ゲイを公言するおっさんの蔵書

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 近所に住む変わり者のおっさんは男が好きだそうで、昔から親には近づくなと言われ続けていたが、そのおっさん本人がガキは範疇外だとかいくら男が好きでもタイプってもんがあるだとか言うので、安心して親にはナイショで良くこっそり遊びに行っていた。
 目当ては彼の蔵書だった。彼自身が本部屋と呼ぶ広めの部屋の中は本棚が立ち並び、そこには学校の図書館にはないような、図鑑や小説や漫画や雑誌が割と適当な感じで収められていた。その雑多さも含めて魅力的で、彼の家に行ったら基本本部屋にこもりきりだった。
 持ち出し禁止。本部屋への飲食物持ち込み禁止。本は丁寧に扱うこと。という3つの約束はあるものの、持ち出し禁止以外は図書館と同じだ。
 何度か親バレしてその都度怒られもしたが、共働きの鍵っ子だったので、実質的な親の拘束などないに等しい。密室に二人きりで変なことをされたらという心配をする親には、ガキは範疇外で俺は好みのタイプじゃないってよと彼の言葉をそのまま伝えてみたが、それを信じたのかどうかは知らない。本を借りて読んでるだけとももちろん言った。
 そもそも、漫画もそれなりの量があったので、本部屋に通っているのは自分だけではなかった。自分だって最初は、友だちに連れられて彼の部屋に行ったのだ。ただ、自分が通う頻度が一番高いことは自覚していたし、二人きりになることもないわけではなかった。まぁ、二人きりとは言っても家の中に二人しか居ないだけであって、本部屋の中で二人きりで過ごすなんてことは一度もなかったのだけれど。
 言っても聞かないから諦めたのか、おっさんは子供に無害と理解したのか、だんだん親も何も言わなくなって、自分はますますおっさんの本部屋通いが加速した。
 男を好きだということを隠さずにいるおっさんは確かに変わり者かも知れないが、意外と近所には馴染んでもいたようだとわかったのは、自分が高校に進学した頃だろうか。子供の目から見たおっさんは、実はそこまでおっさんではなかったこともその頃に知った。
 おっさんは自分のことはほとんど話さないので、情報源は近所のおばちゃんだ。高校になってもおっさんの本部屋に通い続けるのは自分くらいで、おばちゃん的にも珍しかったのかもしれない。
 お喋りなおばちゃんは、おっさんの可哀想な生い立ちを聞いてもいないのに教えてくれた。思ったほどおっさんではないものの、それでも干支一回りは違う相手に、仲良くしてあげてねと言われても困ると思った記憶がある。
 聞いたことをおっさんに確かめることはしなかった。踏み込み過ぎたらさすがにもう来るなと言われそうな気がしたからかもしれない。
 時代のせいかも知れないが、彼の本部屋に子供が入り込む頻度がどんどんと減って、大学卒業を待つ現在、彼の家に本目当てで通うのはどうやら自分一人になっている。
 おっさんとの関係は子供だった頃とほとんど変わっていない。それは互いにそう意識して距離を保ってきたからだ。それを破るつもりで、今日は本部屋をぐるりと一回り歩いただけで、彼の仕事部屋のドアを叩いた。
 そこは鍵のかかる部屋で、子供の立ち入り禁止区域だ。子どもと呼べない年齢になった今も、その中に入ったことはない。
 誰かが来ているときは、基本彼はそこにいる。彼と話をするのは、家に訪れ部屋に入れてもらう時と、帰る前の挨拶をする時の二度だけだ。
「もう帰るのか?」
 いつもは最低でも一時間は本部屋で過ごすので、さすがに少し驚いた様子を見せる。
「じゃなくて。お茶、しない?」
「お茶?」
 今度ははっきりと驚きを見せた。こんな誘いをしたのは初めてだから当然かも知れない。
「俺、来週大学卒業するからさ。少し、話がしたいんだけど。嫌?」
「いや、いい。ならリビング行くか」
 あっさり承諾されて少し拍子抜けだった。
「それで、話って?」
 初めて通されるリビングのソファに並んで座る。目の前のローテーブルには湯気を立てた紅茶が置かれ、その先にはそこそこ大画面のテレビが鎮座している。
 要するに、向い合って座れる形に席がない。まさかの距離に緊張がやばい。
「あの……」
「俺の好みの男のタイプが聞きたい?」
「は?」
 慌てて彼に振り向いたら、苦笑しながらそういう系の話だろと言われた。
「こんな通われたらさすがに気づくって」
「で、俺は、今も全然タイプじゃ、ない?」
「それに答えるのは難しいな。お前の成長見過ぎたよ」
「それ、って、どういう……」
 緊張からかどうにも言葉がつかえてしまうが、彼がそれを気にする様子はない。
「就職先ってこの近く? 実家から通うのか?」
「あ、はい」
「となると、卒業前に一度だけってお願いでもねぇよなぁ」
 付き合って下さいって告白なの? と聞かれたので、わからないと返したら、苦笑が深くなった。
「もう通わないから最後に一回だけ寝てくれ、ってなら、応じないこともない。……かな」
「えー……」
 それは結局、どういう意味なんだろう。お前はタイプじゃないって言われたってことなのだろうか。
「じゃあ、ちょっと提案だけど」
 どうすればいいのか迷っていたら、彼が立ち上がりついて来いと誘う。連れて行かれたのは彼の仕事部屋だった。
 初めて入った仕事部屋も、作業用の机があるのと若干狭い以外は本部屋と大差がない。
「こっちは大人向けの本ばっかな。男同士ももちろんあるけど、女同士も男女物もある。写真集も動画もある」
「え、読んでいいの? てかどういう意図なの?」
「会社実家から通うってならこっちも開放するから、もう暫くここ通えば?」
 自分がどうしたいのか、どうなりたいのかくらいははっきりさせてから再チャレンジよろしくと言われて、困ったような嬉しいような気持ちが確かに湧いたのだけれど、それよりも目の前の本の山に意識が奪われている。
 さっそく本棚の前に立ち、タイトルを確かめだした自分の背後で、小さな溜息が零れた気がした。

続きました→

 
 
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「ゲイを公言するおっさんの蔵書」への2件のフィードバック

  1. あまり読んだことのないタイプの話で新鮮でとても面白かったです。続きも読んでみたいなぁなんて思ってしまいました笑

  2. コメントありがとうございます。新鮮で面白いと思ってもらえて嬉しいです(^v^)
    今書いてる話がまだもう暫くダラダラと続きそうな感じなのですが、そっちにエンドが付いたらこれの続きもちょっと考えてみたいなと思います。

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