理解できない21

1話戻る→   目次へ→

 日々はあっという間に過ぎていく。実の息子だから家を出たって気軽に顔を出しやすい、なんてことを言っていたって、この何ヶ月かの間に彼が実際に家に戻ったのは、先々週の土曜日の一度だけだ。しかも日帰りの数時間滞在で、顔を合わせることはなかった。
 たまたまタイミングが合わなかったわけではなく、彼が避けたのでもなく、こちらが避けた。
 およその到着時刻まではっきりと記された連絡を事前に貰っていたのに、逃げるように出かけて夜遅くに帰宅したのだ。泊まらないのは知っていたから帰ったけれど、泊まると言われていたら初の自腹外泊を敢行していた可能性さえある。
 だってどう接すればいいのかわからなかったし、顔を見るのも声を聞くのも怖かった。自分の中にどんな感情が膨らむのか、その結果何を言ってしまうのか、してしまうのか、わからなすぎて会えないと思った。
 でもどうやら、そんなこちらの気持ちを慮ってはくれないらしい。あんなにはっきりと避けたのに、朝食を摂ろうとダイニングへ向かったら、そこにはしれっと彼が座って居たのだから、驚いたなんてもんじゃない。
「な、んで……」
 呆然と呟きながらも、心臓がきゅっと縮むような感覚と痛みとに、ぐっと拳を握りしめた。
「顔出すって連絡入れたら、また、逃げられると思ったから」
 相手はいつになくムスッと不満げな顔をしていて、珍しくかなり怒っているらしい。ますます胸が痛くて、出来ることなら回れ右して、今すぐこの家を飛び出したいくらいだった。
「俺に用事があったなんて、聞いてないけど」
 泣きそうな気持ちを堪えて、相手のことを睨みつける。そうしていなければ、みっともなく泣いてしまう気がした。
「久しぶりに会えるのを楽しみにしてるって、書いただろ」
「俺は会いたくなかった。それにそれは用事じゃない。文字のやり取りじゃダメで、直接会わなきゃならないような何かがあの日あったのかって聞いてるんだけど」
「俺にとってはお前の顔を見ることが大事な用事だったし、その用事が果たせなかったから、こんな土曜の朝っぱらからここにいるんじゃないか」
 互いが吐き出す言葉や声の調子に、以前のような気安さはない。物理的な距離とともに、気持ちの上での距離も大きく開いてしまった事がありありとわかる事態に、泣き出さないよう必至だった。だから顔を合わせたくなんかなかったと内心で毒づいて、今すぐ逃げ出したくてたまらない気持ちをどうにか抑え席に着く。
 涙を見せるのも、逃げ出すような真似をするのも、絶対に嫌だった。既に保護者も家族も卒業した相手に甘えるわけにいかないし、それでもなんだかんだと気遣ってくれる優しい人に心配をかけたくないし、彼が居なくたって大丈夫だって姿を見せておきたかった。
 何のために彼が家を出ていったのかをわかっていたら、着々と独り立ちの準備が整っているように思わせたいのは当然だろう。彼が家を出たせいで寂しくてたまらない気持ちも、彼が求める気持ちを差し出したい欲求も、知られたくない。
 だって絶対に喜んではくれない。何のために家を出たと思っているんだと、渋い顔をされるに決まっている。
 だって本当はわかっている。好きになって欲しいと言われたことはないのだから、好意を恋愛感情として育てるなんてことを、彼はきっと望んでいない。彼の求める気持ちを差し出したいと考えるそれだって、結局はただの独りよがりでしかないってことくらい、わかっていた。
 喜んでもらえないとわかっているのに、彼の望む気持ちを差し出して、彼に喜んで欲しいと思う矛盾を抱えている。その矛盾を指摘されるのも、そんな気持ちを差し出されたって欠片も嬉しくないと彼の言葉で確定されるのも、怖くて仕方がなかった。

続きました→

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です