可愛いが好きで何が悪い15

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 ドレスは結局、被害が少ない部分を再利用して新しく作り直すことに決定した。
 という話を聞いたのが数ヶ月前で、それ以前もそれ以降も特に詳しい話は聞いていない。姉とその友人らと彼自身が、直接話し合ってあれこれと決めているようだったし、そこに口を挟む理由もないので、自分は完全に蚊帳の外だった。
 ただ、長いこと気落ちしていた様子の彼がだんだんと元気になっていくのは、頻繁に顔を見る機会があるのでよくわかったし、それだけで、うまいこと進んでいるのが伝わってきて安心していた。
 そんな彼が、ドレスが届くから見に来てほしいと言う。場所は彼が一人暮らしを始めたアパートで近いし、姉が絡んで作ったドレスには興味があるに決まっている。
 誘われてからは自分も結構楽しみにその日を待っていたのだが、当然、吊るされたドレスを見る以外の想像はしていなかった。いくら母親の形見を使った大事な品でも、自分の部屋とさして変わらない広さのアパートに、トルソーやらを持ち込んでドレスを飾るとは思えなかったせいだ。
 呼び鈴を鳴らして出てきた姉にまず驚き、含み笑いで目を輝かせている姉に急かされるまま、居室のドアを開いて更に驚く。
 そこには、ドレスに身を包む見知らぬ美女が佇んでいた。
 まぁ、見知らぬと言っても、それが彼自身だということにはすぐに気づいたのだけれど。ついでに言うなら、彼が間違いなく初恋のリトルプリンセスなのだと突きつけられる思いもした。
 幼い彼が身につけていたドレスに似せて作ったのはたぶんわざとだ。ウィッグも今の彼の地毛より数段淡い色合いのものを着用していて、何度も見返した画像と、自身の遠い記憶の中にしか存在しなかった小さなプリンセスが、成長して目の前に立っている。
 でもまさか、いくら顔の造形が良くても普通に男として育っている彼が、今更ドレスに袖を通すなんて思っても見なかった。
 二重の驚きと衝撃で言葉もなく見つめてしまえば、目の前のプリンセスが柔らかに笑んで見せる。中身は彼だと頭ではわかっているのに、間違いなく見惚れていたし、馬鹿みたいに鼓動が跳ねてなんだか顔も熱い気がする。
「どう?」
 いつもの彼とは少し違う、意識して高めに発された声が、よく知った彼と目の前のプリンセスとの繋がりを薄くしていく。頭での理解に靄を掛けて、友人としての彼を遠ざけていく。
「どう、って言われても……」
「似合ってる?」
「そ、れは……」
 似合ってるか似合ってないかで言えば間違いなく似合っているのだけど、それを認めてしまっていいのかわからない。
「この反応で、似合ってないとか言い出したら殴るけど?」
「だよね。私達の渾身の力作だし」
「ドレスに限らず、ね」
 横から口を挟んできたのは姉とその友人たちだ。部屋に入った瞬間から彼に目が釘付けになっていたが、あの日、裂かれたドレスを持ち込んだときに同席していた二人は、その後もずっとこのドレス作りに関わっていたようだから、今日も一緒に来ていたらしい。
 彼も同じように思っているのか、嬉しそうに柔らかな笑みを湛えていた。
 その彼が、部屋の入口に立ち尽くしている自分に向かって、ゆっくりと近寄ってくる。思わず後ずさろうとするのを、姉が腕を掴んで引き止めた。それどころか、彼に向かって背を押し出すまでしてくるので焦る。
 身長はほとんど変わらないけれど、目の前に立たれるとほんの少しだけ見上げる形になる。けれど今までこの距離で、相手をこんなにマジマジと見つめる機会はなかった。
 ようするに、目が、逸らせない。
 中身は男だとわかっているのに。彼だとわかっているのに。でも、だからこそ、初恋のあの子なのだということも、わかってしまっている。
「久しぶりだね。私のこと、覚えてる?」
「え?」
「昔、悪いやつから助けて貰ったんだけど」
「あ、ああ」
「あのときは、本当に、助けてくれてありがとう」
 あの日助けた小さなプリンセスと、成長して再会した的なシチュエーションだろうか。
 礼ならもう何度も言われた。なんてツッコミをする余裕はない。
「もう一度会えて良かった。私の、王子様」
「んん?」
 何を言い出して、と思った次の瞬間には、近かった顔が更に近づいて唇に柔らかなものが触れる。
 キャーキャー騒ぐ声とスマホのカメラのシャッター音とが聞こえてきて、慌てて目の前の体を押し返した。
「ちょ、おまっ、何して!!??」
「めちゃくちゃ見惚れてるから、キスくらいしても許されそう、って思って」
 ファーストキスだった? などと聞いてくる声は、すっかりいつもの彼のものだ。目の前に居るのは変わらず初恋プリンセスだけれど、それでも一気に魔法が解けた気がする。

続きました→

 
 
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