トキメキ3話 翌朝の動揺

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 鈍い頭の痛みと胸のムカつきに目を開けば、そこは知らない場所だった。薄暗い室内に感じる一番の違和感は、普段見慣れているよりも高い天井と照明器具だ。
(ここはいったいどこなんだ……)
 痛みの中にも、おかしさを感じる程度の余裕はあって、神崎は自分の記憶を手繰る。
 昨夜は久々の勝利にチームメイトと連れ立って飲みに行っていた。そこで、成人後初めての勝ち星だからと、やたらめったら飲まされた、という所までは覚えている。しかし、店を出た記憶がまったくといっていい程なかった。
(飲みすぎて潰れた、とか? それはちょっとかなり失敗した、かも)
 そう思ってしまう第一の理由は、同期に寮を出ている人間が居ないことだ。ということは、先輩のお世話になってしまった可能性が高い。
(ハルさん、だよなきっと。てことは、ここ、ハルさん家の寝室?)
 目を掛けてくれる先輩の住むマンションへ、お邪魔した事がないとは言わない。けれどさすがに、寝室にまで踏み込んだことはない。第一、以前神崎が遠井の家に呼ばれた時には、まだ遠井には彼女がいて、半ば同棲に近い状態だった。というより、その彼女の手料理を振舞って貰うために訪れたようなものだった。
 遠井自慢の料理上手な彼女は、チームでは既にかなり有名だったし、神埼以外にもそうして手料理を振舞われたチームメイトは数多い。こんな風にチームの皆に次々と紹介しているのだから、きっと二人はそのまま結婚するのだろうと思っていた。なのに、チームの戦積悪化と共にそちらの関係も悪化してしまったようで、夏が終わる前にはどうやら別れてしまったらしい。むしろそうでなければ、いくらなんでも後輩の男にベッドを貸したりはしないだろうけれど。
 そこまで考えて、神崎はようやく身体を起こす。はたして隣には遠井が眠っていた。けれど、やっぱりなどと思う間もなく、違和感に視線を自分の腹へと落としたその瞬間。
 驚きのあまり叫びそうになった。
 なんとかこらえて、一瞬にして混乱した思考を落ち着けるように、神崎は深呼吸を繰り返す。それからおそるおそる掛け布団を持ち上げ、下半身をチェックした。
 そこに見えた自分の下着に、ホッとしていいのかむしろもっと慌てるべきなのか。
 酒に酔って目が覚めたら、知らない女と裸で寝てた。なんてのは漫画やドラマの世界の話だと思っていたが、いっそそっちの方が、まだマシだったかもしれないなんて事まで思う。良く知った男のすぐ隣で、下着一枚で目覚めてしまった自分はどうすればいいのか。記憶がない、というのがこんなにも恐ろしいものだなんて知らなかった。
 しばらく布団の端を握って固まっていた神崎は、再度確認するように、ゆっくりと自分の隣に視線を向ける。多少前髪が乱れてはいるが、仰向けに横たわる遠井は穏やかな寝顔を晒していた。
 神埼も175cmとそう背の低いほうではないが、その神崎を10cmは軽く超える長身の遠井は、そのガタイとは裏腹に幾分幼い顔立ちをしている。こんな寝顔を見てしまうと尚更、本当は八つも年上だなんて到底思えなかった。思わずその顔を凝視してしまった神崎は、やがて襟元に見える布地に気付いて、そっと遠井を覆う布団の端を持ち上げる。
 ホーッと吐き出す長い溜息は、遠井が長袖のTシャツとスウェットパンツをしっかり着込んでいるのを見た安心感からだ。遠井も同じように、裸同然、なんて格好じゃなくて本当に良かった。
「んんっ…」
「あ、すみまっ……!!」
 隣でごそごそと動いたせいで、遠井を起こしてしまったかと謝りかけた神崎は、次の瞬間、またしても叫び声を堪える羽目になった。
(えええっっ!?)
 神崎がいる方向へゴロリと寝返るようにして、遠井の腕が腹にまわったかと思うと、思いがけない強さでもって引き寄せられる。気付けばすっぽりと抱きこまれる形で、ベッドの上に横になっていた。
「まだ起きるには早いだろ」
 耳元に吹き込まれる声は、まるで幼子や恋人を甘やかすかのように柔らかい。日々、お気に入りの後輩としてかなり構われている自覚のある神崎ですら、さすがにこんな声を聞いたことはなかった。本当に遠井は、今、腕の中に居るのが神崎なのだということを理解しているのだろうか?
 寝ぼけて間違えているのかもしれない。恋人と別れてからまだ数ヶ月しか経って居ないし、きっとそうだ。そうに違いない。じゃなきゃ、男の自分相手にこんな態度はとらないハズだ。これは勘違いの間違いで、だからそれを意識する必要なんてないし、意識する方がオカシイんだ。ダメダ、ダメダ、ダメダ、俺。気にするな。勘違いだ。間違いだ。
 神崎の頭の中を、そんな言葉がグルグルとまわる。
 けれど思考を裏切って、神崎の鼓動はだんだんと早くなり、耳の奥でドクドクと脈打つ音もまた、大きさを増すようだった。こんなに大きな音をたてたら、遠井が目を覚ましてしまわないかと心配になる。なのに、気持ちを落ち着けようと繰り返す深呼吸ですら、あまりの近さに遠井の匂いが混じって居るような気がして、余計に落ち着かない気分にさせる。
 遠井が目覚めるまで、このままなんだろうか?
 そう考えると、なんだか泣きたい気持ちになった。できればそっとここから抜け出したい。なのに、今は軽く乗せられているだけの腕をどける作業すら、躊躇ってしまう。というよりも、遠井の身体に触れるのが酷く怖かった。
 それはもう、起こしてしまったら申し訳ないとか、そういった問題ではない。触れたら、自分の中の何かが変わってしまいそうな予感がして恐ろしい。
 そんな風にガチガチに緊張して動けない神崎を追い詰めるように、規則正しく繰り返される遠井の寝息が頬に掛かった。遠井がほんの少し身じろいだからだ。その行為で、やはりほんの少しだったけれど二人の距離が近づいて、先程よりも寝息が届く割合が増えたのだろう。
(もうだめだっ)
 そう思うと同時に、神崎はギシギシと軋む音さえ聞こえてきそうなほど、今は自らの意思で動かす事が困難な自分の手をどうにか遠井の胸まで運ぶ。服越しに触れているだけなのに、確かに感じる遠井の熱に、腕が震えそうだった。
 何とか堪え、持てる力の全てでもって遠井の胸を押す。そして、遠井の目が開くよりも先に身体を起こし、まるで逃げるようにベッドを降りる。だからといって、裸同然の格好で本当に逃げ出せるわけもない。戸惑いながらもゆっくりと振り返れば、上体を起こした遠井が、目が醒めきっていない顔でぼんやりと神崎を見ていた。
 どう声を掛ければいいのかなんてわからない。
「神崎……?」
 言葉を失くして立ち尽くす神崎を呼ぶ声は、聞き慣れたいつもの遠井の声だった。どこかホッとしながらも、釈然としない気持ちが残る。
「起こしてすみません。あの、俺の服は……」
「ん、ああ、全部まとめて洗濯機の中。乾くの待てずに俺も寝たから」
 搾り出す声は震えてしまったが、遠井は気付かなかったか、もしくは気付いていても無視してくれた。
「お前、吐いたの覚えてるか?」
「……いいえ」
「吐いたんだよ、盛大に。しかも、俺んちのリビングの床に、な」
「えっ」
「ま、いいけど。何回かやりゃ自分の限界もわかるようになるって。そのうちな」
「って、そんな……」
 やはりすぐには言葉の出ない神崎をよそに、遠井もベッドを降りてくる。
「起きたら裸で、しかも記憶なくって、ビックリしたんだろ? 簡単にだけど朝飯作るよ。食ったら寮まで送ってやるから、シャワーでも浴びてさっぱりしてきたらどうだ」
 わかってるから大丈夫だよ、とでも言うように軽く神崎の肩を叩くと、遠井は寝室のドアを開けた。
「ほら、おいで」
 苦笑半分に優しく笑う遠井に、混沌とした感情の波が押し寄せて、なんだかどうしようもなく、泣き喚きたくなって困った。

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