※ 視点が後輩に変わっています
思えばサークルに入って少ししてから、その先輩はずっと自分をなんだかんだ気にかけてくれていたように思う。実家の状況が変わって仕送りが大幅に減った時も、サークルを辞めるといった自分を幽霊会員でいいからと引き止め、結構な頻度で食事をおごってくれたりしていた。
下心でなんて言いつつも何もされなかったし、いつも柔らかに笑ってくれるばかりだったから、なんというかこう、世話したがりな人なんだろうと思っていた節はある。下心というのはむしろ、手軽にボランティア精神を満たすのに利用してるってことか? なんて事を考えた事まであったほどだ。
実家の状況が少し好転して、前ほどではないにしろまたサークルにも時々顔を出せるようになってからも、一度かなり縮んだ距離感は顕在で、奢りこそ多少減ったけれど一緒に食事する頻度はむしろ上がった。サークルに顔を出せるようになったことを、本気で喜んでもくれていたから、そこから何か少し変だなと思うようになった。
しかし変なのは先輩がではなく、自分自身の方だった。変になった自分に、多分先輩も気付いている。なんだか少しずつ距離を置かれている気がするのは、自分が変になったせいだとわかるから、時々泣きたいような気持ちになる。
食べるものが美味しくない。特に一人での食事時はそれが顕著だった。
だんだんと色々なことが億劫になって、家でぼんやりすることが増えたが、ぼんやりしつつも頭の中では先輩のことを考えている。
なんだこれ。なんだこれ。
先輩とのあれこれを思い出す合間に、焦りなのか絶望なのかわからない不安のようなものが、脳内をぐるぐる回っている。
そんな中、携帯が小さく震えた。手にとってみれば、くだんの先輩から奢ってやるから出ておいでという、なんとも見慣れたメッセージが届いていた。
一瞬胸が軋む気がしたが、すぐに行きますの4文字を送る。次に送られてきたメッセージには、場所が先輩の家なことと、食べるものは既に決まっている事が書かれていた。
急いで先輩の家に向かえば、先輩は困った様子の苦笑顔で迎えてくれたから、なんだか申し訳ない気持ちが湧いてまた泣きそうになる。先輩の前で泣くわけになんか行かないのに。そんな事になったら、きっとますます避けられるようになってしまう。
「お前、最近ちゃんと食ってんの?」
机の上に並んでいたのはどこで買ってきたのか、近所のスーパーのものではないことだけはわかる惣菜が並んでいて、どれも消化に良さそうな物をと考え用意されたものだとわかる。
「あんま、食欲、なくて」
「知ってる。でも食わないのはダメだよ」
「太るどころか痩せたっすもんね」
きっと上手くは笑えなかった。だって自分のゲス加減にうんざりした。
あまり腹が減らなくなって、もしこのまま食べれずに痩せていったら、また先輩が色々気にして食事に誘ってくれるんじゃないかって、期待していた気持ちは自覚している。
「逆だよ。お前が俺の思惑通り丸々太ったから、お前は今ちょっと食べれなくなってるだけだから」
先輩はやっぱり苦笑顔で、まったく意味がわからないことを言い出した。
「説明はする。だから、取り敢えず一緒にこれ食べよ。一緒になら、食えるだろ?」
ほらと差し出された箸を受け取り、頂きますと告げた先輩に続いて頂きますを言ってから、取り敢えず一番手近な所にあった、トロリとした餡のかかった豆腐を口に運んだ。
「美味い、っす」
軽く咀嚼して飲み込んで、心配気に見ていた先輩にそう伝えれば、ホッとしたように笑う。柔らかな笑顔に、ああ、この人のことがいつの間にかこんなにも好きだと思って、とうとう涙が一粒溢れてしまった。
「す、っみま、せっ」
慌てて涙を拭おうとした手を、先輩の手がそっと握ってくる。
「謝るのは俺の方。ちょっと育て過ぎちゃったな」
「育て、すぎた……?」
さっきから先輩の言葉の意味がさっぱり伝わってこなくて、とうとう先輩とは言葉すら通じないほどの仲に変化してしまったのかと悲しくなる。
「ヘンゼルとグレーテルの時代から、餌付けして太らせてからおいしく頂くものだって、前に教えたよな?」
「でも俺、まったく太ってないです、けど」
「俺が太らせたかったのはお前の体じゃないよ」
苦笑した先輩は、そっと左胸に手のひらを押し当ててくる。
「俺が餌付けしまくって育ててたのは、お前の、ここ」
「ここ?」
「心臓。いわゆるハート。ようするにお前の、俺への気持ち」
「先輩への、気持ち?」
「そう。食事が喉を通らなくなるほど、俺を好きになってくれて、ありがとう」
「……えっ?」
「違った?」
呆気にとられて見つめる先で、先輩が優しく笑っている。
「違わ、ないっ」
どうにか声を絞り出したら、良かったと言いながら左胸に当てられていた手が頬に伸びて、さっきこぼれた涙の跡を消すように拭ってくれた。
「めちゃくちゃ美味そうに丸々太ったお前を、今すぐ食べたいくらいなんだけど、食事後回しで大丈夫?」
頷きながらも、下心って本当にあったんだと、自分の鈍感さに少し笑う。笑ったら、笑った口元凄く美味そうと言われながら、先輩にカプリと齧りつかれてしまった。
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