初恋は今もまだ3

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 驚きはしたが、派手に反応する気力も体力もなく、男二人トイレで何やってんだろうだとか、ここに他の客が入ってきたらどう思われるんだろうとか、余計なことばかり考える。
 小さくため息を吐いて、相手の背を軽く叩いた。
「こういうの、いらない」
「ほんっとつまんないなお前。素直に泣いて、俺に慰められりゃいいのに」
「居酒屋のトイレで?」
「場所変えたら俺の前で泣くってなら、どこにだって連れてきますけど?」
 お前の家でも俺の家でもラブホでもと続いたセリフに、もう一度相手の背中を叩く。もちろん、先程よりも力を込めて。
「痛っ! 暴力はんたーい」
 なぜ背を叩かれるかわかっているだろうに、そう言いつつも相手にはまだ、抱き込む腕を解く気はないようだった。しつこい。
「ってかさ、お前の目的って何? 俺なんか慰めてどーすんの?」
「え、それわざわざ聞いちゃう? 下心以外になんかあるとでも思ってんの?」
「お前が俺好きとか初耳なんだけど」
「そうねー俺もさっき初めて知ったわ」
「なんっだよ、それ」
「なんだろねぇ」
 とぼけた調子ではぐらかされるのかと思ったが、次には予想外の言葉が続いた。
「まぁちょっとムカついたってのもあるかな」
「え、俺に?」
「じゃなくて、あいつに」
「なんで?」
「教えなーい。けど、あいつが後輩の男好きになったなんて言い出さなきゃ、お前にちょっかい出そうなんて思わなかったのは確実だな」
 なんだそれ。教えないと言いつつもけっこう意味深な事を言っている気がする。
「意味わからん。てか別に俺を好きで慰めようってわけじゃないってこと?」
「ちゃんと、好きだから慰めたいなーって思ってるけど?」
 ますます意味がわからない。
「ほんとわかんない。てかいつになったらこの腕外してくれんの?」
「お前が俺に慰められる気になったら?」
「俺の泣き顔、そんなに見たいの?」
「はぐらかすねえ~」
「だってお前とエロいことする気になんかなれねーもん」
「じゃあ聞くけど、お前、あいつとならエロいことしたいと思うわけ?」
「そんな、の……」
 考えたことがない。好きだと自覚した初期は確かにそういった欲求もあった気がするが、親友を脳内でどうこうするという事に耐えられなくて、自慰行為のおかずからは極力相手を排除した。
「ああ、じゃあ聞き方変えるわ。あいつがしようって言ったら、お前、あいつとエロいこと出来そう?」
 口ごもったまま答えられずに居たら、そんな質問が飛んできたが、それに対してもすぐに答えは出そうにない。だって、そんなことをしたら、あいつとの関係が変わってしまう。それにそもそも、そんな事を言い出すはずがない。
「あいつはそんなこと、言わない」
「そうやって思考停止すんなよ。結局お前の好きってなんなの? 好きっていうだけで満足だってなら、あいつがどんな奴を好きになろうと傷ついたりすんな。相手を欲しがらないで、親友って立場からはみ出さないようにってのがお前の望みだってなら、あいつが選ぶ相手にいちいち心揺さぶられたりすんな。お前はずっと、そう出来てたはずだろ?」
 グッと言葉に詰まって、また胸が苦しい。
「女相手なら諦めがついても男相手じゃどうしたって傷ついたり心揺れる。ってなら、取り敢えずでいいから、俺を選んどけよ。エロいことする気にならねーってなら、別にしなくたっていいから」
「なん、で?」
「お前じゃない男好きになったあいつにムカついてるから。そんなあいつにお前が傷つけられるのが嫌だから。だから、俺に慰められて?」
 諦めに似た気持ちでため息を吐いた。
「それ、具体的には、どうすりゃいいの?」
 聞いたら、取り敢えずでいいから俺の恋人になれと返された。

続きました→

 
 
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初恋は今もまだ2

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※ 嘔吐有ります

 立ち上がった自分にいくつもの驚きの目が向けられる。もちろんその中には、想う相手の目もあった。その目から逃げるように視線を逸らして、吐いてくると宣言してトイレへ向かう。
 それを追ってきたのは、隣の席で飲んでいた友人だった。
「なんで付いてくんの?」
「酔っぱらいが吐くって宣言してトイレ向かってんだから、誰かしら付いてた方がいいだろってだけだけど」
 粗相の後始末が必要になるかもしれないしという、相手の気遣いがわからないわけではない。
「やっさしー。でもハッキリ言えば邪魔。そこまで酔ってないから戻れば?」
 一人で対処できるから大丈夫とだけ言えばいいものを、どうにも吐き出す言葉が刺々しくなってしまう。八つ当たりだとわかるから申し訳ない気持ちがないわけではないが、こんな時に構ってくる相手が悪いとも思う。
「だってお前、今一人にしたら泣いちゃうじゃん?」
「は?」
「泣きそうな顔してんぞって言ってんの」
「うるっさいな。ほっとけよ」
「ほっとけないから付いて来てんでしょー」
 呆れた口調が、てかさぁと言葉を続けていく。
「あいつが男好きになったかもって聞いただけで泣くほど辛くなれるなら、もっと本気で欲しがったら良かったんじゃないの?」
「何、言ってんの……」
「言葉通りの意味だって。てかトイレ着いたけどどうすんの? そこまで酔ってないってなら中まで一緒には行かないけど、本当に吐くなら鍵はかけんなよ」
 無言で個室に入って鍵をかけた。扉越しに相手が笑う気配がしたが知ったこっちゃない。
 余計な茶々が入ったせいか嘔吐感は先程よりマシになっていたが、それでも個室に一人で立ち竦んで居ればやはり色々な感情が溢れてくるから、結局持て余す感情を乗せて胃の中の物を吐き出した。
 でも吐いたからといって気持ちまでスッキリするわけじゃない。泣きそうな顔をしていると指摘されたくらいだから、いっそ泣いてしまえばいいんだろうか。でも胸が苦しいばかりで、涙があふれてくることはなかった。
「おーい。まさか寝てんじゃないだろなー。そろそろ出て来ないと店員呼ぶぞー」
 吐くものもなくなってぼんやりと便器を眺めていたら、扉が軽い音を立てた後で随分とのんきな声が聞こえてくる。吐き終わったことは気配でわかっているんだろう。
 返事の代わりとばかりに水を流して、綺麗に流れ終わるのを待ってから鍵を開けた。
「はいお疲れさん」
 なんだそれと思いながらも、無言で洗面台へ向かう。背後では友人が、個室の中を覗いて汚していないかをチェックしているようだった。
「泣かなかったんだ」
 口をゆすいで顔を上げれば、チェックを終えて背後に立っていた友人と、鏡越しに目があった。
「そのためにお前がついて来たんだろ?」
「鍵かけたから泣く気なんだと思ってたわ」
「泣けなかった」
「えっ、俺のせいで?」
「あー……そうかも?」
「なら泣かせてあげよっか?」
「嫌な予感しかしないからいい」
 ざんねーんと笑う顔は軽い口調と裏腹に優しげで、鏡越しに見つめるその顔に、なぜか泣きそうになる。なんでこいつはここに居るんだろうと思いながら鏡を凝視していたら、小さく首を傾げた相手が、鏡の中でおもむろに両腕を開いて見せた。
「泣く? 泣くなら肩貸すけど?」
 相手にも、鏡越しにこちらの泣きそうな顔が見えているんだろう。緩く首を振って、絶対やだと言ったら、おかしそうに笑う顔が鏡に映った。次の瞬間、グイと腕と肩を掴まれて、強引に向きを変えられたと思ったら、相手の腕の中に抱き込まれていた。

続きました→

 
 
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初恋は今もまだ1

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 紛れも無く初恋だった。その想いに気づいたのは中学卒業間近の事だが、いつから好きだったかなんてわからない。恋なのだと自覚したのがその時期というだけで、あまりに近い相手を想っていたせいで、ずっと恋に気付けていなかっただけだった。
 同じ高校への進学が決まっていたし、親友という関係を壊したくはない。けれど気づいてしまった気持ちを、隠して抱えて押し殺すなんて事が出来るキャラじゃなかった。
 結果、気持ちは相手にぶちまけたし、親友という関係も継続した。要するに、勝手に自分が片想いをしているだけというのを、相手も周りも巻き込んでオープンにした。
 人目をはばからず好き好き言いまくったのと、相手がそれを許容したことで、高校時代は公認カップル的な扱いを受けたりもしたが実情はもちろん違う。本当に付き合ってるのかと聞かれたら、正直に自分の片想いと返していたし、相手も親しい友人たちも同様だった。単に仲の良すぎる友人というわけではなく、片想いを認める発言はしていたから、それなりに外野からの茶々も入ってはいたが、それで自分や相手や友人たちの何かが大きく変わるようなこともなく、高校の三年間は過ぎていった。
 さすがに高校卒業後の進路は別れたが、大学時代はやっぱりそれなりの頻度で集まって遊んだし、社会人となっても地元に残ったメンバー中心に年に数回は顔を合わせる仲を続けている。
 顔を合わせれば懲りずに好きだと繰り返して、もう何年になるだろうか。どちらかに、もしくは互いに、恋人が居るような時もあってもはや好きという言葉には何の重みもない。まだ言ってる程度のお約束的挨拶と成り果てた今も、その恋が朽ちては居ないと知るのは自分自身だけだ。でももう、それで良いのだと割り切れている。
 なのに。
「俺、男好きなったかもしれない」
 居酒屋で飲み始めて数時間、大分酔いも回った頃に、そんな爆弾発言をポロリとこぼしたのは、未だ想い続けているその人だった。
「は?」
 呆気にとられてただただ相手を見つめる自分と違って、周りはさっそく次々と好奇心あふれる質問を飛ばしている。こんな自分を受け入れてくれている仲間なのだから、同性相手の恋愛事に嫌悪を示す奴など居るはずもない。
 でも誰ひとりとして自分を気遣う様子を見せないから、やはり自分の想いは完全に過去のものとして扱われているようだった。
 相手は会社の後輩で、というか今年の新人で、ちょっと抜けてるところもあるけど一生懸命で、犬っころみたいに懐いてくれて可愛いらしい。
 なんだそれ。女の好みとほぼ真逆じゃないか。というかなんで今さら。完全な異性愛者だと思っていたのに、実は男も有りだったかもなんて知りたくなかった。聞きたくなかった。もちろん男なら誰でもいいわけがなくて、自分とその後輩とではきっと決定的な何かが違うのだろうけれど、それが何かなんて聞けるわけもないし、聞いたところで自分が変われるわけでもない。
 わかっていても胃の中がムカムカとして気持ちが悪く、思わず口元を押さえて立ち上がった。

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