可愛いが好きで何が悪い16

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 馬鹿なこと言ってんなと憤るこちらと、へらへら笑いながらもテンション高く応じる相手とを残して、姉とその友人たちはさっさと帰ってしまった。というか妙な気を使われたのがありありとわかる退散の仕方に、いざ二人きりとなったら妙に気まずい。
 なんせ目の前には育った初恋相手が渾身のドレス姿で立ったままなのだから。
 双方が初恋相手なのは事実だけれど、それは双方が相手を異性と思っていたからで、今現在は間違いなくただの友人なのに。
 けれどふと、あの夏の花火大会の夜、どっちかが女の子じゃなくても付き合いたいと思ってると、途方に暮れた困った顔で告げられたことを思い出してしまう。忘れていいと言われたし、相手もちょいちょい怪しい言動を見せつつもあの件には一切触れなかったし、だからこちらもなるべく思い出さないように気をつけていたけれど、でも、本当に忘れ去るなんてどだい無理な話だ。
 これまでもふとした瞬間に何度も思い出してはいたが、今この瞬間には、出来れば思い出さずにいたかった。
 そっと視線をそらしながら、深いため息とともに部屋の壁に沿って腰を下ろす。普段なら出ているローテーブルやクッション類は、ドレスを着るのに邪魔だったのか片付けられていて見当たらない。
「あ、クッション出す?」
「いや、別にいいわ」
「てかやっぱ結構意識されてる?」
 言いながら近づいてきた相手が、ほぼ真正面にすっと腰を落とすから、そんな指摘をされてもまっすぐに見返すのが難しい。否定の声があげられない。
「ん、っふふ」
 そんなこちらに相手が堪えきれなかったらしい笑いをこぼしている。なんとか舌打ちは堪えたけれど、どうしても、口を開く気にはなれなかった。
「前にさ、今の俺がドレス似合っても惚れ直したりしないし、付き合わないって言ったの、覚えてる?」
「今もそう思ってる」
 妙にウキウキとした声にイラッとするものの、さすがに黙り続けるのは良くないかと、苦々しい気持ちで口を開く。
「嘘つき」
「お前がそこまで化けたのは想定外だし、姉貴はつくづく俺の好みを良くわかってると思うけど、でも、それでお前と付き合うとかって話にはならないだろ」
「なんで?」
「可愛い服とそれが似合うプリンセスを眺めるのが好きなだけで、別に恋愛したいわけじゃないから。プリンセスが好きだからって、自分が王子になりたいわけじゃない」
「まぁ俺も、本気でお前に王子様になって欲しいわけじゃないけど」
「ならあんまり俺をからかうなよ」
 ホッと息を吐き出したけれど、それを咎めるように、そんな簡単に安心しないでよと声が掛かった。
「んなの、安心するに決まってんだろ」
 こちらの反応を面白がってからかわれてるだけなら、腹は立つけどそれだけだ。惚れてるだの付き合いたいだの私の王子様だのを本気で言われる方が困るのだから、安心するのは当然だろう。
「王子になって欲しいと思ってないだけで、付き合いたいとは思ってるし、この格好、思った以上に効いてるっぽいなとも思ってるし、今、めちゃくちゃチャンスとも認識してる」
 だからこっち向いてよと、甘く誘う。ただし、声が作りきれていないというか、堪えきれなかったらしい笑いが含まれ声が揺れている。
「どこまで本気で言ってんだそれ。声、笑ってんぞ」
「んー、どこまで本気だと思う?」
「おいっ!」
 ふざけんのもいい加減にしろよと、そらしていた顔を相手に向けたのは失敗だった。
 とろけるみたいに嬉しそうな顔で見つめられていて、とたんに心臓が大きく跳ねてしまう。頭に血が上っていくような気がして、顔も熱くなる。
「かっわいいなぁ。そんな顔されたら、期待するのも仕方無くない?」
 何言ってんだと言い放つはずだった口はあっさり塞がれて、しかも開きかけた口の中に相手の舌が容赦なく侵入してくる。口の中をくちゅくちゅと掻き回されて、それが不快どころか気持ちがいいから困ってしまう。
 今度はもう、キャーキャー騒ぐ声もスマホのカメラのシャッター音もなく、相手を突き放すタイミングを完全に逸していた。

続きました→

 
 
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可愛いが好きで何が悪い15

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 ドレスは結局、被害が少ない部分を再利用して新しく作り直すことに決定した。
 という話を聞いたのが数ヶ月前で、それ以前もそれ以降も特に詳しい話は聞いていない。姉とその友人らと彼自身が、直接話し合ってあれこれと決めているようだったし、そこに口を挟む理由もないので、自分は完全に蚊帳の外だった。
 ただ、長いこと気落ちしていた様子の彼がだんだんと元気になっていくのは、頻繁に顔を見る機会があるのでよくわかったし、それだけで、うまいこと進んでいるのが伝わってきて安心していた。
 そんな彼が、ドレスが届くから見に来てほしいと言う。場所は彼が一人暮らしを始めたアパートで近いし、姉が絡んで作ったドレスには興味があるに決まっている。
 誘われてからは自分も結構楽しみにその日を待っていたのだが、当然、吊るされたドレスを見る以外の想像はしていなかった。いくら母親の形見を使った大事な品でも、自分の部屋とさして変わらない広さのアパートに、トルソーやらを持ち込んでドレスを飾るとは思えなかったせいだ。
 呼び鈴を鳴らして出てきた姉にまず驚き、含み笑いで目を輝かせている姉に急かされるまま、居室のドアを開いて更に驚く。
 そこには、ドレスに身を包む見知らぬ美女が佇んでいた。
 まぁ、見知らぬと言っても、それが彼自身だということにはすぐに気づいたのだけれど。ついでに言うなら、彼が間違いなく初恋のリトルプリンセスなのだと突きつけられる思いもした。
 幼い彼が身につけていたドレスに似せて作ったのはたぶんわざとだ。ウィッグも今の彼の地毛より数段淡い色合いのものを着用していて、何度も見返した画像と、自身の遠い記憶の中にしか存在しなかった小さなプリンセスが、成長して目の前に立っている。
 でもまさか、いくら顔の造形が良くても普通に男として育っている彼が、今更ドレスに袖を通すなんて思っても見なかった。
 二重の驚きと衝撃で言葉もなく見つめてしまえば、目の前のプリンセスが柔らかに笑んで見せる。中身は彼だと頭ではわかっているのに、間違いなく見惚れていたし、馬鹿みたいに鼓動が跳ねてなんだか顔も熱い気がする。
「どう?」
 いつもの彼とは少し違う、意識して高めに発された声が、よく知った彼と目の前のプリンセスとの繋がりを薄くしていく。頭での理解に靄を掛けて、友人としての彼を遠ざけていく。
「どう、って言われても……」
「似合ってる?」
「そ、れは……」
 似合ってるか似合ってないかで言えば間違いなく似合っているのだけど、それを認めてしまっていいのかわからない。
「この反応で、似合ってないとか言い出したら殴るけど?」
「だよね。私達の渾身の力作だし」
「ドレスに限らず、ね」
 横から口を挟んできたのは姉とその友人たちだ。部屋に入った瞬間から彼に目が釘付けになっていたが、あの日、裂かれたドレスを持ち込んだときに同席していた二人は、その後もずっとこのドレス作りに関わっていたようだから、今日も一緒に来ていたらしい。
 彼も同じように思っているのか、嬉しそうに柔らかな笑みを湛えていた。
 その彼が、部屋の入口に立ち尽くしている自分に向かって、ゆっくりと近寄ってくる。思わず後ずさろうとするのを、姉が腕を掴んで引き止めた。それどころか、彼に向かって背を押し出すまでしてくるので焦る。
 身長はほとんど変わらないけれど、目の前に立たれるとほんの少しだけ見上げる形になる。けれど今までこの距離で、相手をこんなにマジマジと見つめる機会はなかった。
 ようするに、目が、逸らせない。
 中身は男だとわかっているのに。彼だとわかっているのに。でも、だからこそ、初恋のあの子なのだということも、わかってしまっている。
「久しぶりだね。私のこと、覚えてる?」
「え?」
「昔、悪いやつから助けて貰ったんだけど」
「あ、ああ」
「あのときは、本当に、助けてくれてありがとう」
 あの日助けた小さなプリンセスと、成長して再会した的なシチュエーションだろうか。
 礼ならもう何度も言われた。なんてツッコミをする余裕はない。
「もう一度会えて良かった。私の、王子様」
「んん?」
 何を言い出して、と思った次の瞬間には、近かった顔が更に近づいて唇に柔らかなものが触れる。
 キャーキャー騒ぐ声とスマホのカメラのシャッター音とが聞こえてきて、慌てて目の前の体を押し返した。
「ちょ、おまっ、何して!!??」
「めちゃくちゃ見惚れてるから、キスくらいしても許されそう、って思って」
 ファーストキスだった? などと聞いてくる声は、すっかりいつもの彼のものだ。目の前に居るのは変わらず初恋プリンセスだけれど、それでも一気に魔法が解けた気がする。

続きました→

 
 
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可愛いが好きで何が悪い14

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 直接見たいから持って来いと指示され、彼とともにダン箱を抱えて実家へ向かう。
 家には姉の他に2人ほど、以前にも会ったことがある姉の友人女性が待っていた。聞けば、ふわふわひらひらした可愛い服を、自分が着たいのではなく作りたい側の人間らしい。そういう繋がりの友人だったとは知らなかった。
 彼はやはりダン箱の中身には触れようとしなかったので、許可を得て姉の友人の一人が中身を取り出し広げる。その瞬間、自分も含めて、息を呑む密やかな音が部屋に広がった。
 結局自宅では被害の確認をしないままだったので、自分もその時が初見だったせいだ。彼が触れるのを躊躇ったのがわかるくらいに、派手にあちこち切り裂かれていた。
「これは……」
「うー……ん、きびしい、ね」
 ひそひそと交わされる会話はもちろん彼にも聞こえているだろう。ちらりと窺う横顔は青ざめて見え、キュッと結んだ口元が痛々しい。
「にしても、物に当たるなんて酷すぎるなぁ」
 悔しそうに言ったのは姉で、犯人が継母であることは既に伝え済みだった。彼の実家脱出には伯父の力も借りたし、継母とのゴタゴタを姉も多少は知っている。
 結局、義憤に駆られたらしい姉が、どうにか出来ないかもう少し色々探りたいと言うので、裂かれたドレスは彼女たちに預けることが決定し、トンボ帰りするにはさすがに遅いとそのまま実家に一泊することが決定した。
 引くなよと一応釘を差し、自室へ彼を招き入れる。
「へぇ……向こうの部屋も、これくらい飾り立ててもいいのに」
「万が一友達招くことあったとき、仕舞う場所がないのは困るだろ。こっちは取り敢えずで移せるスペース結構あるし」
 姉や両親の部屋に置かせてもらってもいいし、リビングに置いたっていい。リビングに飾られたぬいぐるみやら写真立てやらを、自分が招く友人らが自分のものと思いはしないだろう。
 ぬいぐるみを飾る棚やらはもう少し可愛く演出したい気もするが、いざというときに誤魔化しが効くようにと考えると、現状はぬいぐるみごと移動できるサイズに抑えるのが妥当、というところに落ち着いている。
 自分自身がプリンセスになりたい願望がなくて本当に良かったとは思う。姉の部屋はこれに加えて、寝具やらクッションやらラグに始まり、ベッド本体やタンスなどの家具類までが全て可愛い。
「俺も友人じゃないの?」
「お前相手に今更隠す必要ないだろ」
「まぁ、そうなんだけど」
「それに、お前が部屋来るようになった最初はちゃんと隠してたろ」
「ああ、たしかに」
 言いながらも、なんだかニヤニヤと嬉しそうにしている。
「何笑ってんだよ」
 先程までの青ざめた顔に比べれば全然マシではあるが、突っ込まずにはいられなかった。
「んー、特別扱い、嬉しいなぁって思って」
「それも今更だ、今更」
「それもそうなんだけどさ」
 たいして広くもない部屋の中、数歩分の距離を詰めてきた相手が、ゆっくりと額を肩に押し当ててくる。逃げようと思えば簡単に避けられるゆったりとした動きを、黙って受け止めてしまったのは、裂かれたドレスが直せる見込みがほぼないことを知っているせいかもしれない。
「お前と大学で再会できたの、俺の人生一番のラッキーだったかもって、最近思ってる」
「大げさだな」
「今日だって、すぐにお姉さん捕まえて、ドレスなんとかしようとしてくれたし」
「なんとかしようとはしたけど、まだなんともなってないだろ」
 多分直んないぞとはさすがに口にできなかったが、彼もそれはどうやらわかっているらしい。
「直らない覚悟は、してる。でもお姉さんがどうにかしたいって言ってくれたのも嬉しくて、もういいって言えなかった。もしかしたら、お姉さんからお前に無理そうって連絡来るかもしれないから、俺がちゃんと覚悟できてるって、知ってて」
「わかった」
「本当に感謝してる。お前に会えて、良かった」
「おう」
 しみじみと言われて、なんとか短く応じる声を発したものの、その後どうすればいいかわからない。話が終わったなら離れて欲しいが、自分から突き放す気にはなれそうになかった。
 結局、夕飯だと呼ぶ声が聞こえるまで、馬鹿みたいに2人黙ったまま、寄り添い立ちつくしていた。

続きました→

 
 
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可愛いが好きで何が悪い13

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 いざというときに自分の身を守るための証拠を確保しておけと彼には言ったが、こちらの目的は、彼が卒業するまでの学費と大学近辺で一人暮らしができる程度の生活費を確保することで、難攻したのは彼の身を守るための証拠の入手よりも、彼自身に、継母からの性的虐待を自覚させることだった。
 父親への罪悪感で逃げ回ってはいても、彼にとっては初めての相手であり、父親が不在の家を整えて彼に快適な生活を与えてくれた第2の母でもある。話を聞いていると、継母の狙いは最初から彼だったのではと勘ぐりたくなるくらいに、彼に対して愛情深く献身的なようだった。
 問題を抱えながらも結局はかなり絆されているように見えたし、そんな相手を悪者にして被害者となることが出来ない心情はわからなくもないのだけれど。母親を犯罪者にしてしまったら、実父が事実を知ってしまったら、自分の子かもしれない弟妹たちの将来に不安を感じても当然だと思うけれど。
 それでも少しずつ説得を続け、落とし所をさぐり、弁護士の伯父の協力を得て、2年の冬が終わる前には当初の目的を達成した。
 といっても、当然全てが丸く収まったわけではない。
 大まかには、大学卒業までは実父が生活費を含み最低限必要な経費を払うこと、弟妹のDNA鑑定などはせず今後も実父の子として実父が責任を持つこと、実父とは最低限親子関係を継続するが、継母や弟妹たちとは今後は関係を断つことなどが約束されたが、父親はともかく継母はやはり納得がいかないようだった。特に弟妹とも関係を断つというのが、その2人は彼の子だと主張する彼女には許しがたいらしい。
 どちらかが、または二人ともが、本当に彼の子だと確定するほうが問題が大きくなる、という思考にはなれないようだが、正直これ以上付き合えない。付き合いたくない。
 父親が継母にべた惚れは事実で、実の息子を誘惑するような女でも離婚する気にはならないようだし、実子でも孫でも可愛いのには変わらないと言っていたから弟妹の処遇に関しては多分問題ないだろうし、だったら後はもう夫婦でどうにか話し合って欲しいと思う。
 そんな感じで後のことは彼の父に投げた状態で、彼の新居探しが始まった。新年度も近く、新入生向けに多数の物件が用意されていて、タイミングは悪くない。
 あっと言う間に引越し先も引越し日も決まって、彼は慌ただしく実家とこちらを行き来している。
 そんな中、実家で引っ越しの荷造りをしているはずの彼から、今から行くという、伺いですらない断定のメッセージが届いた。
 何があったと問い返すメッセージには、着いたら話すとしか返ってこず、明らかに様子がおかしい。父親が休みで在宅の時を狙って荷物を片付けに通っているのだから、そう大きな問題が起こるとは思えないのだけれど。しかし短なメッセージからは、明らかに不穏な気配が漂っている。
 そんな彼が到着したのは、昼を少し超えた頃だった。手には大きなダンボール箱を抱えて、顔は今にも泣き出しそうでビックリする。
 引っ越し用の荷物を、そのまま自力で運んできたってことだろうか。だとしても、借りた新居ではなくこちらに持ち込む意味がわからない。
「何があった?」
「ねぇ、ドレス直せるとこ、知らない?」
 さきほど送ったメッセージを再度口頭で告げれば、食い気味にそんな言葉が返ってきた。
「え、は? ドレス?」
「そう。プリンセスが着るようなガチ目のドレス。てか片方はウエディングドレスなんだけど」
「は? ウエディングドレス? ってそれの中身か?」
 彼が抱えたダン箱へ視線を向ければ、コクリと頷いた後で上がっていいかと問われる。もちろん断るわけがなく、部屋の中へと招き入れた。
 降ろされ開かれたダン箱の中には、たしかに光沢のある布やレースが詰まっている。しかし明らかに無造作に詰め込んだと思われるグシャグシャっぷりで、あまりに扱いが悪すぎる。
 しかも箱の中身を見つめながら瞳を潤ませている彼は、それに触れようとはしなかった。
「なんだこれ」
「母さんの遺品」
「は? 母さんって、お前を産んだ方の?」
「そう。ウエディングドレスとお色直しのカラードレス。母さんがすごく大事にしてたやつ。だから俺も大切に仕舞ってたのに、引っ越し荷物の中に混ぜてたの、見つかっちゃった」
「え、で、直すってことは壊されたってことか?」
「切られちゃった」
「はぁ!?」
「完全にただの嫌がらせだって。母さんの思い出の品をそんな大事にして、しかも男の俺が、ドレスを持って家を出ようとするのが許せないって」
 とうとうボロリと涙がこぼれ落ちていく。
「ちょっと姉貴に相談する。あの人自分がお姫様になりたい人だから、服関係は俺より断然詳しい」
 メッセージを送って返信を待つのでは遅すぎると、直接姉に電話をかけた。

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可愛いが好きで何が悪い12

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※ 継母から性的虐待を受けていたという内容です

 話せる範囲でと言ったのだから、抱える問題をどこまでこちらに伝えるかを考える時間は必要だろう。急かすこと無く黙って待てば、やがて俯いていた頭がゆっくりと持ち上がる。
「多分ドン引きな内容だけど、本当に言っていいの? 言って友達やめられたら、俺、ちょっと立ち直れる自信がないんだけど」
 不安そうに揺れる瞳に、大丈夫だから教えろと断言してやれば、ホッとしたように肩の力が抜けていく。
 ただ、相手が語った内容はこちらの想像を遥かに超えて、確かにドン引きというか気持ちが悪くなるほどに深刻な話だった。
 彼が話したのは、実母は既になくなっていること、中学の時に父親が再婚して若くて綺麗な継母ができたこと、5歳になる弟と今年の春に生まれた妹がいること、その2人が自分の子供である可能性が高いことだ。つまり中学生の頃から継母と体の関係があったということで、彼から手を出したわけではないそうだから、実質性的虐待を受けていたという告白にほかならないのだけれど、その自覚が彼にあるのかはイマイチ怪しい。
 父親は仕事が忙しく、特に再婚後は安心して家を空けられるからと出張もかなり多くこなしているらしい。中学高校時代は逃げ場がほとんどなかったが、大学生になって泊まり歩ける場所を少しずつ増やして、今では父親が出張で家にいないときは一切実家に戻らない生活をしているそうだ。
「親父が家にいないとき、あの人、俺をパパって呼ぶんだよ。弟はそれを素直に覚えちゃって、使い分けなんかできないから親父がいてもパパとか呼ぶし、親父も親父で、それを不思議に思わないっていうか、あの人信じてるのか出張多いせいだって思ってるみたいだし。親父のことはお父さんって呼んでるから、なんかもう、俺がパパ扱いでもいいって思ってそうっていうかで」
 ようするに、実父に継母のやらかしを相談したりが全くできていない状況だ。若くて綺麗な後妻にべた惚れらしいから、その継母と体の関係があるなんて言えないのはわからなくもないし、自分が襲った側とでも認識されたら今後の自分の生活がどうなるかわからなくて怖い、という思考も理解は出来る。
「だいたいわかった。一応聞くけど、話せる範囲でっての意識してこれ? これ以外にもまだ、話せないようなヤバいの抱えてる?」
「弟と妹が俺の子かも、以上にヤバいネタはない、かな」
「もっとヤバいのがあるとか言われなくてよかったわ。で、先に結論から言うけど、お前が幾つか俺のお願い聞いてくれるなら、お前の荷物の預り賃は貰わなくてもいいかなって思ってる」
「え、お願い? って抱いて、とか、そういう……?」
「んなこと言うかバカ」
「あ、いや、まぁ、そりゃそうだよねぇ」
 さすがに失言を自覚してか、相手は誤魔化すように笑ってみせるが、とっさにそんな言葉が漏れるくらいにそういうお願いばっかりされてきたのかと思うと、一緒に失言を笑う気にはなれないし、なんとも遣る瀬無い。
「俺のお願いは、実家戻るときは常にレコーダー回して欲しいのと、継母と何かメッセージやり取りしたらそれ絶対消さないで残すのと、それを俺に聞かせたり見せたりするのを嫌がらないこと、だな」
「は? え?」
 意味がわからないという顔をされたし、呆然としたあとで、意味がわからないともはっきり言われた。
「だって、継母にべた惚れの父親に継母との関係がバレた時のこと考えたら、自分の身を守るための証拠なりは揃えといた方がいいだろ」
「そ、れは、そう、……かもだけど、でも、それをお前が俺にお願いするの?」
「しちゃ悪いかよ」
「悪……くはない、のか? でも、なんでそんなことするのか、わかんないんだけど」
「あー……まぁ、初恋のプリンセスが継母に虐められてたら、助けてやりたいなと思っても仕方ないっつうか、そう不思議なことでもないだろ。多分」
 お前に性的虐待受けてるって自覚がなさそうだからだと指摘するのを迷って、適当に誤魔化してしまったが、彼はそれで納得したのか、ブレないと言っておかしそうに笑っている。かなり重めの秘密を暴露させてしまった後なので、こんな適当話題で笑ってくれたことにはホッとする。
「俺、お前の初恋プリンセスで、ほんと良かったかも。でも継母に虐められるプリンセス助けたら、それもう王子様じゃん?」
 俺と結婚してくれんの? などと面白そうに聞かれたけれど、さすがにそれは即座に否定を返しておく。
「どう考えても七人の小人のどれかか、せいぜいかぼちゃの馬車出すフェアリー・ゴッドマザーあたりだろ」
「そこは王子狙ってよ!」
「海の家の王子はお前だろ」
「それはそうなんだけどさぁ」
 つまなんないなぁと嘆くようなことを言いながら、でも、その顔は満足げで嬉しそうだった。

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可愛いが好きで何が悪い11

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 もともとそう長く実家に滞在する予定ではなかったし、結局花火以降は直接会うこと無く夏休みは終わってしまった。
 姉からはあの日何かあったのかと探るようなメッセージが届いたが、当然、忘れていいと言われた告白のことなど言えるはずもない。彼の何が姉に疑惑を持たせたのか聞くのはヤブヘビになるのが見えていたので、兄妹で迷子になってた子供らの親を彼の活躍で見つけたことと、ありがとうを言われてかなり興奮していたことだけ返しておいた。
 まぁ、当然本人からも聞いていると思うけれど。案の定、それは聞いたと返ってきたけど。
 久々に顔をあわせるとなると、なんだか少し緊張する。忘れていいの言葉通り、あの後もポツポツとやり取りしているメッセージは何事もなかったかのように今まで通りだけれど、顔を見ても今までと同じように振る舞えるかわからない。
 親しさを隠している大学内はいいとしても、泊まりに来られたら意識せずにいられる自信がなかった。けれどどうやらそれは相手も同じだったらしい。
 気づけば夏休み終了から2週間が過ぎていて、その間一度も相手は泊まりに来なかった。
 むしろその態度が意識されてるようで、だんだん逆にむず痒い。かといってこちらから突付くのも、やっぱりヤブヘビになりそうで迷っていた。
 そんな中、お願いがあるんだけどというメッセージが届く。内容によると返せば、いくらか払ってもいいから教科書類や衣類を置かせて欲しいという。どういうことかと思ったら、どうやら複数あった寄生先を減らしている最中らしい。
 そういや自宅にはあまり帰っていないようなのに、あちこち泊まり歩いても講義には問題なく出席していた。それをあまり疑問に思ってはいなかったので、当然、複数の寄生先に教科書やら衣類やらを分散して置いていたなんてことにも気づいていなかった。
 うちに持ち込まれたのは、自分で用意しろとこちらが要求した布団くらいで、部屋着を貸したりはしたが基本彼の私物を自宅に置いていかれたことがないのも大きい。
 寄生先を減らした結果が、うちに纏めて荷物を置きたいになるということの意味を、これはやはり聞かなければならないだろうか。というかこれに許可を出してしまったら、相手に脈アリって思われるんじゃないのか?
 メッセージ画面を見つめながら迷うこと数分。ちょっと一回うちに来いと、送ってしまった。


「俺まだ預かるってOK出してないよな?」
 今から行くという返信から30分近く経って訪れた彼は結構な大荷物を抱えていたので、開口一番、驚きと不信感の混ざりあった不機嫌そうな声が漏れてしまう。
「それはそうなんだけど、でも許可もぎ取るつもりで来てるし」
 お願い取り敢えずあがらせてと、疲れた顔で頼まれて追い返せなかった。
「で? 俺はオトモダチとして、金もらって協力、って立場と思っていいのか?」
「もちろん。それ以外に何かある?」
 しれっと肯定されてしまって、おや? と思う。あの告白は本当になかったことになっていて、自分が考えるのとは全然別の理由で、寄生先を減らしている可能性に気づいてしまった。
 だとしたら、お前俺が好きで女関係切ってるんだろう、なんてのは、自意識過剰を晒すだけでしかない。それは絶対に避けたいし、慎重に話を進めなければと気持ちを引き締める。
「お前の顔の広さ利用させて貰ってる自覚あるし、友人として協力するのが嫌だとは言わないけど、でも、今まで上手くやってたんだろ? なんでわざわざ親切なオトモダチ切って、うちに荷物運びこもうとしてんの?」
 こちらが勝手に寄生先と思っているだけで、実際彼が寄生先などという単語を使ったことはない。当然、こちらも彼とのやりとりで寄生先と使ったことはなかった。
「何かしくじってトラブったとか、切ったんじゃなくて切られたとか?」
 うちにお前の女関係のトラブル持ち込まれるのは嫌だぞと釘を差してみれば、少し考える様子を見せはしたが、トラブルはないと否定する。
「いや、トラブっては居ないよ。円満に関係解消してる。はず」
「本当かよ?」
「まぁ元々俺が下半身ゆるゆるなのわかってての、相互利用みたいなもんだったし。健全な夏を満喫しすぎてその気にならなくなって、俺が返せるものなくなったら引き上げるしかないよね、みたいな」
 やっぱり代価はセックスだったんだなぁと思いはしたが、さすがにそこを突っ込む気にはなれない。ただ、その気にならなくなった、というのは気になってしまう。
「俺が下半身だらしないって言ったの、もしかしてまだ引きずってるのか?」
「んー、どっちかって言うと、夏バイト中、女の子のお誘い全部断ってもそれで特に何の問題もなかった、ってのが大きいかな。なんかずっと、断るより応じる方が面倒ないって思い込んでたみたいで、でも実際は全部断って誰とも何もなしのが快適って気づいたっていうか」
 最初に断る口実くれたことには本当に感謝してる、などと言われて、応じる方が面倒がないと思い込むくらいにモテまくってきたことを、なんだか哀れに感じてしまう。こいつを見てるとどうしても、顔が良くて羨ましいとか、モテて羨ましいという気持ちよりも、顔がいいのも大変だなという気持ちにさせられる。
「なら、俺みたいに、金渡して荷物預けようとかは考えなかったわけ?」
「いやぁだって俺と何もないなら、新しく彼氏とか作りたいかもしれないじゃん。そこにいつまでも俺の影があるのどうかと思うし」
「じゃあ、俺以外の男友達に金渡して荷物預けるのは?」
「んー……俺、男友達もいないわけじゃないけど、お前はちょっとその中でもかなり特殊というか」
「特殊?」
「あー、ほら、学科の女子とかほぼ眼中ないっていうか、夢の国とそこのプリンセスに夢中で俺がモテるとか顔がいいとかあんま気にしてないっていうか、学業的な意味で俺の顔の広さを利用する気はあっても、俺の側にいれば自分にも女の子と仲良くするチャンスがみたいなの全然考えてなさそうなとこが、さ」
 そういうところがかなり特殊な友人で、どうやら頼み事がしやすいらしい。まぁ確かにその通りではあるし、むしろ彼狙いの女子に目をつけられたくないから、なるべく親しいことがバレたくないとまで思っている。
「わかった。荷物は預かってもいい。けど話せる範囲でいいから、家に帰りたくない理由話せよ。遠いからってだけじゃなく、他にも何か理由あるんだろ? いくら払ってもらうかは、その理由聞いてから決めたい」
 一切言えないなら月5万なとふっかければ、相手は嫌そうに眉を寄せる。
「それってつまり、俺に何か、同情されるような可哀想な事情があれば安くするって意味だよね?」
「まぁそうなるな。てか遠いの面倒なんだよね〜がもう信用なんねぇよ。女の子のとこ渡り歩いてるのも、特別好きでやってたわけでもないなら、よっぽど何か嫌なことが実家にあるんじゃないのか? 家帰れない、でも一人暮らしさせても貰えないで、友人に金払って荷物置かせて貰うなんて生活を、これから後3年以上続ける気なのか? 同情されたくないとか弱み握られたくないとかならそれでもいいけど、口に出してみたら解決策が見つかる可能性もあるし、一人で抱え込んでていいことなんかなんもないだろ?」
 言えば整った顔がクシャッと歪んで、でもすぐにそれを隠すように、片手で顔を隠し俯いてしまった。

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