あの日の自分にもう一度1

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 手の中の携帯画面には、めちゃくちゃ笑顔の可愛い女の子が決めポーズを取る画像が表示されていて、ベッドの上にはその娘の着ている服一式とウィッグと化粧品類が、多少乱雑に並べられている。それらを何度も交互に見比べて、ウーンと唸った後、紘汰は大きなため息を一つ吐き出した。
 だってあの日はしこたま酔っていた。同じ学部学科の気の合う男友達ばかり10人ほど集まって、せっかくの飲み放題だからとガンガン飲みまくって、気分良く盛り上がった結果、悪乗りしすぎたのだというのはわかっている。
 言い出しっぺは誰だったか。どうせ吉田とか山上とか、口が上手くて調子がいい、普段から何かと中心になって騒ぐあの辺だろう。
 お前は絶対イケるとおだてられるまま、某ディスカウントストアのコスプレコーナーになだれ込み、その場で店員巻き込んで一式着替えて化粧までして写真を撮りまくった。新たな自分が誕生した瞬間だった。
 ノリノリで女装したのは自分を含めて数人いたのだが、着用した服や化粧品類は全員で割り勘だったから、そこまで懐が傷んだわけじゃない。しかも自分が着た服と、なぜか使った化粧品全てが譲られたので、むしろ出した金以上のものを得てしまった。
 ただやはり、しこたま酔った状態で、化粧を落として再度着替えるのが面倒だったのはわからなくもないが、ノリと勢いでその格好のまま帰宅したのはどうかと思うし、化粧品類をウキウキで持ち帰ったのもどうかと思う。
 これらが今ここになければ、こんなに悩むことはなかったのに。
 だって携帯の中の女の子は本当に楽しげで、可愛くて、実のところかなり好みのタイプだったりするのだ。好みの女性をイメージしつつ選んだ服だからというのも大きいが、運が良いのか悪いのか、どうやらその服を違和感なく着こなしてしまえる顔と体を持っていた。
 あの日の衝撃と、興奮と、妙な快感が忘れられない。
 詰まるところ、 紘汰の悩みとは、この服にもう一度着替えて化粧をするかどうかだ。
 ただ、酔ってもいないのに自ら女装に手を出してしまったら、取り返しがつかない事態になりそうで怖くもある。自らの手で、自らを好みの女性に変えてしまえるのを知ったら、どうなってしまうんだろう。
 好みの女の子とお付き合いが出来ないので、好みの女の子を作り出しました。なんて、笑い話にもならないドン引き案件という自覚もある。しかも、どんなに理想的な女の子を作り出そうと、相手が自分じゃどのみちデートも出来ない。
「きっも」
 自分自身の思考に思わずそう吐き出すものの、視線はやっぱりベッドの上で、並べた服をどこかに仕舞い込むなり処分するなりしようという気持ちは湧いてこない。
 それくらい、再度女装にチャレンジする、というのは魅力的な誘惑だった。
「あ、飲めばいいのか」
 名案とばかりにぽんと手をうち、紘汰は財布片手にコンビニへと向かう。
 そうだ。素面でスカートを履くにはあまりにハードルが高いが、あの日のように酔ってしまえば、そのハードルはグッと下がる。
「こうた!」
 最寄りのコンビニ店内で、ウキウキと買い物かごにアルコール飲料や軽いツマミ類を次々と放り込んでいたら、ふいに名を呼ばれて振り返る。
「よっ、奇遇」
「たつのり」
 片手を上げてみせたのは今田龍則で、あの日一緒に飲んでいたメンバーの一人だ。こいつは女装はしなかったが、嬉々として人の顔に化粧品を塗りたくってくれた。
 実家を出て一人暮らしをしている奴らの中でも比較的アパートの距離が近いせいか、コンビニに限らず、龍則との遭遇率はそこそこ高い。
「なに? 飲み会でもやってんの?」
 カゴの中の酒の量を見て、一人で消化するための買い物とは思わず、飲み会途中の追加買い出しとでも思ったんだろう。
「どうした?」
 相手を見つめたまま口を開かない紘汰に、龍則が訝しがる。
「あー……その、今日、暇?」
「なに? 俺も参加していいやつ?」
 行く行くとさっそく乗り気な相手に、紘汰は曖昧に頷いてレジへと向かった。
「幾ら出せばいい?」
「いや、龍則は出さなくていいよ」
「いやさすがにそれはダメだろ」
「いいって。てかさ、龍則に頼みたいこと、あんだよね」
「え? 何を?」
「それは帰ってから」
「え、なにそれ怖いんだけど」
 どんな飲み会なのかと聞かれても、この場で正直に話すのは絶対に無理だ。
「じゃ止めとく? この酒飲むなら、途中では帰さないけど」
「ますます怪しいな。危険はないんだろうな?」
「龍則にはないな」
「は? じゃあ紘汰には?」
「どうかなぁ……」
 他人を巻き込もうとしている時点で、危険はなくはないだろう。あの日の事が忘れられなくて、一人で女装しようとしていたと、龍則に知られることになるのだから。

続きました→

 
 
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