雷が怖いので42

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 彼のものになっていくのは喜びで、望んでいた幸せで、けれどこれら一連の行為はまるで呪いのようだとも思った。
 そして彼が掛けられた呪いは、きっとこんな優しいものではなかっただろうとも思う。もしイレズミやピアスもこの赤い印と同じようにオマケだったとしたら、消したり外したりしただけで心に刻まれたものもなくなるのだろうか?
 赤い印は消えてしまう前に重ねてくれると言っていたけれど、でも印が消えたからと言って、自分が彼のものになったという事実はなくならない。心に言葉を刻むというのは、そういうことだろう。
 彼は彼を所有していた人物について、いつも過去形で話をするけれど、彼の所有者だった人はあれだけたくさんの消えない痕を平気で残すような人物なのに、彼の未来を縛る言葉を刻まなかったとでも言うのか。自分が彼に差し出す全ての中には、これから先の人生をも含めているのだけれど、もし彼が先にこの世を去った場合はどうなるんだろう?
「ねぇ、今のあなたは、誰のもの、なの?」
「どういう意味だ?」
「あなたを所有していた人が亡くなって、あなたは誰のものでもなくなったの? それとも、やっぱりまだその人のものだったりするの? あなたに消えない所有印をたくさん残したのは、あなたはいつまでもその人のものだと、そういう主張じゃないの? その人は、あなたの人生を全て持ったまま、居なくなったわけではないの? あなたが居なくなったあと、俺は誰のものでもなくなっちゃうの? それとも、あなたのもので居ていいの?」
「なんか色々考えすぎてないか? それと、お前は自分と俺とを混同しすぎ。立場ぜんぜん違うだろ」
「あなたもこうやって、色々と宣言して、その人のものになったわけじゃないの? 消えない所有印だけじゃなくて、心にも所有の証を刻まれたんじゃないの?」
「お前、変なとこだけ聡いな」
 前から時々思ってたけどと苦笑しながら、彼は言葉を続けていく。
「まぁ心にまで染み付いてるものも色々あるっちゃあるよ。色々誓わされたのも確かだし。でも言われてみりゃ、俺の未来まで縛るような言葉はなかったというか、あの人が死んだ後まで、あの人のもので居続けるなんて宣言した事はなかった、かな」
「そうなの!?」
「今にして思えば、当時の俺が思っていたより大事にされてたし、それなりの愛情もあったかもだけど、多分、お前が思ってるほどには愛されてなんかなかったぞ。なんていうか、俺があの人から開放された先どう生きようが知ったこっちゃない、って感じの人だったよ」
「でも、たくさん遺産を残してくれたんでしょう?」
「それはそうだけど、でも正直、こんだけ払ったんだからお前にやったことはチャラな、って言われたような気分だったんだよな。だから、受け取るもの受け取って終わりだよ。それを愛情と言うなら、まぁそれもありかなって思いはするけど、確かめられるわけじゃねぇし今更だろ。むしろ愛情ってなら、しっかり必要以上の教育受けさせて貰った方に感じるかな。そっちにもけっこうな金掛かってるし」
 後はなんだっけと、彼は先程自分が感情に任せて零した言葉を思い出そうとしているようだ。
「俺が死んだ後お前がどうなるか、って話だったか?」
 さすがに気が早くね? と笑いはしたが、すぐに、でも事故とか病気とか何があるかわからないし、そういうのも決めておいた方いいよなと優しい目をして頬を撫でてくれる。
「と言っても、お前が好きなようにとしか言いようがないんだけど。俺が受け取るお前のこの先の人生は、俺が生きてる間分のつもりだったけど、でももしお前が、お前が死ぬまでの人生全部貰えって言うなら貰ってく。どっちでもいいし、今決めなくていいし、そもそもそう簡単に死ぬ気なんて無いからな」
「うん。変なこと聞いて、ゴメンなさい」
「別にいい。心に言葉を刻まれるって事の重大さに気づいただけだろ。この先の人生まで全部俺に差し出すのが怖くなったってなら、その部分は返してやろうか?」
「ううん。出来れば全部、貰って欲しい。それでさ、あの、あなたが今、誰のものでもないなら、ちょっとでいいから、俺にもあなたをちょうだい……ってのは、ダメ?」
「ダメじゃない。というか、いつ言われるんだろうって、待ってたくらいなんだけど」
「えっ?」
 ビックリして声を上げたら、ずっと不思議だったんだよなと言われた。
「俺に抱かれたい気持ちがあるって知った時もだけど、そこから先暫くの間、お前は俺のものになりたいって良く言ってたよな。俺を好きだと言った時も、その後も、俺をよこせとは、言われたことがなかった。あげく、お前の気持ちもこの先の人生までも全部をあげると言われて、お前の好きって気持ちは、俺に与えるばっかりなんだなって思ってた」
 欲しがって貰えて、今、結構嬉しい。なんて言って笑うから、何言ってんだこの人と、唖然としてしまう。
 彼を欲しがってなかったわけじゃないけれど、わかりやすく恋人という関係にはなれなくて、心を渡してはくれなくて、だから彼が自ら与えてくれるものを必死でかき集めて、少しでも心を満たそうとしていたのに。どうしても満たされない心が揺れて、不安になって、あんなにも寂しい心を持て余していたのに。
「あなたを好きになったからあなたをちょうだいって、そう言ってたらくれたの? あなたを好きになったから、俺のものになってって、そう言えば良かったの?」
 自分の口から吐き出されてくる硬い声は震えていた。

続きました→

 
 
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「雷が怖いので42」への2件のフィードバック

  1. 思う存分、流れのままに好きなところへ(^-^)ついて行きま~す。喜んで♪

  2. るるさん、そう言って頂けるととてもホッとします。
    予想外に長くなってますが、最後までお付き合いよろしくお願いしますね。
    コメント、ありがとうございました〜(*^_^*)

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