可愛いが好きで何が悪い21

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 躊躇いがないにもほどがある。元カノに口でされた過去はなく、フェラなんて知識でしか知らない行為だけど、こんなに勢いよくかぶり付くようなものじゃ無い気がする。
 いやでもこちらの態度を窺ってゆっくり顔を近づけられたら、必死で逃げただろうとも思うから、この強引さと勢いは必要だったのかも知れない。
 だって、既に咥えられてしまったこの状況では、相手を引かせる方法がない。下手な衝撃を与えて自身にダメージが来るのを恐れる気持ちがあるし、気持ちの良さに思考が霞んで、抵抗する力も気力も奪っていく。
 積極的な相手に流されて、気持ちよくなっての言葉通り、気持ちよくなってしまえばいい。
 そう思う気持ちは大きいのに、わずかに残る理性が、やめろと口から言葉をこぼす。
「ぁ、うぅ、……や、だ、……きたなっ」
 最後に風呂を使ったのは昨夜の夜で、それからどれくらい時間が経っているかも、その間に何回用を足したかも、だいたいわかっている。もしも自分がする側なら、たとえ相手が女性でも恋人でも躊躇うと思う。
「へーき。俺は、気にならない」
「ば、っか、やろ……おれが、気に、する、あ、ああっ」
 余計なことを気にするなとでも言うみたいに、先端に吸い付かれながら竿部分を強めに扱かれて気持ちがいい。得たことのない快感に、あっさりと射精感が募っていく。
 こんなにも簡単に相手のテクにイカされてしまう、という情けない気持ちを、こみ上げる衝動が脇へと押し流してしまう。
「あ、あっ、だめ、だ、……も、いく、いくからっ、くち、離せ、ってぇ」
 それでも最後の抵抗とばかりに、必死に訴えた。
 どうせ無視されるんだろうと思ったのに、とうとう精を吐き出すその直前になって、相手がパッと頭を上げてこちらの顔を覗き込んでくる。
「ひっ」
 口元を汚したプリンセスという暴力的な絵面に悲鳴が漏れた。
 吐き出して終わるはずだった射精感が、あまりの驚きと衝撃に一瞬で散ってしまう。完全にイキそこねて、いっそ苦しい。
「うぅっっ……」
「ごめん、イキそこねちゃった?」
 呻けば相手にも状況は伝わったらしい。
「でもやっぱ、イク顔見ときたくて」
「ばっか、も、ほんと、お前」
「わざとじゃないよ。でも、もうちょっと触ってられるのは嬉しい、かな。せっかくの気持ちぃ顔、いっぱい見ておきたいもん」
 悲しみを全く感じない訳では無いが、それでもうっとりとした笑顔に、胸の何処かで安堵している。でも本当に見たいのは、もっと幸せそうに笑う笑顔だ。
 汚れた口元に手を伸ばしてその汚れを拭った後、自ら顔を近づけた。
「え……」
 かすかに漏れた戸惑いの声を奪うように口付けて、驚きに緩んだ相手の口内にいささか乱雑に舌を突き刺す。
「んんっ」
 それは反射だったのかも知れないが、差し込んだ舌を柔く喰まれながら吸われて、腰に痺れるような快感が走った。そしてそれに気づかれた後は、相手主導でそのまま濃厚なキスを続けてくれる。
 再度、射精感が募るのはすぐだった。
「ん、んんっ」
 イク顔が見たいと言っていたくせに、イきそうになって相手の体を押してもキスは中断されなかった。それどころか、絡め取られた舌を強く吸われて体が震える。
「んんんんっっ」
 体の中に溜まっていた気持ちいいがドクドクと吐き出されていくのとともに、体の力が抜けていく。ぐったりと背後の壁に寄りかかれば、相手の顔が追ってくることはなかった。
 近すぎて見えなかった相手の顔がやっと見える。目が合えば、相手が嬉しそうに破顔したから、心底安心して目を閉じた。
 眠るつもりはなかったが、相手は寝落ちたと思ったのか、一人で何やらごそごそと動く気配がする。どうやら後始末をしているらしい。
「汚れたとこ、拭くね」
 囁くような小声で告げられた後、性器に触れられドキリと心臓が跳ねた。けれど相手は、こちらが本気で寝落ちているわけではないことに気づかなかったらしい。
 触れられた最初の段階で目を開いてしまえばよかったのかも知れない。しかしわずかに躊躇ってしまったのが仇となって、結局そのまま汚れた性器を相手の手で拭き清められることになった。
 正直恥ずかしすぎたが、だからこそ途中で、実は起きてましたなんて知られるわけにいかなかった。
「あ、どうしよ。一人じゃ脱げない」
 一通りこちらの衣服を整え終えた後、今度はそんな呟きが聞こえてくる。
 まさか姉たちを呼び戻したりしないよなと焦ったが、まぁ起きてからでいいかと、どうやらこちらが目覚めるのを待つつもりらしくホッとする。しかし次の言葉には黙って寝たフリが続けられなかった。
「シミにならないといいけど」
「はぁ?」
「うわっ、えっ、起きて……?」
「シミってなんのだ」
「あー……ちょっと、受け止めるの失敗しちゃって」
 キスに夢中になってたのもあってとゴニョゴニョと言い募るそれは、多分、間違いなく、こちらが放った精液ってことなんだろう。
 裂かれたドレスの1枚はウエディングドレスだったけれど、彼が今着ているドレスにはそこまで白い布は使われていない。カラードレスの方が再利用できる布が多かったようで、そちらが基調になった青系のドレスだ。そんなドレスに、精液の白い汚れが残ったらと思うとゾッとする。
「よし脱げ。手伝う」
 一大事だと慌てるこちらに、相手はなんだか微妙な顔をしていたけれど、それでも大人しく脱がされていく。
 精液の汚れの落とし方を二人で調べて一応その通りに染み抜きをしたし、もともと今日の試着の後はネット経由でドレスの長期保存が出来るタイプのクリーニングに出す予定だったというので、多分ドレスは大丈夫だろう。

続きました→

 
 
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可愛いが好きで何が悪い20

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 悪い男に付け込まれるよと苦笑いするその顔はどうみたってかなり可愛い女の子で、その顔がまたゆっくりと寄せられてくる。
 抵抗はしなかった。
 さっきも一度、もう好きにすればいいとヤケクソ気味に思ったのだけれど、それともまた違って、どうすればいいのかがわからないというのが正直な気持ちだった。もっと言うなら、受け入れたくないのに、拒否もしたくない。
 好きだと言われたって、付き合いたいと言われたって、友人としてはともかく恋愛感情で好きだと思ったことはないし、やっぱり付き合いたいとまでは思えないのに。汚れきったと自嘲する相手の望みのない願いを、叶えてやりたい気持ちがある。
 対象が自分でなければ、きっと、どうにかしてやりたいと協力していたとも思う。
 このドレスは似合っているし、間違いなく好みのプリンセスではあるけれど、どちらかというと少し距離を置いたところから眺めていたい対象だ。隣に自分ではない王子が寄り添って、幸せそうに笑ってくれればそれでいい。自分はそれで満足するだろう。
 なんで、よりによって自分なんだと、どうしても思ってしまう。彼の隣に並べるような、王子の器なんかじゃないのに。
 わずかに離れては再度触れ合う唇。さっきと違って深いものにはならず、互いに相手を窺うみたいに、目も閉じずにただただ何度も繰り返されている。
 相手が何を考えていて、このあとどうするのかはわからない。ただきっと、相手が引かなければ受け入れてしまう。何かを恐れるようにおずおずと触れては離れていく唇に、何かを恐れているくせに止まれないと言わんばかりに繰り返されているキスに、拒否はできないという気持ちが膨らんでいるのがわかるからだ。
 ああ、もう、本当に困った。
 そっと瞼を落とせば、一瞬の躊躇いの後で、相手の舌が口の中に入り込んでくる。
 この場合、先へ進む引き金を引いたのは自分、ってことになるんだろうか。なんかもう、それでもいいような気がしていた。あまりに焦れったくこちらの様子を窺うのに、絆されたのかもしれない。
 口の中を探られ舐め擦られても、やっぱり嫌悪感はないし気持ちがいい。応じるように差し出した舌を絡め取られ、相手の口に誘いこまれるのに従えば、ぢゅっと吸われて腰が痺れた。
「んんっっ、はぁ、ぁ」
 鼻にかかった音とともに触れ合う唇の隙間から荒い息がこぼれて、相手に興奮を知らせてしまう。
 さっきはあんなに躊躇いなく触れてきた手は、今度は少し迷っているようで、ゆるっと太ももをなで上げながら熱を持ち始めた中心へと近づいてくる。やっぱり酷く焦れったくて、急かすように腰が揺れてしまって恥ずかしい。
「んっ、ふ、ぅ……」
 やっと触れて貰えた安堵と快感とで体がわずかに弛緩する。ずっと塞がれていた口が開放されて、相手が顔を離していく。でも閉じたままの目を開くことはしなかった。
 羞恥で相手の顔なんて見られないと思っていたからだ。なのに、確かめるように熱を撫でる手が止まり、顔には相手の視線を強く感じて、耐えきれなかった。
 開いた目に飛び込んできたのは、さっきみたいにうっとり笑う笑顔じゃなくて、すぐに酷く後悔する。胸の奥がキュッと絞られて痛い。
「ぁ……」
「ごめん、ね」
 困った様子の悲しそうな微笑みに、大事なプリンセスにこんな顔をさせているのは誰だよという怒りと、情けなさがこみ上げる。こんな顔をさせているのは自分だと、わかっているからだ。
「あやまん、な」
 自分自身へ向かうべき怒りが、声に乗ってしまった。つまりは八つ当たりで、ますます相手を傷つけた。
「うん。ありがとう」
 無理やり笑ってみせたのがありありとわかって、ダメだと思うのに眉間に力がこもってしまう。
「だから、気持ちよくなって、ね」
 よりいっそう作られた感の強い笑顔を見せて、相手の手が動き出す。もう躊躇いは捨てたらしい。
 既にフロントボタンは外されていて、チャックもわずかに降ろされている。さっきはそこで中断されたからだ。
 今度はあっさり全開にされて、さっさと下着の中からも取り出されてしまう。しかも。
「ちょ、ば、なに、を」
 じっと見られながら数度扱かれた後、相手の頭がグッと下がっていく。
「あああっっ」
 勢いよくパクリと相手の口の中に自身の熱を咥えこまれて嬌声が上がった。

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可愛いが好きで何が悪い19

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 その格好で言うのはズルい、という気持ちは正直言えばある。今その話を持ち出すのかよと身構える気持ちもだ。
「その彼女のこと、抱いた?」
 けれどそんなこちらの警戒にはどうやら気づいていないらしい。もしくは、気づいていての続行だろうか。
「なんでそんなのお前に教える必要があるんだよ」
「てかはぐらかされたけど、さっきのキスがマジでファーストキスだったりする?」
「んなわけあるか」
「じゃあやっぱ非童貞?」
「ノーコメントで。つかさっき自分が何言ったか覚えてねぇの?」
「さっき? ってどれ?」
「俺と間接セックスするために寝取るのが有りってやつ」
「あー……お前に抱かれたことある過去の彼女探し出して、間接セックス?」
「そう」
 高校時代にいた彼女の話は当然姉から情報だろう。何度か家に呼んだから姉とも面識があって、確か、初彼女を姉が面白がって連絡先を交換していたような記憶がある。
 こいつがその気になれば、相手の特定はそう難しくもないだろう。
「それは、別れても元カノは大事、ってこと?」
「俺のせいでお前の毒牙に掛かるのは阻止したい、って程度にはな」
 別に啀み合って別れたわけじゃないのだから当然だ。受験やらですれ違いが増えたところに進学先が物理的にそこそこ離れたのが主な原因で、別れを言いだしたのは相手側ではあったが、進学後は夢の国通いが出来ると浮かれていたから、こちらとしても渡りに船だった。
「なら、嘘でも童貞だって言っとけば良かったんじゃないの。本気で相手のこと、守りたいって思うならさ」
「一生隠し通せる嘘以外はつかない。がモットーだから」
 まぁそれも嘘ではないんだけど、どちらかというと、経験がないと言ったら相手が喜びそうだからという理由のが大きい。
 そんな嘘で喜ばせた後、嘘だと知られる方がヤバい気がする。ヤバいと言うか、そんなことで落胆させたくはない。
 そう思う程度には、目の前の相手のことだって大事に思っている。
「らしい、とか思っちゃうのがなんか悔しいな。あと、童貞なら俺で童貞卒業しない? って誘おうと思ってたのに、残念」
「は? お前、俺に抱かれたい側?」
「いや、抱きたい側だけど」
 てっきり逆だと思っていた。と思ったら、即座に否定されて意味がわからない。
「童貞卒業させるって、お前が抱かれる側になるって意味じゃないのか?」
「本当に童貞なら、童貞貰うために一回は抱かれてもいい。くらいの気持ちかな。正直、抱かれる側で気持ちよくさせてあげられる自信がないっていうか、俺が抱く側やったほうが気持ちよくしてあげれそう」
 嫌な自信だ。と思ったまま口に出せば、過去はどうしたって変えられないからねと返ってくる。
「貞操守り通してまっさら未経験のピュアっピュアな体だったら、初恋効果でワンチャン男でも恋愛対象になれてたかもとは思うけど、再会前に汚れきっちゃったからさ。じゃあもう、その経験を活かしていい思いしてもらうしかないなって思って」
 へらりと笑った顔は自虐気味ではあるものの、もう、泣きそうではなかった。なのに今度はこちらが泣きそうだ。
 そんな顔をさせたくなかった。汚れきったなんて言って欲しくなかった。
「お前にはお前の事情があったろ。今はもう、下半身だらしないなんて思ってない。お前自身がさっき、今は全部断れてるって、言ってただろうが」
「でも、俺に事情があれば、過去のあれこれがチャラになるわけでも、お前の恋愛対象になれるわけでもないじゃん。てか地味目で真面目な子がタイプなんでしょ?」
 元カノの情報を得ているなら、その子がどんな子だったかだって、知っていても不思議はない。
 そこそこの人数で遊びに行った際に迷子を保護してしまって、自分だけ抜けて迷子を送ろうとしたら一緒に行くと言って付き添ってくれた、委員長タイプの女子だった。子供が好きだそうで、迷子を保護する手際を褒められたし、交際のきっかけは間違いなくそれだ。
 地味だと思ったことはないが、確かにふわふわドレスが似合いそうだと思ったこともない。でも頼りになるところもある落ち着いた性格は、間違いなく好きだった。
 さすがに可愛いものやプリンセスが好きだという趣味は教えていなかったのだけれど、もしこの趣味を許容すると言われていたら、あっさり別れを受け入れるのではなく、もうちょっと続けるための模索や努力をしたかも知れない。
 そんな元カノと目の前の彼とでは、見た目も中身もだいぶ違う。
「どう頑張っても全然当てはまらないんだから、お前好みになれるように頑張るより、いっそ過去の経験を武器にするくらいのがまだチャンスありそうじゃない?」
 別に自分を卑下してるわけでも過去を後悔してるわけでもなくて、前向きに考えた結果なんだけどと言いながら、相手の手が頭の上に伸びてくる。
「そんな顔しないでよ」
 いったいどんな顔をしてるっていうんだ。
 ゆるっと頭を撫でられたが、それを聞く気にはなれなかった。

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可愛いが好きで何が悪い18

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「お前の気持ち知ってる奴らに、脈ないぞって、言われなかったか?」
 こちらの反応をうかがっているのだと思っていたから、思わせぶりな態度を見せたりはしてないはずだ。
「言われたし、わかってるけど。てか、わかってるから、期待はしないつもりだったんだけど」
 じゃあなんで、とはさすがに言えない。聞かなくても、わかってしまった。
「それは悪かったよ。けどしょうがないだろ、そんな気合い入れたドレス姿で近寄られたら、意識はするって」
「うん。凄く、嬉しかった」
 へらりと笑ってみせるものの、色々と失敗している。その姿で泣くのは勘弁してくれと言いたくて、でもそんな事を言ったら余計に泣かせそうな気がして言えない。
 結果、キュッと唇を噛み締めて黙るしかなかった。
「やっぱ俺じゃ、ダメ?」
 目を潤ませながら、そんな縋るみたいな顔をしないで欲しい。耐えきれなくて、とうとう顔を背けてしまった。
「逆に、なんで俺と付き合いたいとか思うんだよ。セックス、もう一生分やった気がするとかも言ってたろ。だからしたいと思わないって。だったらわざわざ俺と付き合って、なにしたいわけ? 今のまま、友達のままじゃダメな理由ってある?」
「そんなの、他の誰にも取られたくないから、だよ。お前に近づく女子に、俺のだから手ぇ出さないでって言える権利がほしい」
「なんだそれ」
「お前は俺が誰と付き合おうと、どんな子とセックスしてようと、何も思わないのかもだけど、俺は無理だもん。俺に彼女紹介したら寝取られるって思ってくれていいよ。紹介されなくても寝取るけど」
「は?」
「お前と間接セックス、って思ったら、相手どんな子だったとしても、たとえ男だったとしても、やれる気しかしない」
 下半身だらしないしモラルとかないしと、自嘲気味に吐かれる言葉が怖い。逸らしていた顔を戻して相手を窺ってしまえば、本気だよと、睨むみたいに告げてくる。
 変わらず泣きそうに目を潤ませているくせに、でもその目には、言葉通りに本気だということが滲んでいた。
 思わずゴクリと喉が鳴る。
「セックスはもういい、んじゃなかったのかよ」
「俺に抱かれたいって寄ってくる子を抱く気にはもうなれないって話だよ、それ。だからお前は別だし、お前とやった相手も別」
 なんだそれ。とは思ったが、今度は口に出さなかった。
 ちらちらと想いがこぼれていることはあっても、性的な目で見られていると感じたことはなかったと思う。だから、自分相手にセックスしたいと思っているなんて、考えていなかった。
 さっきのだって、既成事実を作って体から落としてしまえ的な思惑なんだろうと、思っていた。
「もし俺が、お前と付き合うのはいいけどセックスはしないって言ったら?」
「え、俺とセックスしたくないから付き合いたくないって言ってんの? セックスなしなら恋人になってくれるの?」
「もし、って言ったろ。なるとは言ってない」
「なんだ残念」
「で、どうなんだよ」
「んー、恋人になること優先したいから、セックスしないの受け入れて恋人になる、かな。でも、俺とはセックスしないから余所にセフレ作るとかは許さないし、俺とセックスしてもいいなって思ってもらえるように頑張るかなぁ」
「お前は?」
「俺?」
「俺がセックスさせないなら他にセフレ作ろう、とかならねぇの?」
「それやったら確実にふられるのわかってて、作ると思う? てかそういう自分の欲の解消でセックスしたいってのはないから、浮気とかもないよ。恋人がモテるのが嫌だってのは知ってるけど、ちゃんと全部きっぱりお断りするし、今もそれは出来てるから、そこは安心して欲しいかな」
 ちょっとは考えてくれる気になった? と期待を込めて見つめられてしまって言葉に詰まる。
 付き合ってやる気が出てきたわけでもないのに、余計なことを聞いた自覚はある。
「そもそも、お前が心配するようなこと、起きないと思うぞ」
「俺が心配してることって?」
「俺に彼女が出来ること。てかお前がダメとか以前に、恋人持つ気が今はない」
「でもそれ、今は、でしょ。今は夢の国に通う方を優先したいから、彼女いらないってだけじゃないの?」
 高校のときには彼女いたことあるんでしょと、どこか拗ねたみたいな顔で言われてしまった。なんだか責められているような気持ちになるのは、過去の彼女に嫉妬しているらしいのがわかってしまうせいだろうか。それともやはり格好のせいだろうか。
 経験人数余裕で二桁のお前が言うのかとも思うが、モテ過ぎるのも大変だなと思ったことはあっても、過去にこいつと関係した誰にも嫉妬なんて感情が湧いたことがないので、そこは比較してはいけないんだろう。

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可愛いが好きで何が悪い17

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 過去の相手は女性だけだと思っていたが、もしかして男とも経験があるんだろうか。なんてことを霞む頭の片隅で考えるくらいには、相手の手に迷いがない。
 キスは男女関係ないかも知れないが、男を知らない相手に触れられて、ここまで簡単に気持ちよくなれるとも思えなかった。
 相手のドレス姿にこちらの反応が色々と鈍っているのを好機と捉えて、相手が快楽という手法で落としにかかってきているのはわかるが、取り敢えずやってしまえばどうにかなる的に考えているのだとしたらガッカリだなとも思う。
 体の熱は相手の思うがままに高められて行くのに、気持ちだけはどんどんと冷めていく気がする。それに合わせて快楽に抗うのを止めてしまえば、相手はうっとりと笑って、やっと受け入れてくれる気になったの? などと言う。
「ばぁか」
「ひっど」
「なんかもう面倒くせぇわ」
「えっ?」
 好きにしてくれと言う気持ちのまま吐き捨ててから口を閉じれば、相手はやっと慌てだす。
「え、えと、ちょ……あの、……そんな、嫌だった?」
 オロオロと戸惑ってから、今更そんなことを聞いてくる。
「気持ちは良かった」
「だよね??」
 肯首しながらも、相手の頭の中はきっと疑問符でいっぱいだ。
「なぁ、忘れていいって言ったの、お前だよな?」
 忘れられなくても忘れたことになっていて、なかったことになったはずだったから、この2年近くを友人として過ごしてきたのに。友人として、彼の環境を改善するための協力をしてきたのに。それをあっさり覆して、体から落として関係を変えようとしてくるそのやり方が、多分、一番気に入らない。
 それっぽい言動はちょいちょいとあった上に、大学内ではそこまで親しくしていないとはいえ、2年以上も同じ学科で過ごしていれば色々と気づくやつは気づくし、余計なお節介を働くやつも居る。だから正直、付き合いたいと思っているとはっきり口に出したことそのものには、そこまで驚いてはいないのかも知れない。でも展開の速さについていけない部分は間違いなくあるし、相手の経験値を思い知らされるようなやり方は、正直しんどいなとも思う。
「あー……れは、あのときは、その、気の迷いだったらいいって、俺もまだ、そう思ってたというか、願ってた、から」
「お前がはっきり気の迷いじゃないって思ってからも、俺とはオトモダチでいただろ。今更友人やめたいって、どういうことだよって聞いてんだけど」
 他人がなんと言おうと、ちらちらと想いがこぼれていようと、それでもこいつは友人で居ることをずっと選んでいたはずだった。男同士だし、更に言うなら性別に関係なく彼を恋愛対象とはしないと言ったこともあるので、友人として付き合い続ける方を選んだのだと思っていた。
「待って、待って。え、俺が本気で好きになってたの、気づいてた? え、いつ? いつから?」
「いつから本気とかは知らないけど、お前が本命出来たからって女子の誘い断ってるのは知ってる」
「ちょ、え、なんで??」
 なんでもなにもないだろうと、呆れてためき息が零れそうだ。
「その本命が俺、っての、お前の友人で知ってるやつ居るだろうが」
「えー、えー、なにそれ裏切りが酷い……」
 内緒って言ったのにと、ガックリうなだれてしまうから、本気で内緒が通じると思ってたのかと、今度こそ本気で呆れてため息がこぼれ出る。どちらかというと、それを知らされたこちらの反応をうかがって、多少なりとも脈があるかどうかを探っているのだと思っていたのに。
 わざわざ彼の気持ちをこちらに知らせてこないだけで、多分間違いなく、姉とその友人たちだって知ってるだろうと思っていたが、つまり彼女たちは、彼の秘密にしてねを守っていただけってことか。
 そういや、家庭環境の酷さや継母と関係を持ったことがある話も、全くもって秘密ではなかったことを思い出す。さすがに弟妹が自身の子の可能性が高いという話は慎重に扱っていたようだけれど、それだって知ってるやつは多分そこそこいる。なんせ、彼にとってはあのタイミングで簡単に吐いてしまう程度の秘密で、ドン引きだよねと言いつつも他者の同情を買うネタの一つ扱いだった。

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可愛いが好きで何が悪い16

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 馬鹿なこと言ってんなと憤るこちらと、へらへら笑いながらもテンション高く応じる相手とを残して、姉とその友人たちはさっさと帰ってしまった。というか妙な気を使われたのがありありとわかる退散の仕方に、いざ二人きりとなったら妙に気まずい。
 なんせ目の前には育った初恋相手が渾身のドレス姿で立ったままなのだから。
 双方が初恋相手なのは事実だけれど、それは双方が相手を異性と思っていたからで、今現在は間違いなくただの友人なのに。
 けれどふと、あの夏の花火大会の夜、どっちかが女の子じゃなくても付き合いたいと思ってると、途方に暮れた困った顔で告げられたことを思い出してしまう。忘れていいと言われたし、相手もちょいちょい怪しい言動を見せつつもあの件には一切触れなかったし、だからこちらもなるべく思い出さないように気をつけていたけれど、でも、本当に忘れ去るなんてどだい無理な話だ。
 これまでもふとした瞬間に何度も思い出してはいたが、今この瞬間には、出来れば思い出さずにいたかった。
 そっと視線をそらしながら、深いため息とともに部屋の壁に沿って腰を下ろす。普段なら出ているローテーブルやクッション類は、ドレスを着るのに邪魔だったのか片付けられていて見当たらない。
「あ、クッション出す?」
「いや、別にいいわ」
「てかやっぱ結構意識されてる?」
 言いながら近づいてきた相手が、ほぼ真正面にすっと腰を落とすから、そんな指摘をされてもまっすぐに見返すのが難しい。否定の声があげられない。
「ん、っふふ」
 そんなこちらに相手が堪えきれなかったらしい笑いをこぼしている。なんとか舌打ちは堪えたけれど、どうしても、口を開く気にはなれなかった。
「前にさ、今の俺がドレス似合っても惚れ直したりしないし、付き合わないって言ったの、覚えてる?」
「今もそう思ってる」
 妙にウキウキとした声にイラッとするものの、さすがに黙り続けるのは良くないかと、苦々しい気持ちで口を開く。
「嘘つき」
「お前がそこまで化けたのは想定外だし、姉貴はつくづく俺の好みを良くわかってると思うけど、でも、それでお前と付き合うとかって話にはならないだろ」
「なんで?」
「可愛い服とそれが似合うプリンセスを眺めるのが好きなだけで、別に恋愛したいわけじゃないから。プリンセスが好きだからって、自分が王子になりたいわけじゃない」
「まぁ俺も、本気でお前に王子様になって欲しいわけじゃないけど」
「ならあんまり俺をからかうなよ」
 ホッと息を吐き出したけれど、それを咎めるように、そんな簡単に安心しないでよと声が掛かった。
「んなの、安心するに決まってんだろ」
 こちらの反応を面白がってからかわれてるだけなら、腹は立つけどそれだけだ。惚れてるだの付き合いたいだの私の王子様だのを本気で言われる方が困るのだから、安心するのは当然だろう。
「王子になって欲しいと思ってないだけで、付き合いたいとは思ってるし、この格好、思った以上に効いてるっぽいなとも思ってるし、今、めちゃくちゃチャンスとも認識してる」
 だからこっち向いてよと、甘く誘う。ただし、声が作りきれていないというか、堪えきれなかったらしい笑いが含まれ声が揺れている。
「どこまで本気で言ってんだそれ。声、笑ってんぞ」
「んー、どこまで本気だと思う?」
「おいっ!」
 ふざけんのもいい加減にしろよと、そらしていた顔を相手に向けたのは失敗だった。
 とろけるみたいに嬉しそうな顔で見つめられていて、とたんに心臓が大きく跳ねてしまう。頭に血が上っていくような気がして、顔も熱くなる。
「かっわいいなぁ。そんな顔されたら、期待するのも仕方無くない?」
 何言ってんだと言い放つはずだった口はあっさり塞がれて、しかも開きかけた口の中に相手の舌が容赦なく侵入してくる。口の中をくちゅくちゅと掻き回されて、それが不快どころか気持ちがいいから困ってしまう。
 今度はもう、キャーキャー騒ぐ声もスマホのカメラのシャッター音もなく、相手を突き放すタイミングを完全に逸していた。

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