後はそれだけだと言うなら、もう目は閉じなくてもいいだろうか。そう思ったのに、頬の赤味を残した龍則の真剣な顔が近づいてくるのに耐えられなくて、結局瞼を落としてしまう。直視できないと思ってしまった事実に、また少し、心臓が鼓動を早くしたようだった。
「もちょっと口解けよ。力みすぎ」
お前のせいだろと言ってやりたいが、唇に押し当てられた口紅のせいで言葉が出せない。喋ったら、唇以外の場所に口紅が付いてしまいそうで怖い。結果、指摘された口だけは軽く開き気味にしたものの、そこ以外は緊張でガチガチになった。どう考えても意識しすぎだ。
「はい、終わり」
龍則の気配が顔の前からしっかり遠ざかってから、ようやっと目を開ける。ついさっきまで頬を赤くしていた龍則は、今はもう平常通りで、しかも随分と満足げだ。これは期待できると、今度こそ鏡の前に移動しようと立ち上がる。
しかし、姿見付きのハンガーラックへ向かって踏み出したところで、よろけてしまった。きっとずっと正座していたせいだ。しびれが酷いってことはなかったから、油断していた。
でもちょっとよろけただけで、転びそうだったってわけではないんだけど。なのに。
「おいっ!」
「ぎゃっ、うわっ」
咄嗟に伸ばされたのだろう龍則の腕に驚いてしまって、悲鳴とともにその腕から逃れようとしたのがいけない。ますますバランスを崩したせいで、今度こそ転びそうになった。というか尻もちをつきそうになった。
でもそうならなかったのは、それより早く、龍則がしっかりと抱きとめてくれたからだ。つまり、結局その腕に捕まってしまった。
「あっぶねぇ。大丈夫か?」
やっぱ足しびれてんじゃねぇかと心配げに掛けられた声に、やっぱり、お前のせいだとは言えない。
「あ、りが、と。も、だいじょぶ、だから」
さっきまで以上にドキドキしているのは、転びかけて焦ったせいなのか、龍則に抱きとめられているからなのか。どうにか口に出したお礼も、とぎれとぎれでぎこちないものになってしまった。
「気をつけろよ、マジで」
「ん、わかってる、から」
多分に呆れを含んではいるが、本気で心配されているのもわかるから、妙に意識してしまっていることが申し訳ない。早く意識を別のものに向けないとと思いながら、緩んだ腕の中から抜け出してハンガーラックへと急いだ。
「お、おお〜」
鏡の中には、携帯の中に残るあの女の子が映っている。楽しげに笑ったあの子も可愛かったが、真顔で見つめあう眼の前の女の子もしみじみと可愛い。
前回よりも可愛くしてやるの言葉は、どうやら事実だったみたいだ。前回よりも全体的に薄い色づきではあるが、それが今の格好に合っている。前よりも落ち着いた雰囲気になってかなりいい。
もっと言うなら、ますます好みに近くなった。まぁ、どれだけ好みに近づいたところで、この子と付き合えるわけではないけれど。
「どーよ」
「すっげいい」
「だろ」
背後から掛かる声は自慢げだ。鏡に映り込んだ龍則はその声に違わずドヤ顔をしているようだけど、でもそれはあまり視界に入っていなかった。鏡の中の女の子にずっと目が釘付けなので。
「なぁちょっとこっち向けよ。写真撮りたい」
「あー……写真は……」
「ダメなの?」
「だって前回の写真、結構あちこち回ったろ。ってことは、これも俺だって、わかるヤツはわかるってことだろ。素面で女装してる写真なんて残すの怖いって」
せっかくこんなに可愛く仕上がっているのだから、紘汰自身、写真を撮りたい気持ちはある。でもそんな証拠を残すのはあまりにリスクが高くて躊躇ってしまう。
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