ここがオメガバースの世界なら1

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 隣の家には同じ年の男の子と2つ上の女の子が住んでいて、子供の頃は当然同じ年の男の子と仲良しだった。けれど中学に上がって同じ運動部に入った結果、同学年で誰よりも早くレギュラー入りした相手と、万年補欠で練習試合に数度、それも僅かな時間しか出られなかったような自分との間にはだんだんと目に見えない溝ができ、卒業して別々の高校に通い出した後は見かけたら挨拶を交わす程度の仲になってしまった。
 なのに今現在、相手の家のリビングでお茶を飲んでいるのは、招待者が彼ではなくその姉の方だからだ。
 彼女の進学先を知らなかったわけではないが、同じ高校へ進学したところで、お茶に呼ばれるような関係になるなんてことは、当然考えていなかった。しかし、中学時代まったく活躍できなかった部活へ再度入部するはずもなく、かといって他に入りたい部活も見つからず、まぁいいかと帰宅部となっていた自分を、ある日彼女が誘いに来た。
 新入部員の確保に失敗したそうで、このままでは廃部になるから名前を貸せ、というやつだ。もちろんもっと穏やかな口調で頼まれたけれど、弱みを握られ餌をチラつかせながらの「お願い」なんて脅迫でしかない命令だった。
 といっても最初は本当に、彼女が卒業するまで自分がその部に籍を置いてさえいれば良い、とだけ思って誘ったのだと思う。間違いなく、家に招いて一緒にお茶をする仲になる気はなかったはずだ。入部届を渡した後、一応は後輩になったのだからと気遣われたり、以前よりも親しげに挨拶をしてくれるようになったのだって、彼女からすれば特に意味のある行動ではなかったらしい。
 けれど弱みを握られ脅された身だったから、彼女の変化が部の後輩へ対する自然な態度だなんて考えつかなかったし、混乱してもいた。入部届さえ渡せば後は用済みとなって、前以上に疎遠になる想定しかなかったからだ。
 だって彼女の弟に恋愛的な意味で想いを寄せる男の存在なんて、気持ち悪いに決まってる。
 彼女の態度の意味をグルグルと考えすぎて憂鬱になり、そのせいで彼女を心配させ、不調を気にするその態度に追い詰められるようにして、限界を迎えたのは入部届け提出から1ヶ月ほど過ぎた辺りだっただろうか。心配する彼女に、どういうつもりですかと問いかけた。
 これ以上何をさせたいのか。なぜ罵らないのか、避けないのか。気持ち悪いと思わないのか。
 胸の中に渦巻く不安やら焦燥やらを半泣きで吐き出す自分に、彼女は随分と驚いた後、想いを利用するような真似をして申し訳なかったと謝ってくれた。更には、弟への恋情を知っていると伝えたのは応援したい気持ちがあったからだ、などと言い出し、こちらの恋情を暴いた代わりにと彼女の秘密を一つ教えてくれた。
 彼女はいわゆる「腐女子」というものらしい。
 まぁ彼女の秘密を知る人間は結構いるようなので、恋情を暴いた代わりというよりは、同性への恋愛感情を気持ち悪いと思わないことや、応援したい気持ちがあることの理由として、腐女子だからだと教えてくれた可能性の方が高いのだけれど。
 腐女子を公言している女子が中学のクラスメイトにいたおかげで、「腐女子」が何を指すかは知っていたし、漏れ聞く会話からBLという男同士の恋愛を扱う物語が世の中にたくさんあるらしいことも知っていた。
 読書そのものが比較的好きだし、男を好きになってしまった身として、男同士の恋愛物語が気にならないはずがない。けれど、それっぽい漫画の一部を目にしたことがある程度で、一つの物語を最初から最後まで読んだ経験はなかった。
 弟はいるが腐女子な姉など自分には居ないし、本屋で買えるのだろうことはわかっていても、そんなものを探したりましてや手に取れるはずがなく、ネットであれこれ読めるということも知らなかったし、そもそも個人でこっそりネットを閲覧できる環境が出来たのだって高校に入学してからだ。携帯は高校の入学祝いだった。
 結論から言うと、彼女とは腐仲間としてお茶をしている。
 彼女から借りたり、携帯で読めるオススメ作品を聞いたり、まんまとBL世界に嵌ったせいで、すっかり腐男子の仲間入りをしてしまったからだ。
 今の所自分が腐男子だということを知っているのは彼女だけで、たまに向こうの家族が出払っている時などに呼ばれて、一緒にお茶をして腐トークに花を咲かせる時間が出来た。
 自分の想いは未消化なまま彼女の弟へと向いたままだし、完全にただの腐友ではあるのだが、一応異性なので、家族が出払っている時を狙って訪問することへの抵抗感はある。ただ、家族がいる中で自室に通すのは誤解を生むだろうし、そもそも自室に入れたくはない。かといって家族が居る前で堂々と話せる内容でもない。という彼女の主張と、誰の目があるかわからない家の外は論外。というこちらの主張により、今のような状態に落ち着いた。

続きました→

 
 
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