今更なのに拒めない1

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 目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。部屋の中は薄暗く、じんわりと冷えている。結構しっかりと雨が降っているようで、目が覚めてしまったのも、部屋が薄暗いのも、寒いのも、きっと全部雨のせいだ。
 こんな朝は気が滅入るな、と思う。世の中は十連休だったり、平成最後の日だったりするんだろうけれど、そういったものとは縁がない。今日も普通に出社して、仕事して、帰宅して寝るだけの、変わらない一日を過ごすだろう。
 そう思っていたのに、顔を洗って着替えを終えた所で、ピンポンとドアチャイムが鳴り響いた。会社はそこまで遠くない上、始業時間も遅めの会社ではあるのだが、それにしたって人の家を訪れるには非常識な時間帯だと言える。
 こんな時間に誰だよと思いながら、玄関へ向かう中、もう一度ピンポンと鳴った。忙しない。
「どちらさん?」
 さすがにいきなりドアを開けたりせず、声を掛けながらドアスコープを覗く。少なくとも宅急便やらの類ではないらしい。そこには見知らぬ男が立っていた。
「あー、その、」
 告げられた名前にびっくりする。全く知らない男ではなかったが、高校を卒業して以来、もう10年近く会っていない。
 確かに高校時代は仲が良かった。大学から先は居住地が結構離れてしまって、そこから暫くはそれなりの頻度でメールなどで近況報告をしていたが、大学を卒業するくらいには随分と少なくなっていて、彼の結婚を機に連絡を取り合うようなことは一切なくなった。
 最後に彼から何かしらあったのは、ほんの気持ち程度に贈った結婚祝いのお返しだ。けれどあれも、届いたのメール一つ無いまま突然お返しが届いて、やはり中にもメッセージ一つ入ってなかったから、実質、遠回しな縁切り宣言かなと思っていた。
「もう5分ほど待ってて」
 10年も会っていないと、本当に本人なのかも怪しくて、ドアは開けずにそのまま大急ぎで出社する準備を終える。
「お待たせ」
 アパートの廊下に佇む相手と正面で向き合えば、なるほど、ドアスコープ越しに見えたものよりは、本人らしい面影がある。
「話があるなら、仕事向かう途中で聞く」
「休みじゃないんだ?」
 こちらの姿を見て驚いていたのは、見た目が変わったというよりは、休みだと思っていたせいらしい。いや、見た目への驚きという可能性も無いわけではないけれど。
「ああ。お前は? こんなとこ来てるってことは、しっかり十連休なの?」
「あー……まぁ、色々あって」
「そりゃ、色々なきゃこんな時間に尋ねてこないだろ。で、何があった?」
 会社の最寄り駅に着く頃には、なかなか壮絶な結婚生活と、離婚と退職と、行く場所がないから暫く匿って欲しい旨を聞かされた。離婚を成立させるために、ほぼ全財産元嫁に差し出したことと、親は離婚反対で今もまだ元嫁の味方だから実家を頼るわけにはいかない、とも。
「いやお前、暫くってどれくらいだよ」
「長くて半年。それまでに次の職探して、絶対どうにかするから」
 頼むよと顔の前で両手を合わせて頼み込まれて、溜め息を吐き出した。
「なぁ、なんで、俺? 十年もあってない相手、よく頼ろうって気になる」
「あいつに友人関係も管理されてたって言ったろ。あいつの手が伸びてこなそうな相手で、はっきり住所覚えてるの、お前しか居なかった」
 こちらに関する情報もとっくに元嫁により破棄済みだが、学生時代、旅先から何度もハガキを送っていたので住所は暗記していたらしい。旅行サークルだったかで、確かに、しょっちゅういろいろな地方の消印付きで絵葉書が届いていた。
「あと、結婚祝い、贈ってくれたろ。住所変わってないのは、送り主のとこ見て覚えてた」
 お礼のメールを送ったらエラーが出たとかで、結婚を機に縁切りされたと、相手も思い込んでいたらしい。
「学生時代とか、そこそこ仲良かった友人たちでさ、あいつと面識なかったり、あいつが気に入らなかったりしたやつのメルアドとか電話番号とか、こっそり書き換えてやがったんだよ。ご丁寧に拒否設定もされてた」
 めちゃくちゃ友達なくした、と言った相手は悔し涙を浮かべていて、その顔を見てしまったら嫌だダメだとは言えなかった。

続きました→

 
 
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