可愛いが好きで何が悪い27

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 しかし、肯定を返さなくても黙ってしまったら肯定したのと変わらない。
「俺だって、わかってたよ」
 じわっと浮かんだ涙が、瞬きに合わせてほろりと一つこぼれ落ちていく。それが呼び水になったのか、慌てた様子で俯いた彼から、そのあと続けざまにボタボタっと何粒か溢れ落ちるのが見えた。
「だって頭ん中のお前にも、バカなことやめろって、何度も言われたもん」
「っじゃあ、なんで」
 こちらの反応に予想がついていて、なのになんでこんな真似を続ける必要があったのか。しかも隠れてコソコソ泣きながら。
 いやまぁ、結局隠しきれてないから、こちらにまで話が届いたわけだけど。
「だって、他に、ど、したらいーのかわかんないから。俺に、何が出来るのかわかんなくて。お前がもし抱く側ならって思ってるなら、じゃあ俺が抱かれる側やるって言えるようになりたかったし。俺、女の子とはそれなりに色々あったけど、でも男抱いたことないから、自分で自分慣らして男の体どうなってるか知っとくのは、いつかお前がオッケーくれて抱く側やる時の役に立つかもって思ったし。だから、無駄にはならないって、思って」
「そこまで切羽詰まってんならそう言えよ。てか一生分のセックスしたとか言ってた奴が、そこまで俺とエロいことしたいって考えてるとか思わないだろ」
 だってそういう素振りはなかった。恋人になれて嬉しい、みたいな態度ばかりだった。どちらかの部屋で二人きりを避けたときも、ちょっとあからさまだったかって場合ですら文句を言わなかった。駄々をこねて強引に押しかけようとしたり、家の中に引き込もうとはしなかった。
 それをおかしいって思わなかったのは、確かに、こちらにも落ち度はあったのかもしれないけれど。今はそっちのが都合がいいからと、相手の態度に甘えていた部分もあるけれど。違和感を、恋人になったゆえの変化ってことにしてしまったけれど。
「だってガッツイたら振られるかもじゃん。やだよ、そんなの。せっかく付き合えたのに」
「何のためにその口ついてんだ。話し合えよ、俺と!」
 一人で先走って勝手なことして、結果泣いてんじゃ意味ねぇだろが。という心からの叫びは、荒ぶる気持ちのまま少しきつい語調になったかも知れない。
 ずっと俯いたまま顔を上げない相手が、また目元を擦っている。
「意味ない、とか、無駄だとか、バカとか、言うな、よ。そんなの、わかって、からぁ」
「意味ない、以外は言ってないだろ」
「頭ん中でいっぱい言われてる」
 想像で悪者にするなと言えないくらいには、彼の頭の中の自分は間違いなく自分らしい。かと言って、よくわかってんじゃん、などと軽口が叩ける場面ではなかった。
 ついでに言うなら、こんなの、どう慰めれば良いのかわからない。
 本心ではやっぱり、バカなことをしてと呆れる気持ちや苛立ちのが大きいのだ。泣かせたくはないけれど、その場しのぎの優しい言葉を吐きたくはなかった。そんなものはなんの解決にもならない。
 そう、思うのに。
 ズズッと鼻を啜るような音が聞こえて胸が痛む。恋人を泣かせっぱなしで、優しい言葉一つかけれない自分が情けなかった。
「恋人、やめるとか、言わないで」
 何の言葉も返せずにいるのをどう捉えたのか、先程よりも更に酷くなった涙声が訴えてくる。
 胸はキュウと締めつけられて痛いのに、頭の中は苛立って仕方がなかった。
「お前の頭の中の俺は、そんな事まで言ってんの?」
 訊ねる声が冷たく響く。随分と理解されていると思っていたせいだ。
 勝手に喜んで、勝手に落胆している。
 それで冷たく当たられる彼に申し訳なく思う気持ちも、泣いてる恋人に追い討ちをかけている自覚もあった。益々情けなさばかりが募っていく。
「い、言われて、ない、よ」
 こちらの冷えた声に反応してか、慌てた様子で否定の言葉が返った。それだけで少しホッとして、申し訳なさが膨らんだ。
「でも、せっかく、一度は見惚れてもらえるプリンセス、なれたのに。自分で、台無しに、してる。別れる、って言われても仕方ないくらい、お前、俺に、呆れてるのわかるもん」
 涙を堪えているのか、つっかえながらも懸命に言葉を繋いでいく。
「それでも。どんなに、みっともなくても。諦めたく、ない」
 お願い捨てないでと懇願されて、やっぱり胸がギュッと痛い。
「ば、……っ」
 バカがと出かかった声をなんとか飲み込んで、代わりに数歩進んで腕を伸ばした。

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可愛いが好きで何が悪い26

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 相手が抱いて欲しいという方向で好意を伝えてきたなら、もうちょっと真剣に彼を抱けるか考えたかも知れないが、現状はそうではないので、エロ方面は基本こちらの覚悟が決まるまで相手を待たせていいと思っていたのもある。
 相手も性急にどうこうなりたい感じではなかったから、取り敢えずは恋人という関係になったことで満足できたのだろうと思っていた。正確には、そう思っていたかった。
 応じる覚悟もないままにわざわざ自分から確かめて、相手に期待を持たせたり自分を追い込む趣味はない。しかし、その結果がこれ、というのは予想の斜め上も良いところだ。
 まさか、抱きたい側という発言を勝手に翻して、自己開発に励んでいるだなんて思わなかった。
「俺が完璧プリンセスを披露したから、なんかこう、俺が抱かれる側って思われてるとこあるじゃん?」
「そうだな」
「お前に二人きりになるの避けられるって話したら、当然だって話になってさ。プリンセスに押し倒されたくないとか、女装してたら俺でも抱けそうとか言われて、だからまぁ、俺が抱かれる側になる方がいいかもって。俺が抱かれる側やるからって言ったら、もっと安心して、前みたいに気にせず俺と二人きりになってくれるのかな。とか、エロいこともしていいよって言ってくれるかな、とか」
 抱かれるのは許容できないって言ってたけど、抱くのが有りか無しかは聞かなかったし。と続いて、じゃあ先にそれを聞けよと思う。というか言った。
「先にそれを聞けよ」
「聞きづらかったんだよ!」
 憤りが伝わってくるような勢いとともに、やっと相手と目が合った。
 だって、と続いた言葉によると、もし抱くのも無しでそもそも彼とのエロ方面の接触が嫌だと言われてしまったら詰む、と思ったらしい。
「今は恋人作る気がないって言ってたし、だからその空席を取り敢えず俺にくれただけでしょ。実際に恋人っぽいことする気はないよ、とかも全然有りなんだって気づいたんだよ。浮かれてて、今更気づいたの。だってまさか、付き合ったらお家デートも出来なくなるとか思わないじゃん」
 恨みがましい目でじとりと見つめられてしまったが、こちらの言い分としては、むしろ恋人対応の結果でしかないんだが。
 けれどきっと、応じる覚悟もないままに二人きりになれるかバカ。というこちらの主張を、相手は理解しないだろう。
 恋人としてちゃんと付き合ったことがある彼女が何人居たか知らないが、彼の伸ばす手を拒んだ子は多分きっといない。
 こちらをその気にさせるための努力だなんだと言っていたって、それはこちらの気持ちを育てたり、覚悟を促したりという方向ではないのかも知れないと、こちらも今更、こんな場面で気づいてしまった。
 二人きりを避けられる想定がなかったなら、こちらが強く出れない女装で迫って少しずつ慣らしていけば、いずれ絆されて最後まで受け入れるとでも考えていたんだろう。だから女装を頑張るという発想になるのかと、逆にちょっと納得してしまう部分もある。
 うん、まぁ、結局体から落とそうとしてたな、的な納得でしかないが。
「一応言っておくけど、お前と二人きりになるの避けてたの、お前のこと恋人扱いしてるからだぞ」
「意味わかんない」
「まぁ、そうだよな」
 はぁ、と大きくため息を吐いてしまえば、相手は怪訝な顔をしつつも未だ不満そうだ。
「俺と二人きりにならないのは、俺にチャンスをくれる気がない、ってことじゃなくて?」
「違う。けどお前が納得する説明ができる気がしない」
「俺が抱かれてもいいよ、って言ったら、少しはその気になったりとかは? する?」
「正直に言えばしない」
「そ、っか……」
 しょんぼりとした返事に、これは詰んだと思わせたかと内心少々焦る。そういうのじゃないのだけれど、彼が納得できる説明はやはり思い浮かばなかった。
「本気でお前が俺に抱かれたいって思うなら、考える。けど、そうじゃないんだろ」
 取り敢えずで重ねた言葉がどれだけ彼に通じるかもわからない。
 泣くほど辛い思いしながらやるようなことじゃないと更に言葉を重ねれば、そうだねと肯定したあと。
「俺のこと、バカみたいだって、思ってる?」
 ヘラっと笑って見せる顔が泣きそうで、正直に思ってると答えるのは無理だった。

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可愛いが好きで何が悪い25

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 きっと部屋の中を見られたくないのだろう。ますます部屋の中に何があるのか気になるし、この状況であっさり帰れるわけがないとも思う。
「俺が、泣いてる恋人置いて、平気で帰れると思ってんのか?」
 まっすぐに相手の目を見つめながら問いかける。
「……ずっ、るい」
「何かあるんだろ。俺に隠しておきたいほどの、何かが」
「うぅ……そこまでわかってるのに、帰ってくれないの?」
「お前のオトモダチに助けてあげてって言われてなきゃ、踏み込まないのもありだけど。でももう、言われちまったし」
「ちょっと愚痴っただけで、一人でなんとか出来るから」
 大丈夫だからと繰り返す相手はどこか途方に暮れている。こちらに引く気がないのを察しているせいかも知れない。その予想は当たっている。
「いいから助けてって言えよ。お前がどんな面倒事抱えてても今更手ぇ引かないし、俺が出来る限りの協力は、する」
「も、ほんと、ずっるい」
 別にずるくはないだろ。とは思ったが、口に出しはしなかった。
 こっちだって、相手が本気で拒絶してきたらここまで言ってない。本気で踏み込んでほしくない何かを抱えている態度じゃないし、むしろ、踏み込んで欲しそうにすら見える。知られた結果のこちらの反応に不安があるとか、その程度の躊躇いだ。
「お前、俺の恋人になったんだろ。だったら隠さず話せよ。大丈夫だから」
 ダメ押しとばかりに告げてやれば、相手は大きめのため息を一つ吐き出して、わかったと返した。
 身を引いた相手を追って、やっと玄関に入る。明かりは点けないまま、相手はずんずんと短な廊下の奥へと進んでいくから、乱雑に靴を脱いでその後を追いかけた。
「ほんと、引かないでよ」
 ズンズンと進んでいく割には居室へのドアを開けずに待たれていて不思議だったが、相手はどうやらまだ、部屋の中を見られるのを躊躇っているらしい。振り向くこともなく、ドアノブに手をかけたまま固まる体はどう見たって緊張している。そういや声も、微かに震えていたかも知れない。
「だから今更すぎだって」
 大丈夫という気持ちを込めて相手の肩をそっと抱き、ドアノブを握る手に自分の手を重ね、一緒にドアを押し開く。
 部屋の明かりは点いたままだったので、その惨状はわかりやすく目に飛び込んできた。
 どんと部屋の中央に敷かれている布団の脇に、脱ぎ散らかされた女装用と思われる、柔らかそうで明るい色の布の塊。その上に、レースで覆われたブラジャーとショーツが乱雑に置かれている。
 なるほど。出てくるまでに時間がかかったのは、着替えをしていたかららしい。
 それにしても、下着までしっかり女性用を揃えたのかと思わず感心する。でもまぁ、女装の目的がこちらの興奮を煽ることと思えば、当然なのかも知れない。スカートを捲った時に、トランクスだのボクサーパンツだのが見えたのでは興醒めだ。
 そして布団の上には汚れ防止用だろうバスタオルが広げられていて、その上にはいかがわしいあれこれが散乱している。蓋の空いたローションボトルにコンドームの箱。それらが使用されたのが丸わかりの、ゴムを被って濡れ光るディルドは細めだけれど、まだ未使用らしきバイブとディルドの2本はもう少しずつサイズが大きい。
 どう見ても、どう考えても。彼が尻を使った自慰行為の真っ最中だったと示している。それ以外にこの惨状が出来上がる事象が思い描けない。
「なぁ、お前が俺を抱くって話じゃなかったか?」
 視線は布団の上に固定させたまま、相手の顔を見ずに問いかける。さすがに相手の顔を見るのは躊躇われた。
「そ、れは、そう、なんだけど。色々あって……」
「色々って?」
 言いにくそうに言葉を濁され仕方無く相手に顔を向ければ、今度は相手がそっと視線をそらす。この状況下、顔を向き合わせたくないのはどうやらお互い様だ。
「お前が、二人きりになるの避けるようになったり、俺の女装が完璧すぎたり」
「1つ目はともかく、2個目がわからん」
 こちらが抱かれるのを嫌がって避けてると思ったのなら、自分が抱かれる側にチャレンジ、という発想はまぁ、わからなくもない。童貞なら捨てさせてあげようか、などという提案もされたくらいだし。
 何が何でも抱きたい側というわけでもなさそうというか、例えばもし、こちらが抱く側なら応じると持ちかければ結構あっさり頷くのではとも思う。男相手にどうこうする気になるか、というよりも、あの女装でプリンセスと認識してしまった以上、そのプリンセスに自分から手を出せるか悩ましいのと、相手がはっきり言っていたように、相手が抱く側を担当したほうが、多分、互いにちゃんと気持ちよくなれる可能性が高い。という2点により、こちらが積極的に相手を抱くことをあまり本気で考えたことがないだけだ。

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可愛いが好きで何が悪い24

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 周りとの認識のズレに多少モヤモヤとしながらも、結局は黙って日々を過ごす。実のところ、恋人になったからと言って、それで何かが大きく変わるようなこともなかった。
 そもそもお互いがそれなりに忙しい。
 自分も彼も、学費と最低限の生活費は親持ちだが、それ以外はバイトで賄っている。
 自分は当然、夢の国通いにかなりの資金が必要だ。彼の場合は顔の広さと言うか付き合いの良さで結構浪費しているようだし、そこに女装が加わった今は、資金繰りがかなり大変そうだった。
 ほぼほぼ居候だった時と違って、彼はもうこの部屋を出て一人暮らしを始めているわけだし、一緒に過ごす時間はむしろ大幅に減っている。ついでにいうと、ちょっとした警戒心もあって、どちらかの部屋で二人きりという状況をなるべく避けたい気持ちがある。
 キスくらいならそこまで抵抗感はないのだけれど、この前のように自分だけがイカされるのは嫌だし、かといって相手に同じようなことをしてやれるかと言うと難しいし、最終的に相手は自分を抱く気で居るのだと思うと、どうしたって躊躇ってしまう。
 結果、外で一緒に食事をとる程度のデートを数回しただけに留まっていた。
 今までは大学近辺を仲良く一緒に彷徨くこと自体を避けていたのだから、これが彼と恋人になって起きた変化と言えるだろうか。
 相手がこれで満足しているのかは分からないが、不満を口にされたことはないし、一応は彼の望み通り、周りに恋人バレして「俺のだから手ぇ出さないで」を公言できるようにはなっているし、取り敢えずはこれでいいのかも知れない。
 積極的に迫られるとしたら、多分、彼の女装の腕がもっと上がってからになるんだろう。それまでに、自分も覚悟を決められたらいいんだけど。
 そう、思っていたのに。
 彼が親しくしている友人の一人から、彼を助けてやって欲しいなどと頼まれて、金曜の夜に事前の連絡をせず彼の部屋の前に立っていた。
 事情は濁されて、彼が今どういう状況に居るかも、自分に何が出来るのかもわからない。曜日と時間を指定されて、事前に連絡を入れずに行けばすぐにわかるはずだからと言われただけだ。
 自分に助けられると思ったのなら、彼自身が助けを求めてくればいい。そうしないということは、自分では助けられないと彼が判断したか、自分には知られたくないと思ったからじゃないのか。
 それを暴くのは正直気が進まないけれど、彼の身を本気で案じている、必死な様子に折れてしまった。
 チャイムを押すが、しばらく待っても何の反応もない。部屋の明かりは点いているのだから、間違いなく居留守だ。
 自分が今日ここに訪れることは知らせてないのだから、自分とわかって拒否されているわけじゃない。試しにスマホを鳴らしてみれば、あっさり相手が応答した。
『はい』
「お前、今、家にいる?」
『うん、居るよ。何かあった?』
「じゃあ鍵開けて。もう部屋の前にいるから」
『は? え、なんで?』
 急すぎでしょと慌てだすその様子に、確かに違和感がある。
「お前、今、何してる?」
『え、なに、って……』
 え、うそ、知ってるの、などとやっぱり慌てた様子で漏らされて、頼み事をしてきた男の名前を告げた。
「金曜のこの時間に連絡しないで行けばわかるって言われた。お前を助けてやってくれってさ。で、お前、俺に何隠してる?」
 通話先で黙ってしまった相手に、取り敢えず出てこいよと急かしてみれば、小さな声でわかったと返って通話が切れる。
 けれど、すぐに開くと思った扉は開かない。
 もう一度スマホを鳴らすべきか迷い出す頃、ようやくドアの内側で鍵が開く音が聞こえた。
「遅い」
 おずおずと開かれるドアをもどかしく思いながら漏らした不満に、相手がやはり小さな声でゴメンと謝る。その視線はこっちを全く見ていないどころか、項垂れていて顔そのものが見えなかった。ご丁寧に玄関内の電気も消されているから、どうやら彼は今、顔を見られたくないらしい。
「ちょっ、あぶなっ」
 助けを求めたい何かがありながらも隠されていることと、待たされた苛立ちとで、ドアノブを握る相手の手を掴んで引っ張った。
 廊下の明かりに晒された相手の顔は目元が赤くて、多分、泣いていたのだと思う。
 すぐに扉が開かなかったのも、顔を俯けていたのも、電気が消されているのも、泣いていたのを誤魔化すための悪あがきってことらしい。スマホ越しの通話では、泣いていたことなんて全くわからなかった。
「誰に泣かされた? 俺には言えないような相手ってこと?」
 共通の友人知人で、自分に知られたくないような相手なんて、姉くらいしか思い当たらない。
「もしかして、姉貴?」
「ち、違う違う。全然そういうのじゃないから。誰かのせいとかじゃなくて、ちょっと寂しかったとか、そういうやつだから」
 必死で否定を口にする相手の左耳の横には、今日も布で作られた白い花が飾られている。しかも何かを恥じるように頬がうっすらと赤らんでいる。
「あー……亡くなった母親を偲んでた的な……?」
 年齢とか性別とか亡くなってからの時間なんて関係なく、思い出に浸って涙することがあったって、別に恥じるようなことではないと思うけれど。
「え、えー……と、あー」
 しかし、肯定が返るかと思ったら困ったように言葉を濁されてしまった。どうやら違ったらしい。
「ってわけでもないのか。取り敢えず、上がっていいか?」
「う、あー、今はちょっと、困る、っていうか」
 長くなりそうだし、部屋に入れば泣いていた原因もわかるかも知れない。頼み事をしてきた彼の友人にも、行けばわかると言われているのだ。
 そう思ったのに、相手には難色を示されてしまった。

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可愛いが好きで何が悪い23

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 相手は隠し事も秘密も苦手で、というよりは自身のことはあれこれ開けっ広げで、恋人としてお付き合いを開始したことはあっという間に学科内に広がってしまった。
 まぁ想定の範囲内ではある。無駄だと思っていたのも大きいが、自分だって、交際するに当たって特に口止めをしなかった。
 一応、こちらが隠しておきたい情報、特に可愛いもの好きで夢の国に高頻度で通っていることなどまでペラペラと話してはいないらしいが、どうしたってそれらを隠して交際に至る過程を説明するのは難しい。
 なので、相手が話を濁せば濁すほど、こちらに探りを入れにくる。正直鬱陶しい部分もあるが、そんな野次馬たちから齎される相手の情報などもないわけではなく、適当にあしらいつつもそれなりにこの状況を楽しんでも居た。
 自分の何がそんなに良いのか、彼本人の口からではなく、人伝いに聞くのはなんともこそばゆいのに、でも、直接面と向かって言われるよりもなんだかスルッと飲み込める気がする。彼がこちらに王子なんてものを全く求めていないことを改めて知って安心したし、彼にとって自分は、しんどい時に何度も助けの手を差し出してくれたヒーローで、幸せの象徴で、だからもう二度と側から離れたくないと思っていることも知った。
 比較的、彼との交際に好意的な反応が多かった、というのものんきに楽しんでいられる理由の一つかもしれない。
 彼と親しい友人たちは本命が誰かを知っていたし、そんな彼らのお伺いには変な期待を持たせまいと振る舞っていたのもあって、彼の想いが叶う確率がかなり低いこともわかっていた。だからか、彼の周りはお祝いムードっぽさがあるのだ。
 そのお祝いムードに助けられている部分はきっと大きい。
 彼が女の子たちの誘いをはっきり断るようになってから結構な時間が経っているので、彼狙いの女子は相当減っているようだけれど、それでも本気で狙っている子が全く居ないわけじゃない。彼に自ら誘いを掛けられる女子なんて、それなりに自分に自信がある可愛い子たちばかりだから、そんな子達になんであんな奴がと思われるのは当然だろう。でも面と向かってはっきりと文句を言われたことはない。
 探りを入れついでに軽く嫌味を貰うくらいのことはあったが、さしてダメージは受けなかった。
 きっと、彼が無邪気に喜びを振りまいているのと、彼と親しい友人たちのお祝いムードとで、こちらを明確に攻撃するのは不利だと悟ったんだろう。彼狙いの女子たちに囲まれて罵声を浴びせかけられるかも、くらいのことまで考えていたので拍子抜けとも言う。
 想定よりもあっさり受け入れられた結果、こちら側の幼少期の女装や、夢の国通いにバイト代の大半を注ぎ込んでいること以外は、なんだかんだで周知された気がする。
 彼が継母に裂かれた母親の形見のドレスを再利用した自分用のドレスを作り、見事に化けたことも、その化けっぷりにこちらが落ちたこともだ。ついでにいうと、学友の大半が彼の例のドレス写真を目にしても居る。
 あの日、自分自身は写真どころではなかったけれど、自分が到着する前に姉たちの手により撮影会が開かれていたからだ。彼のスマホには姉から送られたキス写真だって入っているのだから、もしかしたらドレス写真どころか、その写真を見られている可能性もある。
 それらの写真から受けた衝撃がデカかっただろうことは想像に難しくない。ただ、彼が見事な女装を披露したお陰で、一部認知がずれているようだとも思う。
 女装で迫ればイケる気がする! などという理由で、今現在の彼が女装方面を頑張っているのも多分よろしくない。今のところ、メイクをしたりスカートを履いたりで講義に出てくることはさすがにないが、髪を伸ばし始めて、形見のドレスの端切れで作られたアクセサリーのうち、普段遣いも出来そうなシンプルなものを大学にも着けてくるようになった。
 つまり周りからは、ほぼほぼ彼が女役と思われている。彼狙いの女子が思いの外大人しく引いたのも、彼が女役を嬉々として受け入れているように見えたせいもあるかも知れない。
 そんな事実はないんだけども。
 プリンセスに化けた彼に迫られキスを奪われたのはこちらで、彼自身も自分が女役だなんて一切言ってないどころか、場合によってはペロッと抱きたい側だと漏らしたこともあるらしいのに。
 だからといって、ケツを狙われてるのは自分の方だ、などと言って回る気はない。逆だと訂正して、周りに自分がそっち側と思われるのも嫌だし、そもそも、そんなことをしたらそれを自身も認めているみたいじゃないか。

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可愛いが好きで何が悪い22

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 ドレスの処理が一息ついて安堵するとともに、なんとも言えない微妙な空気になる。正確には、ドレスの処理を優先していただけで、ずっと微妙な空気は続いていたしそれに気づいてもいた。それが無視できなくなったというだけだ。
「とりあえずテーブル、出さないか」
「うん」
 ドレスが壁に掛けられているのと、さっきは壁際で追い詰められた感がなくもなかったのとで、仕舞われていた折りたたみのローテーブルとクッション類を出してくる。
 しかし、そうして向かいわせに腰を下ろしてみたものの、気まずいような微妙な空気は依然漂ったままで、互いに口が開けない。かといって、話を先延ばしにするのも、この場を逃げ出すのも、違うと思ってしまう。
「あー……」
 取り敢えず化粧を落としてウィッグを外してくれ。という要望を口に出していいか迷いながら相手の姿を上からなぞってしまえば、相手もこちらが何を感じているかは察したようだ。
 ドレスにはばっちり嵌っていた化粧もウィッグもそのウィッグにあれこれ盛られたアクセサリーも、男物の普段着と合わせたらどうしたって違和感が酷い。
「いつもの俺に戻るには、ちょっと時間掛かると思う」
「そ、っか」
「あとあんまり見られたくない、かな」
「何を?」
「俺が俺に戻るとこ」
「そうか」
「ドレス以外の服も用意しておけばよかった。というか、そもそも目の前でドレス脱ぐ予定がなかったよね」
 脱がされるならせめてもうちょっと雰囲気が欲しかった。などという軽口が叩ける程度には、相手は結構リラックスできているらしい。こちらはこの微妙な空気に、けっこう緊張気味なのに。
「一人じゃ脱げないくせに、姉貴たち追い出したせいだろ。てかそれ言ったら、お前がキスしてきたのがそもそもの原因てことになるな」
「だってチャンスだって思っちゃったんだもん」
 あんなに意識して貰ったの初めてで舞い上がったよねと、こちらの反応を思い出しているのか嬉しげに頬が緩んでいる。
 顔だけを見ていられるなら、幸せそうに笑うプリンセスという目の保養案件なのに、現実がそれを許さない。他人事として、その笑顔を堪能するだけの立場で居たかったのに。こんな顔をさせているのが自分だなんて、出来れば知りたくなかった。
 でももう、知ってしまっている。この現実にちゃんと向き合うべきだってことを、わかっている。
「で、どうだったよ」
「どうだったって、何が?」
「チャンス掴んでみた結果、今後お前がどうする気なのか聞いておきたい」
「嫌われない程度のとこで取り敢えず落とせるように頑張る、という基本方針に代わりはないかなぁ」
 そんな基本方針だったとは初耳だ。
「まぁ、今日ので手応え感じちゃったし、本気で好きなのも付き合いたいって思ってるのも知られてたし、もうちょっと積極的になってもいいのかなぁ? ね、どう思う?」
「どう思うっつうか、もっとグイグイくるのかと思ってたから拍子抜け?」
「俺の手でイッてくれたし、キス嫌がらなかったし、そっちからもキスしてくれたし、これもうイケるよね。彼氏面してオッケーなとこまで行けたよね。って気持ちは確かにあるんだけど。でも自分のしてきたこと思うと、ね」
 因果応報かなぁと苦笑する顔に、また何やら胸の奥がザワツイてしまう。
「因果応報、って?」
「積極的な女の子とそういう関係になったからって、じゃあその子を彼女として扱ってたのかって言うと、そうじゃない場合のが多かったっていうか。いや、ちゃんと恋人としてお付き合いしてた女の子もいないわけじゃないんだよ。ただ、取り敢えず体だけみたいなのが多すぎてさ。気持ちよければまぁいいかって。だから、流されて気持ちよくなってくれただけなのまるわかりの相手に、じゃあもうこれで恋人ね、って俺が言っていいと思えないんだよね」
 確かに流されたところはあると思う。ただ、気持ちがいいから流されたと思っているなら、それは自分とは違う認識だ。気持ちよければまぁいいか、という気持ちで受け入れたわけじゃない。
「なるほど、自業自得だな」
「だねぇ」
「で、俺が流されて気持ちよくなったとして、今後もうちょっと積極的にってのは、やっぱエロ方面なわけ?」
 ああこれ、その顔で回答聞きたくない。という気持ちが勝って、聞きながら顔を横に向けてしまった。それをどういう意味で取られたかはわからないが、相手は小さな苦笑を漏らしている。
「んー、そういう方向で落とす方が自信あるっていうか、勝算あるだろうなって思ってたけど。でもそこはちょっと考え直したほうがいいのかも知れない?」
 語尾が上がって疑問符が見えるようだが、気持ちよく相手の手で果てた結果、考え直そうと思わせたのは意外だった。
「もしかして、恋人になってって泣き落として土下座で頼み込む方が、効果あるんじゃないか、みたいな気もしてる」
「はぁ!?」
 続いた言葉に驚いて声を上げる。いやだって、考え直した結果が土下座で頼み込むだなんて、予想外もいいところだ。
 でも実際、エロ方面で積極的に迫られるより、頼み込まれる方が確かに弱い気がする。自信満々に迫られたらふざけるなと跳ね除けられても、自信なさげにおずおずと触れてくる手はきっと跳ね除けられない。
「あと王子希望じゃなくても、プリンセスに迫られるのはかなり弱いのわかったから、ドレスまできっちり揃えるのは無理でも女装方面頑張るのもありっぽいかな」
「待て待て待て。そっち方面の努力はヤメロ。必要ない。絶対要らない」
「って強く否定するところが、図星でしょって感じ」
 指摘にウグッと言葉に詰まれば、ますますその通りだと言っているようなものだろう。相手はほらみろと言わんばかりに、多少の呆れを混ぜつつも楽しそうに笑っている。
「で、逆にそっちは? 俺が今後もうちょっと積極的になったらどうするの?」
 まぁ聞かれるだろうとは思っていた。だから用意していた言葉を返す。
「正直、もう付き合ってもいいかって気になってる」
 諦める気がないことも、余所に目を向ける気がないことも、もう、疑うことなく信じている。信じてしまっている。
 そしてその気持ちを拒否して相手を悲しませるよりも、受け入れて笑っていて貰うほうがいいと思っている。自分がそう思っていることを、先程のあれこれで思い知ってしまった。
 だったらもう、四の五の言わずに付き合ってしまえばいい。
「は? え?」
 驚いた顔をした後、そういうのは早く言ってよ! と声を荒らげている。そう思う気持ちはわかるし、してやったりという気持ちもあって、こちらもやっと少し笑いが溢れた。
「ただ、お前に抱かれるセックスまで許容する気は今のとこないから。俺のだから手ぇ出さないでって言える権利なら、お前が持っててもいいかな、ってだけだな」
 恋人になる方優先するんだろと言ってやれば、今度は相手がウッと言葉に詰まっている。
「俺に抱かれてもいいかなって思って貰えるように努力するのまでは、止めないよね?」
「女装方面頑張るってのは止めたい」
「そこまで嫌がられたら逆に無理でしょ。そこを目一杯頑張る流れじゃん」
 それに実は、と言いながら、新しいドレスに再利用できなかった形見のドレスの端切れで色々作ってもらったアクセサリーとかもあるんだよねと、ウキウキで見せられた数々のアクセサリー類を前にしたら、ダメだ嫌だ女装はするな、とはもう言えなくなった。

続きました→

 
 
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