雷が怖いので25

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 見送られることなく玄関を出るのは初めてだ。こんな一方的な別れ方で良いのかと後ろ髪を引かれる思いはあるものの、それらを振り切るように玄関扉を押し開く。
 寝室の薄暗さが増していた事からもわかってはいたが、外はだいぶ暗くなりかけていた。夜が近いのももちろんあるが、空に広がる黒い雲のせいで余計に暗く感じるのだろう。
 天気予報は曇りだったけれど、今にも雨が降りそうだと思う。
 降られる前に急いで帰ろう。そう思いつつ踏み出したところで、空がピカッと明るく光った。
 近くはない。それでも体が硬直するには十分の衝撃だった。
 やがてゴロゴロと小さな音が聞こえてくる。やっぱりまだまだ遠そうだ。けれど、先程光った方向を見上げながら、立ち尽くした足は動かない。
 自宅のある方角だから、それではまるで、雷雲に向かって歩いて帰るようなものだ。
 無理だ、と思う。ここに留まるわけにはいかないのに、歩き出せない。なんでこんな時に雷がと思うと泣きそうだった。
 どうしようどうしようどうしよう。雷は先程光ったきりなのに、既に体が震えてしまうのは、雷が通り過ぎるまでどれくらいの時間を要するか考えてしまったせいだろう。
 雷から離れる方向へなら、足が動くだろうか。自宅とは反対方向の駅へ向かって走るのはどうだ。駅にまで辿り着ければ、後はどこかの店に入ってやり過ごすことが可能かもしれない。
 よし、そうしよう。そう思って足を踏み出しかけたところで、二度目の雷が光った。
「ひっっ」
 小さな悲鳴を飲み込んで、歯を食いしばる。大丈夫、まだ遠い。
 動くなら今のうちしかないのだから、迷っている暇はない。頑張れと自分自身を鼓舞しながら、玄関先を飛び出した。その直後、ドアの開く音が聞こえた気はした。
「待てっ!」
 背中に届いた強い静止の声に、走りかけた体がとまる。彼の言葉に従うように、心も慣らされているせいだ。しかし、足を止めたのはほんの数瞬だけだった。
 雷からも、彼からも、逃げるために再度走り始める。足には自信があったから、追いつかれる可能性は低い。そう思っていたのに、追いかけてきた彼にあっさり捕まってしまった。
 彼が予想外に早かったからではなく、彼にさんざん抱かれたあとの体が、思うように動かなかったせいだ。少し眠ったとはいえ、それで全力疾走出来るほどに回復しているはずがないと、少し考えればわかることだった。
「一体どこに行く気だった?」
 両肩を捕まれ向きを変えられ、見上げた彼はやはり怒っているらしい。
「というか、なんで無断で抜け出した」
「それ、は……」
「一緒に眠っちまってたのは俺が悪いが、何か用事が出来たにしろ、起こさず出ていくことはないだろ」
 眠っていたからこそ、好都合とばかりに無断で抜け出しただなんて、言えるわけがない。口を閉ざして俯きかけたが、それも許して貰えなかった。肩を掴む手が片方外され、今度は顎を捕まれむりやり上向かせられる。
「つまり、俺から、逃げようとした。そうだよな?」
 理由は? と聞かれて、やっぱり何も言えなかった。
 強制的に見上げる彼の背後の空が光って、体が大きく跳ねる。背後を振り返った彼が、雷か? と呟くのと同時くらいに、少し強めにゴロゴロと音が鳴り響いた。さっきよりも音が近づいている。
「黙って逃げ出されるような事をした心当たりがないんだが、理由が言えないってなら、言えるまでここでこうして、お前を捕まえたまま立っていようか」
 ニヤッと笑った顔の意味はすぐにわかった。
「い、いや、だ……」
「正直に理由を話すのと、この屋根も何もない道に突っ立って雷が通り過ぎていくのを耐えるのと、どっちでも好きな方を選べよ」
「そ、んなの」
「ああ、ご褒美の提示がなかったよな。理由が話せたら家に入れてやるし、雷が酷いようならまた防音室を使ってもいい。そしてもし、雷が聞こえなくなるまで耐えたら、もう理由は聞かない。逃げだすくらいだし、バイトも終了な。ほら、どうする?」
 意地の悪い顔で、意地悪な提案をされて、泣きそうになる。泣いたって、彼を喜ばせることはあっても、彼が気持ちを変えてくれることはないとわかっているのに。どちらかを選ばなければ、本当に、この場所から動くことは許されないのだ。
 彼を見上げて上向く顔に、ポツリと水滴が跳ねる。とうとう雨が降り出した。

続きました→

 
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