トキメキ11話 覚悟を決める

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 目が覚めると、部屋の中はわずかにオレンジがかっていた。カーテンの隙間から入り込む光の色で、今が夕方なのだとわかる。
 遠井に抱きこまれた時は、また緊張と激しい動機に襲われて、突き飛ばすことになるかと思ったのに。あっと言う間に眠ってしまった遠井の腕の中は暖かく、酷く心地が良かった。遠井の寝息に誘われ、吐精後の疲れも手伝って目を閉じてしまったが、どうやら随分寝ていたらしい。
 身体を起こすよりも先に隣を確認した神崎は、そこに遠井の姿がないことに、まずホッとしてしまった。どんな顔をすればいいのか、どんな顔を見せてしまうのか、わからない。
 あの日の朝聞いたのと同じ、トロトロと思考を溶かしていく甘い声にあやされながら、少しかさつく大きな手で撫でられ、たくさんのキスを至る所に落とされた。男でもあんな声をあげられるなんて、知らなかった。
 恥ずかしさに何度も逃げ出そうとし、そのたび、より甘い囁きであやされる。みっともない姿を晒す神崎に、けれど遠井は柔らかに笑って可愛いなどと言うのだ。たとえこの場限りの嘘でも、嬉しいと思った。そんなことを思う自分が情けなくて泣きそうになっても、目元に寄せられる唇で滲む涙は吸い取られ、申し訳なさそうにゴメンなどと言われてしまったら、泣いてしまうことも許されない。
 神崎に許されていたのは、与えられる快楽に従って声をあげ、遠井の名前を呼び、その肩に、背に、縋ること。それと、遠井に導かれるまま、遠井へ少しでも多くの快楽を返すこと。それだけだった。
 自分以外の男の、興奮を示す性器に触れたのなんて当然初めてだったが、あんなにぎこちない仕草でも、遠井は気持ち良いよと嬉しそうに笑ってくれた。そして、嘘ではない証拠を示すように、神崎の手を吐き出したもので濡らした。
 こうして遠井のベッドの上で目が覚めて、あれが冗談でも夢でもないのだと思い知ると、神崎の胸に押し寄せてくるのは喜びに満ちた幸せなどではなく、罪悪感とも呼べるような思いだった。
 まさかこんなことになるなんて、カケラも思っていなかったのだ。寝ぼけた遠井にちょっと抱きしめられたくらいで、必要以上に意識して、逃げて逃げて、そのせいで、遠井にまで余計な気持ちを持たせてしまった。
 甘く名前を呼ばれて、誘われて。それでも、その優しさから告げてくれたのだろう、本気で嫌ならという言葉にすら、一度だって頷く事が出来なかった。頭ではダメだとわかっていたのに抗えず、その手を自ら望んで、受け入れてしまった。
 神崎はようやく上体を起こすと、深い溜息を吐き出した。遠井はどれだけ自分を甘やかす気でいるんだろうと思う。こんな気持ちに、つきあってくれる必要なんてないのに。何言ってんだ気持ち悪いと笑って、相手になんかしてくれなくていいのに。遠井の中にも生まれてしまったという気持ちを、それこそ、勘違いだと思ってくれれば良かったのに。こんな関係を、本当に今後も続ける気でいるのだろうか。
(だとしたら、チームの誰にもバレないように気を使って……?)
 考えてみても、そんなことが可能だなんてとても思えない。けれどきっと、神崎からは遠井を拒絶しきれないのだ。誘いを混ぜた囁きだけで、次はもっと簡単に、身体はその手を喜びと共に受け入れてしまうだろう。そしてそれを、確かに自分は望んでいるのだ。ということも、神崎はもう知ってしまった。
 ここに遠井がいないから、少しだけ、泣いてもいいだろうか。
 立てた膝を胸へと引き寄せ、そこへ顔を埋めるようにして、声を殺しながら神崎は泣いた。子供みたいにワーワーと、声をあげて泣いてしまいたい衝動は、その声を聞きつけて遠井がやってくるかも知れない不安から押さえつける。この涙を、遠井に見せたくはなかった。
 暫く泣いて、それから深呼吸を数度繰り返した後、神崎はようやくベッドを降りる。今回は本当に、下着一枚身にまとってはいなかったけれど、先ほど自ら脱ぎ捨てた服はまだ、全てこの部屋の中にあるはずだ。部屋の中を見回せば、それは丁寧に畳まれて、ベッド脇の、サッカーボールを模したスツールの上に乗っていた。そんな気遣いにも、胸の奥が小さく痛む。
 服を身に着け寝室を出た神崎は、最初に洗面所へ向かった。鏡を見て、今の自分の顔を確認して置きたかったし、できれば顔を洗いたい。
 鏡の前へ立てば、その中にはやはり酷い顔をした自分の姿があった。顔を洗ったくらいで、泣いた後の赤い目はごまかせないかもしれない。そう思いながらも蛇口を捻り、流れ出る水を両手ですくう。
「……ハル、さん?」
 水気を軽く手で払ってから顔を上げれば、鏡の中、心配そうな顔をした遠井が立っているのが見えた。神崎の気配に気付いて、様子を見に来たのだろう。
 慌てて振り返れば、スッとタオルが差し出される。
「あ、ありがとうございます」
 礼を言って受け取り、取り敢えずは濡れた顔に押し当てた。拭き終えタオルを顔から離せば、伸ばされた右手が左頬に添えられ、親指がそっと目元を拭っていく。
「泣いたのか?」
「……少し、だけ」
「どうして?」
「ハルさんが、いなかった、から……」
 どう返せばいいのかわからなくて、結局、そんな言葉で答えを濁した。その言葉が、目覚めたときに傍にいて欲しかったというような甘えた感情ではないことを、遠井も当然察しているようで、心配そうな表情が晴れることはない。
 神崎は半歩進んで遠井との短い距離を詰めると、遠井の肩にそっと額を押し当てた。ゆっくりと腕を持ち上げてその背を抱けば、同じように、ゆっくりとした動作で抱き返される。
 幸せだ、と思ったら、鼻の奥がツンと痛んで、神崎は幾分慌てながら言葉を紡ぐ。このままジッとしていたら、また、泣いてしまいそうだった。
「これだけ近づいても、もう、ドキドキしてどうしたらいいかわからなくなる、なんてこと、なくなりました」
 もっとずっとドキドキして、うんと恥ずかしくて、逃げ出したくてたまらない程の強烈な刺激の後では、今感じているこの胸のトキメキなんて、穏やかで心地良いものだった。
「だから、もう、大丈夫だと思います。慣れる事が出来たのは、ハルさんのおかげ、です」
「それはようするに、俺が、俺の方が大丈夫じゃないよって言ったら、お前を泣かすことになるんだってことだよな?」
「そう、ですね。嬉しくて、泣くかも知れないです。だから、言ってください。アレは、意識し過ぎる俺を慣らすためだったって。慣れたならもう必要ないだろって。そして、明日からは、またチームの仲間として、頑張って行こうって。そう、言っていいです。じゃないと、俺、ハルさんの気持ち、本気にしてしまいます」
 遠井は暫く考えるように黙った後で、神崎の耳元へぐっと唇を近づけてきた。
「俺が大丈夫じゃないから、泣いてくれるか? 太一が好きだよ。信じて欲しい」
 甘く甘く囁く声に、神崎は遠井の背を抱く腕に力を込めて、胸がピタリと合わさるほどに強く抱きしめる。同じトキメキを刻めたらいいと願った。
 遠井はそんな神崎の背を、優しく撫でさすってくれる。腕の力を抜いてそっと身体を預けても、その手は変わらず神崎をあやし続けた。
 この手の温もりを、放したくなんかない。この気持ちに巻き込む申し訳なさを飲み込んで、どこまでも自分に優しい目の前の男に、このまま甘え続ける覚悟を決める。
 易しい道ではないだろう。それでも、いつかこの手を放される日まで、好きだと言ってくれるその言葉を信じ続けようと思った。
「俺も、ハルさんが、好きです」
 うっとりと目を閉じ囁けば、その目元に柔らかなキスが落ちた。

< 終 >

 
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