彼の家に向かう前の習慣的な感じで、体の準備は一応してきている。それを伝えれば、真っ直ぐに寝室へ連れて行かれた。
「お前、なんか変なこと考えてるだろ」
自分で脱ぐことを止められて、ベッドの脇に立ったまま、ゆっくりと服を剥いていく彼を緊張しつつ見ていれば、おかしそうに彼が小さく笑う。
「嬉しいっつってた割に、顔、こわばってるぞ」
むき出しになった肩に残る傷をさらりと撫でていく指先に、ゾワリとした快感とゾクリとする恐怖の中間に似た何かを感じて、思わず肩を竦めそうになる。それを許さなかったのは、傷を撫でたあと、そのまま腕を撫で降りていた彼の手に、上腕を強く掴まれていたからだ。それでもピクリと動いてしまった肩に、彼の頭が近づいてカプリと歯が立てられるのがわかった。
「んぁっ」
あの時の痛みを思い出して震えてしまった体を宥めるように、傷痕をべろりと彼の舌が這っていく。立てられた歯が食い込んでくることはなかったが、舐められた後はきつく吸われてチリとした僅かな痛みが走った。
キスマークを付けられた。……のかも知れない。
あまりに驚いて、彼が頭を離しても、ただただ彼の顔を見つめていた。だって、キスマークを付けて貰うのは、初めて誕生日を祝ってもらったあの夜以来だ。
タイミング良くねだればきっと彼は再度その印を付けてくれたのだろう。でもあの夜以降、自らねだるようなことはしなかった。
拘束されることも、それこそ縄を掛けられたこともあったけれど、行為の名残が数日消えないなんてことはなかった。消えてしまうものですら、彼は痕を残すことに随分と気を使っているのを知っていたし、キスマークなんてあからさまのもの、きっと本心では残したくなどないはずだ。そう思っていたから、そんな相手に、ねだってまでキスマークを付けて貰う事の意味も喜びもない。
だから、ねだったりせずとも与えられる彼からの印に、嬉しいと思う気持ちは確かにある。でもこの赤色は消えてしまうものだから、どうせなら痛くても消えないものが欲しい気持ちもあった。
「あなたのものだと刻むのって、まさか、これ……?」
「んー……これはどっちかって言ったらオマケ。何か目に見えて残るものも、欲しそうだったから」
せっかく綺麗な体に、消えない傷なんて付けたくないんだよなとぼやきながら、暫くはこれで我慢してと続けた。消えてしまう前に重ねてやるからとも。
「暫く?」
「そう、暫く。それが目に入る度に、お前が俺のものだと意識できる何か、考えとく」
「じゃあ、いったい何を、刻むの?」
「何だと思う?」
ニヤついてはいない。声音は優しかった。でも真っ直ぐに見下ろしてくる瞳は怖いくらいに真剣で、何を刻まれるかはわからなくても、自分がこれから確実に彼のものとなるのだということだけはわかる。
「わかり、ません」
「お前は誰のものになりたいの? お前の全部を差し出す相手は?」
「あなた、です。けど」
「そういう事かな」
「えっ?」
「お前なら途中で、というか多分すぐ、ちゃんと気づくよ」
それ以上の言葉を続けることなく、彼は残った衣類を剥ぎ取りにかかる。
気づいたのは、ベッドに押し倒されてあちこちにキスを受けている途中だった。それはまるで、腕も足も背中も胸も腹も、余すとこなく彼のものになるための儀式のようだった。彼のものとなった場所には小さな赤い印が付けられているが、それがオマケだということの意味も、もうわかっていると思う。
彼がこの体に、心に、刻んでいるのは言葉だった。
互いの名前は知っていても、行為の最中どころかそれ以外の時間も、名前を呼びあうようなことはなかったのに。でも今は、名前を呼ばれるし、彼の名を呼ぶように促される。誰が誰のものか、誰のものになるのか、言葉にして宣言する。それをやはり同じように、彼の言葉によってはっきりと受け入れられるのを繰り返す。そうやって心の奥にまで、彼のものであることが刻まれていくようだった。
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