雷が怖いので3

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 信じられないという顔をされたので、学生証見ますかと聞いてみる。見せてと手を差し出されたのでポケットから財布を出して、中に入れていた学生証をその手の上に乗せてやった。学生証は顔写真付きなので、これで信じて貰えるだろう。
「へぇ……」
 顔写真とこちらの顔とを見比べたらしいのは一度だけで、そのあとは随分としみじみ記載内容を読まれているようだった。何がそんなに面白いのかわからない。そう思いながらも、返してくれと取り上げていいものか迷っていたら、ようやくどうもの言葉とともに学生証が返される。
「そこの大学の学生で一人暮らしだってなら、家、近いんじゃないのか?」
 学生証を見せたのだから、当然通う大学は把握されたわけで、それがここから徒歩距離の大学となればそう思われるのも当然だろう。そしてそれは紛れもない事実だった。
「あー、ええ、まぁ」
「うちのガレージでうずくまるより、走って帰りゃ良かったのに」
「そ、れは……」
 向かってる方向が家ではなく駅で、しかも雨も雷もあっという間で、雷が鳴り始めた瞬間にはもう、走ってどうこう出来る余裕なんてなかった。という言い訳が頭を走った瞬間に、ガタリと音を立てて椅子から立ち上がる。
「ああっ!!」
「どうした?」
「あ、あの、すみません、電話します」
「え、どこにだ?」
「バイト先に。あーどうしよう雷でそれどころじゃなかった、なんて言って許されるわけない」
 やばいやばいと漏らしながら、取り出した携帯からバイト先となるはずだった場所へ電話をかけた。初日に無断で大遅刻だなんて、これもう完全に終わりだ。泣きそうになりながら掛けた電話であっさりクビを言い渡されて、へなへなと椅子に崩れ落ちたあと、目の前のテーブルに突っ伏した。
 情けなさに本気で泣ける。
「う゛ー……」
「はぁあああ……」
 わんわん泣きたい気持ちを抑えこんで唸ったら、目の前の男から大きなため息が吐き出された。
「お前、本当に19歳かよ」
「学生証、見せたじゃないですか」
「まぁ見たけど、それも含めて、お前色々と危機感薄すぎ。住所記載はなかったけど、個人情報盛りだくさんだろ、学生証だって。しかも近所に住んでんのもあっさり認めてるし。そもそも小中学生ならともかく、大学生にもなって、こんなひょいひょい知らん男の家の、しかも防音室に連れ込まれてるの、ちょっと色々ぼんやりしすぎだろ」
「そ、れは……俺も、ちょっと自覚は、ありますけど……」
「いや全然足りてねぇよって話をしてんだけど」
「それいったらそっちだって、見知らぬ俺を家にあげてリビング放置したじゃないですか。それに実は中学生くらいだと思ってたんでしょ。女の子じゃないんで安心してんのかもですけど、もし俺が本当に義務教育中の子供だったら、簡単に自宅に連れ込むとか今の時代かなりリスク高くないですか」
 つい先日、男子中学生相手にセクハラかましてた男性教師が捕まったとかいうニュースをチラ見してたのもあって、いかがわしい真似をされたと子供が訴えたら、家に上げた側は結構不利になるのではないだろうかと思う。
 しかし、言ったら再度大きなため息を吐かれてしまった。
「雷に耳塞いで震えてる子から靴取り上げてんのに、それで家の中のもの漁られて盗まれて戻った時には消えてるかもなんて心配まで必要か? あと、そこに見えてるビデオカメラ、なんのためのもんだと思ってんだ。それ、ずっと録画されてるからな」
「えっ?」
 テーブルに伏せていた頭を上げて、録画中というビデオカメラを思わず凝視してしまう。
「まぁ結果的にお前は大学生だったけど、防音室に子供連れ込む以上、何かで訴えられても自分の身の潔白証明くらいは出来るようにしてるっつーの」
 でもお前は流されるままで何も考えてないだろうと指摘されて、反論できる要素は皆無だった。

続きました→

 
 
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雷が怖いので2

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 リビングらしき場所のソファに降ろされたあと、男は脱がせた靴を持って何処かへ消えた。
 部屋の電気は点けられておらず、天気の悪さから部屋の中は随分と薄暗い。カーテンの開いた窓越しに見えてしまう雷光と、幾分マシになったものの耳を塞いでも感じてしまうゴロゴロピシャンと鳴り響く音に、身は竦みっぱなしだった。
 さすがにここで目を閉じてしまうのも別の意味で怖い気がする。だって全く見知らぬ人の家の中で、家主と思われる男は消えたままだ。というか、いったいどこへ消えたのだろう。何をしているのだろう。
 色々と不安ではあるが、でも急いで逃げ出さなければという焦燥感はない。それは多分、最後に聞いた声が随分と優しかったからなのだが、危機感が薄いと言われればその通りという気もする。
 いやだって、雷の鳴り響く空の下へ放り出されてもおかしくなかった状況を思えば、見ず知らずの不審者を家に入れてくれてどうもありがとうございますって、頭を下げて感謝する場面じゃなかろうか?
 それに危機感というのなら、見ず知らずを家に引き込んで、更にその人物をリビングに放置というあたり、むしろ相手の方が危機管理どうなってるんだと聞きたいくらいだった。
 やがて男が消えていったドアが開く。じっと見つめてしまう先、戻ってきた男が小さく笑ったようだった。
 僅かに口が動いたが、もちろんその声は届かない。
「え、何?」
 耳をふさいでいたって完全に音が遮断できるわけではないのだから、元々聞かせる気のない言葉だったのだろうことはわかってもつい聞き返す。気になって耳をふさぐ手もちゃんと離した。
「手を離して大丈夫なのか?」
「でも話、できないし」
「そうだな。というわけで、移動しないか?」
「移動?」
「防音室がある。扉閉めたら雷の音は完全に聞こえない」
「え、マジで?」
 言うと同時にまた大きめの雷がピカッと光り、すぐに大きな音が響き渡る。
「ぴゃっ!」
 咄嗟に耳をふさいで身を丸めてしまえば、男の近づく気配と浮遊感。ああ、また抱き上げられている。
 そうして運ばれた先が、どうやら防音室らしい。今度は椅子の上ではなく、その場に立たせるように降ろされた。
 ざっと見渡した部屋の中はそこそこの広さがありそうだが、部屋の奥の様子はわからない。なぜなら、パーテーションで区切られて見えないようにされている。
 目に入るのは、入り口付近に置かれたテーブルセットと、そのテーブルセットに向けられて設置されているらしき、三脚とその上のビデオカメラ。
 防音室と聞いていたので耳から手をどければ、室内は静かなクラシックが流れていた。
 なんだここ。もしかして音楽室的なものなのか。パーテーションの向こうには高価な楽器でも置かれているのかも知れないと思った。
「座ったら?」
「あ、はい」
 促されて目の前の椅子を引いて腰掛ける。
「これでまともに話ができそうだな。じゃ、とりあえず家の電話番号教えて?」
「は?」
「さすがに勝手に家に連れ込んでるのまずいし、親に連絡くらい入れないと」
「いやでも、俺、一人暮らしで……」
「えっ?」
「実家、かなり遠いですし、親だってそんな電話貰っても困るんじゃないかと」
「いやちょっと待て。お前、歳は?」
「あー……19です。大学生です」
 童顔なのは自覚してる。でもどうやらこの様子だと、高校生どころか中学生くらいに思われていたようだった。

続きました→

 
 
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雷が怖いので1

 
 昔から雷はとても苦手だった。苦手なものには敏感になるようで、今日も空が気になってたまらない。
 暗く広がる雲と、かすかに聞こえるゴロゴロと空気が震えるような音。あれが近づいてくる前に駅まで辿り着ければいいなと焦りながら、住宅地の中をかなりの早さで歩いていく。
 やがてポツリと雨が降り出し、ゴロゴロと響く音も近くなり、それはあっという間に大雨と空に走る稲妻となった。そうなるともうだめだ。
 時折ピカッと光る空に身が竦むし、折りたたみの傘はあるが怖くて差すこともできない。住宅街で周りは家だらけで、もし雷が落ちるとしたって自分の傘にピンポイントで落ちるなんてことはないとわかっていつつも、怖いものは怖かった。
 困った。どうしよう。などと考える余裕もなく、たまたま通りがかった家の頑丈そうなガレージに飛び込んで、一番奥まで進みその隅にうずくまる。両手で耳を塞いで目を閉じて、このまま雷が遠ざかるまでの時間をやり過ごすつもりだった。
 しかし五分も経たないうちに、空っぽだったガレージに車が入ってくる。さすがに慌てて立ち上がってしまったので、運転席の男とばっちり視線が合ってしまった。
 戸惑いその場でおろおろとしてしまえば、すぐに車はエンジンが切られ、運転席の男が降りてくる。
「お前、誰?」
「ご、ごめんなさいっ」
 ガレージだって立派な不法侵入だぞと凄まれて、あわあわしつつも深く腰をおって頭を下げた。
「謝罪より説明して。ひとんちのガレージでなにしてたの」
「あ、あの、雨宿り……を」
「雨凌ぐにしちゃ奥まで入りすぎ。けどまぁいいや。やっすいビニル傘でいいならあげるから、出てって」
「あ、あの、それは、ちょっと……」
 相手の眉が訝しげに寄せられて、確かにこれは怪しいよなと自分でも思う。でもまだ雷の音は聞こえているし、とてもここを出ていける状況にない。
「あの、めちゃくちゃ怪しいの自分でもわかってるんですけど、別に何かを狙って入り込んだ不審者とかではなくてですね、本当にもう暫く雨宿りをさせてほしいだけで、ひいいっっ」
 話している最中にひときわ大きな雷鳴が轟き、情けなくも悲鳴を上げてしまった。それどころか、腰が抜けてその場にへたりこんでしまう。
 体が震える。少しでも落ち着きたくて震える手を耳元へ運ぶが、つかつかと歩み寄ってきた男がスッと腰を落とし、上げかけた両手を掴んでくる。
「ごめんなさい。ごめんなさい。お願い、手、放して」
「雷が怖いのはわかった。でもまだ耳は塞ぐな。立てるか?」
 早く耳をふさがなければと内心パニックになりかけたら、思いの外優しい声音が耳に届いた。しかしその声に落ち着けるわけもなく、また大きく鳴った雷に、腕を掴まれたまま盛大に肩を跳ねる。
「て、…って、を」
 もはや半分近く泣きかけながら手を放してと訴えれば、諦めたような溜息とともに両手が開放された。すぐさま両耳を塞いで目を閉じる。
 しかし、なるべく小さくなっていようと身を縮めようとしたら、急に体がふわりと浮いた。
「えっ?」
 耳は塞いだまま、それでも驚いて目は開いた。間近に見えたのは男の横顔で、どうやら抱き上げられているらしい。こちらが驚きで凝視しているのをわかっているだろうに、素知らぬ顔でそのまま歩かれ、そのままあっさりと家の中に連れ込まれてしまった。
 
 
 
 
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