ガイが逃げ出してから数日。ビリーの元を深刻な表情で訪れたのは、金の髪と女性的で美しい容貌を持つ、このサーカス団でビリーとほぼ同じ程度の人気を集める青年だった。
「どうした、セージ。お前がわざわざ俺の部屋を尋ねるのは珍しいな」
「君に、確かめたい事があって」
「なんだ?」
「オーナーから預かった子供を、館に置いてるって、本当なの?」
そのセリフにビリーは一瞬だけ眉をよせたが、努めて冷静を装いながら言葉を紡ぐ。
「どこから聞いてきた噂か知らないが、セージには関係ないだろう?」
「否定、しないんだね」
小さく響いたのはビリーが舌打ちする音だ。
「余計な事に首をつっこむなよ。お前は関わらないほうがいい世界の話だ」
どこぞの貴族出身という噂のセージは、当然ながら、ビリーと違って金のためにこのサーカス団にいるわけではない。いくら団員の中では比較的親しくしている相手だとしても、華やかな舞台が似合う彼には、こんな、子供を性の奴隷として調教しているなどという話を聞かせたいとは思わなかった。
「君はいつもそうだ」
告げるセージの声は、多少の不満を含んで響いた。
「僕が何も知らないお坊ちゃんだと思っているんだろう?」
「事実、そうだろ?」
ビリーは小さく笑う。愛されて育った者特有のまっすぐな優しさが、言葉や態度の端々から窺える。そんな部分に救われている部分もあり、また、妬ましくもあった。
ビリーのそんな気持ちを知らぬまま、セージは小さく息を吐く。
「君が子供を館で働かせてると言うのが本当で、君に彼の様子を見に行く気がないなら、僕が会いに行こうと思う」
「なんだって?」
「君が事情を話してくれるなんて、最初から思ってなかったよ。本当は、それを言いに来ただけなんだ」
セージを呼び止めるために開きかけた口を、結局は閉じてしまったビリーは、部屋を出て行くセージの背中を無言のまま見送った。
セージが館まで出向いたとして、オーナーからの預かり物であることも、現在の世話役がビリーであることもわかっているガイをすんなりセージの手に渡すはずがない。
けれどその考えが甘かったことをビリーが知るのは、意外に早かった。
翌日、オーナーに呼ばれたビリーが部屋を訪れると、そこにはセージに連れられたガイの姿があった。ビリーの姿に、ガイは一瞬怯えた顔を見せる。
「大丈夫だよ、ガイ。心配しなくていい」
そんなガイを庇う様にして、セージが優しく告げる。
「せやけど……」
「大丈夫。僕を信じて?」
ニコリと微笑んで見せるセージに釣られたのか、ガイも薄く微笑んで見せた。
ビリーは思わず眉を寄せる。ガイの笑顔など、初めてだったからだ。
「さて、メンバーが揃った所で、話を進めていいかな?」
ガイに向いていたビリーの意識を、オーナーの一言が引き戻す。
「君達を呼んだ理由はそこの子供の所有権についてなんだけどね」
「ガイは、僕が引き取ります」
強い意思の滲む声で、真っ先にセージが答えた。
「と、セージが言うんだけど、ビリーはそれでもいいかな?」
「何故、俺に聞くんですか?」
現在ガイの所有者はオーナーであって、ビリーはただ金を積まれてガイを調教しているだけにすぎないのだから、所有権のやりとりなど二人の間で行えば良いようなものだ。
「それは君の仕事が一つ減ることになるからだよ」
このサーカスを出て行きたいんだろう?
そう続いた言葉に、ビリーはゆっくりと首を振った。
「いずれはそのつもりですが、今回の仕事は元々予定外のものですから」
「なら、君がどこまで仕事を遂行したのか、報告を聞かせて貰えるかな?」
「必要、ですか?」
「ぜひ、聞きたいね」
横に立つセージとガイにチラリと視線を投げた後、ビリーはオーナーの意地の悪い質問に淡々と答えていく。
「俺自身が教えたのはキスと口での奉仕までで、ガイ自らが進んで行えるのはキスまででした。館でムリヤリ身体を開かれる痛みは経験済みの筈ですが、そこでの快楽は知らないでしょう。後は、本人に確認してください」
さすがに、告げた後のセージとガイの表情を確かめる真似は出来そうになく、ビリーはまっすぐにオーナーを見つめ続ける。
「ガイ。ビリーの言葉に間違いはないか答えられるか?」
「オーナー!」
「セージは黙って。まだ、ガイは君の物じゃないんだからね」
「……間違い、あれへん」
はっきりとした声だった。思わず振り向いたビリーの目には、震える拳をギュッと握り締めるガイと、それを労わるようにガイの肩を優しく抱いたセージの姿だった。
「少しは、素直になったってことかな。じゃあ、ついでに、僕の友人に傷をつけた謝罪も出来るかい?」
土下座して謝れたら許してあげると、楽しげに笑うオーナーに、ガイはキュッと唇を噛んだ。それから、ゆっくりと床に膝をついていく。
「すみませんでした!」
やけくそ気味に、ガイの悔しげな謝罪の声が部屋に響いた。
「そこまでされちゃ仕方ないね」
呆れたような、けれどどこか満足げな声でオーナーは続ける。
「僕の気は済んだから、ガイはセージにあげることにするよ。元々断りきれずに引き取った子だし、君が責任を持ってくれるならこっちとしても助かるし。だから、君が用意したお金はビリーに払ってやってくれるかい?」
「ビリーに……?」
「そう。君のせいで仕事を一つ失くしたわけだしね」
「わかりました」
頷き了承を告げたセージは厚みのある封筒をビリーへと差し出した。
中身はガイを引き取るために用意した金だろう。
封筒の中には、最初にオーナーがビリーに提示した金額とほぼ同等の紙幣が入っていた。
その場でオーナーに退団を申し出たビリーは、残念がるセージと、ホッとした表情を見せるガイに複雑な気持ちを抱えながら、一足先に部屋を後にする。
私物などほどんどないに等しい部屋を簡単に片付けて、ビリーは小さな荷物一つを手に、住み慣れたサーカスを背に街中へと歩き出した。
< 一人で去るエンド1 >
差し出された封筒は魅力的だったが、仕事をこなしたわけでもないのにそれを受け取れる神経は、さすがのビリーも持ち合わせてはいなかった。
「その金はガイのために使ってやればいい」
そう告げたビリーに、セージは酷く嬉しそうに笑って見せた。
その日から、セージの隣には大概、ガイの姿を見かけるようになった。
最初は戸惑いの表情を見せていたガイも、セージと共に暮らすうち、いつしか明るい笑顔を見せるようにまでなっていたが、それでもやはり、ビリーの前では怯えの混じる表情を滲ませる。あの日、オーナー室で二人を見た時からわかっていた未来だった。
胸の中の苛立ちは何だろう?
ガイの隣で、ガイの笑顔を見つめているのは自分だったかも知れないと、チラリとでも思っているのだろうか?
ビリーはそんな自問に首を振る。仕事の道具程度にしかガイを見ていなかった自分が、一体何を思えるというのか。
ここでの仕事は割が良いのが魅力だけれど、そろそろ次の仕事を探す時期なのかもしれない。部屋の窓越しに、セージの隣で楽しげに笑うガイを見つめつつ、ビリーはそんなことを考えた。
< セージエンド1 >
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