目の前の親友に恋をしてしまった。
言えなくて、苦しくて、めちゃくちゃ心配されて、それでもどうにか口にできたのは、男を好きになったという部分だけだった。その程度なら、即、気持ち悪いと友情を切ってくるような相手じゃないと、付き合いの深さからわかっていたからだ。
でもそれ以上はさすがに言えない。だって所詮は他人事ってのと、自身の問題とってのじゃ、天地ほどの差があるだろう。
だから架空の片恋相手を作り上げて、切ない想いをたまに聞いてもらっていた。バカな真似をしている自覚はあったが、想いを隠しきれなくて相当心配をかけてしまった以上、そうするしかなかった。
大きな誤算は、そんなに辛いなら俺が慰めてやろうかと、親友が言い出した事だった。
「そいつの代わりでいいよ。なんなら、そいつの名前で俺を呼んだっていい」
「バカなの?」
バカなのは自分だ。好きだといった男の名前は架空のもので、本当に好きなのはお前だと、こんな提案をされてさえ言えなかった。言えなかったくせに、その優しい申し出を受け入れてしまった。
だって親友とは親友のままでいたかった。恋人になんてなって破局したら、もう友人になんて戻れないかもしれない。代わりにという提案を受け入れるだけなら、親友はやっぱり最高に優しい男だったってだけで済む。もし試して上手く行かなくても、友情までは壊れないだろう。
要するに、そんな逃げ道を作ってしまうくらい、恋の成就よりも親友と親友のままでいたい気持ちが強かった。
でも、だったら、代わりになんて提案も、きっちり断るべきだったんだ。
「あいつの名前、呼ばないの?」
触れてくれる手の気持ちよさにうっとりしていたら、呼んでいいよと優しい声が促してくる。
「な、んで……」
「あいつになりたいから?」
代わりに慰めるのだから、名前を呼ばれることでなりきりたいって事だろうか?
「呼びなよ」
再度促されて、架空の想い人の名前をそっと呼んでみた。わかりやすく胸がきしんで、ぶわっと涙があふれだした。
後悔なんてとっくにしてる。でも間違った選択を重ねすぎて、どうしたらいいのかわからない。
はっきりとわかっているのは一つだけ。
親友と親友で居続けることさえ諦めればいい。でもそれを選べるなら、こんなことにはなってない。
「ああああゴメン。泣かせたかったわけじゃない」
ごめんごめんと繰り返した相手は、もう呼べなんて言わないと言いながら、宥めるようにあちこちを撫でさすってくれる。優しくされて嬉しいのに、でもその優しさが辛くて、涙はしばらく止まりそうになかった。
そんな風に始めてしまったいびつな関係は、それでもぎりぎり親友と呼び合う関係のまま、一年半ほど続いていた。でもさすがにもう終わりだなと思うのは、高校の卒業式が目前だからだ。
「ねぇ、お願いあるんだけど」
体を繋げた状態で見下してくる相手は、珍しく不安そうな顔をしている。
「なに?」
「名前、呼んで欲しい」
初めての時以来の要求だけれど、ぎゅっと胸が締め付けられた。
「えっ……」
躊躇ってしまえば、ずいぶんと申し訳なさそうな顔をする。
「お前泣かせたいわけじゃない。でも、このままお前と親友のまま卒業していくの、やっぱヤダ。だから呼んで、俺の、名前」
多分お前の気持ち知ってると思うと言った相手は、更にゴメンと続けた。
意味がわからなすぎて混乱する。
「い、いつから……?」
「初めてお前とこういう関係になって、あいつの名前呼ばせて泣かれた時、あれ? って思った。後はまぁ、こういう関係続けてるうちに、確信に変わった感じ」
あいつって実在してるの? という問いかけに首を横に振ったら、わかりやすくホッとされた。
「てことは、俺の勘違いじゃないよな?」
「俺、ずっとお前と、親友でいたくて……」
「あー、うん。それも知ってる。だからゴメン。お前と、親友ってだけのまま卒業したくないのは、完全に俺のわがまま。だからお前にお願いしてる」
もう一度、名前を呼んでと甘い声に誘われて、親友の名前を口に出す。
胸がきしんで涙があふれる、なんてことは起こらなかった。
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