サーカス15話 オマケ3

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 温かな腕と、規則正しい寝息。起こしてしまわないように息を潜めながら、ガイはそっと、緩く上下するビリーの胸に手の平をあてた。
 優しい鼓動が、自分の手の中に刻まれていく。こんな風に、眠るビリーの腕に抱かれながら、この時間が少しでも長く続けばいいと願うのは2度目。
 初めの1回は、館から帰ってきた日だった。シャワールームで暴れて、疲れきって意識を手放してしまった後。気付いたときには、柔らかなタオルにくるまれて、ビリーのベッドに寝かされていた。
 驚いて起きあがろうとして、身体を包んでいるのはタオルだけじゃないことに気付いた。そっと抱きくるむ腕と。シャワールームでビリーが垣間見せた優しさと。胸が苦しくなって、涙が流れた。
 本当は優しい人なのかも知れない。そう思い始めたのは、きっとあの時からだ。そして、そう感じた自分の心眼は間違っていなかった。
 こんな形でなければ出会うこともなかっただろうけれど、もしも、別の形で出会えていたら……
 栓のないことばかりを考えてしまう自分に、こみ上がる笑いは涙に変わる。
 このまま朝なんて来なければいい。願っても願っても、叶わない望みだと知っているから。朝日が昇ってしまう前に、この想いは全部、涙で流してしまおうと思った。
 残すのは、幸せの記憶だけでいい。ハラハラと零れ落ちて行く涙もそのままに、ガイはビリーの胸の鼓動を一つずつ数えていた。そんな中。
「なんだ、また泣いてるのか?」
 どうした? そう柔らかに響いた声に、思わず身体を硬くする。
「嬉し泣き、や」
「嘘つきだな」
 回されていた腕にグイと力が入って、引き寄せられた先にあるのは、覗きこむビリーの瞳。
「どうして欲しい? 何が足りない? 言ってみろ」
 ガイは流れた涙を強引に拭い去ると、緩く首を振って拒否を示した。
「何も……もう、充分過ぎるほど、貰うとる」
「ならなんで、そんなに悲しそうな顔をしてるんだ」
「きっと、ビリーの、気のせいや」
 ごまかすように笑えば、ビリーは眉をしかめながら何事か呟いた。
「なんやって?」
「お前の、本当の笑顔が見たいって言ったんだ」
 無理して笑おうとするな。という言葉に、急ごしらえの笑顔の仮面は剥がれ落ちて、また涙が滲んで行くのを自覚する。
 そっと涙を拭ってくれる指先を掴んで止めた。これ以上優しくされたら、いつまでたっても涙は止まらないだろう。
「もうええよ。もうホンマに、充分やから。恋人の時間は、もう、終わりでええんや」
 ビリーがどんな表情を見せるのか、知りたくないと思った。だからムリヤリ身体を捻って背中を向ける。
「日が昇るまでは、この部屋に居らせてな。朝んなったら、すぐ、出てくし」
「ガイ……」
 呼びかけの声には、どう答えていいのかわからなくて口を閉ざした。
「ガイ」
 もう一度名前を呼ばれるのと同時に、首筋にサラリと掛かったのはビリーの髪の毛だろう。そのまま肩に押し付けられたのは、きっと、ビリーの額。
「……ビリー?」
 どうしていいかわからなくて、結局名前を呼んだ。
「お前を好きだよ、ガイ。仕事としてじゃない。本当に、好きなんだ」
「えっ……?」
「裕福な生活の保障なんてしてやれないけど、本気で、お前を連れて行きたいと思ってる。お前が、もう一度、そうしてもいいって言ってくれるなら、な」
「ホンマ、に?」
「嘘だと思うなら、こっちを向いて、自分の目で確かめたらどうだ?」
 肩から離れていく熱を追うように、ガイは身体の向きを変えた。
「もう一度聞く。俺と一緒に、このサーカスを出ないか?」
 真っ直ぐに見つめてくる視線に、揶揄いや嘘の色はない。
「連れて、って」
 頷いて、怖々と吐き出した言葉に。
「決まりだな」
 ビリーはまるで子供みたいな笑顔を見せながら、ガイを引き寄せ抱き締めた。

 


 ガルムと名づけた鹿毛の馬の背に二人でまたがり、高台から見下ろす景色。目に映るその大部分が、ビリーの手にした土地だった。その一角で、数頭の牛がのんびり草を食んでいる。
「驚いたか?」
「これが、ビリーの、夢?」
「そうだ。いずれはもっと家畜の数を増やして、この土地に見合う大牧場主になる」
 ついて来たことを後悔してるか?
 背中に掛かる声に、ガイは思い切り首を横に振る。
「後悔なんて、する暇ないほど、これから忙しくなるんやろ?」
「そうだな。お前にも、これからは色々手伝って貰うからな」
「まかしとき!」
「よし、じゃあ、行くか」
 掛け声と共に、ビリーはガルムを走らせる。晴れ渡る青空の下、楽しげに弾む声が響いた。

< 終 >

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