別れた男の弟が気になって仕方がない3

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 視線を逸らしたまま、別に、と一度小さく呟いた後、相手はまたゆっくりとこちらへ視線を向ける。そこに動揺などはなさそうだったが、静かに見返してくる相手の瞳に、こちらの申し訳ないという気持ちごと跳ね返すような拒絶を感じた気がした。
「過ぎたことだし別にいいです。目的は果たしましたし」
 どうでも良さそうに言い募るけれど、それが本心からどうでもいいと思っているのかは、やはり今ひとつわからない。落ち着かなければと思うのに、気持ちがざわついて仕方がない。
「それより、さっきの話、どうなんですか?」
「さっきのって?」
「俺に誰か紹介、してくれるんですか?」
 好奇心ってのはつまり、兄が長年の片恋を実らせて幸せを振りまいているから、それにあてられたって事なのだろうか。兄が羨ましい、兄のように愛されたい、みたいな?
 うーんと唸ってしまったら、無理ならいいですとあっさり諦めの言葉を吐いて立ち上がる。
「おい、どうする気だ?」
「これ以上話すこと、ないですよね」
「じゃなくて。お前、また変なの引っ掛けに行く気じゃないよな?」
「今度はもう少し気をつけますよ。さすがに知り合ったばかりの人といきなりホテルでやれるほど、覚悟決めて来てるわけじゃないんで」
 初めて会った数十分後に、ベッドの上に裸体を投げ出していた男が何を言っているんだか。さっきだってこちらが通りかかって声をかけなければ、押し切られてホテルに入室していたかもしれないのに。
 それじゃあ失礼しますと言って去ろうとする相手を引き止めるため、こちらも慌てて立ち上がり咄嗟に手を伸ばした。握ってしまった手首は一瞬にして力が込められ、相手の緊張と、やはりこちらを拒絶する気配を感じ取る。それでも放してはやれなかった。
「紹介は、する。だから一人でうろつくな」
 思いの外低く威圧的に響いてしまった声に自分自身驚いていたが、相手も同様に驚いたらしく目を瞠っている。しまったなと思ったけれど、取り繕う気が起きずそのまま会話をほぼ一方的に進めていった。
 成人間近とはいえ、知ってしまった以上、自己責任だと放って置けそうにない。こんな短時間の付き合いでは、相手が何を考え思って行動しているかなんてさっぱりわからないので、思慮が浅いとまでは言わないが、無駄に行動力があるタイプなのは間違いないみたいだし、危なっかしくてハラハラする。背が高く硬質な雰囲気から大人っぽく見えても、中身はやっぱり子供だった。そして自分の魅力を知らなすぎる。
 きっちりと筋肉の付いた細身の長身で未貫通の若い男が、好奇心からだけどセックス上手い人に抱かれてみたい、などと言って回って、もし何事もなく無事に希望通りの初体験が出来たとしたら、それはもの凄く運がいいと言えるだろう。
 知り合いを紹介するのは放って置けないからだと言えば、やはり先程の失言が効いているのかまたしても嫌そうな顔をされた挙句に、兄とは別れたくせに保護者気取りとまで言われたけれど、その兄に連絡しないだけありがたく思えと告げればさすがに黙った。という事は先程チラリと思った通り、彼の兄は弟がこんな場所で抱いてくれる相手を探しているという、この事実を知らないのだろう。
 好奇心なら一度だけ出来れば満足なのか、それとも相性が良ければそのまま交際する気があるのか、相手の年齢や体格や性格にこれだけは譲れないという希望があるかなどを聞いて、結果、身元のはっきりしている恋人募集中という男を一人紹介した。

続きました→

 
 
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別れた男の弟が気になって仕方がない2

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 思わずじっと見つめてしまう先で、相手も不思議そうにこちらを見返してくる。
「どうかしましたか?」
 口を開いたのは相手が先だった。
「あー……っと、なんだろな。何かイマイチしっくり来てないっていうか、お前のことが良くわからない?」
 考えるより先になんとなくで言葉は口から零れ落ちていて、まぁわかる必要もないんだけどと思考が後追いしてくる。
「知る必要、ありませんよね」
 そしてまんまとそれを相手から告げられてしまったから苦笑するしかない。
「まぁそうなんだけど、なんか気になるんだよ」
 あいつの弟だからかなと続けたら、酷く嫌そうに顔をしかめられてしまった。確かに失言だったかもしれない。兄であり恋人である男の元カレに、お前が気になるなんて言われて、心穏やかでいられるはずがないのはわかる。
「あーじゃあ、さっきの男とどんな話したかったの。俺で代わりになりそうな事なら、追い払っちゃったの俺だし相談乗るけど?」
 結構ですとすぐさま跳ね除けられるかと思いきや、随分と長いこと逡巡した後で、この辺に知り合いは多いですかと聞かれた。
「この辺にってことは、つまりゲイの知り合いが居るかって事?」
「そう、です」
「そりゃまぁそれなりに?」
「じゃあ俺みたいに大柄な男でも抱けるって言う、セックス上手い人、紹介して下さい」
「はいぃ?」
 思わず語尾が盛大に上がってしまった。
「さすがに兄と関係してたあなたにお願いするのは癪なので」
「ねえちょっと待って。つまり、抱かれてみたいってこと? なんで?」
「なんで、って……好奇心、みたいなもんです」
 気持ちが落ち着かず若干焦り気味のこちらと対象的に、随分とそっけない言い方は、どこまで本気で言っているのかわかりにくい。そしてその素っ気なさに、自分ばかり焦っているのがなんだかバカらしくなる。
 気持ちを落ち着けるために、一度深く息を吐いてから口を開いた。
「好奇心ってお前、そんなので他の男と経験する必要ある? というかあいつはお前のこの行動知ってんの? また無断で行動してんのか?」
「あいつって、また兄ですか」
 いささかうんざり気味に言われたが、どう考えたって無関係じゃないだろう。
「そりゃそうだよ。あいつ俺相手にはずっとネコだったし、そっちがいいみたいだけど、確かタチ経験ゼロじゃなかったはずだぞ。どうしても抱かれる側も経験してみたいって頼んだら、他の男に抱かれて来いなんて言わずに、お前を抱くと思うんだけど」
「だから兄は関係ないって言ってるじゃないですか。というかそもそも兄弟でセックスとか考えたくないし、たとえ出来たとしてもそれって浮気ですよね。そんな真似させられませんよ」
「はぁあああ!?」
 またしても盛大に語尾を上げてしまっただけでなく、そこそこの声量で吐き出してしまったものだから、近くの席に座る客が訝しげにこちらを窺うのがわかって恥ずかしい。
「ちょっ、どういうことだ」
 さすがに声を潜めて、代わりに声が届くようにと身を乗り出して問いかける。
「どういうことって、どういうことですか」
 釣られたように少しばかり身を乗り出す相手の顔も随分と訝しげだった。
「あいつの本命ってお前じゃないの?」
「はぁ?」
 今度は相手の吐き出す声の語尾が上がる。
「クライミング得意で、近すぎる存在だから告白なんて一切考えられない相手って、聞いてたんだけど」
「……ああ、そういう事」
 言えばやっと納得いった様子で頷かれて、次には俺じゃないですよとあっさり返されてしまった。
「俺らの幼馴染で、兄にとっては親友で、俺にとっては師匠みたいな人です。親友で、今はちゃんと恋人ですよ」
 幸せそうにしてるんでご心配なくと続いて気が抜ける。
「あー……なるほど。幼馴染で、親友、ね。俺はてっきりお前が恋敵だと思ってたわ」
 あの時は色々意地悪してゴメンなと言えば、何をされたか思い出させてしまったのか、すっと視線を逸らされた。

続きました→

 
 
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別れた男の弟が気になって仕方がない1

タイトル変わりましたが続いてます。
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 恋人と別れてしまったので、時間のある夜などは同じようなセクシャリティを持つ者たちが集まる店に、チョイチョイと足を運ぶ。新たな出会いを求める気持ちもないわけではないが、以前から時折訪れていたその場所では当然知った顔と出くわすこともあって、単に落ち着くとか寂しさが紛れるとかただ楽しいとか、そんな理由が大半だった。
 そんな日々の中、店へ向かう途中の路上で、こんな場所に居るはずがない人物を見つけて足を止める。いや、居てもおかしくはないかもしれないが、だとしたら隣りに居るべき人物が違う。しかもなんだか様子がおかしくて、気づかないふりで素通り出来なかった。
「おい、久しぶりだな」
 声を掛ければ、こちらを見た顔が明らかにホッと緩む。逆に、隣りにいた男は邪魔をするなと言わんばかりに、眉を寄せて不快感を示してくる。
 知らない男は自分たちに比べれば背はそこまで高くないものの、ガッシリした体型から筋力はかなりありそうだった。年齢も多分、大学生の彼よりは自分の方に近いだろう。
「こんなとこで何やってんだ。というかまさかと思うけど、この人とそこ入る気じゃないよな?」
 そこ、と言って指した場所は所謂ラブホというやつだ。
「それは……」
 言い淀むから、ますます何かがオカシイと思う。まさか本当にこの男とラブホに入ろうとしていたのか?
「初めてでちょっと怖気づいただけだよな。ほら、大丈夫だから、とりあえず部屋入っちゃお」
 口を挟んできたのはここに居るべきではない男で、しかも腕を掴んで強引に連れて行こうとする。
「待って待って」
 慌ててそれを引き止める。
「えーと、あなたこの子の事、どこまで知って誘ってます?」
「どういう意味だよ」
 キツイ口調で牽制してくる相手にグッと身を寄せ軽く身を屈め、相手にだけ聞こえるような小声でこう見えてこの子まだ高校生ですよと囁いてやった。
「え゛っ……」
 驚く様子に、ああ良かったと思う。少なくともこちらの言葉に相手の年齢を疑う程度の親しさだ。もしこのままホテルに入るなら警察に連絡すると続けてやれば、相手はこれみよがしに大きな舌打ちを残して足早に去っていく。
 揉めなくて良かった。安堵で大きく息を吐いた。
「あの……」
「うん。聞きたいこと色々あるんだけど、ちょっと場所移動しようか」
 このままここで立ち話をしていたら、先程の彼らの二の舞いになりそうだ。ラブホに入る入らないで揉めているなんて思われたくない。
 促せばハイと応えておとなしく付いて来る。とりあえずの落ち着き先は馴染みの店を避けて、どこにでもあるチェーンのカフェにした。
「それで、なんであんなとこ居たの?」
「もっと落ち着いたとこで話がしたいって、言われて……でも、それがホテルとは思ってなくて……」
 自分の迂闊さに自覚があるのか、ゴニョゴニョと言い募る様は酷くバツが悪そうだ。あの日、兄と別れてくれと押しかけてきた時のふてぶてしさは欠片もない。
「つまりあの男と、落ち着いた場所で話をしたいと思ってたのは事実、ってこと?」
「えー……まぁ……ハイ」
 聞けば曖昧に頷かれたが、その態度も含めていまいち腑に落ちず、どうにも何かが引っかかる。
「だったら悪い事したかな。あの男、多分もうお前に声かけたりしないと思うよ」
「そういやさっき、なんて言って追い払ったんですか?」
「ああ、あれ。この子こう見えて高校生だから、このまま連れ込むなら警察呼びますよって言ったんだよね。信じてくれて良かった」
「高校生じゃないです」
「知ってるよ。でもまだ未成年じゃないの?」
 弟の大学入試がどうのと聞いたのはそう昔のことじゃない。そもそもこの子の兄と恋人として付き合っていた期間は二年弱で、そこまで長くはないのだ。
「まぁ別に未成年だからこんなとこ来たらダメとまでは言わないけど、なんで一人なのとは思うよな。あいつはどうしたんだよ。一緒に居たらあいつが黙ってないだろ」
「兄は、関係がないので……」
「関係ないわけ無いでしょ。弟その気になってるけど抱いてお前と別れる事にしていいかって聞いた時のあいつの剣幕、凄かったぞ? 大事な用事ほっぽり出してお前を俺の魔の手から救いに来ちゃうくらい、大事にされてるだろ?」
「いやあれは、あなたと別れたくないって意味で慌てたんですよね? だってまだ告白される前だったみたいだし」
 あれ? とまた何かが引っかかった。

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兄と別れさせたい弟が押しかけてきた4

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 別れるつもりで居るよと答えれば、すぐに嫌だと返される。
「あいつには二度とここに来ないよう、ちゃんと言うから。だから俺を捨てないでよ」
 弟が迷惑かけてゴメンナサイとしおらしく謝られてしまって、どうやら彼が抱える叶わないはずの想いが報われるのだとは、まだ知らないらしいと気付いた。
 弟が押しかけてきたこと、別れろと言われた事、代わりに抱かれればと提案したら了承されたことは伝えたが、弟の言い分などは知らせていない。というか知らせる必要があると思っていなかった。なぜ弟がそこまでするかの理由を、彼が知らないはずがないと思いこんでいた。
 てっきり告白はされた後で、目の前に突然湧いた幸運に戸惑った目の前のこの子が、恋人がいるからとでも言って断ってしまったのだと思っていた。だから恋人であるこちらから振らせようとして、弟が自ら押しかけてきたのだろうと想像していた。
「理由はそこじゃないよ。いや、もちろんあいつの本気の覚悟が、俺の背を押したのも事実だけど」
「じゃあ、他の理由って、何?」
「お前の片想い、報われるってさ」
「えっ?」
「俺達は確かに恋人だけど、厳密には両想いとは言い難い関係だよな? せっかく本命が振り向いてるなら、俺とはきっちり別れて、そっちに行ったほうがいい」
「え、嘘だ……でも……」
「うん。知らなかったみたいだし、戸惑うのはわかる。でも戸惑って大事なチャンス、掴み損なうなよ?」
「チャンス……って、だって、そんな……」
 呆然と呟くようにしか言葉を紡げなくなった相手の瞳の中は不安げに揺れている。
「チャンスだよ。俺はお前の辛い恋を慰めてはやれるけど、想う相手に愛される幸せは、俺じゃ与えてやれない」
 だから別れようと繰り返せば、きゅっと唇を噛みしめた。黙って待てば、やがて震える声が小さく嫌だと吐き出されてくる。
「長いこと拗らせてた想いが叶うって考えたら、やっぱり怖いか?」
「そりゃあ。だって、今更過ぎだよ……」
「でもお前の弟が自信を持って、自分自身を俺に差し出してまで、お前がその相手と幸せになれるって断言してる。俺はお前が幸せになれるって、信じられると思ったよ」
 それでもまだ不安そうに瞳を揺らし続ける相手に、それにさと続ける。
「本当に好きな相手とだって、付き合ってみたら上手く行かないって事は起こると思うんだよ。いくらお前の弟が幸せになれるって言ってたって、蓋を開けてみたら喧嘩ばっかして全く幸せになんてなれない可能性だってあると思う。でもな、上手く行かないってわかるだけでも、お前にとってはそう悪い話じゃないって俺は思うよ」
「なん、で……?」
「今抱えてる想いに決着が付けば、次の恋に行けるから。でももし、どうしても上手く行かなくて、別れてもなお想いが捨てれなくて苦しかったら……まぁあいつの断言っぷりから考えたら上手く行かないなんて事はなさそうだけど、それでももし万が一、そんな事になったら戻っておいでよ」
 その時はまたベッドの中で慰めてあげると言えば、ようやく不安で仕方ないという顔が少し崩れて、小さくふきだされてしまった。
「ホント、優しい嘘ばっかり吐くよね」
「嘘じゃないよ?」
「うん。でもそれ、その時あなたに新しい恋人が居なければって条件付きでしょ」
「どうしても不安で仕方ないってなら、お前がもう平気って言うまで、次の恋人作らず待っててあげてもいいけど」
「ううん。いい。さすがにそれは俺が甘やかされすぎ。そっちもさっさと新しい恋人作って、今よりうんと幸せに、なって」
 それは紛れもなく別れの言葉だ。頷いて、それから背後のドアをそっと開く。扉の向こうでは着替えを終えた彼の弟が、リビングへ入ってこれずに立っているのがわかっていた。
「別れたよ。扉越しでも聞こえてたろ?」
「はい」
「あ、お前、随分勝手なことしやがって!」
 扉の向こうまで意識が向いていなかったのか、姿が見えた途端に飛びかかっていきそうな勢いで、こちらを押しのけ廊下へ出ていこうとする兄を慌てて引き止める。
「こら、止めなさい。というか兄弟喧嘩するならここ出てからにしてくれ」
 仲良く喧嘩したついでに互いの想いを確認しあえばいい。たださすがにそんな喧嘩ついでの告白劇を、目の前で繰り広げられたくはなかった。
 ペコリと深く頭を下げてから出ていく二つの背中を見送って、大きく息を吐く。別れに対する後悔や未練のようなものはないが、突然であっという間だったせいか、喪失感はやたらと大きかった。
 それでもそれらは時間が解決してくれることを、長年の経験から知っている。

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兄と別れさせたい弟が押しかけてきた3

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 彼が怒るのはもっともだとは思う。思うが、こちらにだって言い分はある。
「あいつが他に想ってる相手がいようと、恋人として付き合ってる事実がある以上、当人居ない所で別れ話とかオカシイだろ?」
「別れるからもう会わないって一方的に告げて、その通り会わずに居てくれればそれで良かったんですよ。そういう別れ方だって、ありだと思いますけど」
「あのね、俺はあいつが可愛いの。大事にしてんの。別れるにしたって、そんな一方的に捨てるみたいな真似、絶対したくないんだってば」
 言えば驚いたように、別れるんですかと聞いてくる。別れを受け入れる気がないから本人を呼びつけたと考えていたのだろう。
「一応そのつもり。だってあいつの本命があいつに振り向いてんだろ? それにお前の本気も見せてもらったしな」
 その本命と思われる相手が、あの子の幸せのためにとここまでしているのだから、間違いなく別れた後であの子は幸せになれるだろう。恋人ではあったけれど、叶わぬ恋を抱えて苦しむ心を慰めるような関係から脱していないことは、自分自身よくわかっている。恋人となった今もなお、あの子の一番は出会った時からずっと変わらぬままだった。
 だから自分の役目はここで終わりだ。
「心配しなくてもちゃんと、お前の目の前で別れ話をしてやるよ。だから脱衣所戻って服着ておいで」
 こんな会話をしている最中もチャイムはガンガン鳴り続けていた。携帯はリビングのテーブルの上に置いてきてしまったが、多分そちらも鳴りまくっているだろう。
 ほら起きてと、未だベッドから起き上がる気配のない相手の腕を取って、半ばむりやり引き起こす。起きるのを渋っているのは、兄と顔を合わせたくないからだということもわかってはいたが、さすがにこれ以上ドア前で苛立ちを募らせているだろう相手を待たせたくはなかった。
「引き伸ばしたって、あいつが諦めて帰るわけないし、お前がやったことももうバレてんだぞ? 俺に抱かれる代わりに、兄貴に怒られるんだとでも思って諦めろって」
 言えば大きなため息と共にわかりましたと吐き出し、ようやく立ち上がって歩きだす。
 一緒に寝室を出て、相手が脱衣所の扉を閉めるを待って玄関の鍵を開ければ、こちらが押し開くより先に扉が勢い良く引かれて、怒りで顔を赤くした恋人が無言で乗り込んできた。
 これは相当怒ってるなと内心苦笑しながら、勝手知ったると上がり込んで真っ先に寝室へ向かう恋人の背中を追う。
 寝室のドアを開けて乱れた空のベッドをしばらく見つめた後、次に向かったのはリビングだった。しかしそこでも目的の人物の姿を見つけられなかった恋人は、そこでようやくこちらを振り返る。
 おだやかな付き合いだったから、怒った顔なんて見るのは今日が初めてだった。似てない兄弟だと思っていたが、怒りを湛える目はそっくりだ。
「あいつはどこ? まさか帰したの? というか絶対食うなって言ったのに、ベッド使った形跡あったのどういうこと?」
「まぁちょっと落ち着けよ。玄関に靴あったろ。今、脱衣所で服着てるとこだから」
「それ聞いて落ち着けるわけ無いだろっ」
 直前まで脱いでたってことじゃんとますます憤る相手に、こちらは苦笑を深くするしかない。
 大事な用事をほっぽり出して駆けつけて来たことも含めて、弟のことが心配で堪らなくて、それ程に大事で仕方がないのだと、そう言われているも同然だ。
「お前がそんな怒ってたら、さすがに出てこれないだろ。というか、お前を呼んだのは俺との別れ話をするためで、あいつを引き取れってのはオマケみたいなもんだからな?」
「てことはやっぱ、俺がダメって言ったのに、あいつを抱いたんだな」
 経緯はそれなりに知らせてあったし、乱れたベッドを見たことでそう思い込んでいるんだろう。
「抱いてないよ」
「でも脱いでベッド使ってる」
「ちょっと指で弄ってただけ。まぁお前にしたらそれすら許せないと思うかもだけど、向こうは本気で俺に抱かれる気で居たからな。俺に抱く気がなかっただけで、そこまでしてもお前と別れて欲しいって覚悟は、見せてもらった」
「だから俺と、別れるの?」
 一転して泣きそうな顔をする。多少なりとも別れを惜しんでその顔ならば嬉しいなと思った。

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兄と別れさせたい弟が押しかけてきた2

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 ベッドに俯せて腰だけ上げさせるような格好をさせ、アナルの浅い位置だけをクチクチと指先でくじる。シーツをキツく握りしめる拳からも、時折殺しきれずに漏れるうめき声からも、本心ではこの行為を拒んでいるのは明白だった。
 好きな子を恋人から奪うため、初対面の全く好きでもない男相手に体を差し出すその心意気は買うし、この状況を作り出したのは紛れもなく自分自身なのだけれど、率直に言って全く興奮しない。もっとはっきり言えば心も体も萎えきっていて、アナルを弄っているのもほぼ惰性からだった。
 だってまさか了承するなんて思わなかったし、ふざけるなと怒って帰るか、身の危険を感じて帰るか、とにかくさっさと帰って欲しいのが正直な気持ちだった。もちろん相手がどこまで必死か試す気もあるにはあったが、だからって本当にこの男を抱きたいだとか、誰でもいいから溜まった性欲を発散したいとかを本気で思ったわけじゃない。
 だから嫌悪を隠しもしない相手が、わかりましたと告げた時には、思わず自分の耳を疑った。正気で言ってるのかと聞き返したが、それにもはっきりと正気だと肯定が返って、驚いたなんてものじゃない。
 だから慌てて、抱かれろなんて言ったのはただの冗談だとか、ちょっと意地悪がしたかっただけだとか言って前言撤回しようとしたのに、それがなぜか相手のやる気に火を付けたようだった。
 いいえ抱かれますと言い切って立ち上がりこちらを見下ろしながら、その代わり絶対別れて下さいよと念を押す姿は随分と威圧的で、そのくせ悲壮な覚悟がチラつく必死さがあって、相手は幾つも年下の大学生だというのになんだか何も言い返せなくなってしまった。
 内心ではしまったなと盛大に後悔していたが、結局シャワーを貸せと言う相手をバスルームに案内してやったし、まるで覚悟を見せつけるように素っ裸で出てきた相手を寝室に連れ込みベッドに転がし、こうしてアナルをいたずらに弄っている。
 苦笑なんてこぼれまくってるし、なんならため息だって吐きまくってる。だってこの子は優しく触れさせてもくれない。兄の幸せのためにその体を差し出しているだけで、こちらの性欲処理につきあうだけのつもりで、そんなのいいからさっさと突っ込んでくれと言い、愛撫しようと肌を撫でる手を嫌そうに払い除けたのだ。
 他に好きな相手がいる子を抱くのが好きだという、大変困った性癖持ちな自覚はあるが、それは報われない想いを抱える子を一時的にでも優しく甘やかしその想いごと受け入れてやるのが好きなのであって、他に好きな相手がいる子を無理矢理どうこうしたい欲求はない。いくら相手が了承していたって、こんな状態の相手に突っ込むのはレイプとそう変わらないと思う。
 まぁ突っ込む気なんてないから、こうして浅い場所だけ弄り回しているんだけど。
 相手に抱かれた経験がなかったのは幸いだった。初めてなら尚更ゆっくり少しずつ慣らして拡げないと、挿れる側だって気持ちよくないどころか痛かったりもするんだよと、前戯なんて要らないという相手を言いくるめて、アナルをじっくり弄られることを受け入れさせた。
 さっさと突っ込まれて終わりたいだろう相手はもちろん不満げで、時折まだかと急かすような言葉を吐くが、それをはぐらかしながら浅い場所ばかりを弄り回すのにもそろそろ限界が近い。
 最後の手段として、初めての体をいきなり抱くのはやっぱり無理だよと言って中断するという手がないわけではないのだが、本気で抱こうともしていないのに、抱けない理由を相手のせいにするようで躊躇ってしまう。兄のためにとここまでの覚悟を見せている相手を、無駄に傷つけたくはなかった。
 どうしようかと迷いながらもやむにやまれず指を動かし続ける中、ピンポンと玄関チャイムがようやく響いてホッとする。やっと来たか。
 一度鳴ったらそれは立て続けに鳴り響き、来訪者の苛立ちと焦りがよく分かる。
 さすがのおかしさに、目の前に体を投げ出している相手も頭を振り向かせ、訝しげにこちらを見つめてきた。
「どうやらお迎えが来たようだよ」
「……えっ?」
「弟を差し出して俺と別れるのは嫌だとさ」
 お前がシャワー浴びてる間に連絡取ったと言ったら、相手の目の中で、はっきりと怒りの感情が揺れるのがわかった。

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