思い出の玩具

 小学四年生の秋ごろまで住んでいた市にある大学への進学が決まった時、昔の友人知人に会えたりするのだろうかという期待はした。少し珍しい苗字だから、覚えてくれている人だって居るかもしれない。
 そんな期待はもちろん、大学生活に慣れるとともに消えていった。
 昔の友人と言ったって、引越し後にまで交流が続くような相手じゃなかったわけだし、小学生が大学生に成長したら顔でわかるなんてことも起こらない。そもそも同じ市内と言っても端と端ってくらい離れている上、最寄り駅だって違うのだから、それはもう昔住んでいた場所に戻ってきたとは言わないって事にも気づいていた。
 だから、バイト中に話しかけてきた客が、昔この辺りに住んでませんでした? と、昔住んでいた近辺住所を言った時には随分と驚かされた。肯定したら随分と嬉しそうに笑って名前を告げられたが、その名前には確かに聞き覚えがあった。
 相手は胸のネームプレートで気づいたと言ったから、バイト先がネームプレート必須で良かったなと思ったのを覚えている。
 その男にゆっくり話がしたいと誘われて、バイト後に近くのファミレスで一緒に食事をし、連絡先を交換した。
 それからは時々会って一緒に遊ぶようになった。相手はたまに、昔一緒に遊んでいたという他の仲間も引き連れてくる。とは言っても、昔話に花を咲かせるという事はそんなに多くはなかった。気の合う友人が一人増えた、くらいの感覚だ。
 それでも一緒に遊んで色々と話をしているうちに、昔のこともあれこれと思い出してくる。
 そういや、引っ越しするときに何か貰わなかったっけ? という事を思い出したままに口にしたら、相手にかなりの動揺が走って驚いた。その場はなぁなぁで流されてしまったが、そんな対応をされたらむしろ気になるってもんだろう。
 長期休暇で帰省した際に、部屋中ひっくり返す勢いで探してみたら、それは出てきた。小さな変形ロボットのおもちゃで、当時はやっていたアニメのものだと思う。
 確かにこれだ。しかしなんでこれを渡されたのかはわからない。あの時、彼は何と言ってこれを渡して来たんだっけ?
 古い記憶を辿りながら手の中のおもちゃを弄りまわしていたら、ぽろりと何かが落ちて、しまった壊したと慌てる。しかしそれと当時に、思いがけない部分が開いて、中には小さくたたまれた紙が一枚仕舞い込まれていた。
 下宿先にそれを持ち帰り、さっそくファミレスに相手を呼び出してそれを見せる。
「ちょっ、それっっ!」
「探したら、出てきた」
「そ、そうなんだ。で、なに? 持ってきたってことは、返してくれたりするの?」
 テーブルの上に伸ばされた手に慌てて、とっさにそのおもちゃを、広げた自分の手で覆い隠した。その手の上に相手の手が乗っかり、次には相手が大慌てで乗った手を引っ込める。一瞬触れた熱と相手の赤くなった顔に、嬉しいという気持ちが湧いたから、覚悟を決めた。
「あのさ、これ貰った時、なんて言ったか、覚えてる?」
「さ、さあ、なんて言ったかなぁ。なんせずい分昔のことだし?」
 ああこれ、絶対覚えてる。良かった。
「これ、お前の気持ちらしいよ」
 俺の気持ちだから持ってってと押し付けられたのを、メモ発見とともに思い出していた。
「そそそそそうなんだ。まぁ、大事にしてたおもちゃだったしな」
 相手の動揺が酷くて、なんだかいじめているみたいな気分になる。別に責めるつもりなんて欠片もないのに。
「これ見つけた時、弄ってたら妙なとこが開いて、ちっさなメモが出てきてさ」
「うっ」
「こういう玩具、まったく詳しくなかったから、気づかなくってごめん」
「い、いやいやいや。俺が勝手に押し付けたものだから。気づいてくれなくてもいいって、思ってたやつだし」
「あのさ、これって、今も有効だったり、する?」
「えっ?」
「今のお前の反応みて、ちょっと期待はしてるんだけど。でも、そんなの昔の思い出の一つで、むしろ黒歴史。ってことなら、これはお前に返すよ」
「え、あの、何気持ち悪い事してんだよって罵倒とか、……じゃなく?」
 ああ、そういう心配をしていたのか。
「メモ見つけた時、正直嬉しかった」
 好きだ、と3文字だけ書かれた小さな紙。子供だった彼が、どんな想いを込めて綴り、隠したそれを渡してきたのかと思うと、その記憶の中の小さな男の子が、たまらなく愛しいって気持ちが湧いた。
「こうやって再び出会えたのも、お前とは何かの縁があったりするのかなって、思った」
 だからさ、と更に言葉を続けようとしたら、相手が眉を下げたほんのり泣きそうな顔で先に言葉を発した。
「でもお前、普通に女、好きじゃん。俺が気持ち悪く、ないわけ?」
「気持ち悪くないよ。というか、もし気持ち悪かったら、メモには気づかなかったことにしてそっと距離置くくらいするって」
「そんなの言われたら、期待、するけど。てか俺、お前に初恋して、それ結構拗らせてる自覚あるんだけど」
 初恋で、しかも拗らせてるのか。でもそれを聞いても、気持ちが変わることはなかった。
「期待して、いいよ」
 言ったらますます泣きそうな顔で、今もお前が好きだと返された。

 
 
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「思い出の玩具」への2件のフィードバック

  1. 手の上に手。 見たかった―!
    そのファミレス、パートのウエイトレ腐、募集して無かったのよね・・・。悔し

    でも、なんだかいい雰囲気になってそうでよかった。
    彼、きっと自分の名字に感謝してたと思います。
    あ、二人の横、うろちょろしながらドリンクバー往復してたの、私ですっ。

  2. mさん、小ネタにもコメント有難うございます(*^_^*)

    言われてみたら、ファミレスでこんなことやってる男子二人見かけたら、だめだと思いつつも観察しちゃいますよね~(笑)
    多分相手も、主の名前には感謝してると思います。
    全国的に多い苗字だったら、初恋相手に再会できませんでしたよね。
    ってところまで考えたら、なんだかんだで恋人になった相手が、実は初恋(玩具贈った)相手だったって話もありだったなと思ったりしました。

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