別れた男の弟が気になって仕方がない9

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 嫌悪されていると感じたらすぐにでも止めるつもりで始めたお試しのキスだったけれど、触れて感じたのは相手の必死さと拙さと、途中からは戸惑い。そして最終的には、こちらが思っていたほどの拒絶感はないらしいという安堵だ。
 最初必死にこちらのキスに応じようとしていたのは、きっと紹介した男に、キスした後でやっぱり抱けないと言われたせいなんだろう。希望通りきっちり抱いてやると宣言済みなのに。それでも、このチャンスを逃したくないのだという強い意志は伝わってきたから、無駄ではなかったかもしれないけれど。
 ただ、このキスの本来の目的はそれじゃない。だから途中で、焦らなくていいし、応じようなんて考える必要もない。それよりも自分自身の気持ちと向き合って、気持ち悪く感じないか、気持ちよくなれそうかの判断をするためのキスだよと教えた。
 言えば応じることを止めてされるがままキスを受けてくれたから、なんだかんだ素直な所も多いと思うし、もちろんそれを可愛いと感じてもいる。
 教えてから暫くは強い戸惑いを感じもしたけれど、嫌がる素振りはなかったのでそのままゆったりと相手の口内の性感を探り続ければ、やがて甘い息がこぼれだした。何度か甘えるように鼻を鳴らされ、さすがにお試しならもう十分判断が付いただろうと顔を離せば、相手はキスに没頭していたとわかるうっとり顔を、すぐさま呆然としたものへ変えた。相手自身、嫌悪感や拒絶感がもっとあるものと思っていたのかもしれない。
「キスは大丈夫そうだけど、どうしようか。このまま始めてもいいんだけど、それも何か、キスでお前の思考奪って頷かせてるみたいな感じあるしなぁ」
 自分相手でもちゃんと感じて貰えそうだという嬉しさから、少し頑張り過ぎてしまったのかもしれない。
「ちょっと落ち着くまで一人にしてあげようか? 少し休憩しながら、他にNG行為がないか考える?」
 休憩を挟んだって、こちらの気持ちが変わってやっぱり抱かないなんて事は言い出さないから安心していいとも付け加えたが、相手は小さく首を横に振ってこのまま始めて下さいと言った。声は僅かに震えていたし、呆然としていた顔はなぜか泣きそうになっている。
「本当に? 始めちゃったら俺がお前を抱くか、お前が俺に抱かれるのを諦めてストップワード口にするまで、終わらないよ? 何度も言ってるけど、本当に、焦る必要は一切ないんだからな?」
 確認の言葉にもわかってますとはっきりとした肯定が返って、腰あたりのバスローブが引っ張られるような感じがした。視線を落とせば、腰の脇部分をギュッと相手の拳が握りしめている。逃さないというようにも見えたし、行かないでくれと縋られているようにも見えた。
「わかった。じゃあ、今からお前を抱くよ」
 頷いて下がった顎を掬い上げるようにしながら唇を塞ぐ。先程のキスと変わらない手順で軽く何度か触れ合わせた後、徐々に深いものへと変えていく。けれどこれはもうお試しじゃない。
「お試しのキスはもう終わったよ。無理はしなくてもいいけど、でももし嫌じゃなければ、さっきみたいにお前も応じて?」
 やはり言われた通り素直に応じ始めた相手の舌を、慰撫するように何度か舌先で撫でたあと、絡め取って吸い上げた。

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別れた男の弟が気になって仕方がない8

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 じゃあ取り敢えずキスしてみようかと言ったら、相手に僅かな緊張が走るのがわかる。その緊張を解すように大きく息を吐きだしてから、諦めた様子で口を開いた。
「そういやあの人からも電話貰ったって言ってましたね」
 つまりなんで抱いて貰えなかったかも聞いたってことですよねと続いた言葉には、正直に聞いたよと返す。
 紹介した男は自分へ向かう好意が育ってない相手は抱かない主義だ。更に言うなら、以前は好きだと言われて誘われればそれなりに応じてもいたようだが、色々と思うところがあったようで最近は、ちゃんと互いに想い合えている相手でなければ抱かなくなった。しかし行為は基本恋人になった後とは言っていても、たびたび恋人募集中になるあたり、逆に言えばそれなりに好きと思えれば取り敢えず恋人になってしまうという事でもあるのだけれど。
 人を紹介して欲しいと最初に頼まれたあの時、もし好きになれたらそのまま付き合う気があると言ったから、初めての行為はそれなりにでも想い合えた相手と、となれるようにと思ってその人を紹介した。
 なのに、そこまでせっかちでもないはずの男が、あっさりダメだったと言って戻してきたのは、眼の前に居るこの子の方があまりにもせっかちだったせいだ。気持ちが育っても居ないのに、好きになったと嘘をついて行為をねだったせいだ。
 その嘘はキスしただけですぐにわかったと言っていた。更に言うなら、想う相手が居るようだとも言っていた。
 そう言われなければ、彼自身も兄の恋人となった男が好きなのでは、なんてことには気づかなかったかもしれない。
 きっと叶わない想いを抱いていて、代わりに他の誰かに抱かれたがっている。だとしたら、自分にはその相手は務まらない。それならそれで、もっと適任がいるはずだろう? と、暗にお前が抱いてやれと電話口で言われていた。
 一度限りの慰めを渡すような真似はもう随分と前に止めていたし、そこそこ付き合いの長いその男はそれを知っているはずなのに。いや、知っているからこそ、お前が抱いてやれとは直接言わずに居てくれたのだろう。
 その言葉がどれだけ自分の背を押したのかは定かでないが、結局、怒気を孕んだ無表情のまま、抱いて貰えなかったから他の人を紹介しろなどと言う本人を前にしたら、慰めてやりたいと思ってしまった。継続する関係など望めそうにないけれど、たとえ一度限りとわかっていても、抱いてやりたいと思ってしまった。
「でも俺、嫌だとも気持ちが悪いとも、一言だって言ってないんですよ。むしろそのまま続けて下さいってお願いしたのに」
「でもそういうのはだいたいわかるものなの。嫌がられてる事に興奮する性癖持ちならともかく、紹介したのはそれとは間逆な男だからな? 自分のことを好き好き大好き〜って思ってくれてる相手とじゃなきゃセックスしたくないって思ってるような男に、好きになったから抱いてって嘘はあまり良くなかったね」
 言えば、別に嘘ってわけじゃないですと、ムッとしたように反論される。いい人だと思ってたし、ちゃんと好きだとも思っていた、ということらしい。
「いい人だから好き、って……」
 一瞬言葉に詰まってしまったのは、あまりに子供じみた言い訳に思えてしまったからだ。
「つまりその好きは、この人とセックスしたいって好きとは、違う好きだったってことだろ」
「この人とセックスしたいと思ったから、自分から抱いてって言ったんですけど?」
「セックスしたいほど好きな人とするキスで、嫌だな、気持ち悪いなって、思うものかな?」
 言えばさすがに黙ってしまう。言い訳を探すように口元がもごもごと動くものの、言葉はなかなか出てこない。
「あのね、俺は別に俺のことを好きじゃなくても、可愛いなって思った子は抱けるけど、でも嫌だな、気持ち悪いな、って思われながら抱くのはあまり本意じゃないんだよね。俺にも、嫌がられる事に興奮する性癖はないからさ」
「俺は可愛くなんてないでしょう」
 真っ先に反応するのはそこなのか。
 やっと吐き出されてきた声は不機嫌で、若干の戸惑いが滲んでいた。やっぱ可愛いなんて言われたくなかったよなと思って、苦笑をどうにか噛み潰す。しかし一度言ってしまったからには、嫌がられようともうそれを撤回する気などない。
「可愛いよ。じゃなきゃお前を抱こうとしないよ。でもまぁ、確かに今回お前を抱くのはちょっと事情が特殊だし、何が何でも抱かれたいのがお前の一番の希望らしいから、嫌がられながら抱く覚悟もそれなりにしてる」
 きっと、そんな覚悟をしている相手に抱かれるのだとは、ちらりとも思っていなかっただろう。驚いたように目を瞠るから、今度は隠すことなく苦笑をこぼした。
「もしお前がこのまま他にNGないって言うなら、たとえ嫌がられてるってわかっても、お前がストップワードを口にするまでは、口の中を舐めて探るような深いキスも、体中の隅々まで手も口も舌も使った愛撫もする。初めてなんだから、アナルだって前回以上にじっくり本気で慣らして拡げる。でもさっきデンタルダムは使われたくないって言ったから、アナル舐めたりはしない。つまりそういう事だよ。お前がはっきり嫌なことは最初からしない。だから本当に他にNG行為がないか、しっかり考えてみて?」
 試しにキスしてみるのも構わないよと言えば、少し迷った後で、キスして下さいとお願いされた。

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別れた男の弟が気になって仕方がない7

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 簡単に言ってしまえば性癖で、もう少しオブラートに包んだ言い方をするなら、そんな愛し方しか出来ないとも言えるけれど、きっとそういう話が聞きたいわけではないだろう。
「強いて言うなら、俺の恋人で居続けてくれたこと、かな」
「は?」
 わかっていながらはぐらかすように告げれば、意味がわからないと言いたげな声が上がった。
「あいつの何が良くて恋人になったとか、なんで他に好きな男が居るのわかって大事に愛してたかなんてこと、お前は知らないままのがいいよ」
「それは知っても、俺では兄のようにはなれっこないから、ですか?」
「逆だよ逆。さっき、俺にはお前たち兄弟が似てるように感じるって言ったろ。しかもお前自身、あいつの生き方を見習ってみようって、抱いてくれる相手探してこんなことしてるんだろ。あいつみたいになって欲しくないから、教えられない」
「でも俺は……」
 なれるならあの人になりたいと、絞り出すような苦しげな声が続いて、こちらの胸まで苦しくなる。
 好きだった相手が選んだのが兄だからなんだろう。けれどだからこそ、そこを目指したらダメだと思う。似れば似るほど、なのに選ばれないということが、余計に彼を苦しめるはずだ。
「あいつになろうとしなくても、お前は今のお前のままで、十分に魅力的だよ」
「嘘だっ」
「嘘じゃない。お前は自分の魅力にまだ自覚がないだけだ」
「自分で自覚できないような魅力なんて、どうせたいしたことないし、あっても何の足しにもならない。振り向いて欲しい人に振り向いてもらえないなら、そんな魅力、ないのと一緒でしょう?」
「本当にそう思うか?」
「思います」
「もしお前がこれから先、好きになった相手に同じように好きを返して貰えるようになりたいとか、たとえ誰を好きだったとしても何もかも受け入れて愛してくれる人と出会いたいと思うなら、誰かになろうとしたりせず、自分の魅力を見失わないことだよ。お前はお前のままでいい。お前がどんなに魅力的かは、今から俺が教えてやるから」
 どうやってと聞いてくるから小さく笑った。自分の魅力について、多少でも知りたいと思ってくれたなら良かった。ついでに言えば自分たちが今、なんのためにベッドに並んで座っているかが頭からすっぽ抜けているらしい所も、なんとも可愛らしい反応だ。
「ここは寝室で、俺もお前もシャワー浴びて出てきたとこだろうが」
「それは俺を抱きながら教えてくれるって事ですか?」
「そうだ。口であれこれ説明されるより、実際見て感じるほうが早いだろ?」
「魅力って、見たり感じたり出来るようなもの、なんですか?」
 魅力を見せるというよりは、彼を魅力的だと感じている自分を見てもらう、が近いだろうか。
「ちょっと違うが、それも含めて、説明するより直接感じてもらうのがいいと思う。でもお前は初めてだから、始める前にストップワード、決めておこうか」
「ストップワード?」
「本当に止めて欲しい時に言う言葉。その言葉以外の、ヤダ、とか、ヤメテ、とかは無視するよって意味でもあるけど、お前だって思わずイヤって零すたびに、いちいちやっぱり抱くの止めようかなんて聞かれたくないだろ?」
「別に、俺が何を言っても止めずに抱いてくれていいですけど。というか最後まで抱ききってくれる人を紹介してくれって、言ったつもりなんですけど」
「好きでもない相手に抱かれるってことを、お前は舐めすぎ。最後まで抱いて欲しかったらストップワードを口に出さなきゃいいだけなんだから、一応決めておくくらいいいだろ?」
 そう言って取り敢えずのストップワードを設定し、他にもこれだけはしてほしくないNG行為もあれば先に言ってと聞いてみたものの、やはりピンとこないようで、いかにも面倒くさそうな顔をされてしまった。

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別れた男の弟が気になって仕方がない6

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 彼と彼の兄と幼馴染の男との関係がどういうものかなんてわからない。それでも多分きっと、彼もまた兄と同じように、幼馴染の男に恋慕の情を抱いていたのだろう。もしくは、その想いの対象は兄かもしれないけれど。
 どちらにせよ、兄と幼馴染の二人が恋人となったことで彼の想いの向かう先が断たれ、自棄になっているのではと思っている。
 彼の兄がそうだったからだ。と言っても、兄の方は想い人に恋人が出来て絶望したとかではなく、自分の想いを持て余して自棄になっていたのだけれど。
 あまり似ていない兄弟だと思っていたが、無駄な行動力と自分を大事にしない所はよく似ていると思う。兄のほうが少しだけ臆病で慎重なのか、いきなり抱いてくれる相手を探してうろついたりはしなかったようだけれど、それでも自分と出会う前にはかなり無茶な遊びをしていたし、付き合いを続ける中でそれらを後悔するようにもなっていた。
 その後悔を知っているからこそ、深い部分で似ている兄弟だと思うからこそ、尚更この子には、出来れば不特定の男たちと軽々しく関係を持ってほしくはないと思うのだ、というのはわかっている。だから男を紹介もするし、余計なお世話と言われる覚悟でリスクや知識について語ってしまう。
 それらを保護者気取りと言うなら、否定は出来そうになかった。
「それは俺が、あの人の弟だから、ですか? 別れてもまだ、そんなにも兄が大事ですか? なのにあなた達を別れさせた俺のこと、恨んでないんですか?」
 口調は淡々としていたが、覗いてしまった瞳が困惑と不安を混ぜた様子で揺れていた。
「あいつの弟だから余計な口出しをしてる、という部分がないとは言わない。兄弟だけあって似てるように思えるから、あいつの後悔をお前にはさせたくない気持ちはある。別れてもまだ情はあるかって点に関しても、嫌い合って別れたわけじゃなし、やっぱりないわけじゃないかな。でもあいつに未練があるわけじゃない。若干の誤解はあったものの、今、あいつがあの時のお前の言葉通り幸せにしてるってなら、お前を恨む理由がない」
「似てます、か?」
「見た目だけだとあまり似てない兄弟だって思うけど、行動とか見てるとやっぱ似てるかなと思うよ。自分ではそう思わない?」
「好みは嫌になるくらい似てると思いますけど、性格はあんまり。俺には兄みたいな奔放さもそれが許される可愛げもないですし」
 好みが似ているということは、想う対象は幼馴染の方で当たりな気がする。
「誰でも良いから抱いてくれる人を探してるってだけでも、お前だって十分奔放な部類に入ると思うけどね」
 あと充分に可愛い。なんて言ったら、やはり嫌がられてしまうだろうか。
「それは兄の生き方を、少し見習ってみようかと思っただけです」
 兄の口から弟の話を聞いたことは少ない。でも本命の、親友だという幼馴染の存在はそれ以上に隠していたような相手だから、実際の所、この兄弟がお互いをどこまでわかりあっているかなんて見当もつかない。けれどこの口ぶりからすると、それなりに兄の遍歴を知っているようだ。
 兄の幸せのためにと体を投げ出してしまうくらいだし、兄弟仲は良いのかもしれない。まぁあの日のあれも、失恋確定で自棄になった上での抱かれますだった可能性も、高そうだと思っているのだけれど。
「だとしたら、見習うとこを間違えてると思うぞ。あいつは色んな男と関係持ったこと、後悔してたよ?」
「でも色んな出会いをしたからあなたと出会って、あなたと出会ったから、今、本当に好きだった相手と恋人になれたわけですよね?」
 そう疑問形で聞かれても困る。こちらは詳細などなにも知らないまま、この子の言葉を信じて手を放してしまったのだから。
「あいつが本命と恋人になれたことに、俺が関係してるの?」
「してますよ。多分あなたと付き合うようになってから、あの人随分変わったので。変わったというか、何か色々落ち着いた感じで余裕が出来たというか」
「そうなんだ。あいつに良い影響を与えられてたって、家族である弟の口から言って貰えるのは嬉しいかな」
「でも結果から言えば、それがあなたの恋敵に兄を意識させることになったわけですが」
「まぁそれは仕方ない。というかそれも含めて、俺にとってもそう悪くない結果だよ」
「兄に、自分を好きになって欲しいとは、思わなかったんですか?」
「思ってなかったら恋人になんてなってないよ。でも、一途に抱える想いごと大事にしてやりたかったのも本心だから、さっきも言ったけど、想いが叶って今幸せならそれでいい」
「兄の何が、あなたにそこまで思わせたんですか?」
「気になるの?」
 聞けばあっさり気になりますと肯定が返った。答えを待たれているのもわかる。
 デンタルダムだのを用意して、性感染症予防の知識などというムードのない話をしてしまったのはこちらだが、そこから彼の兄との話になるとも、まさかそれをここまで引っ張ってしまう事になるとも思ってなかった。

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別れた男の弟が気になって仕方がない5

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 考えてみたらあなたが適任てのがわかった気がするのでと残して、勝手知ったるとばかりにさっさとバスルームへ向かった男を慌てて追いかける。きっとまた裸で出てくる気だろうと思ったからだ。
「今回はちゃんと湯上りにこれ使って」
 前回は使われずに終わったバスローブを、今回も手渡しながら念を押す。
「どうせ脱ぐんだから良いじゃないですか」
「良くないの。今回はお前出た後、俺もシャワー使うから。それともその間ずっと裸で待ってる?」
 バスローブを開いた上ですれば、ベッドの上にバスタオルを広げずとも行為の後にシーツ交換をせずに済むという理由もあったりするのだが、バスタオルを広げてするのは情緒がないとか、終えた後にドロドロになったシーツの上でまどろむのは嫌だとか、それらは完全にこちらの好みと都合でしかないのはわかっている。経験がない相手なのだから、事後の惨事を回避するためと説明すれば納得するかもしれないが、経験がないからこそ余計な情報は与えたくなかった。
「わかりました」
 こちらもシャワーを使うという言葉から、はなから抱く気なんてなかった前回とは違うということを感じ取ったらしい。
「じゃあ寝室居るから、上がったらそっち来て。部屋わかるよね?」
 頷くのを見届けてから脱衣所のドアを閉め、寝室へ移動して必要になるだろう物を一通り用意しておく。
 やがてきちんとバスローブを羽織って出てきた相手と入れ違うようにシャワーを浴びに行き、自分も色違いのバスローブを着て部屋へと戻れば、ベッドに腰掛けた相手がパッと頭を上げた。その膝の上には用意しておいたものの一つが置かれ、手には紙が握られている。どうやら説明書を読んでいたらしい。
「お待たせ。それ、見たことないものだろう?」
 言いながら短な距離を詰め、彼の隣に腰掛ける。意識が膝上と手の中のものに向いているからか、隙間をほとんど置かずに腰掛けたことへの反応はまるでなかった。
「勝手に開けて、すみません」
「いいよ。どうせ使う前に見せて説明するつもりだったし。というかこれを使うかどうかはお前次第だし」
 どう使うか検討付いたかと聞けば、確信はなさそうな曖昧な声で多分と返された。
 彼が手にしているのはデンタルダムで、オーラルセックスの感染症予防で使う、シート状のコンドームだ。ちなみにフェラ用のデンタルダムも出してあるが、そちらは多分普通のコンドームと思ったのだろう。なぜ二種類も用意しているのかと思われた可能性は高そうだけど。
「使ってみる?」
「使われたいとは、思いませんね」
「だよな。じゃあアナル舐めたりしないけど、でもこういうのあるってのは覚えといて? ちなみにラップで代用する奴もいる。でもこんなの使わないってのが大半だし、そのくせアナル舐めたり舐められたりが好きな奴も多い。だから性感染症のリスクがかなり高くなるんだってのも、頭の隅に入れといて」
 ちなみにこっちはフェラ用と、もう一つのデンタルダムを手渡してやる。
「こっちも口でする専用のスキンな。これも取り敢えずこういうのあるよってだけ覚えててくれればいいんだけど、せっかくだしこっちくらいは試そうか?」
 生ではしてあげられないけれど、普通のコンドーム越しのフェラとこっちとどう違うかの比較はさせてあげられるよと言えば、相手はなんとも妙な顔をしながら口を開いた。これからセックスしようというのに、ムードも何もない話をしている自覚はある。
「どこまでも、保護者なんですね」
「え?」
「俺に男を紹介してくれたのも、結局あなたが俺を抱くのも、恋人以外の男とセックスするリスクだとか感染症予防の知識を教えてくるのも、俺がなるべく危ない目に合わないようにって事でしょう?」
「まぁ、そうだね」
 抱くのはお前が魅力的だからだよとは思ったけれど、その魅力について言及されると困るので口には出さなかった。辛い恋を抱えている子を優しく甘やかして慰めるのが好きという性癖を知られたら、そこから連動して、彼の抱える想いにおよその検討がついてしまっている事にまで気づかれてしまいそうだからだ。

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別れた男の弟が気になって仕方がない4

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 紹介した側からダメだったという連絡を受けたのは、紹介してから半月を少し越えた辺りで、随分と早い結論だなと驚いた。
 本当に行くかはわからないがこちらを訪れるように言ったという相手に礼を言って、出かける予定を取りやめて自宅待機していた土曜の夕方、やってきた男は怒気を孕んだ無表情のまま、抱いて貰えなかったので別の人を紹介して下さいと、淡々とした声で告げる。玄関を開けて顔を合わせた直後のセリフだった。
「向こうからも電話は貰った。とりあえず中入って」
 苦笑しつつ促せば黙って中へ入ってくる。そのままリビングへいざない、テレビに向かって置かれた二人がけのソファへ座らせた。前回は向かい合って話が出来るようにとダイニングテーブルの方へ案内したが、今回はもっと近くで話をしようと思ってそうした。
 下心はある。自覚している。怒気を振りまいているこの男を抱きしめてやりたい衝動を、どうにか抑えている状態だった。
 一旦キッチンに引っ込み、コーヒーを用意しながらどうしようかと考える。振りまく怒気は本当に怒っているというよりも、多分自己防衛で、必死に傷だらけの心を隠しているだけだ。
 その傷を暴いて触れて慰めたいのは完全にこちらの性癖で、きっと相手はそんなことを欠片も望んでいないのに。
「それで、一応聞くけど、次はどんな人を紹介して欲しいの?」
 コーヒーをソファ前のローテーブルに置きながら尋ね、そのまま隣に腰掛ける。体をやや相手へ向けて、少しだけ前屈みに相手の顔を覗き込めば、嫌がるように視線が逸れた。
「俺を、最後まで抱ける人なら誰でもいいです」
 視線を合わせないまま吐き出される声はぶっきらぼうで、色々なものを諦めてしまったような気配が漂っている。
「なにをそんなに焦って急ぐの? 抱かれる事で何が変わると思ってるの?」
「何が、変わるか……?」
「抱かれたら何かが変わると思ってるから、もしくは何かを得られると思っているから、無理矢理にでも試したいんじゃないの?」
 暫く黙った後、彼は無言のまま首を振った。
「わからないのと、俺には言いたくないの、どっち?」
「どっちも、です」
「そっか」
 重い空気に、次の言葉を探して迷う。気をつけていなければ、きっと自分の欲求から相手に踏み込みすぎてしまう。結果、傷ついた心を更に荒らしてしまうような事になりかねない。
「あの……」
「うん、何?」
「俺みたいなの抱けるって人、紹介するの無理なら自分で探すんでもういいです。紹介してくれたあの人に、もっと適任が居るから紹介して貰えって言われて来てみたけど、でもやっぱり最初から、あなたに頼ったのが間違いでした」
「それは待って。というか何が何でも今すぐ抱かれたいって、その気持ちは変えられないの?」
「変えられない、です」
「心も、体も、求めてない相手と関係持って後悔する奴って、すごく沢山いるんだよ? しかもお前は初めてをそんな相手で済まそうとしてる」
「そう、ですね」
 苦々しげに吐き出す声から、自覚はあるらしいと思った。自覚があるのに、それでもなお気持ちが変えられないほどに追い詰められている、という事なんだろう。
「紹介するのは、お前を抱ける男なら本当に誰でもいいの?」
「はい」
「もしその人に抱いて貰えたら、次にセックスするのはちゃんと心も体も求めてる相手を見つけられた時にって約束できる?」
 その約束の意図がわからないようで、ずっと僅かに逸れていた視線がやっとこちらを見据えた。だから大事な約束だよと念を押し、更に言葉を続ける。
「一回どうでもいい相手に抱かれたら、気持ちの上で変わっちゃう事ってのは本当にあるんだよ。特に上手い人とやって善い思いなんかしちゃったら、体が気持ち良くなれる相手となら誰でも平気になっちゃう事が多いよね。それを狙って意図的に抱かれる奴なんてのは稀で、だいたい後になってから気付いて後悔するの。若い子なんて特にそう。お前には自分の魅力なんてまだ全く自覚ないと思うけど、もしお前がセックスするだけの相手を求めたとしたら、お前はビックリするくらいモテまくると思うよ。でもその誘惑に乗って相手とっかえひっかえしてセックスだけ楽しむような生活、めちゃくちゃリスク高いんだからな」
 だから誰でもいいから抱いてって思ってるうちは抱かないだろうって人を紹介したのに、まさかこんなに早く、しかもこういう形で戻されてくるとは思わなかった。
「心も体も求める相手が、自分を好きになってくれない事なんて多いのに、そんな約束させるんですか? あなた自身、別の相手を想い続ける兄を恋人にしていたくせに」
 咎めるようなキツく鋭い声だった。言われてみれば確かにそうだ。
「ごめん。心も体も求める相手ってのは言い方が悪かった。ちゃんとパートナーになれる相手を探して、その相手とだけセックスするようにしてって話。今でさえ抱いてくれれば誰でもいいなんて言ってるお前には、ホント、心して聞いておいて欲しい話だったからさ」
「相手とっかえひっかえする事のリスクくらい、いちいち言われなくてもわかってますけど」
「リスクわかっててやってるんですーとか言っちゃうのは、本当にはリスクわかってない奴か人生捨て切ったような奴だってのも覚えとけ」
「わかりました。それは覚えておきます」
 約束を絶対守りますとまでは言えないですけどと続いた言葉に苦笑する。嘘でも守りますと言わない所が逆に、この子は大丈夫そうかもだなんて思ってしまうが、そうだといいという自分の期待がどこまで入り込んでいるかの判断は難しい。
「せめて軽率に肉体関係持つような事を続けないって事だけでも、約束してもらえない?」
「それくらいなら」
「じゃあ、シャワー浴びておいで。誰でもいいなら、俺でもいいよな?」
 驚くだろうというこちらの予想を裏切って、相手はわかりましたと立ち上がった。

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