雷が怖いので43

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 彼を好きになった気持ちを晒して、彼がその気持ちに対して何らかくれる素振りを見せた時、お前が望むだけのものを渡せるわけじゃないがと予防線を張ったのは彼で、きっと恋人にはなれないと言ったのも彼だ。それにこちらは彼に買ってもらっている立場の貧乏学生で、自分の持つ好きという感情は彼にとっては迷惑なものでしかなかったはずだ。
 その迷惑でしかない感情を押し付けて、だからあなたをくれだなんて、どうして口にできるだろう。
 しかも彼は彼のかつての所有者に対して諦めと許容と嫌悪を綯い交ぜたような話をしていたから、彼を自分のものにしたいなんて気持ちは今まで湧きようがなかった。だって彼を自分のものにするというのは、彼に嫌われるのと同義だと思っていたのだから。
 でも本当はそうじゃなくて、彼がこれ以上辛くならないようにと認識できなくなっているだけで、彼の心はちゃんと誰かを好きになったり愛したりしたがっているのだと、先日やっと気づくことが出来た。そうでなければ今も、俺にもあなたをちょうだいなんて、きっと口には出来なかったと思う。
「あー……うん、多分、俺が悪かった」
 ぐるぐると回る思考に口を閉ざしてしまったら、ずっと言えなかっただけなんだなと、彼は困ったように笑って、触れるだけの優しいキスをくれた。
「お前はすぐに自分を差し出すくせに、俺から欲しがるものがささやか過ぎて、しかも欲しがってるように見せかけて俺に何かを与えたがってたから、あまりにも割に合わないと思ってただけなんだ」
「割に、合わない?」
「具体的に例を出すなら、俺のものになりたいって言ってたあれな。あれがもし、ペットや奴隷として飼われる代わりに、衣食住から学業から全部の面倒を見てくれって話ならわかるんだよ。俺からしたら、それくらいが受け取るものと支払うもののバランスがいい。そういう話だったなら、あの時点で、お前を俺のものにすることをもうちょっと真面目に検討した」
 でもそういう形で俺のものになってもお前は喜ばないだろう? と続いた言葉には、喜ぶわけ無いと返す。
「あの頃は本当に、何を言われているかわからなかったけど、でも今は、多少はわかってると思うよ」
「本当に?」
「さぁ、自信があるわけじゃないが、多分な。お前が欲しいのは、言葉だったり気持ちだったり一緒に過ごす時間だったりなんだろ。後、金銭を絡めないキモチイイ事」
「うん」
「ほら、当たり。でもそれらは凄くささやかで、なのに俺には難しい物ばっかりなんだ。特に気持ちなんて、お前の好きに見合うだけの感情なんて、俺に返せるわけがない。なのにお前は、俺がお前に渡せるものの大半を嫌がってくれたからな」
「だってあなたがくれるお金が、あなたの精一杯の愛情だったなんて、気づいてなかったんだもん。だからこれから先、俺は学生じゃなくなってちゃんと仕事をしてお金を稼ぐけど、それでもあなたが俺にってくれるお金は喜んで貰うって言ってる」
 言ったら変な顔をされて、何事かと思ったら、やっぱりお前はあの金を愛だって言うんだなと苦笑された。じゃあ違うのかと問えば、多分違わないと返ってきたから、意味がわからない。
「愛とか恋とか誰かを好きだとか、そういう感情に馴染みがないんだって言ったろ。でもお前がそう言うなら、あれは俺の愛だって事で構わない、程度には思うんだよ。って話。がっかりしたか?」
「なんで? 嬉しいけど。だってそれ、あなたは俺を愛してるって、認めてるようなもんだよ。って思うことにする」
 言ったら、最近この件に関してはやたらポジティブだなと、呆れと驚きとが混ざったような顔をされてしまった。
 こちらがポジティブになれる要素をバラ撒いてるのは彼だ。捨てると言いながら、本当は捨てたくなんかなくて、愛されていたくて、だからこちらが引き下がれないように誘導しているんじゃと思うことすらあるのに。でもその自覚はないみたいだし、口に出して突きつけて、せっかくここまで来たものを、そんなつもりじゃなかったと翻されても困るので黙っておく。
「好きになっちゃったあなたとの関係を切りたくないから、ポジティブになることにしたの。それに俺だって、少しずつあなたへの理解を深めてるつもりだから、俺が欲しいと思うものがあなたから返ってこなくたって、諦めなくて平気だってもうわかってる」
 生きてきた世界が違うことがわかってれば、その認識のズレを互いに正して、いつかきっと恋人にだってなれると思う。そう言ったら、本当に? とどこか試すような顔で聞かれた。
「お前のものになるのだって構わないけど、例えば俺が、この体にお前のものである証にお前の名前を彫ったり、お前が選んだピアスを付けると言ったら、お前きっと断るよな?」
「当たり前、でしょ」
「じゃあ逆に聞くけど、このしばらくすれば消える赤い印の代わりに、俺がお前の体に俺の名前を彫ったり、俺が選んだピアスを付けると言ったら、お前、どうする? 嫌だって拒否するなら、誰から見てもお前に所有者がいるとわかる印を付けさせないなら、お前を捨てるよって言ったら?」
「あなたがしたいなら、して。でも、俺はあなたの体にそういうものを刻みたいわけじゃない」
「俺だってしたいとは思わない。ただ、そういうものの方が、俺にとっては馴染みがあって手っ取り早くわかりやすい所有の証だってだけ。そしてこういった認識は、そう簡単に覆るもんじゃないと思うんだよな」
 だからお前がバカじゃなくてホント助かってる、なんて続けるものだから、また意味がわからなくて問い返す。聞けばきちんと返してくれる人だから、認識のズレはきっと正していけると思うのだけど。覆らないと言うなら、彼に自分が合わせていくことだってきっと出来る。話し合って、互いが納得のできる所有の証を探すことも、今の自分達にならきっと可能だろう。
 それはどういう意味かと聞いたら、消えてしまうような印と言葉だけじゃ満足できないって言われたら、手っ取り早くお前の体に傷を残すことをしてたかも知れないと返された。逆にこの体に傷をつけさせていたかも知れないとも。
「体に傷が残るより、心に刻まれる方が、ずっと深刻で怖いもののように思うけど」
「そう思えるやつで良かった、って話だろ。まぁ、目に見えないものをそこまで信じられるってのも、逆に凄いというか怖くもあるんだけどな」
「そうかな? 目に見えないから、深刻だよねって話なんだけど。それに正直言えば、心に刻むなんて真似をしなくても、あなたが俺のものになってもいいって、そう言ってくれただけでもう十分嬉しい」
「だからお前は欲がなさすぎだっての」
 ベッドに倒されていた体を引き起こされた。
 向かい合わせに座った彼は、どうぞと言いたげに両腕を広げてみせる。
「ほら、お前の番」
 彼がしたように、赤い印をつけて宣言させて自分のものにしていいと促されて、おずおずと彼の心臓の上に唇を寄せた。

続きました→

 
 
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