昔好きだった男が酔い潰れた話2

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 正直自分も疲れきっている。できればこのまま、その隣に横になって眠ってしまいたい。
 しかしいくら相手が小柄でも、シングルベッドに男二人で身を寄せあって眠るというのはどうなんだ。しかもそこに寝ているのは、過去に言い逃れできないほど明確に告白した相手でもある。
 そんなことをぐるぐると考えたまま、結局ベッド脇でベッドを見下ろし動けずにいたら、相手が呻いてどうやら「みず」と呟いた。のどが渇いているんだろう。
「水道水か炭酸水、どっちがいい?」
 聞いても無駄かと思いつつ一応声をかけてみた。返事がないようなら、水道水にせめて氷くらいは落としてやろう。なんてことを思いつつ少し待ってみたが、やはり返事は唸るような声だけだ。
 水をくんで戻ってみれば、水を頼んだことすら意識の外でどうせ寝ているんだろうと思っていた相手が、起き上がりベッドに腰をかけていたから驚いた。
「ほら、水。持ってきたぞ」
「ん、ああ、ありがと」
 内心の驚きを隠して手にしたグラスを差し出せば、すぐに一息に飲みきって、氷だけになったグラスを返される。
「もっと飲むか?」
「いや、いい」
「珍しいな。お前が潰れるのは」
「半分くらいは、わざとだけどな」
「は?」
「部長だったお前は、なんだかんだの責任感を今も引きずって、潰れた酔っぱらいに付き合って残るだろ。まさか、家に連れ帰るとまでは思わなかったけど」
「成り行きで仕方なくだ。てか、俺に何かあるのか?」
「うん。ただ、少し酔いすぎた。酔いつぶれる振りのつもりが、本当に潰れたのは失敗だな」
「俺にもわかるように話してくれ」
「うん、ムリ。眠い」
 クソ酔っぱらいが。とは思ったけれど、それを口に出したりはしない。代わりに眠いなら寝ろよと促した。
 わけのわからない話で混乱させられるより、さっさと眠ってくれたほうがありがたい。
「お前は? どーすんの?」
「どーするって?」
「だってこれ、お前のベッドだろ?」
 そう言いながらも、相手はさっさとベッドに横になり、今度はしっかり布団の中に潜り込んでいる。
「客用の布団とか、なさそうな暮らしっぽい」
「俺がないよっつったら、お前、俺と一緒に寝ることになるぞ?」
 そんなの嫌だろというつもりで口にした言葉に、けれど相手はおかしそうに笑い出す。
「酔っぱらいが。俺はいいからさっさと寝ろって」
「一緒に寝よう。って誘ったつもりなんだけど?」
「はぁ?」
「おいでよ。ていうか来て」
「お前やっぱなんか今日だいぶオカシイぞ?」
「知ってる。オカシイんだ、俺。だからお前に甘えたいみたい」
 優しくしてよと臆面もなく口にして、ほら早くと言いたげに布団の端を持ち上げて誘う。
「このクソ酔っぱらい。少し待っとけ」
 今度は躊躇いなく口にしてから回れ右で背を向けた。
 手の中のグラスを流し台に置き、簡単に寝る支度を済ませてから戻れば、相手は予想通り目を閉じて、どうやら眠っているらしい。
 どこか安堵しつつ明かりを落とし、自分が眠れるようにと空けられたスペースへと横になった。当たり前にめちゃくちゃ狭いが、硬い床に転がって震えながら眠るよりは断然マシだ。
 さっさと眠ってしまおうと目を閉じたが、やはりそう簡単には眠らせてもらえないらしい。こちらの気配に気づいて意識が浮上したらしく、相手の腕が身体に回され、ぐっと力が入ったかと思うと相手の身体が密着してくる。
「うわ、よせって」
 引き剥がそうと相手の体を押してみるものの、意外と強い力でしがみつかれて、早々に抵抗するのは諦めた。なんだかもう、本当に疲れていた。
「ズルイ」
「何がだよ。てかお前は寝てろ」
「自分だけ着替えて歯磨きまでしてる」
「ここは俺んちだからな」
「俺もシャワーとかしたいのに」
「俺だってシャワーまではしてねぇよ。明日でいいだろ。眠いんだよ。寝かせろって」
「うん。寝ていいよ」
 お前に抱きつかれたままで? と言いたい気持ちをどうにかこらえた。どうせ言ったって肯定が返るだろうとしか思えない。
「そうかよ。じゃあ、おやすみ」
 会話は終わりとばかりに告げれば、おやすみと思いのほか柔らかな声が返り、やっと静かになったと思った時にはどうやら眠りに落ちていた。

続きました→

 
 
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昔好きだった男が酔い潰れた話1

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 高校卒業後、頻度も人数も徐々に減りつつあったが、それでも年に1回か2回、部活の仲間と飲みに行く。互いの近況報告がメインのようでいて、単に気心が知れた奴らと気楽に飲みたいだけでもあった。
 参加メンバーはほぼ固定ではあったが、取り敢えず連絡先がわかっている奴らにまとめて日程を送り、参加できそうならどうぞというスタイルがもう長いこと続いている。だからその日、彼の姿がそこにあってもなんらオカシナ事はなかった。
 どきりと心臓がはねたのは一瞬で、こっそり深呼吸一つで落ち着ける程度には、想いはもう過去のものになっている。会わずにいた数年という年月は偉大だった。
 珍しいねと声を掛けつつ会話の和の中に入っていけば、今回彼を誘うことに成功したのだろう奴が、まるで自分の功績とでも言いたげに胸を張った。忙しくてと最近は滅多に参加しなくなってしまったが、毎度それを惜しむ声がちょこちょこと上がるくらい、影の部長と呼ばれていた彼を慕う部員は多かった。
 自分ももちろんその一人だったし、部長職に就きながらも頼りなく、そうして影の部長などと呼ばれるほど彼が色々な場面で、雑多な面倒事を引き受けてくれていたことは本当に感謝していた。感謝の気持ちが暴走して、彼が部に尽くしてくれていたのを勘違いして、別の大学進学が寂しくて、卒業式後に告白なんて真似をしてしまったのは相当の黒歴史ではあったけれど、その後自分たちの関係が大きく変わる事もなかった。
 たまたまというか必然的にと言うか、何人かが同じ大学に進学したというのも大きくて、卒業直後数年はやはり頻繁に集まっていたし、参加人数も多かったから、部長と影の部長とがギクシャクしていたら、周りに気を使わせていただろうことはわかる。だから注意深く、彼がそう誘導していたのかもしれないとは今になって思うけれど、それに気づいたとしてもそこにあるのは感謝だけで、それが暴走することも勘違いすることも、もうさすがになかった。
 今でも告白した直後の呆然とした顔も、それが困ったように歪む様も、それから意を決したようにゴメン無理と告げた時の顔も、若干美化してる可能性もなくはないが覚えている。けれどそれを思い出しても、恥ずかしさにのたうち回ることも、胸が痛くて泣きそうになることもなくなった。
 何かあったのかな、というのは飲み会終盤になってから気づいた。久々に顔を出した彼の隣は入れ代わり立ち代わりでコロコロと人が変わっていたが、最初に少し話した後は別の場所で別の相手と話していたから気づかなかった。こうして同じ空間にいても、以前より相手を意識しないでいられる事が嬉しかったというのもあって、別の相手との話題にあえて集中していたともいう。
 何気ない風を装うことに慣れてしまって、気持ちが十分に消化された今も、なんとなく距離を置いてしまうのは仕方がない。それが今の自分達の距離感なのだと納得してもいた。
 ふっと湧いてしまった違和感に、隣で話していた相手の話題への返答を忘れて、ほぼ対角線上に座っている彼を見つめる。
「どうした?」
「いや……てかアイツ、今日どんだけ飲んでる?」
「アイツ?」
 言いながら視線の先を追った隣の相手は、すぐにそれが誰を指しているかわかったようだった。
「何? なんかオカシイ?」
 ということは、隣の相手にはこの違和感はないのだろう。だとしたら勘違いということも大いにあるだろう。なんせ自分もそこそこ酔っている。
「どうかな。気のせいかもしれん」
「気になるなら向こう行って大丈夫か聞いてくれば? むしろこっからでも聞いちゃえば?」
「こっから?」
 どういう意味かと思ったその瞬間には、隣の相手が「おーい」と彼の名を呼んでいた。
「お前今日、どんくらい飲んだ~? けっこ酔ってるぅ~?」
「うわばかっ。声デカイ。てかお前が酔っ払ってんだろ」
 慌てて隣の相手の口を、横から抱き寄せるように腕を回して塞いでしまった。
「んっんーんむーっ」
「何言ってるかわからん」
「だってー酔ってるしー?」
 肘でこづかれ手を離してやれば、相手はケラケラと笑う。
「わかってる。でも煩いからでかい声出すなよ」
 さーせーんと言いながらも更に酒の入ったグラスに口をつける様子に呆れつつ、そんな彼と自分自身に烏龍茶を注文したりしていたせいで、結局彼の反応は見逃してしまった。
 そうこうしているうちに飲み会はお開きとなったが、その中で珍しく潰れている奴が居る。彼だった。
 さすがにこの歳になるとそうそう潰れる奴は出ないけれど、若い頃は気心知れた気の緩みからか、酷いことになる場合もそこそこの頻度であった。自分ももちろん飲み過ぎて潰れた経験があるし、持ちつ持たれつの関係の中、それは自分の許容量を知る上でいい経験にもなっていた。
 だから昔みたいに、カラオケかファミレスにでも連れ込んで寝かせて置くかという話にはなったのだが、やはりそろそろ徹夜は堪える年齢だ。いい年したおっさん連中が、ファミレスやらカラオケやらで夜明かしするのも恥ずかしいという意見もあった。
 そんな中、一駅隣に部屋を借りている自分が、タクシーで連れ帰ってやればという話になり、タクシー代のカンパまで始まってしまった。しっかり集まったタクシー代を渡されてしまえば、さすがに嫌だとは言いがたい。
 彼は男としては小柄な方ではあったし、逆に自分は180近い体格だったので、一人でも大丈夫だと思われたようだ。いくら気持ちが消化済みとはいえ、いろいろな意味で大丈夫じゃなさそうだったけれど、大丈夫じゃない理由なんて言えるはずもない。
 結果、どうにか連れ帰った彼を取り敢えずベッドの上に転がして、途方に暮れることになった。

続きました→

 
 
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