きなの、僕の作るお菓子だけ、って言い切ってたくせに、ズルい」
「それは撤回するけど、ズルいってなんだよ」
「お菓子だけじゃなくて、僕自身に惚れさせて、あの言葉は撤回するね、ってやりたいのは僕の方だった」
「惚れさせて、ってとこまでは成功してるだろ。その結果がこれだろ」
「そうだけどそうじゃない。いやまぁ、先を越されて悔しい、くらいの意味だよ」
「そうか?」
 まだ他に何かありそうな気配に首を傾げてみたが、マカロンはもう出来上がってるから上がっての言葉に、そんな一瞬の疑問はあっさり霧散していった。

この2人は、どっちも自分が抱く側を主張して揉めるカップルになりそうな予感がしてる。ので、またそのうちうっかり続くかも知れない。

 
 
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カレーパン交換

 自室の勉強机の上に置かれた黒い袋の中身はカレーパンで、昨日コンビニで買ってきたものだ。有名なチョコブランドとのコラボ品で、発売情報は事前に得ていた。
 バレンタインというイベントに乗っかって、チョコを渡しながら想いを告げたい気持ちはない。むしろこの胸の中に抱える恋情は隠し通したい。でも好きな相手にチョコを渡すという、ドキドキだったりワクワクだったりは味わってみたい。
 そんな自分にとって、チョコ入りカレーパンというのは絶好のアイテムに思えたのに。これならおもしろネタとして購入しやすいし、あまりバレンタインだのチョコだのを意識させることなく、相手にも渡しやすそうだと思ったのに。
「はぁあああ」
 目の前のカレーパンを見つめながら盛大に溜息を吐いた。
「なんで、今年に限って日曜なんだよ……」
 吐き出す声は恨めしさがありありと滲んでいたが、それも仕方がないと思う。平日だったら学校で弁当を食べるついでに取り出して、面白そうだったから買ったと言って、半分わけてやるなどで相手に食べさせることが簡単にできるのに、日曜じゃそうもいかない。
 仲はそれなりに良いし、映画やら買い物やらで休日に一緒に遊びに行くことだってしないわけではないけれど、カレーパンを渡すために会うとか意味がわからない。というよりも、せっかくバレンタインやらチョコやらを意識させないためのカレーパンなのに、そんなことをしたらさすがに気づかれそうだ。
 だってカレーパンを包む袋にははっきりとコラボしたブランド名が書いてあるし、このブランド名を見たらチョコを意識せざるを得ないし、わざわざ呼び出してこれを渡したら、きっとチョコを渡すのとそう変わらない。それじゃカレーパンである意味がない。
 元々、バレンタインなんてイベントは自分の想いには無関係だと思っていたのだから、好きな相手にチョコを渡してみたいなどという、乙女じみた野望を捨ててしまえばいいのはわかっている。でもこのカレーパンの発売情報を見た瞬間に、これなら俺でも渡せるじゃん! と浮ついた気持ちが忘れられない。
 諦めきれないまま、手の中の携帯を弄った。さっきから何度も、相手に今日会えないかと問うメッセージを書いたり消したりしている。会って渡したら意味がないと思うのに、どうにかしてさりげなく渡す方法はないかと模索している。
「うわっ!」
 そんな中、相手から暇かどうかを問うメッセージが届いて、思わず驚きの声を上げてしまった。すぐさま暇だけどと返せば、次には、近くまで来てるから遊ぼうというメッセージが届く。
 向こうから申し出てくれるなんて、なんて都合がいい。
 机の上のカレーパンはそのままにこの部屋に呼び、ちょっとでもカレーパンに興味を示したら面白そうだったから買ったと告げて、一緒に味見をすればいい。この流れなら、当初の予定とそう変わらない。
 しかし、ウキウキで遊びに来た相手は、部屋に入った瞬間に、あっ! と声を上げて立ち止まってしまった。視線の先はカレーパンだ。
 ちょっとでも興味を示したら、というレベルじゃない反応にドキリとする。
「あ、いや、これはその、なんか面白そうだったから買ってみただけで、誰かにあげるつもりとかは、あ、じゃなくて、誰かに貰ったものじゃなくて、その、あー……」
 焦って口からこぼれていく言葉はどれもこれもが最悪だ。このカレーパンがバレンタインのチョコを意識した品だと、自ら暴露してしまった。
 これでもう、さりげなく相手にチョコを渡すのなんて絶対に無理。このカレーパンを買ってきた意味がなくなった。
「くそっ」
 自らの盛大な失態に悪態をつけば、相手はそんな動揺しなくてもいいのにと笑う。
「バレンタインコラボのチョコ入りカレーパンを自分で買ったからって、そんな恥ずかしがるような事じゃないだろ。面白そうだったから買った、だけでいいじゃん」
「わかってんよ」
「それにさ、もしお前がバレンタイン用の包装された可愛いチョコを買ってたって、チョコ貰えなくて自分で買っちゃう可哀想なやつ、なんてこと、俺は思わないぞ?」
「いや、そうじゃねぇよ。つか、つまり俺がこれを誰かにやるつもりで買ったとか、誰かから貰ったとかは、欠片も思わねぇってことかよ」
「最初に言った、面白そうだから買った、が事実だと思ったけど。それとも、誰かにあげたくて買ったものだから、あんなに焦った?」
 またしても完全に墓穴を掘った。チッと舌打ちして視線をそらせば、図星だ! という言葉に追い打ちをかけられる。
「え、まじで? お前、チョコ渡したいような相手いるってこと? え、誰だよそれ。俺の知ってるやつ?」
「あーあーあーあー、うーるーせー」
 続けざまに質問が飛んできて、それを遮るように声を荒げて机に近づいていく。
「これは、俺が自分で食うために買っただけ」
 取り上げたカレーパンの袋を思い切り開封し、中身にかぶりつこうとしたその時。
「待って!」
 手の中から相手がカレーパンの袋を奪っていった。
「何すんだっ!」
「自分が食べてみたくて買っただけなら、これじゃなくて俺が買ってきたやつ食って」
「は?」
「俺が、買ってきたのを、食え」
 言い含めるようにゆっくりと吐き出されてくる声は、どこか怒りを孕んでいる。
「え、なんで?」
「俺のは明確に、お前に食べさせるために買ってきたものだからだ」
「え、なんで?」
「今日がバレンタインだから」
「え、つまり、お前からの……チョコ?」
 最後の部分は言うのをかなり躊躇った。けれど確かめずにはいられなかった。
「そーだよ! ほらっ」
 鞄から取り出された黒い袋が突きつけられる。紛れもなく、先程まで机の上に置かれていたカレーパンと同一のものだ。
「まじかよー」
 受け取った袋を抱えながらへなへなとしゃがみこんでしまえば、同じようにしゃがんだ相手が、俺からのじゃ食いたくないかと問うてくる。少しだけ不安のにじむ声に慌てて首を横に振った。
「つかお前、勇気あんな」
「いや俺だって、お前が誰かにチョコ渡したがってるの知らなきゃ、言うつもりなんて無かった。面白そうだから買ってきた、だけでいいと思ってたよ」
「そ、っか」
「そう。だからこれは返すけど、これの代わりに、俺が渡したそっちの未開封のを誰かにやるのとかだけはナシな」
「んなことするわけないだろ。てかそっちはお前が食えよ」
「え、やだよ。だってこれ、お前が誰かにあげるつもりだったチョコだろ」
「誰か、っつーか、お前な」
「え?」
「俺がそれ渡したかった相手、お前」
「え、え、つまり……」
 俺たち両想いだなと告げれば、ここまで一切照れる様子もなく堂々としていた相手の顔が、みるみる赤く染まっていった。

コラボカレーパンこのコラボカレーパンが発売されるニュースを見て、今年のバレンタインネタはこれに決まりだなと思いました。笑

 
 
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禁足地のケモノ

 秘密の場所がある。神隠しにあうだとか異世界に繋がっているだとか、入ったら二度と戻れないと言われる入ってはならない禁足地らしいが、死のうがどこか別の世界に連れて行かれようが構わない。ただ、今の所、帰れなかったことはない。
 そこに奥へと続く道があるなんてとても思えないような木々の隙間に身を滑らせて、目的の場所へと急ぐ。とはいえ足を怪我しているため、走れはしない。それでも15分ほど歩けば、少し開けた場所に着く。
 そこにはギリギリ温泉と呼べそうな、ぬるい湯が湧き出る小さな泉があって、それを守るかのように一匹の大きなケモノが寝そべっている。四足の、犬に似たケモノが何者であるかは知らない。
 着ていた服も怪我の包帯も全て脱ぎ落とし、寝そべるケモノの前に腰を下ろせば、ようやく閉じた目を開けたケモノがのそりと身を起こす。
「おはよう」
 そろそろ日が落ちそうな時間ではあるが、構わず告げて手を伸ばした。大人しく撫でられるがままの相手を存分に撫で擦ってから、相手の耳元に顔を近づけて、お願い、とささやく。
「ね、その泉、使わせて」
 失敗しちゃったと苦笑しながら、怪我した部位を指させば、大きく腫れている上に深い切り傷まである腿のその場所へ、相手の顔が寄せられる。ふんふんと匂いを嗅いだ後、既に血は止まっているものの、パクリと開いたままの傷の上をベロリと舐められた。
「ぐぅ、んっっ」
 何をされるかわかっていて覚悟はしていたものの、痛みに堪えきれなかった声が少しばかり漏れてしまう。治したい部位を相手に舐められてから、というのがどういう意味を持つのかはわからないが、そういうものなのだと思って深く考えたりはしない。今後も生きてここを利用したいなら、深入りするべきじゃない。
 許可を貰って、泉に身を浸す。傷が癒えるにはそれなりに時間がかかる。けれどほぼ一晩、その泉の中で過ごせば、僅かな鈍痛が残る程度まで回復していた。腫れは引き、あんなにパックリと開いていた傷すら、薄っすらと赤い線が残るのみだ。
 泉から上がって、やっぱり目を閉じ寝そべるケモノに近寄った。そっとその頭をなでて、耳元に口を寄せ、ちゅっと軽く口付ける。
「ありがと。もう、大丈夫。でさ、今回も、礼は俺でいい?」
 ソコを利用するなら、それに見合った報酬を。というのはこの秘密の場所を知る者たちの間では既知の事柄だけれど、どの程度の報酬が妥当なのかという判断は難しい。なんせ相手は言葉でやりとりしないケモノなので。
 黙って受け取ってもらえれば生きて帰れる。というだけで、生きて帰った者の、このくらいの傷に幾ら払ったという情報が、時折聞こえてくるだけだ。
 満たなかった場合にどうなるかの情報が一切ないので、相手の満足行くものが提供できなかった場合は殺されるだとか食べられるだとか、別の世界に連れて行かれるだとか、つまり戻って来れないという話はそういう部分からも発生している。思うに、怪我が酷すぎて、ここまでたどり着けないとか、たどり着いても治らずここで息絶えるだとか、という理由で戻れないだけなのだろうけれど。
 なんでそう思うのかと言うと、この身を差し出して帰れた事が既に数回あるからだ。正直言えば、どうせ死ぬならこのケモノに見守られて死にたい、なんてことを思っての利用だった。それくらい酷い怪我をして、到底それに見合うと思える報酬など所持してなくて、死ぬつもりで訪れた。まさか、なんとかたどり着いたもののすぐに意識を失い、気づいたら傷は癒えていて生き長らえてしまうなんて思ってなかったし、死ぬ気で来たから差し出せるものはこの身ひとつしかない、と言って、食われるのではなく抱かれるなんて目に合うとも思ってなかった。
 多くの場合、噂を信じて訪れるのだろうから、それなりの報酬を用意し積むのだろうし、自分だって、体を差し出してこのケモノに抱かれることを報酬とした、なんて事は口が裂けても教えないから、僅かな報酬で許された者はそれを口外しないってだけだろう。
 同じように体を差し出している者がいるのかどうか、少しだけ、知りたい気もするけれど。だって、こんな真似をしているのが、自分だけならいいのにと思ってしまう気持ちがある。
 わざと危険な仕事に手を出して、ここを利用したくなるような傷を負っている自覚はある。何事も起こらず成功することも当然あるし、それなりの報酬を積むことだって簡単に出来るのに、いつだって一銭も持たずに訪れている。
 言葉を交わせないケモノ相手に、まさかこんな想いを抱く日がくるなんて思わなかった。そんな自嘲にも似た笑いを乗せて、身を起こした相手の鼻先に唇を寄せた。

 
 
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