しかし、肯定を返さなくても黙ってしまったら肯定したのと変わらない。
「俺だって、わかってたよ」
じわっと浮かんだ涙が、瞬きに合わせてほろりと一つこぼれ落ちていく。それが呼び水になったのか、慌てた様子で俯いた彼から、そのあと続けざまにボタボタっと何粒か溢れ落ちるのが見えた。
「だって頭ん中のお前にも、バカなことやめろって、何度も言われたもん」
「っじゃあ、なんで」
こちらの反応に予想がついていて、なのになんでこんな真似を続ける必要があったのか。しかも隠れてコソコソ泣きながら。
いやまぁ、結局隠しきれてないから、こちらにまで話が届いたわけだけど。
「だって、他に、ど、したらいーのかわかんないから。俺に、何が出来るのかわかんなくて。お前がもし抱く側ならって思ってるなら、じゃあ俺が抱かれる側やるって言えるようになりたかったし。俺、女の子とはそれなりに色々あったけど、でも男抱いたことないから、自分で自分慣らして男の体どうなってるか知っとくのは、いつかお前がオッケーくれて抱く側やる時の役に立つかもって思ったし。だから、無駄にはならないって、思って」
「そこまで切羽詰まってんならそう言えよ。てか一生分のセックスしたとか言ってた奴が、そこまで俺とエロいことしたいって考えてるとか思わないだろ」
だってそういう素振りはなかった。恋人になれて嬉しい、みたいな態度ばかりだった。どちらかの部屋で二人きりを避けたときも、ちょっとあからさまだったかって場合ですら文句を言わなかった。駄々をこねて強引に押しかけようとしたり、家の中に引き込もうとはしなかった。
それをおかしいって思わなかったのは、確かに、こちらにも落ち度はあったのかもしれないけれど。今はそっちのが都合がいいからと、相手の態度に甘えていた部分もあるけれど。違和感を、恋人になったゆえの変化ってことにしてしまったけれど。
「だってガッツイたら振られるかもじゃん。やだよ、そんなの。せっかく付き合えたのに」
「何のためにその口ついてんだ。話し合えよ、俺と!」
一人で先走って勝手なことして、結果泣いてんじゃ意味ねぇだろが。という心からの叫びは、荒ぶる気持ちのまま少しきつい語調になったかも知れない。
ずっと俯いたまま顔を上げない相手が、また目元を擦っている。
「意味ない、とか、無駄だとか、バカとか、言うな、よ。そんなの、わかって、からぁ」
「意味ない、以外は言ってないだろ」
「頭ん中でいっぱい言われてる」
想像で悪者にするなと言えないくらいには、彼の頭の中の自分は間違いなく自分らしい。かと言って、よくわかってんじゃん、などと軽口が叩ける場面ではなかった。
ついでに言うなら、こんなの、どう慰めれば良いのかわからない。
本心ではやっぱり、バカなことをしてと呆れる気持ちや苛立ちのが大きいのだ。泣かせたくはないけれど、その場しのぎの優しい言葉を吐きたくはなかった。そんなものはなんの解決にもならない。
そう、思うのに。
ズズッと鼻を啜るような音が聞こえて胸が痛む。恋人を泣かせっぱなしで、優しい言葉一つかけれない自分が情けなかった。
「恋人、やめるとか、言わないで」
何の言葉も返せずにいるのをどう捉えたのか、先程よりも更に酷くなった涙声が訴えてくる。
胸はキュウと締めつけられて痛いのに、頭の中は苛立って仕方がなかった。
「お前の頭の中の俺は、そんな事まで言ってんの?」
訊ねる声が冷たく響く。随分と理解されていると思っていたせいだ。
勝手に喜んで、勝手に落胆している。
それで冷たく当たられる彼に申し訳なく思う気持ちも、泣いてる恋人に追い討ちをかけている自覚もあった。益々情けなさばかりが募っていく。
「い、言われて、ない、よ」
こちらの冷えた声に反応してか、慌てた様子で否定の言葉が返った。それだけで少しホッとして、申し訳なさが膨らんだ。
「でも、せっかく、一度は見惚れてもらえるプリンセス、なれたのに。自分で、台無しに、してる。別れる、って言われても仕方ないくらい、お前、俺に、呆れてるのわかるもん」
涙を堪えているのか、つっかえながらも懸命に言葉を繋いでいく。
「それでも。どんなに、みっともなくても。諦めたく、ない」
お願い捨てないでと懇願されて、やっぱり胸がギュッと痛い。
「ば、……っ」
バカがと出かかった声をなんとか飲み込んで、代わりに数歩進んで腕を伸ばした。
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