ノックの音にドアを開けば、そこに立っていたのはビリーだった。手には数冊の本を抱えている。
「仕事、終わったんだね……」
何もかもとは言わないが、それでも。セージにはその手の中の本を見ただけで、大体の事情がわかってしまう。
「ああ。これは、お前に返そうと思って持ってきた」
俺が持っててもしょうがないからと差し出されたソレは、セージがガイのために選んだ絵本や童話だった。
本を受け取りながら見上げた瞳。その中に見える寂しさを伴う陰に、尋ねていいのか、一瞬だけ躊躇ってしまったけれど。 それでも結局、セージは口を開いた。
「ガイは、どうなるの?」
「オーナーは、売る気でいるらしい、けどな」
「僕に、ガイを宜しく、とは、言わないんだ?」
本当はビリーが、ガイのことを相当愛しいと思っていることを知っている。仕事だからと散々自分に言い聞かせなければならないくらいには、情が移ってしまったのだ。
ガイ自身の魅力をセージだって充分に知っていたから、それは当然のことだと思うのだけれど。
「言えるわけがないだろう?」
「言えばいいのに。そしたら、僕は君にほんの少し、貸しができる」
ビリーが何も言わなくたって、きっとガイを引き取りにオーナーの元へ行ってしまうだろうけれど。それくらい、ガイのこともセージは大切にしたいと思っていたけれど。それでも、ビリーが一言ヨロシクと言ってくれたら、どんなに嬉しいだろう。
まったくの独り善がりな想いではないだろうと信じているけれど、それでも、だからこそ。ビリーが決してセージに手を出したりはしないのだということも、知っている。
眉を寄せるビリーに、セージは小さく微笑んで見せる。
「なんてね。ちょっと言ってみただけ。君が、僕に借りを作るのが嫌だってことは、知ってるよ」
「お前に、だけじゃない」
「そうだね。むしろ僕は、結構優遇されてた方だよね」
ビリーの中で、自分が数少ない友人の一人として扱われていたことをセージは知っている。
「君は結局、一度も僕に買われてはくれなかった」
それがきっと、何よりの証だろう。
「男の相手をする趣味はないと言ったろう?」
「でも、ガイは男の子だよ?」
「断りにくい、仕事だったんだ……」
苦々しげに呟くビリーに、セージは声を立てて笑った。
「いいよ。そういうことにしてあげる」
その代わり、友人としてさよならのキスを贈らせて。そう頼んだセージに、ビリーは困ったような表情で少しの間考え込んだ。
返された本を近くのテーブルの上に置いたセージは、空いた両腕をビリーの首へと伸ばす。ビリーの了承など、待つ気はなかった。
軽く伸び上がって、その唇に触れる。触れるだけで終えようと思っていた別れのキスは、ビリーが抱きしめるようにまわした腕に支えられて、どちらともなく深いものへと変わった。
名残惜しくて、離れがたい。それでも。
深く触れ合う割に熱を煽らないキスに、セージは首にまわしていた腕を解いてゆっくりと身体を離した。
「元気で、ビリー」
寂しさを隠して、柔らかに見えるように微笑むのはお手の物。申し訳なさそうに口を開きかけたビリーを遮って、セージは続ける。
「今更謝るのはなしだよ、ビリー。その代わり、君の夢が軌道に乗ったら、いつか僕らを招待して?」
「僕、ら……?」
「そう。僕と、ガイをね」
二人でその日がくるのを楽しみに待ってるから。その言葉の意味を、ビリーはわかってくれるだろう。
引き寄せられた身体が、再度優しく抱きしめられる。
「お前も、元気で。ガイを、宜しく頼む」
照れくさそうに響く声に頷いたセージは、満たされた気持ちで、サーカスを去るビリーの背を見送った。
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