サーカス14話 オマケ2

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「ビリーに、どうしても、渡さなならんもんがあんのや」
 走ったせいで息を切らしつつも、なんとかそう吐き出したガイは、部屋のドアを開けたビリーを見上げた。
「ガイ!? お前、自宅に帰ったんじゃなかったのか?」
「ワイ、帰る家、あれへんもん」
「じゃあ、今までどこに……まぁいい、とにかく入れ」
 まさかビリーも、ガイがオーナーの元に居続けるとは思っていなかったのだろう。セージを頼らなかったので、ガイは実家に帰ったのだと思っていたらしい。
 ガイは自分の生い立ちと、オーナーとの契約を簡単に話し、ビリーの目の前にケースを差し出す。
「受け取れるか、バカ」
 けれどビリーは、眉をしかめてそう吐き出した。
「えっ……」
 口調はさしてきつくなかったが、それでもやはり、ガイにとってはショック以外の何物でもない。
「そういうつもりで払った金じゃない。だいたい、人に身体をどうこうされるような生活を続けるのが嫌だって言ったのは、お前だろう。それを、結局、オーナーとの専属契約だって?」
「仕事やもん。ペットとはちゃうし」
「ああ、そうだな。要するにお前も、金のためならなんでもやるタイプの人間なんだろ」
「そんなんとちゃう!」
 お金のためじゃない。ビリーのためだ。自分が生きて行くためだけなら、こんな仕事を選んだりしない。
「別に、非難してるわけじゃない。お前がどんな仕事を選ぼうと、俺の知ったこっちゃないしな。ただ、その金を受け取る理由もないってだけだ」
 理由ならある。「結構気にいってた」と言って貰えたことも、自分のためにせっかくの報酬を使ってくれたことも。自分だけが彼を好きになっていたのではないのだと。一緒に過ごした日々が、ビリーにとっても多少は意味のあるものだったのだと。そう思える事が、酷く嬉しかったのだ。
 それに、オーナーがこんな破格で自分との時間を買ってくれたのは、身を売る理由に、ビリーへ返金したいからと告げたせいだろう。けれど、不機嫌そうな表情を見せるビリーを目の前にして、それらの理由を上手く言葉に乗せることができない。
「せやけど、この金でやりたいこと、あったんやろ?」
 ビリーに、なにやら多額の資金が必要な夢があるらしいという話は、いつだったかセージがチラリと教えてくれた。
「金は必要だが、それは俺が自分でなんとかするものであって、お前に責任を感じて貰う必要なんてない。もし、俺がお前を自由にしたことに対して何かがしたいと思ってるなら、その金を元にして、身体なんて売らずに済むような生活を始めてくれたほうがありがたい」
 何のためにお前を自由にしたのかわからなくなるからな。
 そう続いた言葉は、溜め息混じりだった。ガイはキュッと唇を噛んで、ビリーのことを睨み付ける。そうしなければ、涙がこぼれてしまいそうだった。
「ビリーがこれを受け取ってくれるんやったら、もう、二度と身体売るような仕事せんて、約束してもええ」
 元々そのつもりだったから、尚更、ビリーにはこのケースの中身を受け取って貰わなければやりきれない。
「お前みたいな子供が普通に仕事して、どれだけの収入になると思ってんだ? その金は追々必要になるから取って置けよ」
「食べて、生きて行くくらいは、なんとかなるやろ。オーナーが、ワイが望むんやったら次の仕事も世話してくれる言うてん。ちゃんと、身体売らんで済むような仕事、紹介して貰うし」
 本当に、そんな仕事を紹介して貰えるかはわからないけれど、オーナーが後ろ盾になってくれるのだと説明すれば、ビリーも納得してくれるかと思った。というよりも、ビリーを説得するために必死だったのだ。
 けれどビリーはやはり、首を縦には振らなかった。きっと、このままでは、どこまでもこの話は平行線を辿ってしまう。
「ほな、ビリーんこと買わせてや」
 最後の賭けのつもりで、ガイは震えそうになる声を押さえて吐き出した。
「なんだって?」
「ワイが、ワイの稼いだ金で、何を欲しがろうと構わんやろ?」
「俺を、その金で買おうって? 本気で言ってんのか、ガイ」
「本気や。金のためなら、どんな仕事でもするんはビリーの方やろ。この金で一晩。て言うたら、いくらビリーでも、頷きたくなるんちゃう?」
 強気で。何が何でもビリーにこのお金を受け取らせるつもりなのだと、譲る気なんかないという気持ちを、瞳に込めて睨み付ける。
 見つめ返すビリーの瞳が、揺れた。
「それは、お前に散々色々仕込んだ俺への復讐なのか? お前のその小さな身体で、俺を抱くつもりだとでも?」
 ほとほと困り果てた口調のビリーに、さすがのガイも苦笑を零す。
「抱かせて欲しいとは言うてへんよ」
「今更、お前を抱くことで、お前から金を貰えるわけがないだろ」
「せやから、今までとはちゃう風に、抱いてや」
 立ち上がったガイは、ビリーの傍らへと移動した。困惑の瞳に臆する気持ちを隠して、腕を伸ばして抱きついて。その肩口に額を乗せる。
「今夜一晩だけ、ビリーの恋人に、なりたい」
 願った。頷いてくれることを必死で願いながら、ガイはビリーの答えを待った。


 自分を見つめる、柔らかな微笑みも。
 好きだと囁き心震わせるその声も。
 優しく肌を辿る指先も。初めて服越しではなく触れた肩も、腕も、胸も、背中も。
 全部全部、覚えておこうと思う。
「ワイも、好き。ビリーが好きや」
 掛けられる言葉は買った物でも、自分が返す言葉は本物。
 一度声に出してしまえば、堰を切ったように後から後から溢れだしてくる。ずっと言えなかった気持ちを、全部、吐き出してしまいたかった。
 それでも。さすがに、未来を望む言葉は口に出せない。
「このまま……」
 ずっと、ビリーと一つに繋がっていられたらいい。
 ずっと、ビリーの傍にいられたらいい。
 言えない代わりに微笑んで見せた。
「もう少し、このまま、居って。まだ、終わりにせんといて、な」
「ああ。ずっとこのまま抱き合っていたいな」
 ズルイズルイズルイ。
 自分が怖くて告げられない言葉を、平気で口にするビリーに胸が痛かった。彼にとっては、これも仕事の一部だから。だから、簡単に言えてしまうんだとわかっていたから。だけど自分は、笑うしか出来ないのだ。
「ほな、そうして。ワイのこと、離さんといて……」
 笑って。なんでもない事のように、本音を混ぜた一晩限りの夢を語って。
「後悔、するかもしれないぞ?」
「せぇへんよ。ビリーと居れるだけで、幸せや」
「そんなこと言ってると、本気で連れてくからな」
 ビリーの笑顔が、ぼやけて霞む。
「ええよ。ワイも、連れてって……」
 なんて言葉は、明日の朝には無効になってしまうのに。それでも、嬉しくて嬉しくて。悲しい。
「泣くな」
「嬉し泣きやもん」
 強がって笑うほど、涙は止まらず流れ落ちていく。
「なに可愛いこと言ってんだか」
 クスクスと楽しげに笑いながら、涙を拭ってくれる指先。軽い音を立てながら、顔中に降るキスの雨。
 この幸せな時間を、忘れてしまわないように。ガイは一つ一つ大切に、胸の奥にしまっていった。

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