プリンスメーカー4話 4年目 冬1

<< 目次  <<1話戻る

 

 比較的時間の取れる冬の間に、たまにはゆっくり旅行に出掛けようと誘ったのは、秋ごろからなんだか少し様子のおかしいビリーを気遣ってのことだった。
「どうしたんだよ、突然。学校、行かなくてもいいって言うのか?」
 冬の間くらいは学校へという思いはガイの中で変わらずにあったけれど、それよりも重要なことだってある。
「たまにはな。どうせ、どうしても学校通いたいて言うほど勤勉やないんやから、喜んで付いて来たらええんや」
「ガイがそんなこと言うの、珍しいな」
 小さく笑う姿はやはりこの旅行を渋っているようで、その態度の方がよっぽど腑に落ちないとガイは思う。
 ビリーという働き手と、そのビリーが馬を連れて来てからは、随分生活に余裕が出来た。だから二人で旅行に出掛けるのは初めてではなかったけれど、計画を立てるのはいつもビリーの方だった。
 農作業の日程を調整して、どうしても必要な分は人を雇う。旅行の日程に合わせてそれらの手配まで、いつも楽しげにこなしていたから、そうまでして行きたいほど旅好きなのだと思っていたのに。
「嫌なら、別にええけど……」
「嫌じゃないよ」
「ちぃとも嬉しそうやないやんか」
「ガイが旅行に行こうなんて言い出すの初めてだったから、ちょっと驚いただけだって。で、どこに行くかも決まってるのか? 仕事の調整とかは? 最低でも家畜の餌やりだけは、人手を頼まなきゃならないよな」
 ニコリと笑って見せた後、ビリーは慣れた様子で予定を立て始める。その笑顔がどこか無理をしているように見えてしまうから、悩み事があるならどうにかしてやりたいと思うのに、何を悩んでいるのかすらさっぱり見当がつかない自分に、ガイは心の中でこっそり溜息を吐き出した。

 
 二人の住む村からは少しばかり南に位置するその土地は、さすがに雪が積もる程ではないにしろ、日が沈めば当然かなり寒くなる。
 わかっていたのに、ほんの数分の散歩だと思っていたから、油断して薄着のまま出てきてしまったのは失敗だった。
 部屋の窓から空を見上げたビリーが、今夜は星が綺麗に見えると呟いたから、どうせならもっとしっかり見ようと言って部屋を出たのはガイの方だった。しかし、折角だからもっと拓けた場所で見たいと、近くの湖の畔へと向かって歩き出したのはビリーの方だ。
 それでも、歩いている間はまだ良かった。足を止めて5分も経たない内に、さして強いわけではないけれど、湖水を渡って吹いてくる冷たい風に、身体は寒さで震え始めた。
 既にほとんど身長が変わらないくらいにまで成長したビリーを横目で窺えば、装備はほとんど同じなのに、白い息を吐き出しながらもどこか楽しげに空を見あげている。
 寒いから帰ろう。とは、なぜか口に出来なかった。ただ、あまりの寒さに、堪えきれずにくしゃみを2度ほど連発してしまった。
 気付いたビリーが振り返る。
「悪い……つい、夢中になってた。こんなカッコじゃ寒いよな。そろそろ帰ろう」
「星、綺麗なんは確かやし、ビリーが見たいなら、もう少しくらい、付き合うてもええんやで?」
「いいよ。ガイに風邪引かせるわけにいかないし」
 帰ろうと言って差し出された手を、躊躇うことなく握ってしまったのは、その時ビリーの見せた笑顔が本物だと感じたからだ。久々に見た気がして、握られた手の温かさとあいまって、ホッと息をついた。
「ゴメン。ガイの手、冷え切ってる」
 すぐさま添えられたもう一方の手が、甲の側も温める。
「ビリーのは温かいな」
「……子供の体温だから、かな」
 一瞬の沈黙の後、ビリーはそう言って自嘲気味に笑う。
 また、戻ってしまった。
 それでも、今の会話で少しだけわかったこともある。早く大人になりたいと願う年頃なんだろう。自分にもそういう時期が確かにあったと思いながら、ガイは温かな手をキュッと握り返した。
 記憶も戻らず、迎えも来ないままだけれど、いずれはビリーだって独り立ちする日が来るだろう。本当は、身体も随分大きくなったし、町でのバイトも順調にこなしているようだし、最近では剣術も相当の腕になっているらしいから、ビリーさえ望めば今すぐにだってガイの元を飛び出す事が出来るのだ。
「ええやんか。重宝するで、子供の体温」
 けれどまだもう少し、子供のままでいいから、ビリーに自分の側に居て欲しいと思うガイの気持ちが、少しだけ零れ出る。
「でも、昔ほどじゃないだろ?」
「そういや昔は、こないに寒い日はよう一緒に手ぇ繋いで歩いたよな」
 宿へ向かって歩き出しながら、そんなことを思い出す。
「いつも最初はガイの手のが冷たいんだよな」
「すまんな。けど、すぐにあったまって、ビリーかて、一人で歩くよりあったかい思いしてたやろ?」
「懐かしいな。あの頃も、ガイにはよく、あったまるまで少しだけ我慢してくれって謝られてた」
 寒いのも悪くないなって思えるくらい嬉しかったよ。
 そう言って、一瞬だけ足を止めて振り返ったビリーの、真剣な顔に見つめられて少しだけ胸の奥が騒ぎ出す。秋頃から時折感じていた違和感を、今日はやけに強く感じている。前みたいに、無邪気に楽しげに、迷いのない笑顔を見せて欲しいと思った。
 そんなガイの戸惑いにはきっと気付いていないだろう。ビリーはまた前を向いて歩き出しながら、懐かしげな様子で続ける。
「昔はさ、寒い日は同じベッドで寝たりもしてたよな」
「貧乏やったからね。暖かい部屋もベッドも洋服も、手に入れられたんはビリーのおかげやけどな」
「俺がガイに貰ってる物に比べたら、たいしたことじゃない」
「ワイがビリーにあげたものなんて、それこそたいしたもんとちゃうと思うけど?」
「住む家と家族だぜ? たいしたもんだろ」
「家族を貰ったんはワイかて一緒や」
「そっ、か……」
「そうや……」
 それ以降、ビリーは口を閉じてしまったので、ガイもまた、黙って宿への道を歩く。そんな二人を、月明かりと星々の小さなキラメキが照らしていた。

>> 次へ

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

プリンスメーカー3話 2年目 春

<< 目次  <<1話戻る

 

 国の王子が死んだ。
 そんな噂がガイの住む村にまで届いたのは、ビリーを引き取ってからおよそ1年の月日が流れた頃だった。
 旅の途中で山賊に襲われたのだという内容も、どこか遠い世界のことでしかない。ただ、王子が襲われた場所というのが、ガイの住む村と隣町とを結ぶ道の途中から伸びる、この近辺では一番大きな港町へと続く道でのことと知っては、多少なりとも不安になる。
 滅多なことではその港町へと向かうこともないが、村の掲示板にも、市の立つ隣町の掲示板にも、その噂を受けてか山賊に注意するよう呼びかける掲示がなされていれば、なおのことその不安は大きくなった。
「なぁ、ビリー」
「心配しなくったって、こんな小さな町や村に住む人間をカモにするために、わざわざ出向いてくるとは思えないよ」
「せやけどな、別に生活に困っとるわけやなし、暫くバイト、休んだらどうやろう」
 春が来て畑仕事が忙しくなった際、ビリーはこれで御役御免とばかりにあっさり学校へ通うのをやめてしまったが、家の仕事もきっちりこなすことを条件に、バイトだけは続けていたのだ。なのでビリーだけ、週に3日程度、一人で隣町に向かう。
 ガイはそれが心配だった。いくら通い慣れた道でも、子供の一人歩きは危険じゃないだろうか。
「でも、欲しいものもあるし、バイトは出来れば続けたいんだ」
「欲しいもの? なんや、そないなもんがあったんかい。ほな、言うてみい」
「ねだれるようなものなら、とっくにねだってるよ」
 物によっては買ってやるからと告げたガイに、ビリーは少し困ったように笑って見せた。
 そんなやり取りから数日。バイトから帰って来たビリーは、弾むような笑顔で、ガイを家の外へと連れ出した。
 ガイは驚きで目を見張る。
 そこには黒鹿毛の馬が一頭、のんびりと道端に咲く雑草を食んでいた。
「どうしたんや、この馬」
「買ったに決まってるだろ」
「買ったって……そうか、この前言うとった欲しいものて、これやったんか……」
「そう。前に、必要に迫られて手放したって言ってたから。これで、納屋にある荷車も使える筈だし、そうすれば出荷量が大幅に増えると思って」
「それは、そうやけど……」
 ほんの数ヶ月のバイト代で、馬が買えることなどないことも、ガイには良くわかっていた。
「どこで、そないな大金手に入れたん?」
「時計を売ったんだ」
「時計……って、アレ、か?」
 引き取った当時、ビリーが唯一所持していた、精巧な細工のされた金の懐中時計。
「ビリーん身元のわかる、唯一の手掛かりやんか。そないに大事なもん、手放してどうすんねん!」
「いいんだ。一年待っても迎えは来なかったし、もう、持ってる必要もないと思って」
「必要ないわけないやろ!」
「落ち着いてよガイ。俺に必要なものは、俺自身が決める。俺は、あんな時計より、ガイが必要なんだよ」
「理由になってへん」
「今の生活を続けたいんだ。ただ、それだけだよ」
「せやけど、時計売ってまで、馬なんて……」
 常から馬は必要だと思っていたから、この思いがけないビリーの買い物を喜びたい気持ちと、そのために手放したという金時計への罪悪感に似たような物とが、ガイの内でせめぎ合う。
「俺が、欲しかったんだ」
 ガイにそんな顔をさせるためじゃないと、ビリーは欠片も時計への未練を見せずに笑う。
「これで隣町への往復も楽になるし、子供の一人歩きじゃなくなるんだから、バイト辞めろとは言わないだろ?」
「せやけど、欲しいもん買えたんなら、もうええんちゃうの?」
「そう思ったけど、剣術、習っておこうかと思って」
「剣術!?」
「盗賊に襲われたとき、ガイを守れる様にさ」
「は?」
「まぁ、そんな日はこないことを願ってるけど、強くなるのは悪くないだろ。道場に通う費用分だけ、バイトを続けるよ。もちろん、家のことも今まで通りに手伝うし」
 文句はないだろと言わんばかりの口調に、ガイは肩を竦めて、好きにしたら良いと告げた。

>> 次へ

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

プリンスメーカー2話 1年目 冬

<< 目次  <<1話戻る

 

 ビリーを引き取ってから半年以上が経ち、季節はすっかり冬になっていた。幸い雪深い地方ではないが、それでもクリスマスを迎える今の時期から2ヶ月ほどは、雪が世界を白く染める。
 ビリーが手伝ってくれたお陰で、冬支度も大分整い、金銭的な貯えも僅かながらできた。
 市の立つ日に出荷できる野菜が、少なくとも1.5倍に増えたのが大きな要因だろう。あの日の言葉通り、家事も畑仕事も、嫌な顔ひとつせずにこなしてくれた。
「よう、今日も二人揃って楽しそうだな」
 何度もビリーを連れて出入りしているので、市場の店員ともすっかり顔馴染みだ。
「ガイんとこのおやっさんとおふくろさん、仲良く二人一緒に逝っちまった時はどうなるかと思ったけど、ガイは変わらず美味い野菜を届けてくれるし、こうしてちっさいながらも家族が出来て、ホント、俺はホッとしてるんだぜ」
 既に何回聞かされたかわからないお馴染みの言葉を吐き出しながら、店の親父は二人の運んできた野菜を確認する。
 ガイは受け取った売り上げから、銅貨を数枚ビリーへと手渡した。仕事量に比べたら本当にわずかな額でしかないが、ガイからビリーへの精一杯の報酬を、ビリーは文句も言わずに受け取り、ありがとうと笑う。
「今日は買いたい物、あるんやろ?」
 大事に溜め込んでいた今までの報酬を、腰から下げた革袋に入れて来ているのを知っている。
「ガイは?」
「ワイはワイで、日用品の買い出ししとる」
「手伝わなくていいのか?」
「ええよ。買い物終わったら広場で待っとき」
「わかった。じゃあ、また後で!」
 ビリーは勢い良くクルリとガイへ背を向けて、足早にその場を去っていく。小さな身体はすぐに人の波の中へと消えてしまった。
「いい子じゃないか、なぁ」
 これまた何度目になるかわからない、引き取ったからにはしっかり面倒見てやれよという言葉に頷いて、ガイもその場を後にした。
 買い物を終えたガイが広場へ着いた時、ビリーは熱心に掲示板を見上げていた。
 どこで覚えたかなどの記憶はなくても、ビリーは一通りの読み書きと簡単な計算はできる。その頭の中にはもっとたくさんの知識が詰まっているのだろうけれど、それを計れるほどの知識がガイ自身にない。
 本来なら畑仕事などをするような家柄の人間ではないのだろう。できることなら、せめて冬の間だけでも、学校へ通わせてやりたい。
 そう思う気持ちはあるものの、やはり金銭的に心許ない。というのが、近頃のガイの悩みの大半を占めていた。
「面白い広告、出とるか?」
「いや、特に目新しい情報はないかな。それより、俺が見てたのはこっち」
 指さされた先にあるのは求人情報。
「冬の間はそんなに農作業は出来ないんだって、この前言ってただろ?」
「せやけど、他に働きに出て欲しいなんてことまでは思てへんよ」
「でも、仕事が手伝えないんじゃ、ただの厄介者だろ。自分の食い扶持くらいはどっかで稼がないとと思ってさ」
「ビリー食べさすくらいは、ワイ一人でもどうにかなるんや」
 冬の間は農作業の時間が減る分、木を削って食器類や野生動物などの置物を作る。細かな細工を得意とするガイの作る、臨場感溢れる置物は、そこそこの値がつけられる事も多い。
 親はそっちの道へ進むことも勧めてくれたが、結局野菜を作る道を選んだことを、後悔したことはない。
「ただな、さすがに授業料まで捻出できるかが問題で……」
「授業料?」
「冬の間は暇になるやろ。せやから、学校、行かしたろ思てん」
「何言ってんだよガイ。そんな余裕、ないくせに」
「せやけど、少し切り詰めればなんとか……」
「ムリだって。ムチャして身体壊したら元も子もないだろ。ガイこそ、冬の間に少しゆっくりしたらいいよ。俺が、ガイの分まで稼いでやるから」
 胸を張るビリーに、ガイは小さく笑った。
「ガキが何言うとんの」
「大丈夫。いくつか、俺でも出来そうなバイトあったからさ。な、働きに出てもいいだろ?」
 こういうとき、ビリーには、ダメだと言わせない何かがあるとガイは思う。あの時、振り返ってビリーの手を取ってしまったように、自分の要求を押し切る強さのようなもの。
 それでも押し切られてしまうのは悔しくて、ガイは妥協案を提出することにした。
「学校にも通うて言うんやったら、ええよ」
「えっ?」
「そうやな。足りない分の授業料、自分で稼いでや。余った分は小遣いでええし」
「ちょっと待てよ。そんなことに金使ってる場合じゃないだろ?」
「せやから、食べるに困らんくらいの生活はできるて言うとるやろ。ワイは野菜しか作れん男とちゃうで?」
「炊事、洗濯、掃除、ガイより俺のが断然上手いと思うんだけど……」
「それはまた別!」
 学校へ行くならバイトを許可しても良いという点を譲らないガイに、結局ビリーも頷いた。
「ところで、欲しい物は買えたんか?」
「買えたよ」
「何買うたん?」
「それは明後日の夜までナイショ」
「それって……」
「ガイが、クローゼットの隅に、俺のためのクリスマスプレゼント隠してるの、知ってんだ」
 見ちゃってゴメンと謝りつつも、ビリーは楽しそうに笑った。

>> 次へ

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

プリンスメーカー1話 プロローグ

<< 目次

 

 今日は市の立つ日だ。
 いつもより更に1時間ほど早く起床したガイは、まだ日が昇る前の暗い畑へと出掛けて行く。
 少しでも新鮮なものを買って欲しい。その気持ちから、野菜類を前日から用意することはしない。
 売りに出す予定分をテキパキと収穫し、ガイはそれらを詰めた籠を背負った。ずしりと肩に掛かる重みを思うと、さすがに馬の一頭でも欲しいところだったが、今の所入手できる当てはない。
 前に飼っていた馬は、両親の葬儀を行う際に手放してしまった。懐かしんでも戻ってくるわけではなく、ガイは明るくなり始めた空に追われるように、急ぎ足で隣町へと続く道を歩いた。
 
 
 馴染みの店の前で、挨拶を交わしながら背負った籠を下ろしたガイの服を、誰かがツイと引っ張った。町の入り口で所在無げに立っていたその少年と、ガイはまったくの初対面だ。
 一瞬だけ目が合ったが、当然挨拶を交わすこともなく、ガイは市場へと向かった。にも関わらず、どうやらその少年はガイの後を追ってきたらしい。
「どうした? 確か、弟はいなかったよな?」
「知りません。この辺の子やないんですか?」
「さぁなぁ~、今まで見かけたことないなぁ。なぁボウズ、どこから来た?」
 ガイから受け取った籠の中身を確認しながら、店の親父が少年に声を掛けたが、少年はきつく口を結んだままで答えようとはしなかった。
 肩を竦める店の親父に苦笑を返しながら、受け取った売り上げをすばやく確認する。思っていたより良い値で買って貰えたことに顔を綻ばせながら、ガイは礼を告げてその場を後にした。
 必要な物を買い揃えたら、なるべく早く帰宅し、残りの作業をやらなければならない。見知らぬ子供に関わっている時間はない。
「その手、放して貰えんか?」
 言葉は通じるようで、服の裾を握っていた手は放された。けれど、歩き出したガイの後を、その少年は凝りもせずについて歩く。
 気になってしょうがない。それでも極力無視し続けていたガイが、耐え切れなくなって少年と向き合ったのは、少年の腹がグゥと大きな音を立てた時だった。
「腹、減っとるん?」
 少し照れたように両手でお腹を隠した少年は、一瞬の躊躇いの後で頷いてみせる。
「何か買うて、食べたらええんやないの?」
「金は持ってない」
 初めて発した声はリンと響き、この近辺出身ではないことを如実にあらわす、綺麗な標準語をしていた。
「ホンマ、どこから来たんや。自分、親は居らんの?」
「知らない。わからない。気付いたら、一人だった」
「名前は?」
「……ビリー、だと、思う」
「思う、てなんや?」
「本当に、よく、覚えてないんだ」
 記憶喪失だと告げているようなものなのに、目の前の少年はどこか毅然としている。
 良く見れば、汚れてはいるが仕立の良い服を着ている。只者ではなさそうだった。
「ほな、なんでワイの後ついてくるんや? 助けを求めるんやったら、ワイなんかよりよっぽど頼りになりそうな大人がわんさか居るやろ?」
「大人は、信用できないから」
「ワイも、一応成人しとるんやけど?」
「えっ……」
 ちょっと年上のお兄さん、程度に思われていたのだろうか。背の低さも、幼さを残す顔も、ガイにとってはコンプレックスを刺激するものだ。
 溜息を吐き出したガイに、ビリーと名乗った少年は初めて狼狽えて見せた。
「あ、あの……」
「まぁ、ええよ。子供と間違われるんは慣れとるし。で、どないするん?」
「どうって……?」
「そこらの大人に声掛けるんが嫌なら、ワイが町長さんとこ、連れてったろか?」
 やりたいことは山ほど合って、時間はいくらあっても足りないくらいだけれど、自分から声を掛けてしまった手前、それくらいならしてやってもいい。けれどビリーが頷くことはなかった。
「アンタと、一緒に居たい」
「は? 何言うてん?」
「迷惑?」
「当たり前やろ。てか、子供養えるほどの余裕なんて、ウチにはあれへんわ」
「養ってくれとは言わない。俺に出来ることなら、なんでも、する」
「アカン。無理や。付き合うてられへん」
 ガイはクルリと背を向けて、町の出口へと向かう。
 記憶喪失の子供なんて、抱え込むわけにはいかない。そう思うのに、気になって仕方がないのは、これだけ大勢の人間が行き来する町中から自分を選び、あまつさえ一緒に居たいと言い切った相手に対する興味。
 振り返れば、まるでそうすることがわかっていたかのように、真っ直ぐに見つめるビリーの瞳に捕らわれる。
 ガイは小さな溜息を一つ吐き出して、少年の名前を呼んだ。

>> 次へ

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

プリンスメーカー 目次

こんなゲームがあったらいいなv な妄想から生まれた、実は王子なビリーを拾ったガイの話。
年下攻 。視点はガイ。

1話 プロローグ
2話 1年目 冬
3話 2年目 春
4話 4年目 冬1
5話 4年目 冬2
6話 7年目 春
7話 7年目 夏
8話 エピローグ

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁

せんせい。番外編 END No.3オマケ

<< 目次  << 1話戻る

 

 自分達の関係を隠しながら重ねるデートの行き先は、やはり、どちらかというと都心部から離れた場所が多い。絶対に知り合いとは出会わないような、ちょっと寂れた観光地。
 行き先を決めるのはたいがい雅善だったから、雅善自身はそんな場所でもそこそこ楽しんでいるようだったし、ただただ雅善との時間を持ちたい美里にとっては、行き先なんてさして重要ではなかったし、雅善が楽しんでいるなら尚更どうでも良かった。
 問題があるとすれば、あの化学準備室で襲ってしまった時以来、雅善を抱いていないことだろう。
 美里にとって、これは大きな問題だった。確かにあの時、雅善は自分を好きだと言った。しかも、自分が雅善をそういう対象として好きになるよりももっと前から、子供だった頃から、ずっと好きだったと言ったのだ。
 なのに、たまに軽いキスを許してくれる以外、なんだかずっとはぐらかされていると思う。
 校外で会ってくれるなら、校内ではただの一生徒として接するのでも構わない。そう言って半ば脅し取ったデートの約束だからだろうか? それとも、最初の1回があまりにヘタだったせいで、2度目を警戒させているのだろうか?
 どんな理由にしろ、雅善に触れたいという気持ちが収まるわけではなかった。
 
 
 曲がりくねった山道を、車は軽快なスピードで登って行く。ところどころ開いた場所から覗く景色は、そろそろ秋の終りを告げていた。
「ガイ、どこか景色の良さそうな所で、一旦車止めないか?」
「ああ、ええよ。写真でも撮ろか?」
 肯定の言葉を返す前に、車はグンとスピードを落とした後、道の脇に作られた簡易な駐車スペースへと停まった。
「ええ天気やし、まわりの木ぃたちもキラキラしとって綺麗やな~」
 うっとりと呟きながら伸びをして、シートベルトを外そうとする雅善の手を、美里はそっと掴む。
「美里……?」
「キス、したい」
「ここで?」
 小さく笑う雅善を、美里は真剣な目で見つめたまま。
「そう、ここで」
 答えながらシートベルトを外し、返事も待たずに身体を浮かす。
「キスだけ、やで?」
 ゆっくりと瞼を下ろしながら囁かれる言葉に、わかったと返す気はなかった。軽く触れるだけのキスを何度も繰り返し、やがて雅善がそろそろ止めろと言いたげに肩を掴むのを合図に、深いキスへと変えた。
「んんっ!?」
 驚きか、拒絶か。美里の口内へと吐き出された言葉はくぐもった呻きとなり、雅善の指はそのままキツク肩へと食い込んだ。
 美里自身も、肩へと走る小さな痛みに眉を寄せたものの、だからと言って雅善を開放する気にはなれない。
 逃げる舌を追いかけ捕らえ、存分に舐め啜りながら、ズボンから引きずり出した服の裾から潜り込ませた片手で、直接雅善の肌に触れた。怯えるように、雅善の肌が戦慄くのがわかる。
「キスだけやて、言うたやろ」
 唇を放せば、戸惑いを滲ませながら吐き出された声が震えた。
「キスだけじゃ、足りない。抱かせろとは言わないから、もう少しだけ、雅善に触らせてくれよ」
「ここを、どこだと……」
「車通りのほとんどない、山道の道路脇に停めた車の中。ちゃんとわかってる。ムチャしたりしないから」
「既に充分ムチャしとるって」
「うん。ゴメン。でも、止められない」
 吐き出される溜息。こんな風に、雅善に溜息を吐かせるのは何度目だろう?
 自分よりもずっと小柄で、童顔で。並んで歩けば、同級生か、悪くすれば自分の方が年上に見られることだってありそうなのに。やっぱり相手は既に成人して数年を経た大人で、ずっと好きだったと言ったその言葉はきっと本当で、最後の部分で拒絶しきれないのを知りながら、そこへ付けこんで甘えてしまう。
 甘やかして、甘えさせたい気持ちはあるのに、身体だけ大きくてもダメなのだと、この数ヶ月で嫌になるほど思い知った。
 どうすればいいのかなんてわからない。わからないことだらけで、気持ちばかり相手を求めて、持て余す情熱を一人では処理し切れない。そんなことまで、ガイには見透かされているような気さえする。
「ゴメン、ガイ。でも好きなんだ」
 情けなさに泣きそうだった。覆いかぶさるようにして、美里は雅善を抱きしめた。
「わかっとる。ワイも、好きや」
「なら、なんで……」
 はぐらかすのか。抱かせてくれないのか。
 言いたい気持ちと、尋ねるのが怖い気持ちが混ざって、結局言葉には出来なかった。返される言葉はなく、代わりに、宥めるように雅善の手が背中をさする。
「ワイを、抱きたいか?」
 やがて、ゆっくりとした口調で問いかけの言葉が掛けられた。
「当たり前だろ!」
 背中に置かれた手は名残惜しかったが、身体を放して雅善を見つめれば、雅善は酷く優しげに微笑んでいた。
「ワイのがずっと年上で、身体は小さくてもれっきとした男で、ずっと美里を抱きたいて意味で好きやった。て言うたら、どうする?」
「えっ……?」
「キス以上の事がしたいんやったら、そういう可能性も考えとき」
 雅善のシートベルトが外れて戻って行く。それを呆然と見つめながら、美里はその言葉の意味を理解しようと考える。
 もしかして、抱かせろ、と言われたのだろうか?
 その想像を裏付けるように、雅善の手が美里のズボンのフロントに掛かって、美里は思わず上ずった声で尋ねてしまった。
「俺を、抱く気なのか?」
「まさか。ただ、ワイかてホンマに美里を好きなんやって、ちゃんと教えたろと思てな」
 ジジッと小さな音を立てて、ジッパーが下ろされる。下着の中まで躊躇いなく進入した暖かな手の平に包まれて、身体はすぐにも反応し始めていた。
「が、ガイ!?」
 身体を屈め、引きずり出した怒張に顔を寄せて行く雅善に、美里は驚きの声を上げる。上目遣いに美里を見遣った雅善の顔は、なんだか笑っているように見えた。
「ううっ」
 熱い口内に含まれて零れる吐息。信じられないという気持ちでいっぱいだったが、現実は確かな快楽を伴ってここにある。
 雅善が自分のモノを咥えている。その事実だけでも達してしまいそうなのに、丁寧に這わされる舌とか、軽く当てられる歯とか。耐えられるわけもなく、美里はあっさり音を上げた。
「ダメだ、ガイ。もう……」
「ええよ」
 そう言われたって、その口の中に吐き出すことなんて出来ない。なのに、力で払いのけてしまうにはあまりにも惜しい誘惑だった。
 結果、必死で耐える美里の我慢も、促すように吸われれば限界を超える。全てを口で受け止めてから、ようやく、嫌そうに眉を寄せつつ顔をあげた雅善の喉が上下した。
 飲まれた……
 嬉しさよりも、むしろ羞恥と戸惑いが美里を襲う。言葉を失くして、呆然と雅善を見つめる美里に、雅善は余裕を見せつけるように口の端をあげて見せる。
「これ以上は、美里が卒業するか車の免許取ってからや」
「免許……?」
「抱かれた後でも無事に運転できる自信はさすがにあれへん。てこと」
「でもさっき!」
「今すぐ、これ以上のことしたいんやったら、ワイが抱くよて言うただけや。ワイかて色々我慢しとるんやから、あんま煽るようなことすんなや」
「生殺しも同然の仕打ちだな」
 手を伸ばせば届く近さに居る好きな相手と、当分の間キスだけの関係でいろと言うのか。
 我慢なんてしなくていいのにと言いたかったが、それがイコール、自分が抱かれる側になることを指すなら、さすがに躊躇いがある。
「好き、て気持ちだけやったら不満ですか?」
 やや下方から覗きこまれての問い掛けに、不満なんてないと言えるほど強がれない。きっとまた、焦れて、触れたくなって、多少強引にでもその身体に手を伸ばしてしまうだろう。
「受験生を誘惑するんは気ぃひけるんやけどな、あんま煮詰まられても困るし、ほな、たまにはまた口でしたるから、それで我慢せぇへん?」
「それは……でも、俺だってガイを気持ち良くさせたい、し」
 苦痛に歪む顔じゃなく、快楽に喘ぐ表情が見たい。自分の手によって雅善の快楽を引きずり出してやりたいのだ。その口から、気持ちイイと言わせたい。
「それは卒業後か免許取ってから」
「触るだけでもダメなのか!?」
「ワイを、ムチャクチャ感じさせて、ドロドロにしたい。て顔しとるからアカンな」
 ニヤリと笑う顔に、やはり全然敵わないと思う。
 服を調えるよう促されて従えば、出発する気なのか雅善はシートベルトを装着する。仕方なく、同じようにシートベルトを締めて、動き出す景色に視線を送りながら。前言撤回で、受験終了前に車の免許を取りに行ってしまおうかと考えた。

 
 
*ポチッと応援よろしくお願いします*
にほんブログ村 BL短編小説/人気ブログランキング/B L ♂ U N I O N/■BL♂GARDEN■


HOME/1話完結作品/コネタ・短編 続き物/CHATNOVEL/ビガぱら短編/シリーズ物一覧/非18禁