親父のものだと思ってた40(終)

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「よ、よか、った……」
 大きな安堵とともに色々なものを投げ捨てて、たまらず相手を抱きしめる。
 けれど腕の中、大きなため息を吐き出されてギクリとした。どう考えても、呆れの滲むため息だったからだ。
 汚れた手もそのままに相手を抱きしめてしまったし、吐き出して萎えたとは言え、相手の負担を考えずに突っ込んだまま動いてしまったし、思い当たることはたくさんある。
 でも、どうやらその想像はかなり方向違いのものだったらしい。
「泣くなよ」
 柔らかな声が響き、そんな言葉とともに優しく背を抱かれたら、緩んだ涙腺なんて簡単に決壊するに決まってる。
「だっ、てぇ」
「酷い目にあって、泣きたいのはこっちなのに」
 呆れた口調だけれど、でも泣くなと言われて増々酷くなってしまった涙を咎められることはなく、宥めるように背をさすってくれる手は変わらず優しい。
 しばらくそうして抱きしめられながら、とにかくまずは涙を止めることに意識を集中する。早く抜けとすら言われないから、そのまま甘えてしまった。
 しかし、ようやく涙を収めて身を起こした時には、相手はすっかり寝落ちていた。


 隣でもぞもぞと動く気配がして、うつらうつらと揺蕩っていた意識を浮上させる。
 あのあと、一通り後始末をしてから、目覚める気配のない相手の隣に自身も横になって目を閉じていた。相手が起きた時に傍に居たいと思ったからだ。
「起きた?」
 まだぼんやりとする中で、それでも相手に声をかける。けれど暫く待っても返事はない。
 起きたわけではなかったのか。そう思いながらも、相手の寝顔を確認しようと身を捩った先にあったのは、布の壁だった。
「え……?」
 思わずその壁を凝視してしまったが、見つめる先でその壁がもぞりと動く。
 やっぱり起きてはいるらしい。
「息苦しくないの? てか何やってんの?」
 肩のあるあたりの布に触れて軽く揺すりながら問いかける。けれど返事はなく、逃げるみたいに布を被った塊が身を縮めた。掛布の中、こちらに背を向けながら膝を抱えて丸まっているようだ。
「えぇー……」
 想定外の反応に戸惑いの声が漏れはするが、相手の心情が察せないわけではない。なんせ互いに果てる直前、相手はびっくりするほど可愛かった。
 思い出すだけで頬が緩んで仕方がない。ただ、あんな姿を晒したくはなかっただろうなというのもわかる。相手の覚悟の中には含まれてはいなかった、もしくは、そうなる可能性はあっても当分先と思っていただろう姿を、初回から引きずり出してしまったのだと思う。
 自己拡張でお尻が感じることはなかったって言ってたし。自分が気持ちよくなるよりこちらが気持ちよくなる姿に興奮する、みたいなことも言ってたのに、まんまと気持ち良くなって、それが恐いって散々言ってたし。ついでに言えば、泣いちゃってたし。
 それらを思い返せば、居た堪れないとか合わせる顔がないとか、そんな気持ちの現われがこの塊なんだろう、という想像はつく。
 こっちも相当情けない姿を晒したはずなんだけど。童貞を捨てた時よりよっぽど余裕もなく必死な姿を晒したんだけど。縋って泣いて甘やかして貰うまでしてるのに。でも、それで相殺されたりはしなかったようだ。
 ただ、あんな姿を見てしまった後じゃ、これだって可愛くて仕方がない反応なんだけど。そこまで思い至ってはいないらしい。
 可愛いなぁという気持ちの赴くまま、布の塊をあちこち撫で擦る。そのたびに、手の平の下でピクリピクリと相手が反応しているのも、正直に言ってしまえば楽しかった。ちょっと過剰に反応しすぎって気もするから、楽しんでいる場合じゃないかもだけど。
 撫でるのを止めて、背後からギュッと抱きしめてみた。ビクッと震えはしたが、逃げ出す素振りはなく、腕の中でおとなしく息を潜めている。
 ホッと安堵の息を吐いた。
 顔を見せて貰えないし返事すらして貰えないけど、そこに拒絶の気配はない。撫でても抱きしめてもされるがままなのは、彼の許容に他ならない。
 安心したら、途端に眠気が襲ってくる。
「うーん……俺としては、これはこれで有り、なんだけど。ねぇ、このまま二度寝していい? 本当に息苦しくない?」
 腕の中の塊が布越しでも温かくて、目を閉じればすぐにでも眠りに落ちそうだ。けれど、目を閉じて眠気に意識を委ねようとしたところで、腕の中の塊がもぞりと動いた。
 仕方なくもう一度意識を引っ張り上げて、どうにか目を開ければ、至近距離でこちらを見つめる相手と目があう。
「あ、やっと顔見れた」
 にへらと笑えば、相手は不満げに唇を尖らせる。それすらなんだか可愛くて、ふへへと間抜けな吐息が口から漏れた。
 今日はもう何をされても、見ても、可愛いとしか思わないのかも知れない。もしかしたら、今日どころかこれから先ずっと。
 そんなの、むしろ大歓迎だけど。
 なんてことまで思いながら、思ったままを口から零す。
「かぁわいい」
「そういうのいいから。てか、本気で寝ようとしてる?」
「うん、まぁ。安心したから、今度は本気で寝ちゃいそう」
「安心?」
「あんなに抱く側主張しておいて、無理強いする気ないとかも言ってたけど、でもやっぱ色々無理させたと思うし、上手にできなかったし、泣かしたし、泣いたし、情けないばっかりのセックスしちゃったから、起きたら何言われるんだろって思ってたんだよね。でも起きても可愛いばっかりだから、大丈夫かなって」
「いや、意味分かんないんだけど」
「んー……セックスしたら恋人がめちゃくちゃに可愛く進化したから、これからはひたすら可愛がっていけばいいだけなんだな、みたいな?」
 そうだ。泣いてしまったから仕方なく慰めるのを優先してくれただけで、寝落ちる前、酷い目にあって泣きたいのはこっちだと言っていたし、起きたら怒られたり非難されたりする可能性が高いと思っていた。覚悟だってしていた。
 でもそんな素振り全然なくて、ただただ可愛いだけだったから、安心したし、これはもう、今後はひたすらに可愛がっていけばいいのでは、みたいに思ってしまった。
 可愛い可愛いって何度か口に出しているけれど、本気で嫌がられてはいないみたいだし。彼ならきっと、年下の恋人に可愛がられるのだって、回数を重ねれば絶対慣れてくれる。
「いやいやいや。全然わかんないよ?」
「えー、もう眠い」
 また今度ゆっくり話そうという言葉は、どこまで音になっただろう。
「もう〜、仕方ないなぁ」
 閉じた目蓋が開かなくなって、意識が眠りに落ちていく。そんな中、優しく頭を撫でてくれる手が、ひたすらに気持ち良かった。

<終>

エンド付けてしまいたくて遅くなりました。
そこそこ年齢差があって子供の頃から知られてる上にトラウマ持ちという中々面倒な相手に対して、視点の主が抱く側にこだわって大変でしたが、どうにか当初の予定通り初Hを済ませることが出来ました。
ここまでお付き合いありがとうございました。

1ヶ月ほどお休みを貰って、次の更新は2月27日(月)からの予定です。
目次ページは近日中に作成したいと思います。

 
 
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