発熱してたけど本当にまるっきり自覚がなかったのかと問われて、少し躊躇ってから頷けば、どこまで自覚があったか正直に言いなさいと少し強めの口調で告げられる。こういう言い方をされたら、思いつく限りのことを洗いざらい吐き出してしまうのが正解だ。
発熱に気づいてなかったのは事実だけれど、ほんの少し躊躇ってしまった部分を見咎めたって事だから、自覚なんてなかったと言いはったら、余計に相手を怒らせてしまうのはわかりきっている。
「レポート提出が重なって、少し疲れてる自覚はあったんですけど、でも、熱出してるとは、本当に思って無くて」
なんせここ数年、寝込むほどの体調不良なんて起こして居ないし、熱があるという状態にあまり馴染みがない。今回だって彼が気づかなければ、最近少し疲れてるかも以上のことは思わずに、少し多めに食べたり寝たりしている内に回復して終わっていただろう。
「あの、クラクラするのは興奮してるからだって、思ってたんです。家で準備してくるの初めてだったから、そのせいかなって。というか実際、いつもよりずっと興奮してたと、思います」
「熱のせいでいつも以上に敏感になってて、それで興奮が増した可能性も高いんだが、逆に、俺にとっては都合が良かったと言えるかもしれない。だから今日のところはそこまで咎めないが、もし今後、体調不良に気づいてて無理してバイトに来たら、キツめにおしおきすることも考えるから覚えておけよ」
「はい」
「わかったならいい。タオル、冷めちまったろ。温め直すから先に水分補給な」
手の中に握っていたタオルをスルッと取り上げて、代わりにソファテーブルに乗せていたペットボトルを渡された。それを受け取れば、彼はさっさとまたキッチンスペースへ戻っていく。
彼が戻るのを待ちながら、おとなしく渡されたスポーツドリンクに口をつける。全く冷えていない常温のそれは微妙な味ではあったけれど、それでも体は欲しているのか、あっという間に半分飲み干していた。
そういえば、ミネラルウォーターとホットミルク以外のものをここで出されるのは、初めてかもしれない。水分補給は基本ミネラルウォーターで、たまに給料を渡される時に少し甘めのホットミルクが用意されている。正確には、たまにではなく酷く泣いてしまった日なのだけれど。
やがてタオルを温め直して戻ってきた彼は、今度はこちらにそのタオルを渡さず、着せられていたシャツを脱ぐようにとだけ要求してきた。せっかくの彼シャツをもう少し着ていたい、などと残念がっている場合ではないのは明らかだし、言われるままに服を脱いで彼の手で体を拭いて貰う。
温かなタオルで素早く汗を拭われた後は、ソファ脇のカゴに入れられた自分の服を着て、これで今日のバイトは終わりということになってしまった。
発熱なんて自業自得なのはわかっているものの、やっぱり残念だなと思ってしまう。おしおきでもいいから、もっと彼に色々されたかった。なんて事を考えてしまったところで、先程の彼の言葉を思い出す。
「あの」
「なんだ?」
「さっき言ってた、都合がいいって、なんですか? あなたにとって都合が良かったから、今日はおしおきナシ、なんですよね?」
「おしおき無しってことはないな。というか今現在、まさにおしおき中だけど」
自覚ないのと聞かれて、どういう意味かと考えてしまえば、相手はどこか困った様子を混ぜながらも楽しげに笑う。
「初めてプラグ入れての外出時に、凄く興奮したって事実がお前に刻まれたのが、俺にとっての好都合。でもって、お前を一度もイカさず帰すのが、ある意味おしおき。今日はかなり不完全燃焼のはずだけど、熱出してるの気付かずにバイトに来た罰だから、一週間悶々としておいで」
我慢できなければ一人でお尻弄って慰めてもいいけど報告はさせるよと続いたから、次回は一週間分のオナニー詳細報告からスタートらしいと思う。お尻でイクことを覚えてしまって、最近は一人でする時もお尻が疼いてしまうことは有るのだけれど、自分で弄ったことはないし、疼いてしまう事実含めてそれを彼に伝えたことはない。でもそれもきっと、来週には暴かれてしまうんだろう。
神妙にハイと頷けば、給料を渡すからおいでとテーブルセットの方へ促される。
テーブルの上には見慣れた封筒と、小さな錠剤が入った小さな瓶が並んで置かれていた。多分瓶の中身はさっき飲まされたものと同じはずだけれど、でも、目の前にある瓶は先程のものと違ってしっかりラベルが貼ってある。
思わず手にとって確かめれば、それは間違いなく、薬局などで並んでいる市販の風邪薬だった。
「あの、これ……」
「ああ、必要そうならそれも持たせるつもりだった。持っていくか?」
「いやあの、これ、さっき媚薬だって」
「そう。さっき飲ませた薬はそれ。でもプラセボ効果はしっかりあったろ」
本物の媚薬なんて使わなくてもお前にはそれで充分だろと言われて、媚薬と言われて使われたのはこの薬だけじゃないと思い出す。
「じゃあ、あのクリームは?」
「あれも抗炎症鎮痛解熱系。しかも使ったのは少量。お前は熱でぼんやりしてたから、たとえいつものローションだって、ちょっと容器変えたら媚薬って信じ込んでいつもより感じたはずだぞ」
でも種明かししたから次回使うのは本物の媚薬なと笑われたけれど、それすらまた偽薬を本物と信じさせるための言葉のようにも思えてしまうから、どこまで本気なのかなんて見当もつかなかった。
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