マンションのエントランスを抜けた所で思わず歩みを止める。植え込みの縁に腰掛けて、出入口を不機嫌そうな顔で見つめている男が、親友だと気づいてしまったからだ。
どう考えても、自分を待っていたのだとしか思えない。
お前、なんか最近おかしくない? などと探りを入れられてはいたが、まさか後をつけてきたのだろうか。今日はデートだと言って、授業の後早々に帰っていったはずなのに、わけがわからない。
立ち止まってしまったこちらに焦れたのか、親友が立ち上がって歩み寄ってくる。思わず後ずさるが、逃げれる場所などないのは明白だ。
すぐに距離は詰められて、グッと手首を掴まれた。男の中では小柄な方とはいえ、身体能力はむしろ高いほうだ。掴む力の強さに手首が痛んで、思わず眉が寄る。
「泣いたの?」
明るいエントランスで顔を寄せられれば、赤くなった目元にだって気づいただろう。けれどそれを肯定は出来なかった。
「ねぇ、お前アイツに何されてんの? なんか弱み握られてんの?」
抱かれているなんて言えるわけがない。確かに弱みは握られているのかも知れないが、それによって何かを強制されたことは一度だってないのだから、被害者ぶるつもりも毛頭ない。
結局、何も言えずに黙るしかなかった。そんな自分に、目の前の相手は更に焦れたようだ。
「アイツの部屋どこよ?」
「えっ?」
「だって直接文句言う方が早いっしょ」
本当は一軒ずつ表札チェックでもしようかと思ったけど、ありふれた苗字だし、探してるうちにお前帰っちゃっても困るから、出てくるのを待ってただけだと彼は言う。あからさまに敵意むき出しの彼に困ったなと思いながら、悪いのは自分なのだと言ってみた。
「文句……って、アイツは何も悪くないよ。悪いのは、俺の方」
「洗脳されてそう思わされてるだけかもしんねーだろ。事実、お前泣いてんだし。親友泣かされて黙ってられっか」
「本当に違うって。すごく、優しくしてもらってる。あんまり優しいから、それで少し泣いちゃうだけ」
「嘘つくな。お前の嘘なんてすぐわかんだからな」
長い付き合いだから、その言葉は確かに正しい。自分だって相手の顔から、この件に関しては譲らないという強い意志を読み取れている。
「そもそも俺に何隠してんの? アイツが優しいってのが本当なら、俺に言えないような何をアイツに相談してんの?」
小さなため息を一つ吐き出した。今、家への押しかけをむりやり阻止したって、どちらにしろ学校へ行けば簡単に相手を捕まえられるのだから、この勢いで親友がアイツに殴りこみを掛ける前に、自分の口でちゃんと説明したほうがいいだろう。
「わかった。説明はする。でもとりあえず、場所変えない?」
出入口の脇で揉めてる自分たちの横を、不審そうな顔で行き来するマンションの住人に迷惑すぎる。
了承した相手と連れ立って、マンション脇の小さな公園へ移動した。一つだけのベンチに並んで腰掛ける。
そしてまずは、自分は恋愛対象が女性ではなく男性らしいとカミングアウトした。目の前の親友を好きだった事実までを告げるべきかは迷ったけれど、そこを話さずに彼との関係を説明できる自信がなくて、結局きっかけから何から全てを晒す。
今では彼を恋愛対象として好きなのだということも。結局それも片想いには変わりがなく、泣いてしまうのはそのせいで、彼はまったく悪くないのだということも。
最初はちらちらと言葉を挟んでいた親友も、親友への想いを抱えるのが辛くて彼に抱かれることにした辺りの話で絶句し、話し終える頃にはすっかりうなだれてしまって表情を読むことは出来なかった。
「変な話聞かせてゴメン。俺が気持ち悪くなったなら、友達やめていいよ。でも、アイツのことは責めないで」
さすがに居たたまれなくなって、座っていたベンチを立った。
「本当に、ゴメン。さすがに一緒に帰るの無理だと思うし、俺、先行くな」
少しだけ待ったが何も返ってこないので、了承と取って公園を後にする。きっと明日から、自分たちはもう親友どころか友人ですらないのだろう。
胸が痛い。けれど涙が零れ落ちることはなかった。
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