追いかけて追いかけて7

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 俺ならあなたを可愛がってあげられますよなどと言い出した目の前の男は、どうやら自分と彼との関係を大きく誤解しているようだ。相手はこちらのことを、ノンケに辛い片想いを続ける健気なゲイだと思っているようで、つまりは慰めてやるから自分を選べ、ということが言いたいらしい。
 なんてバカらしい。
 彼を追いかけて転部したのは事実で、彼を追いかけて今のゼミを選んだもの事実で、彼に対して恋愛感情を持っているのも事実だけれど、心が揺れるのは辛い片想いを抱いているからじゃない。彼の好意を受け取って、恋人になる道を選べない。選びたくない。そのくせあの日彼が告白してくれたことも、未だに食事に誘ってくれることも、こんなにも喜んでいる自分自身に嫌気が差しているだけだ。
 彼の恋人になりたい気持ちも間違いなく自分の中にある。きっと彼はこの気持を見抜いていて、こちらの気持ちの整理がつくのを待っているのだと思う。彼に他の恋人を作って自分以外の誰かと幸せになって欲しいと本気で思っているなら、はっきりきっぱり強く拒絶するべきだとわかっているのに、誘われるまま食事に出かけてしまう自分自身の弱さと甘さには辟易する。
 実際の自分は、目の前の男が言うような健気なゲイのイメージからは程遠く、ダダ漏れの好意で相手を振り向かせたくせに相手からの告白を拒むような酷いヤツで、慰めなんて一切必要としていない。もちろん、なんの好意も持たない相手に、可愛がって貰う必要だって一切ない。
 そもそも、無断で他人の家に上がり込むような、さっきまで顔しか知らなかった男となんて友達付き合いすらしたくないから、もし仮に男相手に辛い片想いをしている状況だったとしたって、そんな相手と可愛がってやるだの慰めてやるだのの指す行為をしたいはずがなかった。
 それでもやんわりとお断りを告げるのは、状況の不利をわかっているからに過ぎない。そこまで相手との体格差はないように感じるけれど、スポーツなどは殆どしてこなかった自分の非力さは自覚しているし、肩に置かれたままの手から感じる相手の圧力というか重みからしても、相手を跳ね除けて逃げ出せる気がしなかった。
 ヤバイ相手だということはわかりきっているのだから、下手に刺激して相手を怒らせたくはない。頭に血が上ったら、何をされるかわからない。
 そうは思っているものの、フツフツと湧き上がる怒りは腹の底にたまり続けていたし、限界はあっさり訪れた。
「初めてで怖いんすかね。大丈夫。俺、男との経験そこそこありますし。大人しく任せてくれれば、そんな痛くしませんて。ちゃんと気持ち良くしてあげますから」
 ね、と笑う顔は若干の興奮を滲ませていて、欠片も安心を与えない。男に抱かれた経験なんてもちろんないが、でも怖いのはそれじゃない。そこじゃない。
「だから、」
「まぁまぁ。まずはちょっと気持ち良くなっちゃいましょ」
「ちょっ、なっ」
 肩を押さえるのとは逆の手がガシッと股間をわし掴んで来たが、何に驚いたって、その手の温かさとグニグニ揉み込む指のリアルな感触だ。直に触れられている。慌てつつもむりやり首を起こして確認した下半身は剥き出しで、つまりは寝ている間に脱がされていたらしい。
「こ、っのヤロ。ふざっけんなよ」
 急所を握られた恐怖よりも、あまりに好き勝手が過ぎる相手への怒りが勝って、とっさに片足を持ち上げて、相手の腹を思いっきり蹴り飛ばした。

続きました→

 
 
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いくつの嘘を吐いたでしょう

 腹が減ったけれど自宅にまともな食材もなく、買い出しついでに何か食べてこようと外に出る。取り敢えず先に腹ごしらえからだと、駅前にある食券制の蕎麦屋に入った。
「あ、財布……」
 食券機の前に立ってから、財布を忘れてきたことに気づいて肩を落とす。これじゃあ何のために家を出たのかわからない。
 何やってんだろうと恥ずかしく思いながら踵を返した所で名前を呼ばれて、恥ずかしさから俯いていた顔を上げた。そこには会社でお世話になっている先輩が、片手を上げながら笑っている。
「あれ? 先輩?」
「なにお前、財布ないの?」
「あ、はい。てかどうしたんですか、こんな所で」
「天気いいから花見でもと思って、ふらっと電車乗って、ふらっと降りた。ら、ここだった」
「ああ、なるほど」
 駅近くにけっこう立派な桜並木が有るので、電車からそれを見つけて降りてきたってことなんだろう。
「おう。で、お前はなんでここ居んの? お前んちってこの辺だった?」
「はい。徒歩10分くらいですかね」
「へー。なら、今から戻って財布とってくんの?」
「あー……それは、」
 往復20分かけて、もう一度食べには来ない気がする。店員さんにさっき財布忘れた人だと思われそうで恥ずかしい。
 買い出し気分で出て来たけれど、再度家を出る気になるかすら怪しかった。ちょっと何かを失敗すると、やる気が一気に削がれてしまうのは良くない傾向だとは思うけれど、帰ったらそのまま引きこもってしまいそうだ。
 食料がないとはいっても、多分カップ麺の1個や2個は残っているはずだから、今日はそれを食べて凌げばいい。
 なんていうこちらの思考を読んだのかはわからないが、財布を手に先輩が立ち上がる。
「奢ってやるよ」
「え?」
「ここで会ったのも何かの縁だろ。で、暇ならちょい花見に付き合って」
「あ、はい。じゃあ、えっと、ゴチになります」
 軽く頭を下げて了承し、蕎麦を食べたあとは近くの桜並木を眺めながら歩いて、とりとめのない話をした。
 財布を忘れなければ、蕎麦を食べた後はスーパーに寄って買い物をする予定だったとは話したが、まさかそのまま一緒にスーパーへ行くことになるとも、自宅アパートへ先輩を連れて帰る事になるとも思ってなくて、我ながらビックリだ。
「なんもない上に狭いすけど、どうぞ」
 丁寧におじゃましますと告げてから、後ろについて上がってきた先輩は、チラッと部屋を見回した後で綺麗な部屋だなという感想をくれた。
「綺麗つーか、物が少ないつーか、なんか、めっちゃお前らしい」
「そーですか? まぁ、適当に座ってて下さい」
 買ってきた冷蔵品を冷蔵庫へしまいながら、同時に買ってきた惣菜を温めたり、箸やグラスを用意していれば、手持ち無沙汰だったらしい先輩が何か手伝うと言いながら寄ってくる。
「じゃあこれ、お願いします」
 言いながら、出していたグラスと箸を渡せば、先輩は機嫌良くそれを受け取り戻って行った。それを数回繰り返して、最後に、最初に冷凍庫に突っ込んだビールの缶を持ってテーブルにつく。
「お待たせしました」
「おう、じゃあ飲みますか」
 最初はこのまま飲みに行かないかという誘いだったはずが、気づけば家飲みしようという話になっていて、買ってきたツマミと酒は先輩の奢りだった。最初に飲む用の2本は冷凍庫へ入れたが、残り4本は冷蔵庫に入れてある。
「あ、待って下さい。先に立替分払います」
 ツマミと酒は奢りでも、それ以外にもあれこれ買っている。飲み始める前にそれらを精算しておくべきだろう。
「あ? あー、いやいいよ。買ったもん全部奢りで」
「へ? なんで?」
「臨時収入あったから? 飲み行こってのも俺の奢りでって言ったろ。それなくなった分。飲み行ってたら絶対もっと掛かるし、場所代てことで」
「え、ならもっと色々買い込んでくればよかった」
「そりゃ残念だったな」
 そうならないように今言ったんだと言って、先輩がやっぱり機嫌良く笑った。もともと愛想の良い人ではあるけれど、今日は会ってからずっとニコニコと笑いっぱなしで、よほど良いことがあったらしい。
「今日、随分機嫌いいですよね。臨時収入って、もしかしてパチとかお馬さんとかそれ系で大勝ちとかっすか?」
 驚いたのか少し目を瞠った後、それからおかしそうに笑って、パチでもお馬さんでもないけど大勝ちで機嫌がいいのは当たりだと言われた。
「宝くじ、競輪、競艇。あ、パチじゃなくてスロットとか」
「違いますー。そういうギャンブルやりませーん。つか今日、何の日かお前わかってる?」
「え?」
「エイプリルフール」
「が、どうかしました?」
「お前に会いに来たんだよ。で、お前呼び出す前にお前と会えて機嫌がいい」
「は? なんすかその嘘」
「うん。実は今日、俺はお前にたくさん嘘ついてるって話」
 だってエイプリルフールなんだもんなどと言って笑っている目の前の男は、既に酔っているようにも見える。まだ飲み始めたばかりなのに。
「さて、俺は今日、いくつお前に嘘を言ったでしょう?」
 どれが嘘だったと思うかなんて聞かれても、正直面倒くさいだけだった。
「そういうの面倒なんでいいです」
 ばっさり切り捨ててしまったけれど、そう言うと思ったと言って、やっぱり先輩は機嫌良さそうに笑っている。
 嘘つく張り合いのなさが良いなどと言われるのはなんとも微妙だったけれど、機嫌の良い相手と飲むタダ酒は美味しかったから、またお前とこんな風に飲みたいという言葉にも頷いた。
「今の、嘘じゃないけど」
「俺は今日、先輩と違って一つも嘘吐いてないんですけど」
 少々ムッとしつつ返せば、先輩は酔っていささか赤い顔をますます赤くして、どこか照れくさそうにヘラリと笑う。
「お前のそういうとこ、割と本気で、好きだなって思うよ」
 可愛いねなんて続ける口調はなんとも嘘っぽくて、でもなぜか、それも嘘ですよねとは聞けなかった。

 
 
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ヘッダー用SS

 追い詰められた壁際で見上げる相手の顔は怒ったみたいに真剣で、ああやっと落ちたのだと、胸の鼓動が興奮と歓喜で早くなる。うるさいくらいに高鳴る心臓を気取られないように、相手の目をまっすぐ見つめ返しながら、ゆっくりと十度ほど左へ首を傾げてみせた。
 あざとくたっていい。相手は馬鹿じゃないから、きっとわざとだって気づいているけど、それでいい。自分の利点は最大限に利用して、相手の視覚へ訴える。
 頭一つ分違う身長差も、一回り近く違う年齢差も、女みたいだと言われる比較的整った顔も、自分にとっては武器だった。というよりも、武器にするしかなかった。
 親元を離れて暮らす自分にとって、彼は兄のようであり、時には親代わりも努めてくれるような酷く親しい存在だけれど、血の繋がりは一切ないし恋愛感情を抱いていいような相手でもない。それでも、どうしても、彼のことが欲しかった。彼の特別が欲しかった。
 使えるものは全部使って、思いつく限りの誘惑をしかけて、躱されて、躱されて、でも諦めずにしつこく纏わりついたから、ようやく相手も観念したらしい。
「怖い顔してどうしたの?」
 落ちた、とわかっていながらも、決定的な言葉を欲しがって尋ねた。でも相手は言葉では返してくれなかった。
 言葉はくれなかったが、顎を捕まれ固定される。意外と手が早い。なんてことを思いながら、相手を見据えていた目をゆっくり閉じた。
 近づく気配と、重ねられる唇。すぐに離れてしまう気配を追いかけるように、閉じていた瞼を押し上げる。相手はやっぱり、怒ったみたいな顔をしていた。
「これで、満足だろう?」
 唸るみたいな声が吐き出され、怒ったみたいな顔は少し歪んで、なんだか泣きそうにも見える。こんな自分に惚れられてしまったせいで、彼の人生はきっとメチャクチャになっただろう。
 可哀想にと思う傍らで、彼の特別を半ば強引に奪うのだから、なにがなんでも幸せにしてあげようと思う。絶対に後悔なんてさせない。
「うん。でも、満足には全然足りないよ」
 欲深くてゴメンねとまったく悪びれずに言い捨てて、両手を相手に向かって伸ばした。襟首を掴んで思い切り引き寄せ、同時に踵を上げて背伸びして、相手の唇を奪ってやった。

 
 
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ダブルの部屋を予約しました3(終)

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 多分消極的というよりは、もの凄く優しくて、かなり相手へ気を遣うタイプなんだと思う。気を遣いすぎてタイミングを逃したり、相手を気遣って強引にことを運んだりは決してしないけれど、でもわかりやすく踏み込んで欲しい気持ちを見せれば、躊躇わずにちゃんと踏み込んできてくれる。じゃなければ自分たちは、恋人なんて関係になれたはずがない。
 ただ、はっきりと示したこちらの好意に、優しい気遣いで応じてくれているのではと、疑う気持ちはないわけじゃなかった。他に恋人が居たわけじゃないから、こちらの精一杯の誘いに、乗ってくれたんだろうと思う。
 だからこそ、相手の苦手とするだろうことを押し付けてはいけないし、彼がこの気持ちに応じてくれたことを、酒の席で盛り上がるだけのネタだった旅行をこうして実現してくれたことがどんなに嬉しいかを、自分からもしっかり伝えたいと思っているのに。恋人になってくれてありがとうって気持ちを、こんなに好きだって気持ちを、この旅行でもっと伝えたいと思っているのに。そして彼にも、恋人になって良かったって、少しでも思って欲しいのに。
 初っ端からチェックインを代わってもらって、落ちた気持ちを慰められて、そういう所が本当に好きだし、それが嬉しくてたまらないのに、こんなこと続けたらすぐに愛想を尽かされるって不安がつきまとう。
「まだ不安そうだなぁ。あー、じゃあ、俺の話をしようか。ダブルの部屋予約したって聞いた時、ツインの部屋にチェンジしたほうが良いんじゃないかって、言わなかったろ? だからもし変な目で見られるような事があっても、それはお前だけのせいじゃないから。旅行に浮かれて思わずダブルの部屋取ったってなら、俺は、それが嬉しい」
 大丈夫だよと言いたげに、そっと伸ばされた手がふわりと頬に当てられて、それからゆっくりと、何かを伺うように顔が近づいてくる。了承を告げるように瞼を下ろして、軽く触れるだけのキスを受け取ってから、自分も勇気を出して相手に手を伸ばした。
 ぎゅっと抱きつけば、すぐさま相手もしっかり抱き返してくれる。
「好き。大好き。すぐ不安になってごめん。なのにいっぱい慰めてくれてありがとう。そういうとこ、ホント、好き。旅行も本当に楽しみで、浮かれすぎてこんな部屋取っちゃったけど、ホントに嫌じゃない? 俺に気を遣ってダブル嫌だって言わなかっただけじゃないよね?」
「嫌じゃないよ。旅行中毎晩一緒に寝れるなんて、最高だろ?」
「うん。最高。だから、もし誰かにちょっとくらい変な目で見られたって、全然平気」
 こんな風にギュッと抱きしめられながら寝たり出来るのかなって考えると、気持ちがフワフワしてしまう。でも、抱きしめて寝てくれる? なんて聞くのはさすがに出来なくて、代わりに手を繋いで寝て欲しいなと、少し控えめに言ってみた。
「えっ、手?」
 しかし、あまりに驚かれて焦る。
「え、えっと、ダメだった?」
「いやいやいや。ダメじゃないけど、手繋ぐだけでいいの、っつーか」
「あ、ああ、あと、抱っこ? 抱っこして寝てくれたりも、したり、するの?」
 慌てすぎて何やら口から零す単語がオカシイ。オカシイのは単語だけじゃないけど。
 それは相手も思ったようで、抱っことか可愛すぎかよなんて呟きを拾ってしまったものだから、顔が熱くなっていく。
「あ、のさ。あちこち行きたいとこあるのわかってるし、無理させるつもりないけど、一応、もうちょいエロいこともする想定で準備してきてるから。その、どの程度までならしていいか、少し、考えてみて欲しい、かも」
「あ、ああああ、うん、あー、うん。そう、だね。だよね」
 男同士でダブルの部屋を予約する意味に、チェックイン直前まで思い至らないようなポンコツな頭は、恋人との初めての旅行で、自分からダブルベッドの部屋を予約するって意味も、どうやら全くわかっていなかったようだ。
 とはいえ、相手がそういうことを期待して準備してきたなんて聞いてしまったら、しないなんて選択肢はないに等しいけれど。

 
 
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ダブルの部屋を予約しました2

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※ 視点が予約を入れた側に変わっています

 意気込んでダブルの部屋を申込んだことを後悔したのは、チェックインのときだった。フロントで名前を告げて鍵を受け取らなければならないのに、この二人がダブルの部屋にと思われることを、思いっきり躊躇してしまった。男二人でダブルの部屋を予約したことを、咎められたりしないかって、不安になってしまった。
 そんなこちらの躊躇いに気づいたのか、お前はロビーの椅子で待ってなよと言い残して、恋人が一人でフロントへ向かっていく。酷く安堵しながらも、言われるまま彼任せにしてただただ待っている自分が、かなり情けなくて泣きそうだった。
 せっかく誘ってもらったのだから、この旅行ではもう少し、自分からもちゃんと動こうって、そう決めてきたはずなのに。彼の方が自分に比べたら少しだけ積極的というだけで、彼だって相手をグイグイ引っ張っていくのが得意なタイプじゃないと知っているのだから、その彼におんぶにだっこでアレコレして貰っていたら、早々に相手が疲れて愛想を尽かされるのなんて目に見えている。
 あっさりと鍵を受け取って戻ってきた彼は、どうやらすぐさまこちらの沈んでしまった気持ちに気づいたようだけれど、どうしたのと聞いてきたのは部屋に入ってある程度落ち着いてからだった。
「さっきはゴメン。この部屋予約入れたの俺なのに、チェックインしてくれて、ありがとう。あの、何も、言われなかった?」
「何も、ってどんな事を? 食事についてとか簡単な案内はされたけど、そんなの定形の説明だろ?」
 どうやら相手は、こちらが何を不安に思ってあの時足を止めてしまったのかまでは、気づいていないらしい。
「えっ……と、その、男二人でダブルの部屋取ってて、変に思われてなさそうだった?」
「あー……いや別に。変な目で見られた感じはなかったけど、俺、そういうとこは鈍いから。気にしてたのそれなら、俺がチェックインで正解だろ」
 大丈夫だよと言ってくれるけれど、そう言ってくれるからこそ、申し訳ない気持ちが膨らんでしまう。
「ほんと、ゴメン。なんでダブルの部屋なんて予約入れちゃったんだろ。男二人でダブルなんて、普通に考えたら、絶対おかしいってわかるのに。浮かれてダブルの部屋なんて取ったの、ちょっと、後悔してる」
「ちょっと待て。サイト経由で予約してんだから、男二人で利用するってのは事前にここだって知ってたはずだろ? 男二人でダブル利用がダメだってなら、事前になんだかんだ理由つけて断ってくるか、ツインの部屋を使ってくれって提案があってもいいはずだ。何も言われてないし、俺が鈍いだけとしたって変な目で見られてる感じもなかったから、意外と男二人でダブルの部屋使う客も居るのかもしれないだろ。だからおかしいって決めつけるのはやめないか?」
 一生懸命こちらの沈んだ気持ちを晴らそうと言い募ってくれるのが嬉しい。そう言われれば、確かにそうだなって思えるし、あまり気にすることではないのかもしれない。
 自分たちは好みや興味の対象が割と近くて、互いに相手の懐にガンガン入り込むような図々しさがない安心感があって、似た者同士だから惹かれ合った部分は確かに多い。それは彼自身も認めている。
 でも自分が彼に惹かれるのは、似た者同士という安心感などではなかった。惹かれているのは、同じように消極的でありながら、自分とは違って物事を前向きに捕らえる、彼の明るく朗らかな性格だ。つまり、似た者同士でありながらも間逆な部分にこそ、惹かれている。

続きました→

 
 
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ダブルの部屋を予約しました1

 恋人という関係になる前から、いつか一緒に行きたいね、という話はしていた。どうせ行くならせめて3泊はしたいし、出来ることなら一週間くらい滞在して、その地をあちこち巡りたい。
 なんて話に花を咲かせていたものの、互いに仕事があってそれぞれ繁忙期も違うので、なかなか実現することはなかった。半分くらいは酒の席での社交辞令というか、お互いそこまで本気で言ってるわけじゃないと思っていたのもあると思う。
 どっちも我が強いわけではないというか、互いに、もし相手が本気で誘ってきたら考えてもいい、程度に思っていた節はあると思う。相手か自分のどちらかがもっと強引に、スケジュールを調整するよう促し具体的に予定を立ててしまえば、もっと早くに、友人同士の旅行としてその地を訪れていた可能性は高そうだ。
 ただ、酒を飲みながらいつか行きたいという夢をだらだらと語るだけでも、それはそれで楽しかったし、同じものが好きだったり興味を持っていたりする相手への好意が育つのは簡単だった。恋人になってから聞いて知ったが、それは相手も同じだったらしい。
 自分たちは、多分、かなり似ている。
 何度となく、いつか一緒に行きたいと口にしていた旅行を本気で誘えなかった、かなり積極性に欠ける自分たちが、好意を晒して恋人になりませんかと誘えるはずはもちろんなかった。
 たとえばどちらかが女性だったら、もう少し話は別だったかもしれない。いつか一緒に行きたい、なんて話をノリノリでされるだけで、はなから恋愛対象として見てしまっていた可能性が高いし、男としてもう少し積極性を出すことを考えていただろうとも思う。まぁ、なに勘違いしてるのと笑われるのは怖いから、相当慎重に見極めるための時間を必要としただろうし、男女だったらもっと簡単に恋人になれたはずだ、なんてことは全く思っていないけれど。
 むしろ、男同士だったからこそ、積極性のない二人でもなんとか恋人になれたんじゃないか、という気がしないこともない。結局のところ、自分たちが恋人になれたのは、酒による失態という面が大きい。もしどちらかが女性なら、お互い、深酒をしての失態なんて晒さなかったはずだ。
 あの日彼は、育った好意が漏れ出ないように必死で気持ちを押さえ込みつつお酒を飲んでいたようで、珍しく悪酔いして吐いてしまった。これは相手の方がこちらより酒に弱かったと言うだけで、体質的にもっと飲めるタイプだったなら、吐いたのは自分の方だっただろう。つまり自分も相当、その時点で酔っていた。気持ちを押さえ込んで飲んでいたのは、こちらも同じだった。
 そんな酒で鈍りきった判断力により、その後自分たちは目についたラブホでご休憩し、それが結局ご宿泊になって、結果、翌朝には彼と恋人となっていた。
 ただし、一欠片だってあの日のことに後悔はない。育った好意を持て余すほど、いつの間にかこんなにも好きになっていた相手と、恋人になれて嬉しくないはずがない。
 ただまぁ、自分の消極性を情けなく思う気持ちはあるし、せっかく恋人になったのだから、もう少し積極性を出したほうがいいんじゃないかって、考えても居た。
 だから、今度こそ一緒に旅行をという話を本気で実現しようと思って、どうにか休みを調整できないかと、相手に話を持ちかけた。相手さえ休みが取れたら、こちらは何が何でも休みをもぎ取る気でいた。
 話はトントン拍子に纏まって、めちゃくちゃ喜んでくれた相手に、随分とホッとしたのは一週間ほど前になる。
 日程が決まったので、後は宿泊先のホテルをどこにするかとか、何を使ってその場所へ行くかなどを相談していたのだが、ホテルの予約は自分がと言ってくれた相手に、ありがたいと思う反面、ほんの少し違和感というか、珍しいなと思ったのは確かだ。宿の予約程度で、なんだか随分と意気込んでいるように思えたからだ。
 普段利用しているサイトのポイントだとか、そういう関連かとも思って、そこまで気にしてはいなかったのだけれど、彼が意気込んでいた理由は、もしかしてこれだろうか。
 手元の携帯には、予定していた宿の予約が済んだという連絡と共に、部屋はダブルで申し込みましたという一文が添えられている。
 決定事項だ。
 ダブルしか部屋が空いてなかった結果だとしたら、その前段階で、ダブルでもいいですかと聞いてくるはずだから、これは間違いなく彼自身の選択だと思う。
 たしかに自分たちは恋人で、恋人になってまだまだ日は浅いものの、既に数回、体の関係を持っても居る。だから特別ツインに拘る必要はないし、ダブルベッドで一緒に寝るのは構わない。構わないんだけど。
 この部屋の選択に、旅先でセックスしようという誘いが本当に含まれているのかどうか、皆目見当がつかない。
「いや、これ、お前、あちこち巡ろうって話、どうすんだよ……」
 もし体を繋げるような行為をしてしまったら、経験上、翌日あちこち巡れる元気はきっとない。
 思わず零した独り言が、静かな部屋に落ちて消えた。

続きました→

 
 
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