理解できない25

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「俺が相談したら、困らせたり、呆れられたり、その、きっと嫌な気持ちにさせる、から……」
 何が怖いのと促す声が穏やかで優しかったから、釣られるように躊躇う理由を話してしまえば、やっぱり優しい声に、構わないよと返された。
 困らせても、呆れさせても、嫌な気持ちにさせてもいい。だから聞かせてと促す声に、けれど首を横に振る。
「俺が、嫌なの」
「不快になっても絶対に怒ったりしない、って約束しても?」
「だって嫌なのは怒られることじゃないし……」
「つまり、俺を困らせたり、呆れさせたり、嫌な気持ちにさせることそのものが、怖くて嫌だって話?」
「話しても、俺が望むような反応、返ってこないのわかってるからヤダって話」
 なるほどと言って、相手は口を閉ざして何かを考えている。でも考えたからって、喜べないだろうことをむりやり喜んで欲しいってわけではないし、どうにもならないと思う。
「あのさ、俺絡みの悩みで、俺に相談したくないってとこから、今からでも一緒に住みたいとか、もう一度抱いて欲しいとか、そういうお願い混じりの相談なんだろうって想像はついてるから言うけど、お前の話次第でそれも検討はする。って言ったら?」
 やがて告げられた言葉に、こんどはこちらがなるほどと思う。さすがに口には出さなかったけれども。
 なるほど。家を出た彼について行きたいとか、もう一度抱いてくれとか、一度はっきり断られた事を諦められていない、と思われていたのか。
「残念だけど、それハズレ」
「ハズレ?」
「そんなとこまで到達してない。出ていかれて寂しい気持ちをどうしたらいいのか、とは思うけど、どうしたら一緒に住めるかを考えたりはしなかった。俺を抱くのは苦しいばっかりだって言われたのに、どうしたらもう一度抱いて貰えるかと考えたりもしてない」
 もう一緒に住めないことも、もう抱いて貰えないことも、納得は出来ている。新しい住所だって知っているけど、納得できているからこそ、一度も押しかけずに済んでいたのだと言えば、相手は眉を寄せて少し険しい顔になる。
「なら他に、お前が俺を困らせると思うような、何かってなんだ」
 それはこちらへの質問というよりは、自身へ問いかける呟きだった。険しい顔も、予想が外れて、他に思い当たる何かを必至で探しているせいらしい。
「ねぇ、出ていかれて寂しい気持ち、どうしたらいい?」
「えっ?」
「困らせるような相談そのいちだよ」
 さきほど既に口に出してしまったから、気づかないなら気づかせてやれと思った。
「そのうち慣れるかなって思ったけど、全然慣れないし、むしろどんどん寂しさが増してる気がするんだけど。俺は、どうしたらこの寂しさから開放されると思う?」
「それは、」
「ちなみに、打ち込める趣味を見つけるとか、寂しさを埋めてくれる誰かを見つけるとか、そういう助言は要らないから。てか既に試したから」
「試したのか!?」
「まぁ一般論として、そういう方法が有効らしいから。でもすぐ無理ってわかったし。というよりも、無理だってことを確かめるために試した感じだし」
 何をしたって、誰と過ごしたって、彼のことがついてまわる。楽しかったことがあれば彼に話して聞かせたいと思ってしまうし、彼と一緒ならもっと楽しめるだろうとも思ってしまう。それに彼が望む想いをどうにか育てよう、なんて思っている身で、寂しさを埋めてくれる他の誰かなんて求められるはずもない。求めたいとも思わない。
 この寂しさを埋められるのは彼しか居ない、と思い知るばかりで、それは寂しさが増していく結果ともなった。でも彼にこの寂しさを埋めてくれと頼む真似は出来ないし、どうすればいいのと相談したら困らせるのだってわかりきっていた。

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理解できない24

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 観念してそっと相手の背を抱き返せば、慰めたいのか宥めたいのか、優しく背を撫でられる。いまさら遅いと思うのは、気持ちが落ち着くどころかますます涙が溢れるせいだ。
 みっともない姿を晒している羞恥と、こんな目に合わせる相手への怒りと、そのくせ嬉しい気持ちがあることに、頭の中が混乱している。色んな気持ちがぐちゃぐちゃに混ざりあって持て余している。
「う゛ぅ……」
 止められない涙に、悔しさのあまり唸った。高校を卒業するまでの三年ちょっとの間にも色々あったけれど、ここまで派手に泣いたことなんてもちろんない。
 背を撫でていた手が首に触れて、頬へと移動しかけた所で、顔を相手の胸に押し付けた。
 泣き顔を覗き込まれるなんて冗談じゃない。今度はこちらからギュウと相手にしがみつけば、頬に触れかけた手がまた背に戻って、あやすみたいに背中をトントン叩かれる。
 そんな中、相手がふふっと笑う気配がして、またしてもぎくりと身を固めてしまう。
「ああ、ごめん。お前可愛すぎて、つい」
 そう謝る声も笑いを含んでいるし、気が済むまで泣いていいからと続く声もなんだかひどく甘ったるい。なんだこれ、と思うと同時に相手を突き放していた。
 背を抱く腕はあっさりと解かれて、ようやく体を離して見上げた相手の顔は、先程までと違って随分と穏やかだ。穏やかで、嬉しそうで、でも困った様子も混じっている。
「な゛にっ」
 なんでそんな顔なの、と思いながらもどうにか声を絞り出し睨みつけてやる。笑われた衝撃と、相手の表情の不可解さに唖然として、どうやら涙はひっこんだらしい。それだけはこの状況に感謝した。
「お前があんまり可愛いから、期待しそうだよ。ってだけ。お前泣いてるのに笑っちゃったのは、ほんと、悪かった」
 悪かったと言いながら、ベッドヘッドに置いてあるティッシュの箱を取りに行く。
 それを差し出してくれる顔は、やっぱりそこまで申し訳無さそうではなかった。だって仕方ないだろとでも思ってそうだ。そこにもきっと、お前が可愛いから、という理由が隠れていそうな所が気にかかる。
 なんだかなぁと思いながら受け取ったティッシュで、涙の跡を拭いて鼻をかんでから、一度大きく息を吸って吐いてみる。気持ちはだいぶ落ち着いていた。
「で、俺が可愛いと、何を期待、するの」
 聞きながらラグの上に腰を下ろせば、ほぼ正面に相手も腰を下ろす。二人の間に折りたたみの小さなテーブルはないけれど、でももうそんなのはどうでも良かった。というよりも、抱きしめられたり泣いたりしてたらどうでも良くなった。
「それより先にお前の今の悩みが聞きたい。職場で何かやっかいな問題でも起きてる?」
「仕事は、まぁまぁ順調、と思う」
「てことは、お前の不調とか悩みとかってのは俺絡みで、だから俺には相談したくなかったってことでいい?」
「そ、れは……」
 一瞬言葉が詰まってしまったけれど、すぐに、今更かなと思う。どうせ相手はもう既に、それを確信しているだろう。
「まぁ、そう」
「俺のことで何を悩んだのか、どうしたいと思ってるのか、自分の口で俺に相談する気はある?」
 言いたくないし、相談したくないし、放って置いて欲しい。そう即答できなかったのは、追い詰められて泣かされたのに、それでも抱きしめてくれる相手の腕が嬉しかったのを自覚しているせいだ。
 でも自分の口からあれこれ言えるのかといえば、それはそれで無理だとしか思えない。だって……
「相談するの、怖いよ」
 相手がどんな反応をするのか、何を思うのか。相手が喜んでくれないとわかっている事を、わかっていながらしているのだと、自ら告げるのはあまりに勇気がいる。

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理解できない23

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 彼の後ろについて入る自室は、まるで他人の部屋のようだ。身の置き所がないまま立ち尽くせば、座ってと促される。
「テーブルは?」
 いつもなら、彼がこの部屋に来たときには折りたたみ式の小さなテーブルを出して、それを挟んで向かい合って座る。お土産だの差し入れだの言いながら、食べ物を持ち込まれることが殆どだからだ。
「必要ないだろ」
 手ぶらであることを示すように相手が両手の平を見せてくるけれど、わざわざそんな真似をしなくたって、今日は何もないことなんてわかっている。目の前であんなに朝食を残してきたのだから、差し入れなんて貰っても困るだけなのに、それでも胸のどこかが小さく痛む。
 以前と同じように相談に乗ってくれるつもりで来たと言うなら、なるべく以前と同じように振る舞うべきだろと思いながら、少しでも以前と同じ状況を作ろうとした。つまりは、テーブルを出したいのだと訴えた。
「でもテーブル無いと、変な感じがする」
 もちろん、このまま間に何も挟まず向かい合って座るのが嫌だ、という気持ちは強い。小さなテーブルでも、何もないよりは数倍マシだろう。
 そうやって少しでも相手と距離を取りたがる自分に、相手は困ったように苦笑する。
「じゃあ出していいよ、って言ってやりたいとこだけど、正直に言えば、今日はテーブルを出されるのは嫌だな」
 だってバリケード代わりだろうと、こちらの思惑なんてお見通しだと言わんばかりに指摘された。わかってるなら譲歩して欲しいし、以前ならこんな指摘をすることもなく、あっさり譲ってくれたんじゃないかとも思う。
「本気で前みたいに相談に乗ってくれる気があるなら、ちょっとは前と同じようにしてよ」
「テーブル出したくらいで、俺に相談する気になんの?」
「ならないけど、テーブル無しで向かい合うほうがもっと無理」
「テーブルがあろうとなかろうと相談する気にならないなら、俺にとってはどっちも一緒で、だったらそんな障害物は無いほうがいい」
 間に何もなければ、手を伸ばせばすぐに捕まえられる。なんてことを言いながら、伸ばされた手に腕を掴まれて引っ張られた。
「ちょっ、なに」
 慌てて身を引こうとするが、あっさり相手の腕の中に収まってしまう。体を動かすのは苦じゃないタイプの、自分より身長も体重も余裕で勝る男相手に力で勝てるわけがない。
 わかっているのに、ぎくりとして動けなかったのは多分ほんの数秒くらいで、状況を飲み込むとともに必至でその腕から逃れようと身を捩った。
「や、やだっ。放して。放してよっ」
 もがけばもがくほど抱える腕の力は強まって、開放してくれる気は欠片もないのだと思い知る。まるで、彼が家を出たことで開いてしまった自分たちの距離を、強引に埋めようとでもするみたいだった。
 なんて身勝手なんだろうと怒りが湧くし、ちっとも敵わない力が悔しい。
 彼にあれこれ問い詰められる覚悟はある程度した上で席を立ったけれど、こんな追い詰められ方をするとは思っていなかった。こんなの、気持ちが持たない。
 悔しくてたまらないし、あまりに酷いと罵ってもやりたいのに、久々に感じる相手の体温を嬉しいと思う気持ちも間違いなくあった。ハグと呼ぶには強すぎる抱擁と乱雑さなのに、その背を抱き返したいと思ってしまう。
 そんな気持ちが自分の中に、無視できないほどに湧いているという事実が、どうしようもなく苦しくて辛い。
 堪えきれなくなった涙がボロボロと溢れ出して、それに気づいた相手がとうとう腕の力を緩めてくれたけれど、その時にはもう、相手を突き飛ばして逃げ出す気力なんて残ってなかった。

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理解できない22

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 何も知られず、正直な気持ちを隠し通す気ならば、このまま強気で平気なふりを貫くしか無いだろう。そうして平然を装いながら、とにかく彼との会話をなるべく早く終わらせることを考える。
「なら用事はもう終わったよね。気が済んだならさっさと帰ったら?」
 これから久々に四人揃っての朝食という場面ではあるし、さすがにこれで席を立つとも思わないが、さっさと帰れと言わずにいられなかった。彼をはっきりと避けた結果がこれだとしても、やはり早く居なくなって欲しい意思表示くらいはしておきたい。
「終わってないしまだ帰れない」
「俺の顔、見たじゃん」
「そんな顔見せられて、帰れるわけないだろって言ってんの」
「そんな顔って……」
 どんな顔と聞く勇気は出なかった。睨んでばかりという自覚はあるが、もしもそれを泣きそうな顔と指摘されでもしたら、これ以上涙を堪えられる自信がない。そんな危険に自ら踏み込む真似はしない方がいい。
「朝メシ食ったらお前の部屋でゆっくり話、するから」
 覚悟しとけとは続かなかったけれど、そんな幻聴を聞いた気がした。怒っているらしいのはわかっているが、この調子で何かを問われるのだとしたら憂鬱で仕方がない。自室で二人きりだなんて、ますます逃げ場がない。
 逃げ出す真似はしたくはないが、逃げ場がない場所でこれ以上追い詰められるのだって、出来れば避けたいと思う。けれどこの様子だと、自室で話し合うのを避けられそうにない。
 幻聴通りに、覚悟を決める必要がありそうだった。
「全く。そんな怖い顔して。これ以上追い詰めるようなこと、しないでよ?」
 相手を咎める柔らかな声は、テーブルの上に朝食を並べていたおばさんのものだ。怖い顔と指摘された相手は、ハッとした様子で少し表情を緩めた後、気まずそうにわかってるよと返している。
「そうだぞ。自分の意思で家を出たんだから、その結果がこの態度だってなら、それはちゃんと受け入れてやれ。八つ当たりはみっともないぞ」
 彼の隣の席に座ってテレビを見ていたはずのおじさんも、会話に参加してくる。どうやら二人とも、こちらの会話が一区切り着くのを待っていてくれたらいい。
「それもわかってるって。あー……その、悪かった。困ってることあるなら、前みたいに相談に乗りたいってだけだから、そんな身構えないでくれよ」
 謝罪から先はこちらへ向けての言葉だ。うん、と短く頷くことはしたけれど、前みたいに心強いと安堵することは出来そうにない。だって今抱えている悩みの殆どは彼に関することで、それを彼本人に相談なんて出来ないと思ったからこそ、今がある。出来る相談なら、とっくにしてた。
「はい、じゃあいただきましょう」
 その言葉にいただきますと返して箸を手にしたものの、気分は既に朝食どころじゃない。もともとない食欲がますます減って、口に入れたものを飲み込むのが難しい。けれど食べ終えたら部屋に戻って彼と話をしなければならないのがわかっていたから、ごちそうさまとも言えずに、ちまちまと口に運び続ける。ただそれも、いい加減限界だった。
「終わりでいい?」
 完全に手を止めてしまえば、少ししてそう声を掛けられた。黙って頷けば、じゃあ行こうかと相手が立ち上がる。相手はもちろん、とっくに全て食べ終えている。
 いつも以上に残してしまったことをおばさんに詫びてから、こちらも覚悟を決めて席を立った。

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理解できない21

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 日々はあっという間に過ぎていく。実の息子だから家を出たって気軽に顔を出しやすい、なんてことを言っていたって、この何ヶ月かの間に彼が実際に家に戻ったのは、先々週の土曜日の一度だけだ。しかも日帰りの数時間滞在で、顔を合わせることはなかった。
 たまたまタイミングが合わなかったわけではなく、彼が避けたのでもなく、こちらが避けた。
 およその到着時刻まではっきりと記された連絡を事前に貰っていたのに、逃げるように出かけて夜遅くに帰宅したのだ。泊まらないのは知っていたから帰ったけれど、泊まると言われていたら初の自腹外泊を敢行していた可能性さえある。
 だってどう接すればいいのかわからなかったし、顔を見るのも声を聞くのも怖かった。自分の中にどんな感情が膨らむのか、その結果何を言ってしまうのか、してしまうのか、わからなすぎて会えないと思った。
 でもどうやら、そんなこちらの気持ちを慮ってはくれないらしい。あんなにはっきりと避けたのに、朝食を摂ろうとダイニングへ向かったら、そこにはしれっと彼が座って居たのだから、驚いたなんてもんじゃない。
「な、んで……」
 呆然と呟きながらも、心臓がきゅっと縮むような感覚と痛みとに、ぐっと拳を握りしめた。
「顔出すって連絡入れたら、また、逃げられると思ったから」
 相手はいつになくムスッと不満げな顔をしていて、珍しくかなり怒っているらしい。ますます胸が痛くて、出来ることなら回れ右して、今すぐこの家を飛び出したいくらいだった。
「俺に用事があったなんて、聞いてないけど」
 泣きそうな気持ちを堪えて、相手のことを睨みつける。そうしていなければ、みっともなく泣いてしまう気がした。
「久しぶりに会えるのを楽しみにしてるって、書いただろ」
「俺は会いたくなかった。それにそれは用事じゃない。文字のやり取りじゃダメで、直接会わなきゃならないような何かがあの日あったのかって聞いてるんだけど」
「俺にとってはお前の顔を見ることが大事な用事だったし、その用事が果たせなかったから、こんな土曜の朝っぱらからここにいるんじゃないか」
 互いが吐き出す言葉や声の調子に、以前のような気安さはない。物理的な距離とともに、気持ちの上での距離も大きく開いてしまった事がありありとわかる事態に、泣き出さないよう必至だった。だから顔を合わせたくなんかなかったと内心で毒づいて、今すぐ逃げ出したくてたまらない気持ちをどうにか抑え席に着く。
 涙を見せるのも、逃げ出すような真似をするのも、絶対に嫌だった。既に保護者も家族も卒業した相手に甘えるわけにいかないし、それでもなんだかんだと気遣ってくれる優しい人に心配をかけたくないし、彼が居なくたって大丈夫だって姿を見せておきたかった。
 何のために彼が家を出ていったのかをわかっていたら、着々と独り立ちの準備が整っているように思わせたいのは当然だろう。彼が家を出たせいで寂しくてたまらない気持ちも、彼が求める気持ちを差し出したい欲求も、知られたくない。
 だって絶対に喜んではくれない。何のために家を出たと思っているんだと、渋い顔をされるに決まっている。
 だって本当はわかっている。好きになって欲しいと言われたことはないのだから、好意を恋愛感情として育てるなんてことを、彼はきっと望んでいない。彼の求める気持ちを差し出したいと考えるそれだって、結局はただの独りよがりでしかないってことくらい、わかっていた。
 喜んでもらえないとわかっているのに、彼の望む気持ちを差し出して、彼に喜んで欲しいと思う矛盾を抱えている。その矛盾を指摘されるのも、そんな気持ちを差し出されたって欠片も嬉しくないと彼の言葉で確定されるのも、怖くて仕方がなかった。

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理解できない20

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 相手の言い分はきっと何もかも正しくて、もう抱かないという意思が固いことは確かめるまでもなくて、引き止める言葉なんて思いつかないまま、急いでないと言っていたはずの彼はあの会話の後、そう日を置かずしてあっという間にこの家を出ていってしまった。
 彼が居なくなったからと言って、この家の居心地が悪くなったわけじゃない。むしろ彼が居なくなったことで、おじさんやおばさんとの距離は縮んだ。
 おじさんもおばさんも変わらずに接してくれるどころか、彼が居なくなった穴を埋めようと張り切っているようにすら見える。あれこれ声を掛けてくれるし、気遣われることが増えた。
 それを素直にありがたいなと思える気持ちはちゃんとある。ただどうしても、彼がこの家にもう居ないという事実が、寂しくて、苦しい。そんな気持ちも時間とともに慣れるのかと思っていたけれど、そう期待していたのだけれど、どうやらそう簡単にはいきそうになかった。
 彼の残した言葉を、結局一度きりとなってしまったあの日のセックスを、何度もぐるぐると思い返す。どうすれば良かったんだろうと、考えてしまう。
 好きだと言われた時に自分も好きだと返す、なんて対応はどう考えたってあの時の自分には無理だった。事前にそうしろと教わっていたら、間違うことなくそう出来ただろうけれど、でもそれでは意味がないこともわかっている。それはつまり、万が一もう一度抱いてもらえるチャンスを得たとして、その時に好きだと返すのではダメってことだ。だってもう自分は、彼がその言葉を欲しがっていると知っているから。
 ちなみに、もう一度抱いてくれたら今度はちゃんと好きって返すよという提案は、既にした。次はないと突きつけられた直後に、諦めきれなくて縋ったからだ。そして当然ながら、そういう話じゃないしもう抱かないよと繰り返されて、辛さが増しただけに終わった。
 あの時言われた「そういう話じゃない」の意味がきっと、彼が求めているからと差し出す好きの言葉では不十分、ってことなのだろう。そこまでは、多分、当たっているはずだ。
 でもそこに辿り着いたからといって、そこから先は結局無かった。だって好きって気持ちがわからない。さすがにうんと単純な、いい人だな程度の好意は自分の中にだってあるけれど、いわゆる恋愛感情と呼ばれる想いには全く馴染みがない。というよりも、彼のことは間違いなく好きなのだけれど、それを恋愛感情と呼んでいいのかがわからなかった。というか、ダメなんだろう、という結論にしかならなかった。
 だって、いい人だなという気持ちから派生する彼への好意を隠したことなんてない。感謝を示して、体を差し出して、彼とのセックスを楽しみ喜んでも見せたのだ。欠片も好意のない相手に、仕方なく嫌々体を好きにさせるのとは大違いな対応をした。
 だから彼に対する好意がない、だなんてことは、さすがの彼も思ってはいないだろう。けれどそれじゃダメだっていうなら、その好意を恋愛感情へと変化させる方法を教えて欲しかった。体よりも恋愛感情が欲しいというなら、それを彼に差し出せるように努力するのは構わないのに。
 いっそ、高校を卒業したら抱くという約束とともに、恋愛感情を育てて欲しいとも言ってくれていれば、とも思う。それなりの時間があったのだから、あれこれ試行錯誤しつつ、彼への好意を愛だ恋だと呼べるような想いへ、受け取る彼が満足のいく想いへ、変えられたかも知れないのに。
 でももう彼はこの家を出てしまったし、なぜ学生の間にこちらの想いを変える機会をくれなかったのだとも、このどうしようもない寂しさや、彼が求める想いをどうにか育ててそれを差し出せたらいいのにと考えてしまう気持ちをどうすればいいのだとも、気軽に聞ける関係ではなさそうだ。

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