チャイムが鳴って、雅善が来たことを告げる。
「明日の放課後、遊びに行ってもええ?」
そんな電話を美里が貰ったのは、昨日の夜のことだった。
雅善は近所にある学習塾で知り合った友人だが、学区が違うため通う学校は同じではない。
塾の休憩時間を一緒に過ごすことは多いが、塾のない日にわざわざ互いの家を行き来するほど親しいわけでもなかった。雅善が美里の家に訪れたことがあるのは、せいぜい2回といったところだろうか。
「それは、家にいろってことなのか?」
「大事な用事があるなら、別の日でもええけど。ちょぉ、借りたい物あんのや」
『借りたい物』が何かという質問はあいまいにはぐらかされたけれど、美里は了承の意を告げて電話を切った。
「で、何が借りたいって ? 」
お邪魔しますと言いながら家の中に上がって来た雅善に、美里が尋ねる。
「ああ、あ~っと、……DVDプレーヤー、貸して欲しいんやけど」
「壊れたのか?」
「ちゃうって。あ~、うち、おかん専業主婦やから……」
歯切れの悪い雅善の言葉に、けれど美里はすんなり理解を示した。
「なんだ、それならそう言えばいいじゃないか」
「言えへんって」
「借り物なのか?」
「いらんて言うたのに、むりやり押しつけられたんや」
「ふーん、……のわりに、ちゃんと見るんだな」
「ま、多少は興味あんねん」
恥ずかしいのか、少し頬を染める雅善に苦笑しつつも美里は雅善をリビングへと案内し、ちょっと待ってろと言い置いてカーテンを閉めに行く。明らかに慣れたその様子に、雅善は多少ホッとして、ほんの少しからかってやろうかと、美里の背中に声をかけた。
「ずいぶん手際がええけど、美里はよお見たりするんか?」
そしてついでに、スケベやなぁ、なんて一言も付け加えてやる。
「よく……というか、親が不在がちの家なんて、格好の上映会会場だろ?」
けれど美里は気にするでもなく、さらりとそう返して来たので、逆に雅善のほうが驚いてしまった。
「みんなで見るんかっ?」
「そういう付き合い方をしてる友達も何人かはいるってことさ。気になるなら、今度呼んでやろうか? 場合によっちゃ、すごいのが見れるぞ」
今日が初めてのお子様には刺激が強すぎるからやめたほうがいいかもしれないが、なんて笑いながら、カーテンを閉め終え近づいてくる美里に、雅善はフルフルと頭を振って断った。
「大勢で見るもんちゃうやろ」
「DVDを仲間うちで回すのも、上映会を開くのも、大して違わないと思うけどな。どうせ、下らない内容の批評とか、映像の善し悪しとか、何回ヌいたかとか、そんな話をするんだろう?」
あっさりと吐き出されて来るセリフの内容に、雅善はカッと頬を朱に染める。
「見る前からそんなに照れててどうすんだか。ほら、ソフト出せよ」
顔を赤く染めたままの雅善は返す言葉がない。それでも、美里に促されながらぎくしゃくした動きで鞄からDVDを取り出した。DVDを受け取った美里はさっさとプレーヤーにセットし、立ち尽くす雅善を引っ張ってソファに座らせる。
「なぁ……」
当然という顔をして自分の隣に腰をおろした美里に、雅善はためらいがちに声をかけた。
「美里も、一緒に見るんか?」
「別に、俺のコトなんか気にしなくていいって」
(気になるっちゅーねん!)
その言葉をかろうじて飲み込んだ雅善に、美里はどうぞの言葉を添えた笑顔でティッシュの箱を押しつけた。
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