意気地なしの大人と厄介な子供5(終)

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「お前、昨日のこと、どこまで覚えてる?」
「俺がエロいことしていいよって誘ったから、一緒にベッド使えなくなった?」
「記憶、あんのか」
「あるね。で、叔父さんはなんて言ってた? 俺に酒飲ますの禁止とか言われた?」
「は?」
「電話してたのは知ってる」
 相手が誰かまでははっきり知らないけど。でもギリギリ嘘はついてない。
「起きてたのかよ。つか聞こえてたのかよ」
 否定されなかったってことは、相手は叔父さんで間違いないらしい。チョロい。
「何話してたかまでは聞こえてないよ。でも、俺が酔っ払ってエロいことしよーって誘った話、したのかな、って」
 これを肯定されたら、それはそれでちょっとショックって気もする。この人があれこれ誘ってくれるのは、母か祖母あたりに頼まれた叔父経由での様子見、という面があるだろう予想はあったけれど、こんなことまで伝えているって言うなら、どこまで報告されているんだろう。
 まさか、叔父さんの代わりでいい、と言ったことまで教えたのだろうか。そもそも叔父は、どこまでこの人の想いを知っているんだろう。
「なぁ」
 静かな声に呼びかけられて、嫌な想像に俯きかけた頭を起こした。
「お前、俺のこと好きだったりすんの?」
 恋愛的な意味で、と大真面目な顔で聞かれてしまって言葉に詰まる。言われて気付いたが、それは考えたことがなかった。
「あいつは、お前の叔父さんは、お前が俺を誘うのは俺に惚れたから、って見解だったけど、俺はどうにもお前に惚れられたなんて思えないんだよな」
「え、叔父さんと電話してたのって、そういう相談? 俺がどんな理由で誘ったと思う? とかを、わざわざ叔父さんに聞いてたの?」
「あー……いや、まぁ、話の流れでそうなったっつうか」
「怪しい」
 どんな話の流れだ。というか内心焦っているっぽいのが見て取れるから、叔父と何を話していたのか気になってしまう。
「そこはあんま突っ込むなって。お前が、叔父さんの代わりでもいい、とか言うから、あいつが何か変なことお前に吹き込んでないか確かめたかっただけっつーか」
 突っ込むなよといいつつも、そこで口を閉じて黙秘するのではなく、ゴニョゴニョと言い訳するみたいに教えてはくれる。
 こういうとこ、いいな、とは思う。けれどそれを恋愛感情かと言われると、正直よくわからない。
「変なことって?」
「俺が昔あいつに惚れてた話、とか」
「え、叔父さん知ってんの!?」
 言えば、しまった、という顔をされてしまった。ちょっと迂闊すぎないか。知ってたけど。
 けれどすぐに諦めたらしい。というか若干ヤケクソ気味に、昔告白して振られたよ、と教えてくれた。
 こういう迂闊さも、諦めの速さも、この人の好ましい部分だと思っているけど。でもやっぱり、これらを恋愛感情とは呼ばない気がする。
「マジ、で……」
「マジも大マジ。で、言ってないからお前が自分で気づいたんだろってさ」
 お前のその反応的にもマジなんだなぁと言った後、相手は話は終わりとばかりに食事の続きに戻ってしまう。
「えー……」
「なんだよその不満そうな声」
「いやだって、俺に恋愛感情あるかとか、なんで誘ったのとか、気になってるわけじゃないの? 俺まだそこ、何も答えてないんだけど」
 突っ込まれて聞かれても、返せる答えがあるわけじゃないけど。でも叔父には聞くのに、本人からの回答は必要ないって態度はどうかと思う。
「答えてないけど、俺に惚れてる態度じゃないのは見りゃわかる」
「なんで誘ったかの方は?」
「お前、俺が乗らなかったから次は別の男誘ってみよう、とか考えてる?」
「は?」
 なんで突然、「別の男」なんていう、対象さえはっきりしてない存在が出てくるのかわからない。呆気にとられてしまえば、そんなつもりが一切ないことは、さすがに相手にも伝わっただろう。
「思ってないなら別にいい」
「え、何がいいの」
「お前が俺を誘った理由、むしろ知らないほうがいいかなって」
「ああ、理由聞いて、うっかり説得されると困るから?」
「そう。酔ってないお前に計算づくで口説かれんのはちょっとなぁ」
「つまり、素面で誘ったらちゃんと据え膳になる?」
 酒を飲み慣れてない若者が酔って誘ったのではダメ、ということだろうか。だとしたら、「大人のけじめ」なんて単語が出てきたのも頷ける気がする。なんて思ったのもつかの間。
「一回りも下の子供なんか食わねぇよ」
「ちょっ、年齢差はどうしようもないじゃん。てか酒飲める年齢を子供扱いおかしくない?」
「いやお前、こんなおっさん誘ってないで、初めてはちゃんと好きになった相手と経験したほうがいいって、マジに」
 セックス興味出てきたってならまずは好きな相手作れよと言われて、そういや、こちらの恋愛経験値がほとんどといっていいほど無いことを知られているんだっけと思う。
「あ、もしかして、俺が惚れたら手ぇ出す気になるって話だった?」
「そんな話はしてねぇよ」
「あれ? 違うのか。てかもし俺が惚れたらどうなるの?」
「どうしても経験してみたい時の安牌くらいには思ってていいけど、それ以上は勘弁してくれ」
「あんぱい?」
「安全牌。要するに、お前にとっては危険が少なくて誘っても問題なさそうな相手」
 自分に好意を持っていて、通う大学の職員だとか、叔父の友人という立場もあるから、そう酷い扱いはされないだろう。的な打算は間違いなくあって誘ったから、相手への恋愛感情のなさ以前に、そういうのも伝わっているのかも知れない。
「どうしても経験したいってお願いしたら、安牌として抱いてくれるってこと?」
「まぁそうなるな」
「やっぱ俺のこと抱けるんじゃん」
「だぁから、出来るからって、それを俺に選ばせんなって言ってんだよ」
 再度、ちゃんと好きなやつ作れと繰り返されて、なるほど、と理解と納得を示すような言葉を返しながらも、相手に惚れた場合にどうなるかの明言を避けられたことが引っかかっている。わかりやすくて隠し事が苦手そうな人が、ここまで濁すことの意味を考えてしまう。
 勘弁してくれと告げた時の相手はどうだっただろう。心底嫌がっている感じではなかったと思うけれど、でもはっきり迷惑そうな顔だった気もする。
 惚れたって言われたら結局絆されるってわかってるから、という想像がどこまで当たっているかの自信がない。そこに自身の期待が混ざっている自覚があるせいだ。
 本気で惚れた結果、本気で嫌がられるのは嫌だなぁ。と思う気持ちと、でも、惚れなきゃ進展もないんだろうなという理解もあって、胸の内でだけこっそりため息を吐いた。

22時追記:
頂いたリクエストは「大学生くらいの受けと一回り以上年上の攻めで、いい歳してこんな年下の子に手を出すのは流石に…と葛藤している攻めと、大人って大変だな…とそんなモダモダしてる攻めを観察してる受け」だったんですが、年齢部分くらいしかクリアできてないですよね。
書いてるうちにモダモダするタイプの攻めじゃなくなってしまったというか、攻め視点入れたのが多分失敗でした。

攻めが葛藤するのはこの後で、恋愛初心者タチ悪ぃ〜って思いながら振り回される未来がきっと待ってる。あと受けは、大人って大変ってよりは、恋愛経験積んだ大人(=失恋とかを経験した上で30過ぎても独り身な大人)って面倒くさいな、とか思いそうです。
で、まぁ、リクエスト完了した! という気持ちにイマイチなれてないので、これはまた後ほど、他のリクエストを書いた後で再チャレンジしたいつもりでいます。
もっとモダモダした攻めをちゃんと書きたい。

 
 
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意気地なしの大人と厄介な子供4

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※ 視点変更しています。

 意識の浮上とともに頭の痛みを認識して、深い溜め息をこぼす。これが噂の二日酔いってやつだろうか。
 初心者が飲みやすさに釣られて飲み過ぎる、というカクテル類をあえて選んで飲んでいたのだから、狙い通りと言えなくもないのだけれど。でもどうせなら、昨夜の記憶を全抹消するくらい派手に酔ってしまえばよかった。いやでも、それはそれで、酔った自分が何を言って何をしたかわからないのは怖すぎる。
「はぁ〜……」
 再度大きなため息を吐きながら、昨夜のアレコレに思いを馳せた。
 予想通りに酔っぱらいとして世話を焼かれたけれど、予想以上に甲斐甲斐しかったのは、こちらが盛大に甘えまくったせいだろう。酔って気が大きくなったと言うか、普段の自分らしくない真似だって、全部酔ったせいに出来ると思ってしまったと言うか。
(イケるかと思ったんだけどな……)
 好きなくせに、という指摘には否定がなかった。その上、無茶振り抱っこの要求まで叶えてくれた。
 だから、酔って迫ってワンチャンきたこれ、って思ったのに。しかし物事はそこまで狙い通りには進まなかった。据え膳だよは否定されて、大人のけじめとやらで、結局手は出されずに終わってしまった。
 叔父の代わりにしてもいい、とまで言ったのに。
 叔父、という単語を出した直後、腕の中で硬直した体には気付いたから、きっと、バレてないと思ってたんだろう。あの後の沈黙が、代わりにしていいという誘惑への逡巡だったのかはわからないけど、その沈黙を前に、もしも「じゃあする」って言われたらヤダなと思ってしまって、自分で誘ったくせに、自分で放り出してしまった。
 部屋を出ていった彼が、その後、叔父本人に連絡を入れただろうことまではわかっている。いやまぁ、相手が本当に叔父かはわからないのだが、誰かと電話で話しているようではあった。
 さすがにベッドから抜け出して聞き耳を立てる気力もなく、いつの間にか寝落ちていたようで、気付いたらこうして朝なわけだけど。
(てかあの人どこで寝たんだろ?)
 自分が寝てる間に隣に潜り込んで、目覚める前に起きだした。という可能性はあるだろうか?
 深く寝入っていて全く気づかなかった、という可能性もありそうな気がするけど。なんせ大人のけじめとやらで手を出さなかった人だ。と思うと、隣で寝たりはしなかった、という可能性のが高そうな気がする。
 もっと年齢差が少なかったら、こちらが学生ではなく社会人だったら。あれは、そう期待しそうになる断り文句だと思う。
 つまりは、それなりに効いていたってことじゃないのか?
 だったらいいな、と思いながら、ようやく身を起こしてベッドを降りた。閉じた扉の先で人の動く気配がしているから、相手はとっくに目覚めている。
「おはよ、ございます」
 人の動く気配がはっきりとしていたのは、相手がキッチンで動き回っていたせいだ。どうやら朝食を準備中らしい。
「はよ。よく眠れたか? 体調どうだ?」
「ちょっと頭痛いくらい」
「朝飯食えそう?」
「食べる」
「りょーかい」
 タイミングよく起きてきたなと言われながら、あっという間に出来上がった朝食を一緒に食べる。
「昨日、どこで寝たの?」
「ソファ」
 あっさり返された答えに、やっぱり、と思う。やっぱり、とは思うものの、マジで、という気持ちもあれば、申し訳ないことをしたような罪悪感もある。
「小さすぎない?」
「ベッドお前に貸したんだからしょーがねぇだろ」
「ベッド、一緒に使えばよかったじゃん」
 言えば相手の動きが止まった。

続きます

 
 
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意気地なしの大人と厄介な子供3

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 電話はすぐに繋がった。まぁまぁ遅い時間ではあるので、今良いかと一応確認した後、あの子に変なこと教えてないよなと尋ねてみる。
『変なことって?』
「俺が昔、お前に告って振られ済み、とか」
『言ってない』
 最後に彼と会話したのがそもそも正月に集まった時で、簡単自炊飯を教わったと楽しそうに話していた、らしい。そういや、独り身が長いなら安くて簡単なレシピを教えて欲しいと言われて、初めて自宅に招いたのが昨年末辺りだったかと思い出す。
 一回りも違うおっさんの誘いに乗って食事に付き合ってくれるんだから気にするなとは言ったが、どうにも奢られっぱなしが気になるようで、その後も2回ほど、何が食べたいと聞いた際に簡単レシピを教えてという体で、手料理を振る舞うようねだられたことがある。
『ただ、お前があいつに構うのは俺に似てるから、とは考えてたみたいだな』
 お前の言動から気付いたんじゃないか、と言われた後で、何があったと逆に聞かれてしまう。チラッと寝室に視線を泳がせた後、さすがに寝てるかと口を開く。
「酔っ払ったあの子に、お前の代わりでいいからエロいことしよう、って誘われて」
『で? 代わりじゃなくてお前が好きだ、くらいのことは当然言ってやってから、抱いたんだろうな?』
「手ぇだしてねぇよ!」
 トーンが落ちて冷ややかな声に、慌てて否定の声を上げた。けれど相手はその返答も気に入らなかったようで、電話越しにもかかわらず、更に機嫌が悪くなったのがはっきりと伝わってくる。
『なんでだ。家に呼んで手料理振る舞ってやるほど、なんだかんだ気に入ってんだろ?』
「一回りも年下の子供は対象外だっつったろ。好みだってのと、恋人にしたいかは別だっつうの。だいたいあいつ、別に俺が好きってわけじゃねぇんだし」
『あいつから誘ったなら、お前を好きになったってことじゃないのか?』
「ちげぇよ。あんなの、試してみたい好奇心か、もしくは更にそれ以前の、俺が男相手にヤれるかの確認、くらいの意味しかねぇよ」
 そう頻繁に誘いをかけている訳では無いが、1年半以上をかけて、何度も食事を共にしているような相手だ。さすがに、自分に気があって誘ったのかどうかくらいはわかる。
『つまり、お前が男相手にヤレル、ということすら教えてない仲ってことか』
「俺は今日の今日まで、あいつはAセクか、性対象は女でも恋愛はタイパ・コスパが悪いから忌避、ってタイプだと思ってたよ」
 彼と初めて会ったあの日、彼と別れた後で、なんでわざわざ紹介したと問い詰めたことを思い出す。友人関係は壊れることなく継続しているが、告白されたという過去を持ちながら、大事な甥っ子を、しかも今後親元を離れて一人暮らしという状況になる子供を、ゲイとわかっている男に託したいと考えるその意味がわからなかったからだ。
 その時に、彼がゲイである可能性があるから、という話は聞いた。ただし、恋愛やらにまだ興味がないだけという可能性も高い、とも。
 今後一人暮らしになって、自由を得た彼がどう行動するのか、少しだけ気にかけてやって欲しい。もしゲイだった場合、相談に乗ってやって欲しい。彼の恋愛対象が男にしろ女にしろ、万が一、出会い系などにハマってヤバいことになってそうなら、止めて欲しい。手に負えないと思ったら連絡して欲しい。
 あたりが、この友人からの頼み事だった。過保護すぎないかとは思ったが、問題の子供と過ごす時間が増えるほどに、二人が似ていると感じるほどに、友人の心配もわからなくないなと思うようになった。なぜなら、この友人の大学時代のやんちゃを知っているからだ。
 そんなわけで、彼の恋愛事情を探るような会話を混ぜ込むことはあったし、そのせいで、こちらの性的指向やらがバレた可能性も高いとは思う。自身の恋愛話ゼロで、相手の恋愛事情に踏み込むのはさすがに無理だ。
 結果、セックスや恋愛に興味がないか、女子との恋愛をあえて拒否しているか、のどちらかだと思っていた。つまりは、男性が恋愛対象でためらっている、というような気配は感じたことがなかった。
『じゃあなおさら、今後暫くは今まで以上にちょっと気をつけて見てやって欲しいかな。そういうことに興味が湧いて、お前が誘いに乗らなかった。って考えると、次どういう行動に出るかわからないから』
「あー……」
 なるほど。妙な行動力で、とりあえず経験してみようと突っ走る可能性はありそうだ。
『てか本当に、あいつ自身を知った今も、年が離れすぎってだけの理由で恋愛は出来ないのか?』
「お前ね、前も言ったけど、なんで大事な甥っ子を俺なんかに勧めてんだよ」
 多分お前の好みだと思うから、もしあいつが男を恋愛対象にするなら、いっそお前が恋人になってくれるんでもいい。なんてことを言われて、年下過ぎて対象外と言い切った過去がある。
 過去の交際相手で、一番年齢差があったときでさえ5歳差だったのに、一回りも年齢差がある恋人なんて絶対自身の手に余る。しかも恋愛経験ゼロらしいまっさらの子供だ。手に余ると手放す可能性をわかっていて、そんな子に手を出すのは、どう考えたって無責任だ。
『あの時も言ったが、お前のことを信用してるから、だな』
 だから俺なんかなんて言うなよ、と言った後。
『もし俺が女だったらお前との結婚もありだった、くらいには、お前をいい男だと思ってるんだから、もっと自信を持ってくれ』
「なんっだ、そりゃ。初耳なんだけど」
『言う必要がなかったからな』
「ならそれを今言う必要が?」
『出来た。あいつがもしゲイなら、お前に惚れる可能性は充分にあると思ってんだよ。で、お前を誘ったって事実が出来たなら、お前を好きになったって方に、俺は賭けたい』
 本当にただ興味が湧いて、身近に居たお前をとりあえずで試しただけなのか。と再度聞かれて、少しばかり自信が揺らぐ。
 いやいやいや。恋愛感情なんて絶対向けられてない、はずだ。

続きました→

 
 
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意気地なしの大人と厄介な子供2

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※ 視点変更しています。

 古今東西、酔っぱらいは面倒くさい。わかっているのにセーブさせずに飲ませたのは、学生でいるうちに、酔った時の状態や自身の許容量を知っておくべきだと思っているからだ。
 まぁ、酔ったところが見てみたい下心が皆無だったわけでもないけれど。結果、こいつが泥酔姿を見せる最初の相手に選ばれたであろうことに、かなり安堵しても居るけれど。
「抱っこぉ」
 タクシーで隣り合って座っているときからずっとしなだれかかっていた体を引きずり出し、グデグデになって力の入っていない体をどうにか支えてやれば、甘えた声が耳をくすぐる。内容から察するに、タクシーを降りた、という認識はあるんだろう。
「無茶言うんじゃねぇよ。あとちょっとだから頑張って歩け」
「ケチぃ。なんのためのジム通いだよぉ」
「健康維持のためだよ。おっさん舐めんな。てかほら、足出せ足」
 えー、と不満げな相手を励ましつつどうにか自宅まで連れ帰るが、歩いているうちに多少酔いが冷めたのかも知れない。
 寝室に放り込んで終わりかと思いきや、水が飲みたいだの歯を磨きたいだのシャワーを浴びたいだの寝間着に着替えたいだの、やたらと注文が多い。しかも酔いがさめたとはいっても、依然として体に力は入らない様子で、気を抜くとすぐに座り込んでしまう。
「歯ぁ磨き終わったのか?」
 ちょっと目を離した隙に洗面台の前で崩れていた相手に声をかければ、うつむいていた頭がゆっくりと持ち上がり、酔ってとろりと濁った目が見つめてくる。
「終わった?」
 再度繰り返し問えば、やっと、「うん」と短な肯定が返った。その手にも口にも歯ブラシは無いので、どちらかというと、どのていど意識があるかの確認だ。
「お前、さすがにシャワーは無理だろ、これじゃ」
 隣にしゃがみこんで、諦めて着替えなと手の中の部屋着を押し付ける。
「歯ブラシと違って新品予備とかねぇけど、洗濯はしてあるから」
「いれてよ」
「なんだって?」
「しゃわー、浴びたい」
 どうやらこの、まともに自立もままならない酔っぱらいを、風呂場に連れ込んであれこれ洗えと言っているらしい。
「だぁから、無理だっつうの。明日の朝でいいだろ」
「やだ」
「やだじゃない」
 こんな場所で酔っ払い相手に問答を続けても無駄だ。もう充分すぎるほどに譲歩している。
「さっさと着替えろ。でもって寝ろ」
「じゃ、きがえ」
「そこにあるだろ」
「ちがう」
 脱がせて、と続いた言葉に、今更やっと気づく。ああこれ、もしかしなくても誘われてるのか。
 そういう欲求、あったんだな。という若干失礼な驚きもある。
 ただまぁ、気付いたところで、その誘いに乗れるわけがないんだけども。
「お前ね、友達と飲んで酔っ払って、こんなワガママ放題できると思うなよ」
 諦めのため息をわかりやすく吐き出してから、相手の服に手をかけた。
「しないし」
「そう思ってても、若いうちはうっかり飲みすぎて醜態晒すもんなんだって」
「相手くらい、えらんでる」
「今後もぜひ、そうしてくれ」
 ためらいなく次々相手の服を剥ぎ取って、持ってきた部屋着を着せていく。相手の思惑が見えてしまったら、妙に気持ちが凪いでいた。
「もちょっとやさしく、できないの」
 雑だといいたげな不満が漏れたが、贅沢言ってんじゃないよ、という気持ちしかわかないことにどこか安堵しても居る。
「する気がないの」
「なんで?」
「お前が誤解しちゃうから」
「ごかい、じゃない」
 好きなくせにと続いた言葉に、今度は、気づかれてたのか、と思う。まぁ一回りも年齢が違う独り身のおっさんが、いくら友人の甥っ子とは言え、大した用もないのにわざわざ声を掛けて引っ張り回していたら、気づかれても当然かも知れないが。
「ねぇ、だっこ」
 着替えを終えさせ、さあ立てと促す前に、またしてもそんな要求が投げられる。たださっきよりは甘えた気配が少なくて、どことなく、試されているような気配がある。
 再度、大きく諦めのため息を吐き出して、相手の体の下に手を差し込んだ。顔が近づくその先で、相手が驚いたように目を瞠るのが見えた。
「落とされたくなきゃしっかり捕まって」
 促せば、おずおずと肩に添えられていた手が、ぎゅっと首に巻き付いてくる。
「ん、ふふっ、姫抱き」
 驚いた顔を見せていたくせに、抱き上げて歩き出せば、腕の中で楽しげな声が揺れた。随分酔いは醒めて見えたが、それでもやっぱりまだしっかり酔ってんだよなぁ、と思ってしまうくらいには、普段の彼からは全く想像できない振る舞いだった。
「ほら、着いたぞ。余計なこと考えずに大人しく寝ろよ。って、おい?」
 寝室までの短な距離を移動して、ベッドの上に抱えた荷物を下ろすが、腕に抱えていた体が離れていかない。首に巻き付いたままの腕に、引き止めるための力が込められているからだ。
「しないの」
「何をだよ」
 言ってから、しまった、と思ったがもう遅い。
「エロい、こと」
 とうとう、決定的な単語を引き出して、誘わせてしまった。気づかないふりで応じないのと違って、これに断りを入れるのは少々心苦しいものがある。
「しません」
「据え膳、だよ?」
「酔っぱらいの戯言は据え膳にゃならねぇよ」
「いくじなし」
「意気地の問題じゃなくて、こういうのは大人のけじめっつうんだよ」
 ほら放せと再度促すが、更に腕に力がこもる。
「叔父さんの代わり、でもいい、けど」
 ためらいがちに囁かれた言葉には、さすがに驚きが強すぎた。どこまで知ってるんだ、という疑惑が頭をよぎったけれど、あいつが自ら教えたとは思いにくいし、教えたなら教えたで連絡くらい来るだろう。
「やっぱただの意気地なし、だよ」
 首に回っていた腕がするっと外れて、相手はさっさと布団の中に潜り込むと、こちらに背を向けてしまう。突然の拒絶に小さな諦めの息を吐きだして、そっと寝室を抜け出した。

続きました→

 
 
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意気地なしの大人と厄介な子供1

 酒が飲めるようになったから誕プレでどっかいい店奢ってよとねだったら、相手の最寄り駅から徒歩数分の個室居酒屋に連れてこられて、これは多分、酔い潰れたらお持ち帰りも考慮された店選びなんだろう。まぁ、お持ち帰られたところで、何かされるわけでもないのはほぼほぼ決定で、せいぜい酔っ払いとして世話を焼かれるだけだろうけど。
 好きなくせに意気地なし。と内心思わなくもないけれど、お持ち帰りを考えてくれたことで良しとする。それに、酔って迫ったらワンチャンあるかも知れないし。
「誕生祝いだし、好きに頼んでいいぞ。あ、でも、先に飲むものは決めて。まずはビール、ってタイプじゃなさそうだもんな、お前」
 差し出されたメニューを受け取りながら、叔父さんはビール苦手だったっけと、ここにはいない親戚の男を脳内に思い浮かべた。
 血の繋がりがあるのと、中学を卒業するくらいまでかなり近所に住んでいたから当然かも知れないが、叔父とはそれなりに見た目も食の好みも似ている。もっと言うなら、思考パターンなんかも多分似ている。だって、幼い自分から見ても、憧れるには充分な人だったから。
 小さな個室の中、目の前に座っている男は叔父の学生時代の友人で、今現在通っている大学の事務職員だ。
 自宅から通学するにはちょっと遠い大学への入学が決まったあと、すでに近所とは言えない場所に住んでいた叔父がわざわざ電話をかけてきて、引越し後に一度会いに行くと言われた時は意味が分からなかったけれど。でもこの男と引き合わされて、お前の通う大学の職員だから何か困ったら頼れよと紹介されて、どうやらただの親切心とお節介だった。
 ネットで調べりゃ大概のことが出てくる現在で、日々の生活に困るようなこともなければ、大学でのあれこれだってちゃんと説明を聞いていれば問題なく過ごせるようになっている。そもそもこの人は職員は職員でも情報システム系だというから、紹介はされたが、頼ることはないだろうと思っていた。それはつまり、叔父抜きで会うことはないだろう、という意味だ。
 なのにお酒が飲めるようになるまでの1年とちょっと、誕プレでいい店連れてってなんて言えるような関係にまでなったのは、相手からちょくちょくと声をかけてきたからに他ならない。
 最初は叔父に頼まれての様子見だった可能性は高い。正確には、母か祖母あたりに頼まれた叔父経由の様子見、なんだろうけど。
 でもまぁ、食事に誘わるのは正直言ってありがたい。なんせ一回りも年上ということで、会計は全て相手持ちだからだ。
 さすがに叔父から資金が出てるわけではないらしいので、多少は出すべきかも、と思ったことはある。思うだけでなく、口に出しても聞いてみた。けれどその結果、一銭も支払うことなく現在まで来ている。
 いわく、金に余裕がある時にしか誘わないし、独り身だから誰かと食べる食事が嬉しいし、こんなおっさんの相手してくれるだけでありがたいから。だそうだけど、それ以外の理由も多分あると気づくのは早かった。
 口に出して確かめたことはないが、多分この人の性的指向はゲイまたはゲイ寄りのバイで、叔父に対しても何らかの感情を抱いていた過去がある、はずだ。
 叔父は既に既婚者で、さすがにもう気持ちの整理なりはついているんだろうけれど、結構本気で好きだったんじゃないかなと思ったりもしている。ちょっと似たところのある甥っ子を、度々食事に誘ってしまうくらいには。
 つまりは、自分を通して、叔父を見られているような気持ちを味わうことがある。でもその頻度は食事をするたびに下がっていって、最近は自分自身を見られている、と感じることが随分と増えた。
 元々叔父が好みなら、自分だってそりゃ相手の好みの範囲だろう。という納得と、ちょっとした期待。なんせ自分の性的指向がゲイだという自覚があるので。目の前のこの男を、悪くないなとも思っているので。
 でもそんなこちらの気持ちは、多分相手に伝わっていない。伝わっていてなおこの状況なら、相手の忍耐力というか自制心に疑問が湧くレベルだと思う。
「決まったか?」
「んー、じゃあ、カルーアミルク」
 言ったら少し驚かれたので、似合わないものを頼んだ自覚はある。
「初心者でも飲みやすいって聞いたから、とりあえずそれで」
 正確には、初心者がうっかり飲みすぎてヤバいことになる酒のランキング1位だったのがこれだ。なんて事は当然言わない。
「ああ、なるほど。けどもし、料理に合わせてみてイマイチと思ったら別の頼めよ。別に残しても構わないから」
 わかったと頷けば、じゃあ店員呼ぶから食べたいものも幾つか決めとけと言って、相手の手がテーブルの上に乗ったボタンを押した。

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秘密の手紙

 朝学校へ行ったら、下駄箱の中の上履きの上に一通の手紙が置かれていた。
 超簡素な茶封筒という不穏な気配しか無いそれの中には、ペラっと一枚のメモが入っていて、そこには「お前の想い人を知っている」と短な一文が印刷されていた。
 ザッと血の気が引く思いをしたのは、脅迫されているのだと察したせいだ。
 いつか誰かに気づかれるかも知れない不安は、自身の中に湧いた恋情を認めた瞬間から常に付きまとっていたが、それが現実になったのだと思った。
 この手紙の差出人は誰だ。相手の要求は何だ。
 そんなことばかりを考えながらなんとかその日の授業を終え、大半の生徒が下校した後に、自身の下駄箱に封筒を置いた。朝受け取った茶封筒からメモを抜き、お前は誰だ、要求は何だ、という短なメモを書き綴ったノートの切れ端を入れている。
 蓋のない下駄箱なので、こんな場所でメモのやり取りをしたいとは到底思えないのだが、相手が誰かもわからない状況ではこうするしかない。
 果たして、翌日の朝にはその封筒は消えていた。
 さらにその翌日、また上履きの上に茶封筒が乗っている。中には、「告白すればいいのに」というメモが入っていて首を傾げる。
 誰だ、という問いに答えがないのは想定内だったが、要求は何だという問いへの答えがこれ、というのが良くわからない。
「何かあった? 一昨日もずっと変な顔してたけど、今日もなんか悩んでるよね?」
 休み時間にそう声をかけてきたのはまさに想い人その人で、さすがに詳細を話せるわけがない。
「あー、まぁ、ちょっと」
 色々あってと濁してみたが、相手はそう簡単に引き下がってはくれなかった。
「俺にも話せないようなこと? それとも教室じゃ無理って話?」
「両方」
 正直に答えてしまったのは多分失敗だった。
「え、マジに俺には話せない何か抱えてんの?」
 余計気になると言われても、話せないものは話せない。追求をどうにか誤魔化して、帰りがけには「無理」の二文字だけ書いたメモを入れた封筒を自身の下駄箱に置いた。
 返信は翌々日ではなく翌朝には届いていて、しかも今回の中身は短な一文ではなく、しっかり手紙と呼べるような長い文章が綴られている。まぁ、コピー用紙への印字に茶封筒、というところは変わらないんだけど。
 いわく、二人は両思いだから早く告白してくっつくべきだとか、相手はこちらの告白を待っているだとか、今どき男同士での恋愛はそこまで禁忌ではないだとか。
 なんだか随分と熱心に、告白するよう促されている。
 なんだこれ。と思うと同時に、さすがに差出人の正体を知りたくなってきた。だって随分と相手の心情に対して断定的だ。
「何? 俺の顔に何かついてる?」
 昼休みに一緒に昼飯を食べながら、想い人の顔をマジマジと見つめまくったら、さすがに居心地が悪そうに聞いてくる。
「昨日、お前には話せないって言った悩みについてちょっと考えてて」
「お、やっぱ俺に相談しようかなって思った?」
「そうだな。近日中には、話せるかもな」
「なにそれ?」
「今すぐは話せないってこと」
「は? 勿体ぶってないでさっさと話せよぉ」
 放課後残ろうかと言うので、今日は早く帰るからと断って、その言葉通りに大半の生徒が下校するのを待ったりせず、けれど返信の茶封筒は上履きの上にしっかり乗せて学校を出た。といっても、そのまま学校をくるっと半周して、裏門からこっそり現場へ戻ったのだけれど。
 自身の下駄箱が見える位置に身を潜めて、封筒を手に取る「誰か」を待つ。今日中に現れなかったら、明日は早朝から張り込みだと意気込んでいたけれど、下駄箱周辺の人気がなくなった途端にその「誰か」はあっさり現れた。
 やっぱりと思いながらも、しっかり封筒を手に取るのを待ってから声をかける。
「やっぱお前だったんだ」
「えっ……なん、で」
「なんでもなにも、お前以外にお前の気持ちそこまで断定できるやつに心当たりがなかった」
 これは、少なくとも共通の友人の中には、という意味でしかなく、こちらの知らない友人に相談していたという可能性はある。頼まれて取りに来ただけと言い逃れることだって可能だろう。でも彼からの反論はなく、どうやらあっさり認めてしまうらしい。
 そっか、と力なく返した相手の手の中で、クシャッと茶封筒が握り込まれている。ちなみに、差出人を捕獲する気満々だったのでその封筒に中身はない。
「両想いだってわかってんなら、こんな回りくどいことしてないで、お前から告白するんでも良かったんじゃねぇの?」
「できるわけ、ないだろ」
「なんで?」
「そんなの、お前が俺を本当にそういう意味で好きなのか、なんて、わかんないし」
「はぁ?」
「だって、お前の言動にもしかして? って思うの、俺がそうだったらいいのにって思うせいかも知れないじゃん」
 最後の方は声が震えていて、なんだか虐めてでも居るみたいだ。というか目には涙も滲んでいて、こんな場面なのになんだかドキドキしてしまう。
「で、どうなの?」
「どうなの、って?」
「俺、……ふられる?」
 視線が合ったのは声をかけた最初だけで、ずっと僅かにそらされていたのだけれど、とうとう逃げるように俯かれてしまった。良い返答が貰える自信がないと言わんばかりだ。
「ぜひお付き合いしたいけど」
「マジで!?」
 バッと勢いよく頭を上げた相手の顔は信じられないと言いたげで、でも、泣きそうだった目だけは希望に満ちてキラキラと輝いている。
 その様子の愛らしさに、思わずプッと吹き出してしまったら、からかわれていると思われたようだ。酷くショックを受けた顔をされ、また俯くように頭を下げかける相手に、慌てて謝罪の言葉を投げた。
「ごめん。からかってない。まじで、付き合いたいって思ってる」
 下げかけた頭をグッと上げた相手は、さすがに疑惑の眼差しだ。
「ほんと。本気。さっき笑ったのは、嬉しそうなお前が可愛かっただけ」
 言い募れば、可愛いに反応してか少し照れくさそうにしながらも、信じるぞと脅すみたいな言い方で告げてくるから、やっぱりまた笑いそうだった。

相手側の話を読む→

ChatGTPに出してもらったお題  ”秘密の手紙” – 1人の主人公がもう1人の主人公に秘密の手紙を送ることから始まる物語。を使用しました。

更新再開します。結局小ネタ期間になりましたので、更新期間は1ヶ月ほどになりますがまたよろしくお願いします。

 
 
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