兄は疲れ切っている3

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 随分と長いこと、日々眉間にシワを寄せて疲れた様子を見せていた兄から、やっと一区切りついたから飲みに行こうと誘われたのは、初めて胸筋を揉ませてから半年近く経った頃だった。
 ちょっと前まで、頻繁に雄っぱい雄っぱい言って連日のように帰宅後部屋に押しかけていたのが、ここ一週間ほどピタリと止んでいたのが不思議ではあったから、理由がわかって納得する。つまり、お礼に酒と飯を奢る、ということらしい。
 結局、1分百円で金を取ったのは2度目のあのときだけで、酔って泣く姿に絆されて再度胸を揉ませてやってから先、金銭受け取りは拒否していた。代わりに、少しでも痛ければ痛いと文句を言ったし、無償で付き合うのだからと感謝の言葉も半ば強要していたし、兄としてのプライドをどっかに投げ捨ててグズグズグダグダと甘えるようになってしまった兄を密かに堪能してもいたから、本当は礼なんて必要がないんだけど。
 ただまぁ最後のは兄に言えるわけもなく、兄からすれば仕事疲れのせいにして連日弟に情けない姿を晒しまくった認識だろうから、ここは素直に奢られておくのがいいんだろう。そう思って一緒に出かけた土曜夕方の居酒屋で、お前が居てくれて助かったとか随分世話になったとかなんとか言われていい気分になりながら酒を飲んでいられたのは、そう長い時間じゃなかった。
「え、ごめん、もっかい言って」
「だから、彼女できそうだから、そしたら今度はお前に迷惑かかんないように頑張るな、って話」
「は? あんなに日々忙しくしてて、どこに彼女出来る要素があったわけ?」
 合コンだとかそういったものへ参加した話は聞いたことがないし、そもそもそんなものへ参加する余裕は、時間にしろ精神的のものにしろなかっただろう。
「あー……それは、会社の事務の人だから」
 どうやら疲れた兄を社内であれこれとサポートしてくれていた人らしく、なんと既に明日のランチを奢る約束まで取り付けていた。今までのお礼がてら、今後はプライベートでも支えてください的な告白をする気らしい。
「勝算あんの?」
「んー、多分。彼氏居ないってのは聞いてる」
「で、仕事で疲れたら、今度はその彼女におっぱい揉ませてって頼むわけ? あんたが子供みたいにグズグズ言って甘えるの許してくれそうなタイプ?」
「どうかなぁ。ただまぁ胸は取り敢えずでかそう」
 まだ恋人になれたわけでもないのに、その胸を揉ませてもらった事なんてないくせに、既に自慢げなのがムカつく。
「へぇ〜、じゃ、あんま醜態晒してさっさと飽きられないように気をつけて」
「おう。それはホント気をつけるよ。取り敢えず、お前に散々怒られたから、胸はめちゃくちゃ優しく揉むようにするわ」
 刺々しくなった声を、彼女の居ない男の妬みとでも思ったんだろう。お前も揉ませるんじゃなくて揉ませてくれる相手が見つかるといいな、なんて余計なことを言ってくれたので、にっこり笑って空いたグラスに酒を注いでやった。
「前の彼女振られたとき、かなり落ち込んでたみたいだし、また彼女出来てよかったな」
「ん、ありがと」
 まだ出来てないけどな。阻止してやる気満々だけどな。なんて気持ちは抑え込んで、次々と兄に酒を注ぎ続ける。
 仕事の区切りがついた開放感と久々の恋人という高揚感からか、ちょっと煽てればニコニコと勧められるまま酒を飲み干す兄を酔い潰すのは簡単だった。

続きました→

 
 
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兄は疲れ切っている2

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 結構な深夜、控えめなノックの後で顔を覗かせたのは母だった。用件は、玄関先で潰れている兄を運んで欲しいというお願いだ。
 執拗なチャイムの後、階下で母が対応していたのは知って居るが、聞けば兄はほとんど酔い潰れたような状態でタクシー帰宅したらしい。どうやらチャイムを鳴らして居たのも運転手で、運転手に抱えられるようにして帰宅したのもたまたま優しい運転手だったわけではなく、単に乗車賃が払えなかったという理由だそうだ。
 随分と恥ずかしく情けない思いをしたらしい母の愚痴に適当に合わせながら玄関先へ向かえば、玄関から上がってすぐの廊下に兄が壁に背を預け座り込んでいる。
 はぁ、とため息を吐きながらその隣に屈み、何やってんだよと声を掛ければ、閉じていた目がゆるりと開く。意識はあるようで良かった。
「うるせぇ」
「とにかく部屋まで連れてくから、少しは協力しろよな」
 うるせぇじゃねぇよと思いはしたが、不満やら苛立ちやらをたっぷり抱えた酔っぱらい相手に言い争う気はない。ほら立ってと極力優しく声を掛けながら、体を支えて引き上げた。
 取り敢えずは大人しく立ち上がった兄を連れて、ゆっくりと兄の部屋へ向かって歩く。ふらつく兄の足取りに気を使いつつ、どうにか兄を部屋まで運んでやってベッドの上に転がそうとしたが、なぜか兄がギュウギュウに絡みついて離れない。
「おい、もう部屋着いたから離せよ」
 言えばますます抱き込む腕に力が入った。無理やり引き剥がせないこともなさそうだが、なんだこの必死さはと、思わず兄をしげしげ眺めてしまう。ぎゅっと目を閉じて眉間には皺を刻んで、けれど酔ってるせいか目元や頬がはっきりと赤い。
 やっぱりしんどそうではあるものの、ふと、一瞬だけ、快感を耐えてるみたいだと思ってしまってドキリとした。何を考えているんだか。
 ぶんぶんと頭を振ってオカシナ妄想を振り払っていたら、いつの間にやら目を開けていた兄が不思議そうにこちらを見ていた。眉間のシワはそのままなのに、目も口もとろりと緩んでどこかぼんやり呆けている。
 隙だらけすぎんだろ、と思わず脳内に浮かんだ言葉もやっぱり何かがオカシイ。
「ぼんやりしてねぇで」
「ねぇ」
 ベッドへ行けと続くはずの言葉を遮られた。どこか媚びるみたいに甘えた声に聞こてしまったのは、自分の耳がオカシイのか、兄が酔っ払いついでにマジに甘えているのかわからない。
「なんだよ」
「おっぱい……」
「触らせねぇよ」
 そう言いながらも、胸に向かって伸びてきた手を払うことはしなかった。
 なんだかんだ言っても結局は触らせたい変態野郎とでも思ってるのか、勝ち誇ったような笑みを見せた兄の顔が、すぐさましょんぼりと萎れていくさまに溜飲を下げる。
「やらかく、ない」
「そりゃ筋肉だからな」
 通常時は柔らかでも、力を入れれば当然硬くなるに決まってる。今度はこちらが、勝ち誇ったようにフフンと笑ってやった。
 嘲笑われた兄はますますショックを受けた様子で、やっとひっついていた体を離すと、ふらふらとベッドへ向かいそこへボスンと倒れ込んだ。と思ったら、枕に顔を埋めて何やらわあわあ叫んでいる。
 さすがに何を叫んでいるのかまではわからないし、そもそも意味のある言葉を吐いているのかも謎だけれど、なんだかだんだんと可哀相になってくる。相当ストレスを溜め込んでいるようだ。
 近づいてその背を撫でてやれば、叫んでいた声はすぐに止まって、ぎこちなく枕から顔を上げた兄が振り向く。なんで構うんだとでも言いたげに、やっぱりどこか不思議そうに見つめてくる目は真っ赤になって潤んでいたから、どうやら叫びながら泣いていたらしい。
 またしてもドキリと心臓が跳ねて、思わずその顔をまじまじ見つめてしまった。
「なに……」
 なんとか、と言った様子で吐き出された声は掠れている。
「あー……意地悪して悪かったよ。俺の胸揉んで少しでも気が晴れるなら、貸してやるから泣くなって」
 兄の手を取り胸に押し当てれば、確かめるように指先に力がこもるのがわかる。
「やらかい……」
 ふにゃっと嬉しげに笑われて、頭の中がグラグラと揺れる気がした。

続きました→

 
 
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兄は疲れ切っている1

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 ノックもなしに勢いよく部屋のドアを開けて入ってきたのは兄だった。びっくりしてドアを振り返ってしまったが、兄は無言のままドスドスと荒い足取りで、勉強机に向かうこちらへ近づいてくる。
「なぁ、雄っぱい揉ませて」
 課題を広げていた机上のノート脇に、ダンと音を立て千円札を一枚叩きつけながら兄が言う。
「うはっ、マジか」
 思わず吹き出してしまったが、兄は不機嫌極まりないと言いたげな顔でマジだよと返してきた。
 入社二年目の多忙な兄は、半年ほど前にとうとう学生時代から付き合っていた彼女に振られたそうで、あまりに陰鬱な空気をまとっているのを少々憐れみ、からかい混じりに自慢の胸筋を揉ませてやったのはひと月ほど前のことだ。体育会系とはほぼ縁のない兄は始めかなり訝しげだったが、目ぇ閉じたら意外とおっぱいっぽく錯覚できるらしいよと言えば素直に従い、おっかなびっくり触れてきた。
 その結果、兄はかなり驚いたらしい。筋肉は硬いもの、という認識だったようだし、弟にも弟がやってるスポーツにも全く興味なんてなくて、運動は全般的に苦手な完全頭脳労働タイプな兄が驚くのは当然だろう。
 その時、次回から1分百円ねと言ったのを、どうやら本気にしたらしい。まさか金払ってまで弟の胸筋を揉みたがるとは思ってなかったけれど、それだけ日々ストレスを溜めているって事だろうか。だってなんか不機嫌極まりない顔は、ひたすら疲れ切っているようにも見えてしまう。
「えーもー仕方ねぇなぁ。じゃあ、どうぞ?」
 椅子ごと体を兄の方へ向けてやりながら、手元の携帯に入った時計アプリを起動する。タイマーを10分にセットして、兄の手が胸に触れたらスタートだ。
 目の前に立つ兄は目を閉じ、グニグニと好き勝手に胸を揉みしだいてくる。遠慮なんてものはなく、時々力が入りすぎて少し痛い。
 まぁいくら目を閉じたって、相手は筋骨隆々な男で、弟で、しかも対価まで払っているのだら、多少乱雑だって仕方がないのかもしれないけれど、こんななら1分百円だなんて言わなければ良かった。おっかなびっくりだった初回とはえらい違いだ。
 やがて電子音が鳴って10分経過したことを知らせてくる。やっと終わった。
 しかし安堵する間もなく、兄がポケットから千円札を出してくる。
「延長はなしで」
 慌てて言い募れば、ムッとした様子でなんでだと返されたけれど、それこそなんでわからないんだと言い返してやりたい。
「金払ってるからって好き勝手しすぎ。てか痛ぇんだよ。男の胸だと思って力いっぱい握んじゃねぇよ」
 眉間にシワを寄せながら目を閉じ胸を揉む姿があんまりしんどそうだったから、つい10分我慢してしまったけれど、さっさとストップして返金するべきだったかもしれない。
「1分百円じゃ全く割に合わない」
「んじゃ幾ら出せばいい?」
「は? 金の問題じゃないってわかんねぇの? 兄貴にゃ二度と触らせねぇよ」
「は? 痛かったなら痛いって言えば良かっただろ。言われなきゃわかんねぇよ、そんなの」
「自分勝手な言い分どうも。つか俺がもう嫌だって思ったんだから諦めて」
「冷てぇな。雄っぱい揉んでみる? とか言って誘ったのそっちが先のくせに。兄貴に乳揉ませて喜ぶ変態野郎のくせに」
「はあああ? 誰が変態野郎だ。それ言ったら、金払って弟の乳揉みたがったあんただって既に充分変態野郎だろ。つか、心配して損したわ。ちょっとは気晴らしになるかもって思っただけだっつーのに、人の善意を変態扱いかよ」
 唸るように出てけと告げて睨めば、兄はわかりやすくたじろいで、すごすごと部屋を出ていったが、そんな兄から、昨日はどうかしてたゴメン、という短なメッセージが届いたのは翌朝になってからだった。

続きました→

 
 
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