相手の惚気話の合間に昔話やらこちらの近況やらをちょろちょろと挟みながら、かつて親友だった男と、楽しく酒を飲んでいたはずだった。
この惚気っぷりからすると、相手は今でも自分を親友と思っているのかも知れないが、互いの住まいが遠く離れている上に嫁も娘も居る彼と未だ独身の自分とではもう、生きる世界が違ってしまって昔のような気安さも信頼もとっくに消え去っている。
それでも確かに互いに親友と認めあっていた時期はあり、昔話には懐かしさを、惚気話には僅かな胸の痛みを伴いつつも安堵を得ていた。
幸せそうで良かった。そう本気で思える程度には、彼に対して抱いていた想いは過去のものに成り果てている。
だから少し気が緩んだのだろう。
気持ちよく酒に酔って、お前が幸せそうで良かったと零したついでに、俺なんかと付き合わなくて正解だったろと言葉を重ねてしまった。
「俺をふったのはお前だろ」
「そうだな」
「お前も絶対、俺を好きだと思ってたのに」
「まぁ、たしかに好きではあった」
「恋愛的な意味で?」
「恋愛的な意味で」
にやっと笑った顔が悪戯めいていたから、軽い気持ちで同意してしまったが、その言葉を聞いた途端に相手の顔から笑顔が消えた。
「昔の話だ」
焦る気持ちを必死で飲み込んで極力そっけなく言い放てば、そうだなと返る声も酷くそっけない。
どうやらかなり気分を概してしまったようで、こっそりとため息を吐き出した。
これはもう、彼の中でも親友の自分は終わりを告げた可能性が高い。それどころか、友人ですらなくなっただろうか。
こんなふうに彼と二人で酒を飲む機会は、今日が最後かも知れない。
まぁでもいっか、と思う。なんせ既に何度も、これで最後だろう日を繰り返してきた。結婚した時に、娘が生まれた時に、遠方への転勤が決まった時に、彼と二人で酒を飲み交わす時間など今後持てないのだろうなと思ったものだった。
「そろそろ出るか」
疑問符は付けずにほぼ一方的にお開きを告げても、引き止める声はない。
店を出て、駅までの短な距離を黙って歩き出そうとしたところで、唐突に腕を掴まれた。だけでなく、相手はそのままこちらの腕を引いて、駅とは反対方向へと歩き始めるから驚く。
「おいっ、どこに行く気だ?」
「うるせぇ黙って付いてこい」
随分と機嫌の悪そうな声で返され、諦めのため息を吐き出した。彼の手が触れている腕は痛みを覚える程度に掴まれていて、これを振り切って逃げ出せるとはとても思えないし、彼をなだめる言葉も持ち合わせていない。
過去のことだと繰り返せば、余計に激昂させるだけだろう。
やがて辿り着いたのはいわゆるラブホの入り口だった。
「いやちょっとお前さすがに……」
「騒ぐな。静かについて来い」
「痛っ、わかった。わかったからはなせって」
更に強く握り込まれた腕の痛みに短な悲鳴をあげて開放を促したけれど、多少力が緩みはしたものの、手を放しては貰えなかった。
隠すことをしない何度目かのため息はやはり今回も完全にスルーされて、一切の躊躇いがない相手に引きずられるまま、あっという間に空き部屋の一つにチェックインが済んでしまう。
惚れ惚れする強引さと手際の良さではあるが、初っ端から苦い後悔しかない。既婚のパパが何をやっているんだ、という相手への怒りだってもちろんある。
あんなに惚気けていたくせに。幸せそうで良かったと、本気で思っていたのに。
「お前にはガッカリなんだけど。てかお前と今更どうこうなる気なんてないからな」
「お前になくても俺にはある」
「最低だな」
嫁も娘も居るくせにと詰れば、おもむろに左手薬指に嵌った指輪を抜き取ったかと思うと、無造作にその場に落としてしまう。
「おまっ……」
こんなに酷い真似を平然とこなすような男だったろうか。
「離婚はとっくに成立してる」
信じられない思いで床に落ちた指輪を見つめていれば、淡々とした声がそんな言葉を伝えてくるから、慌てて顔を上げた。
「は?」
「お前が、あの時お前も俺に恋愛感情持ってたなんて言わなきゃ、ずっと言わないつもりだった。本当は今でもお前に未練タラタラで、わずかな機会を狙って飲みに誘ってるなんて知られたら、お前、ぜったい俺を避けるだろ」
頼むからチャンスをくれ、と言った相手の声も顔も真剣で、過去のものに成り果てたはずの想いが、胸の奥で疼きだすのがわかる。
共通の友人知人がそれなりにいるのだから、こいつが言わないつもりだったって離婚話なんて自然と耳に入ってきそうなものなのに。そう思うと、離婚話が本当かどうかだって怪しい。
でも、無造作に指輪を放ったあの仕草から、彼の言葉を信じてしまいたい気持ちは強かった。
揺れるこちらの気持ちを見透かすように近づいてくる相手から、逃げ出すことが出来ない。窺うようにゆるりと近づいてくる顔に、観念して瞼を落とした。
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