はっきりとは思い出せない誕生日の夜を繰り返し思い出す。抱いてとねだっても抱いてもらえないのは同じで、でもあの日は酷く幸せだったから。あの日の朝、もっと本気でねだっていたら、どこまでしてくれただろうかと考える。
抱いてくれないのはこちらの体の準備がまだ出来ていないから、というあの人の言葉を疑っては居ない。触れたことも、見せてもらったことすらないあの人の性器が、大きめだって話も本気で嘘とは思っていない。その日が来たらわかってしまう事で、オカシナ見栄を張る必要なんてないのだから、それはただただ事実なのだろう。
だからあの日の朝に本気でねだったとしても、入れてくれはしなかっただろうことはもうわかっている。でもあの日だったら、きっとこの抱かれたい気持ちを満たす何かをくれたのではと思ってしまう。
なんで早く抱かれたいのか、考えても考えてもあの日へ戻ってしまうから、きっとこれはあの日への未練だ。あの日は特別だった。それはわかっている。わかっているはずなのに、あの日のあの人の面影を、どうやら探してしまうらしい。
普段のプレイだって優しくしてくれる時間はあるけれど、手放しで甘やかしてくれるような、あの幸せが忘れられない。あの日のあの人に、自分の全てを投げ出して、受け入れて、貰って欲しかった。彼がしてくれたことに対して、自分が返せるものがこの体しかないから、というのも大きいのかもしれない。
でもそんなものを彼は求めていないのだ。あの日を引きずっているのは自分だけ。
ペットか奴隷になりたいのと聞かれたことで、はっきりしてしまったことがある。
彼に抱かれたからといって、それで彼の中の自分の位置づけや価値が変わるわけじゃない。多分、帰る前に渡される封筒の厚みが少し増すだけだ。
これはバイトで、体を差し出すことで破格の給料を貰っているというだけの関係で、自分の立場は愛人で。なるべく考えないようにしているけれど、他にも同じように雇っている愛人だって居るかもしれない。
気づいたら今以上に苦しくなるのがわかっていたから、目をそらして気づかないふりをしていただけで、胸の奥がキュウっとなって痛む理由なんてわかりきっていた。
少しだけいじわるで、でも優しくて、恥ずかしくて気持いいことをこの体に刻みこむあの人を、好きになってしまっている。もちろん恋愛感情で。
最近はそこまで言われることがなくなった、迂闊で警戒心が足りないという言葉を思い出す。本当にそうだ。どこまでも、迂闊で警戒心の足りないバカだった。こんなにあっさり、本来ならまったく対象になどならないはずの男相手に恋をしている。心のなかへ踏み込まれている。
求められているのは、積まれたお金でどんどんと開発されることを受け入れてしまうこの体なのに。好きになれなんて、一切求められたことがないのに。
好きになったなんて言ったら、この関係はどうなってしまうんだろう?
そんなつもりはなかったと言って、バイトそのものが終了するだろうか?
好きな気持ちにも値段をつけられて、給料に上乗せされるだろうか?
多分きっと後者だと思うから、好きになったなんて言うのはやめておこうと思う。
自分から率先して抱いてくれとねだったって、抱かれる日が少し前倒しになるくらいで、抱かれることで自分たちの関係が変わるわけじゃない。それどころか、いつか本当に抱かれるその日、きっと嬉しい半面、胸が痛んで虚しくもなるんだろう。
ああ、だから、早く抱かれてしまいたかったのかも知れない。目をそらしているうちに、この気持ちに気づく前に。そうすれば、おねだりに応じてくれたことをただ喜ぶバカでいられたかもしれないのに。
抱いて、とねだることはやめた。好きなったことももちろん言わなかった。
彼は、最近なんだか少し雰囲気が変わったなと言った。
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