カレンダーを見ながらため息を吐き出す。卒業後、一度だって顔を合わせていない元生徒の誕生日を、忘れられずにいることが忌々しかった。
交際相手の性別に強いこだわりはないが、相手の年齢は気にするし、ましてや自校の生徒との交際などありえない。そう信じてきたし、今だってその気持ちは一貫して持ち続けてもいる。
生徒から恋愛的な意味での告白を受けることはあっても、当然、今まで問題を起こしたことはなかった。そもそも明日二十歳の誕生日を迎えるはずの彼とだって、彼が在校中、教師と生徒という立場を逸脱したことは一度だってなかったのだから、要は自身の気持ちの問題でしかないのだ。
元々ダメ元で告白してくる場合が多いというのもあると思うが、自身の信念や立場やらを丁寧に説明してお断りすれば、大概の子は素直に諦めてくれる。彼が現れるまでは、多少手こずることはあっても、個々の間で話がつく経験しかなかった。
そういう意味で、周りの多くを巻き込んで手を変え品を変え告白を繰り返した彼は、間違いなく特別で特殊ではあった。けれど途中からは完全に目的が変わっていたし、事実、卒業後の接触は一度だって無い。
わかっていたことだ。わかっていたから、卒業したあとであれば考える、なんてことすら言えなかった。そんな言葉で、未来ある若者を惑わしていいはずがない。
彼にとっては、卒業と同時に簡単に手放せる想いだった。
それは充分に想定内であったから、繰り返される多種多様のアプローチに心揺らされた自身が未熟だっただけ、という気持ちも大きい。だからこそ、小さなきっかけで思い出すたびに、こんなにも苦々しい気持ちになるのだ、ということまでもわかっているのだけれど。
口からは再度ため息がこぼれていく。
酷い未練だ、と思った。まさかこんなにも引きずることになるなんて、欠片も思っていなかった。
その約束を口にしたのは、彼が入学してきたばかりの頃だ。といっても場所は結構特殊で、彼が入院中の病室だった。彼は入学早々、事故にあって入院していた。
たまたま帰路の途中で寄りやすい病院だった、というのもあって、見舞いに訪れる頻度は確かに少々多めだったかもしれない。でもクラスに馴染む前に長期離脱という目にあった生徒を気にかけるのは当然だと思ったし、彼自身、新生活早々の困難に不安を覚えているのが明らかだったから、できる限り協力してやりたかった。
酒が飲める年齢になったら、オススメの日本酒が飲める店に連れて行ってやる。それは些細な雑談から派生した、その当時は、叶うかどうかなどどうでもいい約束でしかなかった。というよりは、叶わない前提の約束と言ってもいい。
同窓会などで元生徒と酒を酌み交わす機会はあるかもしれないが、元生徒と個人的に食事に行くような繋がりを持つ未来なんて、正直いえばまったく想像が出来ない。それは彼に限らず言えることだけれど、あれだけアプローチを掛けてきた相手とですら、卒業とともにバッサリ切れてしまうのだから、学校という空間はやはり相当特殊だと思う。
三度目のため息。重症だと思いながらも、今夜はどうにも引きずっている。
彼との関係はとっくに切れている。二十歳になったなら飲みに行くか、なんて誘える立場に自分はいない。わかっているのに、振り切れない想いがやるせなかった。
卒業したら手放せてしまうような想いで、散々こちらを振り回して、しつこいアプローチでこちらの心を奪っていった相手が、いっそ憎らしいとすら思う。こちらの気持ちに気づきもしないで、という苛立ちを、最後の最後まで口にせずに卒業する彼を見送れたことだけは、きっと、教師としての矜持を守れたと誇っていい。
いやでも、こちらの苛立ちや憎しみにも似た感情には、気づかれていたかもしれない。卒業を間近に控えたあの日、閉じ込められた狭い生徒指導室で、怯えるような顔をさせてしまったから。
せめて、笑顔の彼を見送れていれば、こんなにも引きずらなかったのだろうか。思ったところで今更すぎるし、抱える未練とは、これからも長い付き合いになりそうだ。
再度ため息を吐き出しかけたその時、机の上に置かれたスマホが着信を告げて震えた。こんな時間の知らない番号からの発信に、訝しみながらも通話ボタンを押す。
「あっ……」
電話の先、小さく息を呑んだ相手のひどい緊張が伝わってきて、こちらの鼓動も跳ね上がった。
だってこの先にいるのは、きっと……
リクエストは「先生×生徒(高校生)で、生徒がどんなにアプローチしても在学中はいっさい言葉にも態度にも出さない先生の両片思いの話」でした。リクエストありがとうございました〜
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