彼の後ろについて入る自室は、まるで他人の部屋のようだ。身の置き所がないまま立ち尽くせば、座ってと促される。
「テーブルは?」
いつもなら、彼がこの部屋に来たときには折りたたみ式の小さなテーブルを出して、それを挟んで向かい合って座る。お土産だの差し入れだの言いながら、食べ物を持ち込まれることが殆どだからだ。
「必要ないだろ」
手ぶらであることを示すように相手が両手の平を見せてくるけれど、わざわざそんな真似をしなくたって、今日は何もないことなんてわかっている。目の前であんなに朝食を残してきたのだから、差し入れなんて貰っても困るだけなのに、それでも胸のどこかが小さく痛む。
以前と同じように相談に乗ってくれるつもりで来たと言うなら、なるべく以前と同じように振る舞うべきだろと思いながら、少しでも以前と同じ状況を作ろうとした。つまりは、テーブルを出したいのだと訴えた。
「でもテーブル無いと、変な感じがする」
もちろん、このまま間に何も挟まず向かい合って座るのが嫌だ、という気持ちは強い。小さなテーブルでも、何もないよりは数倍マシだろう。
そうやって少しでも相手と距離を取りたがる自分に、相手は困ったように苦笑する。
「じゃあ出していいよ、って言ってやりたいとこだけど、正直に言えば、今日はテーブルを出されるのは嫌だな」
だってバリケード代わりだろうと、こちらの思惑なんてお見通しだと言わんばかりに指摘された。わかってるなら譲歩して欲しいし、以前ならこんな指摘をすることもなく、あっさり譲ってくれたんじゃないかとも思う。
「本気で前みたいに相談に乗ってくれる気があるなら、ちょっとは前と同じようにしてよ」
「テーブル出したくらいで、俺に相談する気になんの?」
「ならないけど、テーブル無しで向かい合うほうがもっと無理」
「テーブルがあろうとなかろうと相談する気にならないなら、俺にとってはどっちも一緒で、だったらそんな障害物は無いほうがいい」
間に何もなければ、手を伸ばせばすぐに捕まえられる。なんてことを言いながら、伸ばされた手に腕を掴まれて引っ張られた。
「ちょっ、なに」
慌てて身を引こうとするが、あっさり相手の腕の中に収まってしまう。体を動かすのは苦じゃないタイプの、自分より身長も体重も余裕で勝る男相手に力で勝てるわけがない。
わかっているのに、ぎくりとして動けなかったのは多分ほんの数秒くらいで、状況を飲み込むとともに必至でその腕から逃れようと身を捩った。
「や、やだっ。放して。放してよっ」
もがけばもがくほど抱える腕の力は強まって、開放してくれる気は欠片もないのだと思い知る。まるで、彼が家を出たことで開いてしまった自分たちの距離を、強引に埋めようとでもするみたいだった。
なんて身勝手なんだろうと怒りが湧くし、ちっとも敵わない力が悔しい。
彼にあれこれ問い詰められる覚悟はある程度した上で席を立ったけれど、こんな追い詰められ方をするとは思っていなかった。こんなの、気持ちが持たない。
悔しくてたまらないし、あまりに酷いと罵ってもやりたいのに、久々に感じる相手の体温を嬉しいと思う気持ちも間違いなくあった。ハグと呼ぶには強すぎる抱擁と乱雑さなのに、その背を抱き返したいと思ってしまう。
そんな気持ちが自分の中に、無視できないほどに湧いているという事実が、どうしようもなく苦しくて辛い。
堪えきれなくなった涙がボロボロと溢れ出して、それに気づいた相手がとうとう腕の力を緩めてくれたけれど、その時にはもう、相手を突き飛ばして逃げ出す気力なんて残ってなかった。
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