次の日曜に三時間ほど時間貰えませんかと、ひとつ下の後輩に打診された時から、なんとなく予測は付いていた。
後輩と自分はいわば同士で、簡単に言えば二人とも性愛の対象が同性だった。知ったのはたまたまで、というよりは、なんとなくそうかなとカマをかけたらあっさり相手が引っかかった。
正直とてつもなく嬉しかった。はっきり同性愛者だと自覚のある人間は、自分の周りでは今のところ彼だけだ。それまでは仕方がないと思いながらも、やはり心細く思っていた。自分と同じと思える相手が近くに居ることが、こんなにも心強いとは思わなかった。
きっと彼も同じだったのだろう。昨年度の文化祭実行委員会で一緒だったと言うだけの、はっきり言ってかなり薄い関係だし、学年だって違うから学校ではたまにすれ違って挨拶をする程度の接点しかないのに、気づけば頻繁にメッセージをやりとりする仲になっていた。
それでもそこに恋が生まれたり、セックスをするような関係に発展したりしなかったのは、彼には長年想い続ける相手がいたのと、とりあえずやってみたいなんて理由で他者と触れ合う軽さが一切なかったからだ。
そもそもカマをかけたのだって、きっと好きな男が居るんだろうと思ったせいだし、最初っから想い人がいる相手に恋なんてしようがない。いくら身近で同じ姓嗜好を持つのが彼だけだからといって、無理やり自分に振り向かせようとはさすがに思わなかった。行為だけでもと誘ったのだって一回だけで、きっぱり断られて以降はしつこく誘ったりもしていない。
それで関係がギクシャクしたり、ギクシャクで済まずにバッサリ切られてしまったら元も子もない。そんなことになるくらいなら、男が好きだということを隠さずに済む、素の自分を互いにさらけ出せる、居心地のいい友人的なポジションを維持する方を選ぶに決まってる。
なのに今、行為の誘いをはっきりきっぱり断ってきたはずの相手が、率先して自分をラブホに連れ込んでいた。
男二人でラブホを訪れたのに、すんなりと部屋まで到達できたあたり、きっと事前に色々調べてきたんだろう。
真面目で、几帳面で、そしてとても臆病な子なのに。その彼にこんなことをさせている責任の半分くらいは、多分きっと自分にある。
「数日早いですけど、卒業、おめでとうございます」
部屋の中を一通り見回した後、くるりと体ごと振り返って後輩が告げた。声が固いのは緊張のせいだろう。
「ああ、うん。それは、ありがとう?」
返すこちらの声は、戸惑いが滲みまくった上に、最後何故か語尾が上がってしまった。けれどそれへの指摘はなく、彼は用意していたのだろう言葉を続けていく。
「今日のこれは卒業祝いって事で。シャワー、使いますか? 口でして欲しいとか言い出さないならどっちでもいいです。あと俺の方は一応来る前に使ってきたんですけど、もう一度浴びてきたほうが良ければ行ってきます」
「あのさ、本気かどうかなんて聞くまでもないのわかってんだけど、それでも聞かせて。初めてが好きじゃない相手で、ホントにいいの?」
自分としてみないかと誘った時は、そういうことはやっぱり本当に好きな相手としたいのでと言って断られたのだ。あの時彼は、乙女みたいなこと言ってすみませんと恥ずかしそうにしていたけれど、こちらはこちらで、やってみたい好奇心だけで誘ったことを恥じていた。
「好きじゃない相手、ではないです。一番ではないですし、きっと恋でもないんですけど、それでも先輩のこと、あの時よりずっと好きになってるので。先輩となら、経験しておくのも悪くない、って気になりました」
あの時自分は彼に、お互い経験しておくのも悪くないと思わない? と言って誘っていた。あの時よりは好きになっている、してみてもいいと思えるくらいに好きになっている。そう言って貰えて嬉しい気持ちは確かにあるのに、今にも苦笑が零れ落ちそうだ。
その言葉が嘘だと思っているわけじゃない。ただ、長いこと彼が想い続けていた相手に、最近かわいい彼女が出来てしまったという、別の理由があることを知ってしまっているだけだ。
想い人の名前をはっきりと聞いたことはないが、さすがに一年以上恋バナを聞いていればわかってしまう。その相手との直接の接点だってないが、相手は同じ学校の生徒だし、もっとはっきり言えば彼と同学年でこちらからすれば後輩だし、その相手が所属している部活の部長だった男とは同じクラスで仲もいいほうだ。ついでに言えば相手の彼女となった女子が部のマネージャーだったものだから、卒業間近のこの時期なのに、元部長の羨望混じりの愚痴という形で、自分の耳にまであっさりその情報は届いてしまった。
しかしこちらが知っていることを、彼は知らない。だから指摘する気はないけれど、でも卒業祝いだなどと言わず正直に、失恋したから慰めてとでも言ってくれれば良かったのにと思う気持ちは確実にある。
「それに、先輩が卒業してしまうのは、やっぱり寂しいです」
「卒業するからって、連絡断ったりしないよ? 辛いことがあったら、いつだって連絡してきていいんだからな?」
「でも、先輩の大学、遠いじゃないですか。卒業式の翌日に引っ越しって、言ってましたよね」
また独りになると続いた声は、ほとんど音にはなっていなかったけれど、まっすぐに見つめていたせいで唇の動きと共に聞き取ってしまった。そして酷く不安げに瞳が揺れるのまでも捉えてしまったら、想い人に彼女が出来たからという理由がどれくらいの割合で含まれていようが、そんなのはどうでもいいかと思ってしまった。
恋が出来る相手ではなかったけれど、自分だってやはり彼のことは好きなのだ。多分、今のところ一番に。
数歩分離れていた距離をゆっくりと詰めた。好奇心でしてみたいのではなく、好きだからこそ相手に触れたいと思う。
「じゃあ、卒業祝い、貰ってく」
「はい」
頷いた彼の瞼がそっと閉じられるのを待ってから触れた唇は柔らかく、けれどかすかに震えているようだった。
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