可愛いが好きで何が悪い22

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 ドレスの処理が一息ついて安堵するとともに、なんとも言えない微妙な空気になる。正確には、ドレスの処理を優先していただけで、ずっと微妙な空気は続いていたしそれに気づいてもいた。それが無視できなくなったというだけだ。
「とりあえずテーブル、出さないか」
「うん」
 ドレスが壁に掛けられているのと、さっきは壁際で追い詰められた感がなくもなかったのとで、仕舞われていた折りたたみのローテーブルとクッション類を出してくる。
 しかし、そうして向かいわせに腰を下ろしてみたものの、気まずいような微妙な空気は依然漂ったままで、互いに口が開けない。かといって、話を先延ばしにするのも、この場を逃げ出すのも、違うと思ってしまう。
「あー……」
 取り敢えず化粧を落としてウィッグを外してくれ。という要望を口に出していいか迷いながら相手の姿を上からなぞってしまえば、相手もこちらが何を感じているかは察したようだ。
 ドレスにはばっちり嵌っていた化粧もウィッグもそのウィッグにあれこれ盛られたアクセサリーも、男物の普段着と合わせたらどうしたって違和感が酷い。
「いつもの俺に戻るには、ちょっと時間掛かると思う」
「そ、っか」
「あとあんまり見られたくない、かな」
「何を?」
「俺が俺に戻るとこ」
「そうか」
「ドレス以外の服も用意しておけばよかった。というか、そもそも目の前でドレス脱ぐ予定がなかったよね」
 脱がされるならせめてもうちょっと雰囲気が欲しかった。などという軽口が叩ける程度には、相手は結構リラックスできているらしい。こちらはこの微妙な空気に、けっこう緊張気味なのに。
「一人じゃ脱げないくせに、姉貴たち追い出したせいだろ。てかそれ言ったら、お前がキスしてきたのがそもそもの原因てことになるな」
「だってチャンスだって思っちゃったんだもん」
 あんなに意識して貰ったの初めてで舞い上がったよねと、こちらの反応を思い出しているのか嬉しげに頬が緩んでいる。
 顔だけを見ていられるなら、幸せそうに笑うプリンセスという目の保養案件なのに、現実がそれを許さない。他人事として、その笑顔を堪能するだけの立場で居たかったのに。こんな顔をさせているのが自分だなんて、出来れば知りたくなかった。
 でももう、知ってしまっている。この現実にちゃんと向き合うべきだってことを、わかっている。
「で、どうだったよ」
「どうだったって、何が?」
「チャンス掴んでみた結果、今後お前がどうする気なのか聞いておきたい」
「嫌われない程度のとこで取り敢えず落とせるように頑張る、という基本方針に代わりはないかなぁ」
 そんな基本方針だったとは初耳だ。
「まぁ、今日ので手応え感じちゃったし、本気で好きなのも付き合いたいって思ってるのも知られてたし、もうちょっと積極的になってもいいのかなぁ? ね、どう思う?」
「どう思うっつうか、もっとグイグイくるのかと思ってたから拍子抜け?」
「俺の手でイッてくれたし、キス嫌がらなかったし、そっちからもキスしてくれたし、これもうイケるよね。彼氏面してオッケーなとこまで行けたよね。って気持ちは確かにあるんだけど。でも自分のしてきたこと思うと、ね」
 因果応報かなぁと苦笑する顔に、また何やら胸の奥がザワツイてしまう。
「因果応報、って?」
「積極的な女の子とそういう関係になったからって、じゃあその子を彼女として扱ってたのかって言うと、そうじゃない場合のが多かったっていうか。いや、ちゃんと恋人としてお付き合いしてた女の子もいないわけじゃないんだよ。ただ、取り敢えず体だけみたいなのが多すぎてさ。気持ちよければまぁいいかって。だから、流されて気持ちよくなってくれただけなのまるわかりの相手に、じゃあもうこれで恋人ね、って俺が言っていいと思えないんだよね」
 確かに流されたところはあると思う。ただ、気持ちがいいから流されたと思っているなら、それは自分とは違う認識だ。気持ちよければまぁいいか、という気持ちで受け入れたわけじゃない。
「なるほど、自業自得だな」
「だねぇ」
「で、俺が流されて気持ちよくなったとして、今後もうちょっと積極的にってのは、やっぱエロ方面なわけ?」
 ああこれ、その顔で回答聞きたくない。という気持ちが勝って、聞きながら顔を横に向けてしまった。それをどういう意味で取られたかはわからないが、相手は小さな苦笑を漏らしている。
「んー、そういう方向で落とす方が自信あるっていうか、勝算あるだろうなって思ってたけど。でもそこはちょっと考え直したほうがいいのかも知れない?」
 語尾が上がって疑問符が見えるようだが、気持ちよく相手の手で果てた結果、考え直そうと思わせたのは意外だった。
「もしかして、恋人になってって泣き落として土下座で頼み込む方が、効果あるんじゃないか、みたいな気もしてる」
「はぁ!?」
 続いた言葉に驚いて声を上げる。いやだって、考え直した結果が土下座で頼み込むだなんて、予想外もいいところだ。
 でも実際、エロ方面で積極的に迫られるより、頼み込まれる方が確かに弱い気がする。自信満々に迫られたらふざけるなと跳ね除けられても、自信なさげにおずおずと触れてくる手はきっと跳ね除けられない。
「あと王子希望じゃなくても、プリンセスに迫られるのはかなり弱いのわかったから、ドレスまできっちり揃えるのは無理でも女装方面頑張るのもありっぽいかな」
「待て待て待て。そっち方面の努力はヤメロ。必要ない。絶対要らない」
「って強く否定するところが、図星でしょって感じ」
 指摘にウグッと言葉に詰まれば、ますますその通りだと言っているようなものだろう。相手はほらみろと言わんばかりに、多少の呆れを混ぜつつも楽しそうに笑っている。
「で、逆にそっちは? 俺が今後もうちょっと積極的になったらどうするの?」
 まぁ聞かれるだろうとは思っていた。だから用意していた言葉を返す。
「正直、もう付き合ってもいいかって気になってる」
 諦める気がないことも、余所に目を向ける気がないことも、もう、疑うことなく信じている。信じてしまっている。
 そしてその気持ちを拒否して相手を悲しませるよりも、受け入れて笑っていて貰うほうがいいと思っている。自分がそう思っていることを、先程のあれこれで思い知ってしまった。
 だったらもう、四の五の言わずに付き合ってしまえばいい。
「は? え?」
 驚いた顔をした後、そういうのは早く言ってよ! と声を荒らげている。そう思う気持ちはわかるし、してやったりという気持ちもあって、こちらもやっと少し笑いが溢れた。
「ただ、お前に抱かれるセックスまで許容する気は今のとこないから。俺のだから手ぇ出さないでって言える権利なら、お前が持っててもいいかな、ってだけだな」
 恋人になる方優先するんだろと言ってやれば、今度は相手がウッと言葉に詰まっている。
「俺に抱かれてもいいかなって思って貰えるように努力するのまでは、止めないよね?」
「女装方面頑張るってのは止めたい」
「そこまで嫌がられたら逆に無理でしょ。そこを目一杯頑張る流れじゃん」
 それに実は、と言いながら、新しいドレスに再利用できなかった形見のドレスの端切れで色々作ってもらったアクセサリーとかもあるんだよねと、ウキウキで見せられた数々のアクセサリー類を前にしたら、ダメだ嫌だ女装はするな、とはもう言えなくなった。

続きました→

 
 
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