鏡の前に立ち、ため息を一つ。Tシャツの襟首ギリギリのところに、小さいとはいえない鬱血痕が残されている。
つけられた時のチリリとした痛みを思い出して、眉間に力が入るのがわかった。所有印だなんて言って笑った相手の顔まで、一緒に思い出されてしまったからだ。
面白半分で、付けてみたいという欲求だけで、試してみただけのくせに。
「なにが所有印だ、バカ」
小さく毒づいてみるものの、もちろんそれを聞かせたい相手はとっくに帰宅済みで、虚しさだけが大きくなる。恋人でもない相手に、こんな痕をやすやす残させた自分が、相手以上にバカなのだ。
友人とすら呼べるか疑問の自分たちの関係は、広義で大学の先輩と後輩だ。相手は、自分がたまたま教授の頼まれごとで大きな荷物を移動させていた時に、やはりたまたま通りがかってしまっただけの新入生で、本来なら先輩後輩としての付き合いすら生まれることのなかった相手だ。
入学早々巻き添えを食らって肉体労働をさせられてしまった彼に、申し訳無さから学食をおごると言ったのは確かに自分だ。しかし、それで手伝いはチャラになるはずだった。まさかそのまま懐かれて、学年もサークルもバイト先もなにもかも違ってほぼ接点のない相手と、互いの部屋を行き来するほどの仲になるとは思っていなかった。
少しお調子者でいつも笑顔を絶やさない彼は、自分なんかと付き合わなくても、友人も頼れる先輩も大勢いるはずなのに。なんとなく居心地がいいから、というなんとも曖昧な理由で、気が向くと声をかけてくる。
あの日、なんであんな話になったのかはもう思い出せないが、自分は間違いなく酔っていた。仲の良さそうな女友達もたくさんいるくせに、実は童貞で、捨てたいけどなかなか機会もなくてなどと言い出した相手を、好奇心と揶揄い半分に誘ってしまった。酔ってはいたが、もしドン引きされて最悪この関係が切れたとしても、彼との接点がなくなって困ることはないという判断はあったと思う。
自分の性対象が同性である事にはもう随分と前に気づいていたが、そういった人が出入りする場所や出会い系などを試す勇気はなく、同性とどうこうなる機会を持つことはなかった。つまり、自分にとってもチャンスだった。
結果彼はその提案にのり、なんだかんだセックス込みの関係が続いている。好奇心旺盛にあれこれ試されて、こちらも充分楽しい思いをしているが、しかし真夏にがっつりキスマークなどを残されれば、さすがに溜息だって出る。
現在恋人はいない。とは言ってあるが、実は自分もまったくの初めてだったとは言っていない。相手にしてみれば、経験豊富なお姉さんに手ほどきされて童貞喪失。というありがちな設定の、お姉さんがお兄さんになった程度の感覚なんだろう。
性対象が同性で、しかも抱かれたい欲求に気づいてから、オナニーでは後ろの穴も使っていたから、初めてらしからぬ慣れた様子を見せたはずだ。本当はこちらもそれなりにいっぱいいっぱいだったけれど、年上としての矜持やら誘った側の責任やらもあって、余裕ぶって見せてしまった自覚はあった。
鏡を見つつ、そっと鬱血痕に指先を這わせてみる。大きな痣のようにも見えるそれは、押した所で痛みなどはない。痛くもないのに気になってたまらないのは、襟首ギリギリで人に気付かれるかもという不安ではなく、やはり「所有印」という単語のせいだ。
もちろん彼からの好意は感じているし、自分だって彼のことは好きだ。しかしその好意が恋愛感情かと言われると、途端に自信がなくなる。彼の気持ちもだけれど、自分の気持に対しても。やはりこの関係は、気軽な性欲発散の相手で、つまりはセフレなのだと思う。
どんなつもりでそれを口にしたのか。彼は一体自分をどう思っているのか。多少なりとも所有したいという欲求からの言葉なのか。
確かめてみたい気持ちもないわけではないけれど、きっと確かめることはないんだろう。
レイへの3つの恋のお題:俺のことどう思ってる?/君しか知らない/見える位置に残された痕
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