酒が飲めるようになったから誕プレでどっかいい店奢ってよとねだったら、相手の最寄り駅から徒歩数分の個室居酒屋に連れてこられて、これは多分、酔い潰れたらお持ち帰りも考慮された店選びなんだろう。まぁ、お持ち帰られたところで、何かされるわけでもないのはほぼほぼ決定で、せいぜい酔っ払いとして世話を焼かれるだけだろうけど。
好きなくせに意気地なし。と内心思わなくもないけれど、お持ち帰りを考えてくれたことで良しとする。それに、酔って迫ったらワンチャンあるかも知れないし。
「誕生祝いだし、好きに頼んでいいぞ。あ、でも、先に飲むものは決めて。まずはビール、ってタイプじゃなさそうだもんな、お前」
差し出されたメニューを受け取りながら、叔父さんはビール苦手だったっけと、ここにはいない親戚の男を脳内に思い浮かべた。
血の繋がりがあるのと、中学を卒業するくらいまでかなり近所に住んでいたから当然かも知れないが、叔父とはそれなりに見た目も食の好みも似ている。もっと言うなら、思考パターンなんかも多分似ている。だって、幼い自分から見ても、憧れるには充分な人だったから。
小さな個室の中、目の前に座っている男は叔父の学生時代の友人で、今現在通っている大学の事務職員だ。
自宅から通学するにはちょっと遠い大学への入学が決まったあと、すでに近所とは言えない場所に住んでいた叔父がわざわざ電話をかけてきて、引越し後に一度会いに行くと言われた時は意味が分からなかったけれど。でもこの男と引き合わされて、お前の通う大学の職員だから何か困ったら頼れよと紹介されて、どうやらただの親切心とお節介だった。
ネットで調べりゃ大概のことが出てくる現在で、日々の生活に困るようなこともなければ、大学でのあれこれだってちゃんと説明を聞いていれば問題なく過ごせるようになっている。そもそもこの人は職員は職員でも情報システム系だというから、紹介はされたが、頼ることはないだろうと思っていた。それはつまり、叔父抜きで会うことはないだろう、という意味だ。
なのにお酒が飲めるようになるまでの1年とちょっと、誕プレでいい店連れてってなんて言えるような関係にまでなったのは、相手からちょくちょくと声をかけてきたからに他ならない。
最初は叔父に頼まれての様子見だった可能性は高い。正確には、母か祖母あたりに頼まれた叔父経由の様子見、なんだろうけど。
でもまぁ、食事に誘わるのは正直言ってありがたい。なんせ一回りも年上ということで、会計は全て相手持ちだからだ。
さすがに叔父から資金が出てるわけではないらしいので、多少は出すべきかも、と思ったことはある。思うだけでなく、口に出しても聞いてみた。けれどその結果、一銭も支払うことなく現在まで来ている。
いわく、金に余裕がある時にしか誘わないし、独り身だから誰かと食べる食事が嬉しいし、こんなおっさんの相手してくれるだけでありがたいから。だそうだけど、それ以外の理由も多分あると気づくのは早かった。
口に出して確かめたことはないが、多分この人の性的指向はゲイまたはゲイ寄りのバイで、叔父に対しても何らかの感情を抱いていた過去がある、はずだ。
叔父は既に既婚者で、さすがにもう気持ちの整理なりはついているんだろうけれど、結構本気で好きだったんじゃないかなと思ったりもしている。ちょっと似たところのある甥っ子を、度々食事に誘ってしまうくらいには。
つまりは、自分を通して、叔父を見られているような気持ちを味わうことがある。でもその頻度は食事をするたびに下がっていって、最近は自分自身を見られている、と感じることが随分と増えた。
元々叔父が好みなら、自分だってそりゃ相手の好みの範囲だろう。という納得と、ちょっとした期待。なんせ自分の性的指向がゲイだという自覚があるので。目の前のこの男を、悪くないなとも思っているので。
でもそんなこちらの気持ちは、多分相手に伝わっていない。伝わっていてなおこの状況なら、相手の忍耐力というか自制心に疑問が湧くレベルだと思う。
「決まったか?」
「んー、じゃあ、カルーアミルク」
言ったら少し驚かれたので、似合わないものを頼んだ自覚はある。
「初心者でも飲みやすいって聞いたから、とりあえずそれで」
正確には、初心者がうっかり飲みすぎてヤバいことになる酒のランキング1位だったのがこれだ。なんて事は当然言わない。
「ああ、なるほど。けどもし、料理に合わせてみてイマイチと思ったら別の頼めよ。別に残しても構わないから」
わかったと頷けば、じゃあ店員呼ぶから食べたいものも幾つか決めとけと言って、相手の手がテーブルの上に乗ったボタンを押した。
続きました→
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