多分、両想いな二人のクリスマスイブ

 先日、冬至だと言って南瓜と柚子を抱えて来た友人には、クリスマスは平日だし特に何かをやる気はないと明言していた。つまりは来るなと言ってあった。
 正月休みに入る前に終えなければならない仕事が山積みで、その冬至の日だってろくに相手をせずに自宅でも仕事をしていたのに。そんな状況で定時で帰れるはずがないことなんか、わかりきっていると思っていたのに。
「なんでいるんだ」
 帰宅した自宅ドア前、身を縮めて丸く座り込んでいる男を前に、驚くよりも呆れて溜息がこぼれ落ちる。ただ、呆れてはいるが、想定通りでもあった。
「寒い」
「当たり前だ。というか遅くなるから帰れって送ったろ」
 まだ帰ってこれないの? というメッセージを受け取ったのは1時間ほど前だ。どれくらい待ったあとでそのメッセージを送ってきたのかはわからないが、既に相当待った後だろうことは想像がつく。
 相手が自宅に押しかけていることを知って、もちろん即座に帰れと返信していた。返したが、素直に帰らない可能性が高いともわかっていたから、これでも相当急いで帰宅している。
「だってクリスマスイブだし」
「だってじゃない」
「つかマジ寒いから。早く」
 家に入れろと急かされて、再度、盛大に溜息を吐いてから家の鍵を開けてやれば、勝手知ったるとばかりに家主である自分よりも先にさっさと中へ入っていく。だけでなく、暖房のスイッチを入れ、抱えていた荷物をキッチンに持ち込み、慌ただしくゴソゴソと動き回っている。
 またしても軽い溜息がこぼれ落ちたが好きにしろと諦めて、こちらも普段通り過ごす事にした。普段通りというか、スーツを脱いで風呂場へ向かった。

 シャワーを浴びてリビングへと戻れば、テーブルの上にはフライドチキンやらローストビーフやらピザやら、大変クリスマスらしいメニューが山盛り並んでいて、小ぶりながらも丸いケーキまである。
 彼が持ち込んだ大荷物は見えていたから、ある意味これも予想通りではあるのだけれど。
「重っ」
「え、なに?」
「いやお前、この時間からこれ食うとかマジか」
「この時間になったのはお前が帰ってこなかったからじゃん」
「だから元々、平日ど真ん中のクリスマスなんてやらないって言ってたっつーの」
「あーもー、別に半分くえとか言わねぇし。食える分だけ食ってくれればいいから。とにかく俺に付き合って。クリスマス一人とか寂しいから一緒にメシ食ってお祝いしてってだけだから!」
 口を尖らせて不満を示すものの、すぐに満面の笑みを作って開き直られてしまった。
 まぁ付き合う気がなければ、頑張って帰宅なんてしないし家にも入れないのだけど。でも文句も言わずに甘い顔をして受け入れていたら、どこまでも付け上がっていくんだろうから、取り合えず釘は刺しておこうというだけで。
 はい座って座ってと促されて席につき、平日には極力酒は飲まない主義なのに、注がれるままワインで乾杯して、用意されたご馳走に手を伸ばす。
 まぁ、睡眠時間やら明日の仕事やらを考えなければ、悪くない時間だった。ボリューム満載のご馳走も、結局、雰囲気と酒の力とで思ったより食べれてしまって胃が苦しい。
「んーさすがにこれ以上無理〜」
 カットせずに直接フォークを突き刺して食べていたケーキはまだ半分ほど残っているが、どうやら相手もここでギブアップらしい。
「無理して食うなよ」
「だって持って帰るの面倒だし、置いて帰ったらお前絶対また文句言うし」
「そりゃ言うだろ。っていうか」
 言いながら確認した時計は23時を超えている。帰宅が遅かった上に、大量の料理を前にダラダラと飲み食いしていたせいだ。
 言葉を止めて溜息を吐けば、相手が気まずそうな顔になって、そそくさとテーブルの上を片付け始める。ただその手つきはなんとも怪しい。手つきどころか足元もなんだかふわふわとおぼつかない。
「飲み過ぎだ、バカ」
「んーゴメン」
 素直に謝るくらいには自覚があるらしい。
「ああ、もう、片付けは俺がやるから、お前ちょっとシャワー浴びてこい」
「え? なんで?」
「泊まっていい。が、さすがにそのまま布団を使われるのは抵抗がある。部屋着は貸す」
「え、マジ? いいの?」
「寒い中何時間も外で待たせた上にこんな時間に追い出して、風邪でも引かれたら寝覚めが悪い」
「やった! じゃ行ってくる!」
 こちらの気が変わらないうちにとでも思ったのか、さっきのおぼつかない足取りはなんだったんだと言いたくなるくらい、しっかりとした早足でささっと風呂場へ行ってしまった。
 もしや、相手の酔っ払って帰れないという演技に、まんまと引っかかったんだろうか?
 そんな思考がチラリと掠めたものの、どちらにしろ後の祭りだった。

 
 
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親切なお隣さん5

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 土曜の夕方、バイト上がりに待ち合わせたお隣さんに連れて行かれたのは、駅前の小さな洋菓子店だった。暑いしゼリーとか良いよね、というお隣さんの助言により千円ちょっとの小さな詰め合わせを買って、それを手に次に向かうのは大家さんのお宅だ。
 エアコンが新しくなっただけでなく、免責がどうとかで今月の家賃が5千円も安くなるそうで、大家さんに一言お礼しに行ったほうがいいよと言い出したのも、もちろんこのお隣さんだった。
 言われた最初は当然、なんでわざわざそんなことを、と思った。だってそれが仕事なんじゃないの、みたいな気持ちがあった。
 けれど、近いんだから顔ぐらい知っておいたほうがいいよ、だとか。これからもきっとお世話になるよ、だとか。急いで工事すれば家賃を値引く必要はなかったはずだよ、だとか。
 この5千円は大家さんの厚意から出てるお小遣いみたいなもんだから、まるまる自分のものにするより、少しでいいからお礼の気持ちを形に変えて、感謝を示しておくのが良い。らしい。
 どう考えても大家さんよりこのお隣さんの方にお世話になりまくってるんだけど。もしお礼として何か買って渡さなきゃならないなら、お隣さんが先ではみたいな気持ちが強いんだけど。
 でも、絶対行ったほうがいいと真剣に勧められて断りきれなかった。面倒がって、お礼の気持ちなんて何買えばいいかわからない、とか、大家さんちの場所知らない、とか言って渋ったせいで、一緒に選んで大家さんの家まで付きそうから、とまで言わせてしまったのもある。
 あと、行くって言うまで粘られそうな予感がしたと言うか、うんって言うまで引かないなと察してしまった。
「ここが大家さんのお宅」
 ごくごく普通の一軒家の前で、お隣さんが立ち止まる。
「ね、近いでしょ」
「そっすね」
 確かにアパートからかなり近い。というかアパートが向こうに見えているような距離だ。
「じゃ行っておいで」
「え?」
「ん?」
「一緒に行くんじゃ?」
「場所知らないって言うから連れてきただけだよ。エアコン直って快適です、ありがとうございました。って言うだけでいいんだから一人で行っておいで。別に怖いことないから大丈夫」
 そう背中を押されてしまって、あれ? と思う。
 道中なんだかいつも以上に機嫌がいいと言うか、浮かれたような気配がしてたから、てっきりこの人が大家さんに会いたいのかと思っていたのに。もしかして大家さんに会いに行くダシに使われた可能性、なんてものまでほんのりと考えていたんだけど。
 仕方なく、ここで待ってる、というお隣さんを門前に待たせて玄関扉の前に立った。
 ドアチャイムを押せばすぐに応答があって、名前とアパートの住人であることを伝えれば、しばらくしてドアが開き、暑いから中に入るようにと促される。
 大家さんと思しきその人は、老人と言うにはまだまだ若いけれどそこそこ年齢が行ってそうな、ちょっと恰幅の良い男性だった。というか全く初めて会う人ではなかった。
 そういやお隣さんも、たまにアパートの様子を見に来てるとか言ってたような……
「エアコン工事したとこの、だよね。新しくなって問題はない?」
「あ、はい。でこれ、お礼、です」
 ありがとうございました、と言いながら、手にした袋を差し出せば、うんうんと嬉しそうに頷いて、わざわざありがとうと言いながら受け取ってくれる。
「ところでさ」
 お隣さんの名前を出して、持っていけって言われたの? と聞かれたので、素直にそうですと返せば、やっぱりうんうんと嬉しそうに頷いたあと。
「エアコン直るまで泊めるって聞いてさすがにびっくりしたけど、どう? あの子と上手くやれてるか?」
「まぁ、多分。俺のこと、小学生のくらいの子どもと思ってそうですけど」
 今も外で待ってますしと言えば、過保護だなと大笑いされてしまった。確かにそうかも。
 面倒がって渋ったとは言え、随分あっさり付き添いを申し出てくると思っていたが、大家さんに会いたかったってわけじゃないなら、過保護だからという理由はなかなかしっくり来る。
 やっぱ小学生扱いだよな、という気持ちもますます強くなってしまったけれど。
「今は小学生の子供は居ないからなぁ、あのアパート。まぁ泊めてもらって助かったと思うなら、あの子が今してるように、いつか余裕が出来たときにでも困ってる子供を助けてあげたらいい」
「やっぱアンタか」
「なんだって?」
「あー……大家さんがあの人に、恩返しなら困ってる子助けてあげろって言ってくれたおかげで、今回俺が助かったんだな、と思っただけ、す」
 もう一度ありがとうございましたと頭を下げてから、満足気に笑う大家さんに見送られて玄関を出れば、お隣さんがにこにこ顔で迎えてくれる。その顔にホッとしてしまうのは、褒めてくれているとわかるからだ。多分、一人で大家さんにお礼が出来て偉いぞ、って思ってる。
 この安堵はどれくらい相手に伝わっているんだろう?
 子供扱いだなぁと思う気持ちの中に、この人にそうさせてるのは自分の方かも知れない、と思ってしまう気持ちがある。だって子供の頃に、親に見守られながら何かをこなしたなんて記憶がない。それどころか、誰かのお世話になったあと、お礼を言いに行きましょうと促されたこともない。
 大家さんにお礼を持っていく、なんて発想がそもそもなかったのは、そういう子供時代を過ごしてきたから、というのもかなり大きい気がする。
「お疲れ様。どうだった? 大家さん、怖い人じゃなかったでしょ?」
「そっすね。アンタと上手くやれてるかって聞かれました」
「え、それ、なんて答えたの? 上手くやれてるよね?」
「多分、って答えときました。俺のこと小学生くらいに思ってそうって言ったら笑ってましたけど。あと、今回泊めてもらって助かったと思うなら、いつか余裕が出来たときに困ってる子供を助けてあげたらいいって」
 らしいなぁと相槌を打つお隣さんも、大家さんと同じくらい、満足気に優しい笑顔を湛えている。
「でも俺は、困ってる子供じゃなくて、直接アンタに恩返ししたいって思ってますけど」
 いつかそう出来る日が来るといいなとは思うけど、この人が困る時なんてあるのかな、とも思う。
「それ、わからなくはないなぁ。おれも、恩返ししたいなら困ってる子供に同じようにしてやれって言われた最初はそう思ってた。俺の助けが必要なことなんて、あの人にはないから仕方ないんだけど」
 でも今は言われたとおりにして良かったって思ってるよと続けたあと。
「それにさ、昔のおれと違って、君はもう恩返ししてくれてるんだよね」
 そんなことを言われても、全く思い当たることがなくてビックリしてしまった。
「え、何を?」
「何ってご飯作ってくれてるでしょ」
「それ言ったらこっちは飯代出してもらってんすけど」
「君の分含めてでも、外食するよりは安く済んでるし」
 充分恩返しになってるよと言い切られてしまって、納得はできないのに、嬉しいって気持ちだけは溢れてくる。
 今日は何を作ってくれるのかなと言われて、予定していたメニューを告げれば、楽しみだと笑ってくれるから。やっぱり嬉しくて、本人がそう言ってくれるなら、もうそれで良いのかなって思う事にした。

続きました→

 
 
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親切なお隣さん4

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 夕飯の後、レシートと残りのお金をまとめて差し出したら、相手は呆気にとられた顔をしたあと、なにこれ? と聞いた。
「何、って預かってた食費の残りとレシートですけど」
 明日の朝の分の食材はもう買ってあるから、これ以上預かったお金が減ることはない。という説明をしたら、相手はなるほどと納得してくれたけど、でも随分と浮かない顔をしている。
「それは、もう作るの嫌になったってこと?」
「は?」
「あ、明日が工事だから? もしかしてここにいる間は作ってあげるよって意味だった?」
「ここにいる間は作ってってことかと……え、違うんすか?」
 お互いに顔を見合わせてしまう。どうやら期間に対して誤解があったらしい。
「あー……これからも作ってくれるなら嬉しいなとは思うけど。でもお世話になってるお礼で頑張ってくれてただけで、負担になってるって言うなら諦めるよ」
 毎日、今日の夕飯はなにかなって楽しみに帰ってきてたから残念、と言った顔が言葉通りにしょんぼりしてて思わず小さく吹き出してしまう。
「いや負担なんか全然」
 だって自分一人だって自炊はする。むしろ食費は掛からないし、預かった金額の多さから普段の自炊より断然良いものを食べていたしで、自分にとってはメリットだらけだった。
「じゃあこれからも作ってくれる?」
 パッと表情が明るくなって、ホント、素直な人だなと思う。小さな頃からこの調子だったなら、周りの大人達が手助けしたくなるのも納得だった。
「作るのはいいですけど。でもホントにいいんすか?」
 だって、こちらの経済事情を察して、助けてくれているだけなんだろうと思ってた。いやまぁ、継続した援助を申し出てくれている、とも考えられなくはないけど。
 でもコロコロと変わる表情が、相手にとってもちゃんとメリットがある申し出なんだと思わせてくれるから、やっぱり胸の中が少し暖かくなって、嬉しい。
「頼んでるのこっちなんだけど」
 一緒に食べてくれる人が居るほうが食事は絶対美味しいし、2人分なのに外食するより全然安そう。と言いながら、相手は机の上に残金を広げている。
「てかお金、あんまり減ってなくない? 一万円、まるまる残ってる」
「あー……一度ももっといい食材使ってとか言われなかったから。米とか調味料はさすがに自宅の使ってたし、あと、工事も早かったんで」
 本当は最初の段階で、2万返却するか迷ったのだ。ただあの時はまだエアコンの工事日が決まってなかったし、相手がどんな食事を希望するのかもわかってなかった。
 でも肉以外の食材に関しても特に拘りはなかったようで、使った食材の産地を確認されることなど一度もなく、ただただ美味しいと言って食べてくれていた。
「なんか凄いね」
 今度はレシートを眺めだした相手がそんなことを言い出して、ちょっと意味がわからない。
「え、凄い?」
「この値段であれやこれやが作れちゃうんだ、みたいな感動?」
 作ってくれたご飯思い出しながらレシート見ると感慨深いよ、などと言われても、やっぱりよくわからなかった。それに、人の金で贅沢してる、とか思いつつ買ってた身としては、遣り繰りを褒められたと素直に思い難い面もある。
「ってか嗜好品が全然ないね」
「嗜好品?」
「お菓子とかジュースとか。好きに買って全然構わなかったのに。って最初に言えばよかったのか。言わなくてごめん」
 気が利かないな、などと言って反省しているが、全く意味がわからない。
「は?」
「買い物から何から全部任せっきりなんだから、これからは自分用のお菓子とかも混ぜて買っていいからね。あとお金足りなくなったらすぐ言ってね。とりあえず1万足しておけば良いかな?」
 返したはずのお金にさらに1万上乗せされて戻されるのを、黙って見つめてしまう。黙ってしまったからか、相手がこちらの様子を伺っているのがわかって、どうにか声を絞り出す。
「あー……カンガエトキマス」
 声が強張ってマズイと思ったけれど、逆にそれで何かを察した相手が、その話題を切り上げてくれた。
 レシートをチェックされて、食べてみたかったお菓子を買ったことと、それを一人で食べてしまったことをめちゃくちゃ怒られた記憶が、閉じた記憶の底から吹き出て苦しい。買い物ついでに自分用のお菓子を買っていいよと言われたことが嬉しくて、なのに、こんなにも苦しいのは、心底その言葉を欲していた幼い自分が居たことに、気付かされてしまったからだ。

続きました→

 
 
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親切なお隣さん3

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 結局、エアコンが新しいものと交換されるまでに5日ほどかかる事になり、お隣さんの合鍵が無ければ結構詰んでた気がする。
 しかも電気代を全く気にしていないお隣さんの部屋の中はかなり快適だ。というか戻った瞬間の部屋の暑さがなく、汗だくになりながら部屋の温度が下がるのを待たなくて良い生活が、こんなに快適だとは思っていなかった。
 いつかは自分も、そんな生活が出来るようになりたい。
 お隣さんは夜が遅いぶん朝が少しゆっくりで、冷蔵庫は大きいのに飲み物くらいしか入ってなくて、基本3食全て外食か中食だと言う。自炊に時間をかけたくないとかなんとか。
 朝はコンビニでパンかおにぎりを買って会社で食べるなんて言うから、初日の朝、泊めてもらった上に合鍵まで借りて、まだ数日はお世話になることが決定しているお礼にと、自宅からなけなしの食材を集めて朝食を振る舞ってしまった。
 それがすべての始まりで、まっすぐ帰宅すればもうちょっと早く帰れるから、朝と夜に食事を作ってくれないかと頼まれた。食費は自分の分も含めて相手持ちでいいと言われたら、そんなの引き受けるに決まってる。
 ただ、さっと差し出された3枚の万札には驚きを隠せなかった。思わず何日分ですかと確認したら、1週間分くらい? と疑問符付きで返されて、自炊をしないから相場が全くわからないらしいと気づく。もしくは、自身の1週間分の朝と夜の食費を、単純に2倍にした可能性。
 一応、夕飯にはビール必須だとか、肉はお安い海外産とか鶏豚禁止で国産牛とかを希望してるのか確認したあと、平日は飲まないし肉への拘りもないと言われて、取り敢えず1枚は返却した。あと、大したものは作れないと念も押しておく。
 外食と中食三昧な人の口に合うものが作れる自信はまったくなかったけれど、ありあわせで作った朝食を食べた後で言い出しているのだから、まぁ、なんとかなるだろう。
 実家にいたころも家族の分を作ることは結構あったし、不味いと言われて残されたことはない。
 そんなこんなで1日2食を共にする生活を5日も続ければ、相手とも大分打ち解けて、口調なんかは相手もかなり砕けてきた気がする。
 ただ、子供の頃もここに住んでいたという相手の昔話を聞くことはあっても、自分の子供時代の話を出すことは出来なかった。胸の中で色んな感情が絡まっていて、人に話せる懐かしい思い出話なんて思いつかない。
 相手も何かを察して聞いてくることはないけれど、でも察しているからこそ、構いたがるんだという事にも気づいてしまった。
 恩返しがしたいから合鍵を受け取れの意味も、もう、わかっていると思う。
 美味しいと言って食べてくれる朝と夜の食事だって、多分、こちらの経済事情をわかっていて助けてくれている分が大きいんだろう。だって本当に凄く助かっている。でも本当は、一緒に食事なんかしなくても、今まで通り外食と中食続きだって、構わないはずだ。
 稼ぎはあるのに好んでここに住んでいる彼は異質で、ここに住んでいるという時点で、基本は経済的に余裕なんてないのだ。母子家庭だった小学生時代の彼も当然そうだったわけで、子どもの彼が周りの大人達のさり気ない気遣いであれこれと助けられていたように、彼自身も困った子供の手助けがしたい。それを恩返しと呼ぶんだろう。
 小学生の子供なんかじゃないんだけど。でも年下で、まだ、学生だから。それで彼の支援対象になっているんだと思う。
 子供じゃないのにいいのかなぁと思う気持ちはあるが、今現在、このアパートに子連れの入居者は居ないし、本当に助かっているし、エアコンの工事が終わるまでは甘えてしまおうと割り切って、快適な日々を享受してしまった。
 部屋が涼しいのも、食費がタダになるのも嬉しいけど、宣言通り本当に大したものは作れていない日々の食事を、美味しいって褒めてくれるのもかなり嬉しい。不味いと言われたことも、残されたこともないけれど、美味しいと褒められた記憶は、そういえば殆どなかった。
 たまにリクエストは貰ったけれど、美味しかったからまた作って欲しい、なんていう頼まれ方はしていない。基本、食べたいから作って、としか言われなかったけど、それでもリクエストを貰うのは嬉しかった。
 それどころか、作ってくれて助かるって言葉すら、最後に聞いたのが何年前か思い出せない。いつの間にか、親が用意できない時は自分で作って当たり前になっていたし、家族の分も一緒に作っておけばちゃんと食べて貰えるってだけになっていたなと思う。
 気づいてちょっと凹んだけれど、だからこそ、大学入学を期にあの家から逃げ出したのは正解だった。親兄弟がなんと言おうと、自分の選択は間違っていない。絶対後悔なんかしない。
 これから先も、そんな正解を見つけては積み上げながら生きていくんだと強く思いながら、最後の夕飯を用意していく。
 明日の日中、自宅のエアコンが新しくなる。

続きました→

 
 
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親切なお隣さん2

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 涼しいよの言葉通り、玄関をくぐったその先は外より数段気温が低い。なんでかと思ったら、部屋のエアコンが既に稼働していた。
 しかも部屋に入るなりリモコンを手にしたかと思うと、ピッピッと何度か音がなって、そのエアコンから更に涼しい風が勢いよく吹き出してくる。どうやら設定温度を下げたらしい。
「もしかして1日中点けっぱなし?」
「うん。さすがにこの時期はね」
 金持ってんだなと思って、いやでも働いてるなら当然かと思い直す。スーツを着てるし、こんな時間まで働いてる生活なら、エアコンを点けっぱなしにする電気代を気にせずすむんだろう。
 こっちなんて、暑い日中はなるべくバイトを入れまくったり、図書館やら金をかけずに涼めるような場所をうろついたりと、自宅滞在時間を極力減らす努力をしてると言うのに。
 自分だって、バイトだけしてればいい生活なら、可能だとは思うけど。でもこの生活が出来るのは長期休暇中だけだ。休暇が終わったあとのことを考えたら、少しでも貯めておきたい。
「あー……家空けてる時間考えたら切ったほうがいいのはわかってるんですけど、まぁ、ちょっとした贅沢という自覚はあるかな。でもほら、さっきもちょっと言ったけど、うちのエアコン去年新しくなってるんですよね。だから長時間稼働してても電気代は安いんですよ。先月の電気代、去年よりかなり安かったから間違いない」
「別に何も言ってないのに」
「だって目が金持ちって言ってるから」
「あーでももし家もエアコン新しくして貰えるなら、電気代安くなるかもなのか」
 それは嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。頬が緩むのが自覚できるくらいに嬉しい。修理じゃなくて交換になってくれと願わずにはいられない。
「そういや明日の予定は? どうなってます?」
「朝から夜までバイトですけど」
「休憩時間は流石にありますよね? とりあえず大家さんには電話で相談して、なるべく早く修理なり交換なりしてもらえるようお願いするとして、早くても数日はエアコン使えないと思うんですけど」
「あー……」
「てわけでハイこれ」
 めちゃくちゃ気軽に差し出されたのは銀色に光る金属で、見慣れたその形から言っても、間違いなくこの部屋の合鍵なんだろう。
「は?」
「おれ、帰宅は毎晩これくらいになるので。そっちのエアコン直るまで、うち、使ってていいですよ」
「いやいやいや。てかアンタほんと、頭大丈夫すか?」
「酷いなぁ。悪い子じゃないんでしょう? それに盗まれて困るようなものは置いてないですし」
 でも壊されたら困るものは置いてあるので部屋の中のものは丁寧に扱って欲しい、らしい。いや、そんな話を聞きたいわけではないんだけど。
「悪い子じゃないって言い切らないでくださいよ」
 子供扱いされるほど小さくないし、相手との年齢差だってそこまであるようには思えないのに。
「なら君は、おれが居ない間に家探しとかしたいと思うの? たいした現金なんて置いてないし、中古ショップ持ち込んだところで値がつくようなものも多分ないから、したければしたって構わないですけど」
「しないですけど。てか家探ししてもいいってなんなんすか」
「取っ掛かりがつかめるかな、と思って」
「取っ掛かり?」
「んー……君に深入りする、取っ掛かり?」
 疑問符が見えそうな語尾の上がりっぷりだった。てかやっぱり何を言っているのかイマイチわからない。この人の口から出てくる言葉は突拍子もないものが多すぎる。
「俺ら、今日初めて顔合わせましたよね?」
「そうだね。でも君の話はちょいちょい聞いてたから」
 階下の老人と大家からってことだろうか。その二人にだって、語れるほどの何を知られているのか全く検討もつかないくらい、接点なんてないはずなんだけど。
 いやでも階下の老人には、こっちの事情も多少話した気もするか。親の躾がどうのと言われて、思わず言い返しただけではあるが。
「どんな話聞いてんのかしりませんけど、プライバシーの侵害? とか個人情報保護なんたらとか、どうなってんすか」
「世間話の範疇ってことで。というかお節介な大人たちが心配してくれてるんですよね。君だけじゃなく、おれのことも」
「アンタのことも?」
「そう。おれ、小学生の頃もここに住んでてね。その時色々お世話になったのが忘れられなくて、戻ってきちゃったの」
 恩返しがしたいんだよね、と言ったあと、なぜか再度鍵を差し出されて、だから受け取ってよと続いて、やっぱり意味がわからなかった。

続きました→

 
 
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親切なお隣さん1

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 連日熱帯夜が続く日々の中、調子が可笑しいと思っていたエアコンがどうやらとうとう壊れたらしい。
 部屋の窓を全開にしたところで風はなく、とても寝ていられないと、とうとう部屋を飛び出し廊下の手すり壁にぐったりと寄りかかる。
 部屋に風は入ってこなかったが、無風というわけではなかったらしいのが救いだ。
 横から流れてくる風に当たりながら、部屋にいるよりはマシだなと思うものの、この状況はかなり最悪だった。明日もバイトが詰まっているし、このまま眠れないのは結構困る。
 寝不足で倒れてなんかいられない。
 というか、多分エアコンの買い替えが必要だが、買いに行く時間の捻出と費用の捻出もどうしよう。確実に数万は飛ぶんだろうと思うと、ため息しか出てこない。
 けっこうカツカツな生活で、そんな金銭的余裕、全然ないのに。
 スマホを取り出し登録された連絡先を上から眺めてみるが、もちろんそこに助けを求められるような相手なんていない。
 再度ため息を吐いたところで階段を登ってくる足音が聞こえたが、ご近所さんの目を気にする気力なんてものも当然なかった。こんな場所に住み、こんな時間まで働いてるような相手にだって、きっと他人を気にする余裕はない。はずだ。
 引越しの挨拶なんてしたこともされたこともなく、この古いアパートの他の住人なんて、斜め下に住む高齢の男性くらいしか知らない。見かければ挨拶くらいはするが、それだって無視したら絡まれて面倒だからという理由が一番大きく、できれば会わずにいたい相手だった。
 だから今階段を登ってきている誰かにも会ったことはないし、わざわざ振り向いたりこちらから挨拶したりしなければ、相手もそのままスルーして通り過ぎてくれると思っていたのだけれど。
「あ、こんばんは」
 階段を登りきったらしい相手が、こちらの存在を認識したのとほぼ同時に、声をかけてきた。挨拶されてはさすがに無視できない。いやこれは階下の老人の影響で、以前の自分なら、関わりたくないオーラ全開で無視していたかもしれないが。
「あー……ども」
「そこの部屋の人ですか? こんな時間にこんな場所で何を?」
「あー……エアコン壊れちゃって」
「え、大変だ。もしかして眠れなくてここに? それなら、うち、来ます?」
「は?」
 何を言われたかわからなくて呆然と相手を見返してしまう。
「おれ、隣の住人なんですけど」
 そう言っていきなり自己紹介を始めた相手を、やっぱり呆気にとられながら見ていたら、最後に名刺まで渡されて意味がわからない。
「え、えと……」
「あー、つまり、怪しい者ではありませんよ、的な」
「あー、はい、それはわかりました。けど……」
「部屋の構造一緒なんで、お客用の別室を用意したりは無理ですけど、もう一組布団敷くくらいのスペースはありますから、うちに来ませんか?」
 マジで言ってんのかとようやく理解はするものの、当然、じゃあお世話になります。なんて言えるわけがなかった。
「いやいやいやいや」
「そんなに嫌ですか? ここで一晩過ごすほうがマシ?」
「じゃなくて! 頭、大丈夫すか? 俺のこと少しは怪しんだ方がいいんじゃないすか」
 こっちは自己紹介をしたわけではないのに、いきなり自宅に招こうとする理由がわからない。警戒心てものがないんだろうか。
「あそこの大学の学生さんで、世間知らずっぽいとこは多いけど悪い子ではなさそう。って聞いてるから大丈夫」
「は? 誰に?」
 相手が告げた名前の二人のうち、一人は階下のご老人だが、もう一人がわからない。
「え、誰?」
「大家さんだけど。あれ? 契約書に名前あるよね?」
「あー……そうだった、かも?」
「え、じゃあ、もしかして大家さんと直接あったことない?」
「逆に、会うようなことってあります?」
 家賃は銀行口座からの引き落としだし、間に不動産屋だって入っているのだから、大家と直接会うというのがよくわからない。
「時々様子見に来てるし、それこそエアコンの不調の相談とか。近いし、不動産屋挟むより話早いし、俺がエアコンの調子悪くなったときは直接押しかけちゃったけど」
「え、エアコンの調子を大家さんに相談するんすか?」
「だってここ、エアコン付き物件だし。故障したら貸主負担でしょ?」
「マジすか。じゃあ大家に言えば直して貰えるんすか」
「ああうん、そう。てか知らなかったのか」
 買い替え費用とか掛からないから大丈夫だよと言われて、安心のあまり目の前が滲む。
「てわけで、再度のお誘いになるけど、今日のところはうちにおいでよ」
 取って食ったりしないし涼しいよと言われて、とうとう頷いてしまった。

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